100.近所に住んでた男の子
「あ……ああ、最近話してなかったもんな!」
取り繕う時に、指を擦り合わせる癖は相変わらずの様だった。
鴎太の隣に並んで歩きながら、次の言葉を何にするか、考える。
もう少し、二ノ前満月に対してアピールしておいた方が良いだろうか。
「喧嘩でもしてるんじゃないかって、心配したんじゃないか」
「それは、悪い事したね」
「元々、そこまで仲が良いって訳でも無いしな」
「何気に酷いよな、コタロー」
ははは、と。乾いた笑みを浮かべる鴎太は、少し調子が戻って来ているようだ。
さて、次に聞く事。
不自然にならない様に気を付けながら、探りを入れるか。
「最後に花壇で話した時さ」
その言葉を口にした途端に、鴎太はびくりと肩を揺らす。
なんて、分かりやすいやつなんだ。
ギギギとブリキ人形のように不自然な挙動で此方を見た鴎太は、青ざめている。
――何故、青ざめる?
――ああ。
もしかすると、鴎太は俺を敵かもしれないと疑っているのかもしれない。
思わず苦笑してしまったので、誤魔化すように「なんだよ、その顔」とだけ、突っ込んでおく。
「何の、話したっけ」
「此処に来る前何してたかの話」
「ああ、そっか。そうだな」
「鴎太が何してたか聞いてねーなって。思い出した」
まあ、及第点じゃないだろうか。
この流れならば、不自然では無いし、鴎太がこの世界に来る前に何をしていたかの話に関しては、ストップが掛かる事は無いはずだ。
「オレがこの世界に来る前……か」
鴎太にとって、この話はあまり突っ込まれたく無い話なのだろう。
迷うように視線を泳がせ、口籠る。
「聞きたい、か?」
「まあ、コンビニ着くまで暇だし」
「その程度の興味かよ」
「良いから、話してみろよ」
隣で鴎太が溜息を吐いたのが聞こえる。
それからまた、暫く迷うように時間を置いて、校舎を抜けて校門まで後わずかといったところでようやく、口を開く。
「オレさ、子供の頃からずっと病院に居たんだ」
「病院?」
「ああ、身体弱くてさ。退院してた時期もあったけど、学校なんてほとんど通えてなかった」
開いた口が塞がらないとは、この事だ。
せいぜいトラックに轢かれ掛けて、だとか。
ありがちな展開くらいは予想していたけれど、想像以上に重たい言葉が出てきたもんで、俺は掛ける言葉が見当たらなかった。
「友達って呼べるのも、昔お参りに行ってた神社の子くらいかな。金色の髪が綺麗な女の子だったんだけど」
遠くを見て、思いを馳せるみたいに、鴎太は言う。
『鳳凰くんはその、昔近所に住んでた男の子に似てて……!』
二ノ前満月の言葉が頭を過ぎる。
なるほど、神社の子――つまり、二ノ前満月が本当に神なのだとしたら、
「此処に来る前ってもう本当に寝たきりの状態だったから。神様がオレにくれたプレゼントなのかなって、思ったよな」
――この世界は、鴎太が出来なかった事をする為に、作られた世界なのだろう。
何故、ギャルゲーの世界を模しているのかは、いまいち分からないが。
「今、楽しいか?」
「楽しいよ。だって、夢にまで見た高校生だぜ」
情けなく眉尻を下げて、鴎太は笑う。
その表情は、とても、楽しいという言葉を吐いた人間のものでは無かった。
楽しんでいる事を申し訳無いとでも言うように、鴎太はぎゅうと自身の手を固く握る。
――自分の所為で、沢山の人が巻き込まれている。
鴎太自身もそう気付いているし、だからこそ一人で、この世界の謎を追っていたのだろう。
「なんか、話難い話聞いたな」
「うん、ごめんな」
「別に良いけどさ」
この世界が消えて無くなった時、元の世界に全員が戻された時、たしかに鴎太は死ぬらしい。
この話を聞いて、並の人間であれば、元の世界に戻る事を躊躇するはずだ。
けれど、俺はもう、迷わないって決めたんだ。
全員を殺す事になったとしても、俺は元の世界へ戻る。
「その神社さ、行ってみれば?」
「え?」
「女の子、居るかもしれないだろ」
「……行ってみたけど、いなかったよ。社のところでよく遊んでたけど。いなかった」
「ふうん、どこにあんの?」
「この学校の近くの駅から電車に乗れば、森ヶ縁って駅があるんだけど、そこで降りたら駅前にある」
「――今度、皆で探しに行ってみるか」