105.優しい訳が無いのに
穂畑駅はヒナちゃんの言う通り、それなりに人の集まる駅のようだった。
降車する人数が、妙森よりも多かったという程度の話ではあるけれど、駅から出た際の街並みもやはり、賑わっているように感じられる。
ヒナちゃんの言う『オムライスが美味しい喫茶店』は駅前にあった。
オムライスとレモンティーを頼んだヒナちゃんと、アイスコーヒーを頼んだ俺は、テーブル席に向かい合って座っている。
「駅前に商店街があるでしょ。ゲーセンもカラオケもあるし、複合アミューズメント施設っていうのかな……そういうのも近くにあるから、この辺の子はみんな此処で遊ぶよ」
「へえ、……そうなんだ」
窓から辺りを見回していたもんで、初めて来たのだと察したのだろう。
簡単に説明をしたヒナちゃんは、もぐもぐとオムライスを頬張っている。
「結局、ヒナたちネコちゃんの何買うんだっけ?」
「三条さんがメールくれてたよ」
丁度穂畑の駅に着いた頃、携帯電話がメールの受信音を鳴らしていた。
確認すると、三条さんからの買い物メモだったので、後で改めて見ようとそのまま閉じたのだ。
ポケットから携帯電話を取り出して、メールの画面を表示する。
そこには『トイレ、砂、ごはんのいれもの、ベッド。よろしくね』と表示されている。
「なんか、増えてるよね?」
「うん、まあ、……いいんじゃない」
猫のベッドというと、平べったい枠組みの真ん中にクッションが入ったアレの事だろう。
嵩張りそうではあるけれど、重たくは無いだろうし、問題はトイレと砂だ。
「ヒナもちゃんと荷物持ちするよ」
「軽いのだけお願いするよ」
一応外見的には男なので、ここは見栄を張っておく。
体力パラメーター的にはヒナちゃんの方が力持ちの可能性も大いにあるけれど。
―――
「タロくん、大丈夫?」
「大丈夫。平気だよ」
ホームセンターのペット用品コーナーで、ネコ用トイレと、トイレ用の砂。
餌入れは少し高さのある猫型のものを、餌用と水用でふたつ。
加えて、ヒナちゃんが選んだ茶色の猫用クッション。
全部を纏めて一袋に入れて、何とかギリギリ持てる重さで収まってくれた。
電車に乗って、学校へ戻る頃には、もう日が傾き始める頃だろう。
まんまとサボりに成功してしまったので、水無月仁美には感謝しなければいけないかもしれない。
「タロくんごめんね」
不意に、ヒナちゃんが謝罪の言葉を口にする。
何に対してごめんなのか分からずに「何が?」と問い返すと、ヒナちゃんは困ったように笑ってみせる。
「今日、タロくんが皆と部活するの邪魔しちゃった」
「ああ、そんなことか。別にいいよ」
特別問題でも無いし、むしろ有難いくらいなので、笑って返す。
そうすると、ヒナちゃんは目をまん丸にして不思議そうに俺を見た。
「元々乗り気なわけではなかったし。三条さんや吾妻さんが楽しく出来ればいいかなとは思ってたけど、俺自身は面倒な事はしたくないから」
「――タロくんって不思議だよね」
納得したような、納得していないような、眉尻を下げて相変わらずの困り顔のまま、ヒナちゃんは呟く。
「誰にも興味が無いみたいなのに、そんな訳じゃなくて。そっけないのに、優しいし」
「そんないい奴じゃないよ」
「……ヒナにとっては、良い人だよ」
少し言い淀み、悩むような素振りを見せてから返された言葉は、当たり障りの無いものだった。
本当に言いたい事を、隠しているみたいだ。
この話題をこれ以上続けるのは良く無いんじゃないかなと思ったので、打ち切るために「八つ当たりくらいなら、いつでもしてくれていいからね」と声を掛ける。
ヒナちゃんは「うん」とだけ頷いて、それ以上は言葉を続けなかった。
――俺が優しい訳が無いのに。
重みで、袋の持ち手がきりきりと指を虐める事が、酷く優しく感じた。
罪悪感で潰されそうになってしまう。
早く神社を調べに行って、この世界を終わらせよう。
人に気持ちを向けられれば向けられるほど、逃げたくなってしまって、五十嶋さんが一人で居る理由が良く分かる。
壊そうとしているものの重みと、確実性の無い未来の重圧に、時々へし折れそうになってしまう。
けれど、前に進む事が出来るのは、主人公の鴎太でも、その他大勢の男子生徒でも無く、俺だけだから。
確実に、壊さなくてはいけない。
―――
学校へ戻ると、猫丸の家はほとんど完成していた。
塗装が乾くまで、後は置いておくだけとの事で、片付けの工程に移っている。
「水無月さんが、拠点にしてる所に居るって伝えればコタはわかるって言ってたよ」
「ああ、保健室横か。じゃあ、これ渡してくるよ」
簡単に声だけ掛けて、本校舎の方へ足を向けた。
先程から同じルートを通っているが、中庭から出るなら、本校舎を裏から表へ抜けて旧校舎に向かう方が近いのだ。
水無月仁美の待つ保健室横の教室に向けて、荷物が重いので足早に歩いていると、後ろから声が飛んでくる。
「コタローくん」
それは、あまり話したく無い人物の、声だった。