10.え、俺のクラスの担任、
「ああ、水無月さんから報告受けてるぞ。入れ入れ」
少し重たい気持ちを引き摺りながら教室へ向かった俺を受け入れたのは、歯を見せて笑う、牛鬼だった。
え、俺のクラスの担任、牛鬼ですか?
―――
空気には質量が存在するのだと身を持って実感した。
葬式よりも重い重い空気に包まれた、此処、一年A組の漬物石は、とてつもなく重い。
牛鬼が教壇から笑い掛けるたびに男子生徒は身を震わせ、その教師と目線を決して合わせないように、ひたすらに俯いている。
ざわざわと話す女子達――ゲーム内では顔すらなかった女子生徒の言葉を盗み聞いたところ、如何やら、何人かの男子生徒は牛鬼の手によって宙を舞ったらしい。
ゲーム内では、教育指導担当に加え、柔道部顧問空手部顧問剣道部顧問陸上部顧問手芸部顧問水泳部顧問男子バスケ部顧問レスリング部顧問アメフト部顧問――の体育教師牛鬼による超絶投げ飛ばしはお約束ではあったのだけれど、これだけ同類の多い現状でそれをかまして外部機関へ逃げ込む輩は居ないのだろうか。
ちなみに、顧問掛け持ちし過ぎだろうというツッコミには、攻略対象キャラクターが所属していない部活に関しては、ほとんどこいつが顧問教師になるせいだと返してやれる。
何にせよ、超人なのだ。
「じゃあ、まず、自己紹介でもしてみるか!」
元気いっぱいに牛鬼が叫ぶと、出席番号一番と思われる男子生徒が、全力で身体を揺らす。
短い手足を先から内へ、鞭の様にしならせ、くねらせる挙動は、ダンスのようにも見えた。
或いは、痙攣しているようにも見える。
そいつはそれでも何とか椅子から立ち上がり、ぴしりと身を正すのだ。
別に、出席番号順とも言われていないのに。
元気よく立ち上がったそいつに、牛鬼は気を良くしたらしく、けたけたと笑っていた。
どうでもいいが、まるで筋肉が笑っているような印象を与えてくる男だ。脳に直接昇〇拳を決められたと錯覚する様な笑顔――、どうでもいいか。
「あ……あ……あああ……ああ……で……あ……っす!」
え、なんて? あ、何個?
ざわざわと聞こえてくる声は非情なものだった。
あああああ、の自己紹介は五度繰り返され、ようやく井上なんたらだの、普通の名前の人間の自己紹介に移行する。
このクラスに『あああああ』は五人居るらしかった。
勇者ブームの時世にでも生まれて来たのだろうか。
下らない事を考えていた罰なのか、その疑問はブーメランとなって、俺に突き刺さる事となる。
「田中太郎です、よろしくお願いします」
当たり障りの無い挨拶を終え、席に着くと、後ろのやつもまた、立ち上がり「田中太郎です」と名乗ったのだ。
このクラスには、あああああが五人。
田中太郎が二人いる。