103.やりにくいな
「ペット用品店って何処にあるかな?」
「うーん、一駅向こうの駅から少し歩けばホームセンターがあるよ。ネコちゃんのあるかはわかんないけど」
駅となれば都合は良かった。
この世界に来てから電車には乗っていないので、駅名なんかに関しては全く確認していない。
この機会に見ておく事が出来るのであれば、願ったり叶ったりではある。
「じゃあ、そこ行こうか」
「近くにオムライス美味しい喫茶店あるから、買い物する前にごはんにしよ!」
「お腹減ってるの?」
「うん。ヒナごはん食べてないもん」
「五十嶋さんがくれなかった?」
「ヒナ、パンだけじゃ足りないもん」
確かに、凄い量を食べてはいたけど。
育ち盛りではあるだろうし、お腹が空いたと言うのであれば寄る事に関しては構わないので「いいよ」と、最終的には了承しておく。
校門を出ると、駅まではそれ程遠いということもない。
高校の近くの駅ともなれば、利用するのは高校生ばかりなので、日曜日の今日は人通りもそこまで多くなかった。
「今日、お姉ちゃんも誘ったんだね」
「水無月さんって、用務員さんから部活として誘われたからね」
「ふーん」
ヒナちゃんは、やはり二ノ前満月が居ることに対して不満を持っていたらしい。
配慮が足りなかったかなぁとは思うけれど、結局のところ、二ノ前満月が居ると知った上で誘っても、きっとヒナちゃんは来ただろう。
三条さんに、殊更懐いているみたいだから。
「ケイちゃんって、優しいよね」
「五十嶋さん?」
「うん。ヒナに優しい人なんだと思ってた。でも今日はお姉ちゃんが一人にならないように、お姉ちゃんに声掛けてあげてたし」
あれは、そういう意図では無かったのだけど。
ヒナちゃんの目にはそう映ったらしい。
隣を小さな歩幅で歩く彼女に、歩調を合わせて歩きながら、俺はなんてフォローしようか考えたけれど、ヒナちゃんは続けて口を開く。
「ヒナも、そうしなきゃいけなかったんだって思った」
「そうしなきゃって?」
「今日は、ヒナと仲良くしてくれる人ばっかりで、いつもみたいにお姉ちゃんの取り巻きじゃないから」
「うん」
「お姉ちゃんを仲間外れに出来るんだって、ヒナ嬉しかった」
心に隠していたものを、そっと打ち明けるみたいに。
懺悔するみたいに、彼女は重々しく語るけれど、そんなの、当たり前だ。
普段蔑ろにされているヒナちゃんが、たった一時優位に立てて、それを喜んで何が悪いんだろうか。
「ヒナはケイちゃんを見て、間違ってたなって思ったよ」
「間違っては無いよ。人として当然の感情だと思う」
陽の光を浴びてきらきら輝く桃色の瞳が、此方に向けられる。
不安そうに揺れるそれに笑いかけて、俺は続きを口にした。
安心させてあげられるように、比較的優しい声音を努めて。
「自分が間違っているって自分で判断して、それを素直に受け入れられるヒナちゃんは凄いよ」
「……でも、ヒナ、タロくんに八つ当たりした」
「八つ当たりだったんだ」
後ろから突進をかました件だろう。
思わず笑えば、ヒナちゃんはぷっくりと頬を膨らませて、俺の腕を握る。
「タロくんは、ヒナのこと助けてくれるから」
そんな事を、珍しく頬を赤らめて照れたみたいに言うもんだから、驚いてしまった。
きっと、此処には五十嶋さんが居るべきだった。
まず何よりもそんな言葉が頭に浮かんで、溶けていく。
好意を持たれる事は、辛い事だ。
それに応える事が、俺には出来ないから。
頼られたって、してあげられる事には限度があって。
おまけに俺は、この世界を壊すつもりでいる。
「ヒナちゃんが思ってるほど、良いやつじゃないかもよ」
「確かにね! 女の子にモテモテだし」
「モテモテじゃないよ」
「タロくんの周り女の子ばっかだもん!」
「たまたまだよ」
少し調子が戻ったようで、ヒナちゃんは俺の腕から手を離し、身振り手振りで『モテモテ』を表現してみせる。
大きく手を広げて、輪っかを作るのがヒナちゃんなりのモテモテらしい。
「前見て歩かなきゃ転ぶよ」
「ヒナ運動神経良いから大丈夫!」
この無邪気な女の子を助けてあげたいと願う、五十嶋さんの気持ちも、わかる気がした。
俺が日向を想う気持ちと同じだろう。
「タロくん変な顔してるし」
「どんな顔?」
「幸せそう」
「ヒナちゃんが頼ってくれて嬉しいなあって顔かな」
「……ッ! タロくん凶悪!!」
捨て台詞のように叫んだヒナちゃんは、駅の方へ向かって駆けて行く。
その後ろ姿を、転んだりしないだろうかと眺める俺の心境は、本当に日向の後ろ姿を見ている時と同じもので。
これは確かにやりにくいな、なんて、少し思った。