1.さらばだ、おっぱい
夏の暑い盛りにコンビニで坊主頭の男の子の絵が描かれたアイスを買って、袋は結構ですと断りを入れて、外へ出た。
湿度は如何程だろうか、寧ろ水中なんじゃなかろうかという不快感の中でそいつを貪り食って、当たりの文字を目にしたけれど、二本目を食いたいとは思わずに、備え付けられたゴミ箱にそいつを捨ててやったんだ。
そうしたら俺は、学生服を身に纏った、ピカピカの高校生になっていた。
目の前にはメッセージウィンドウ。
名前を入力してください。
俺はこのウィンドウに見覚えがあった。
見覚えがあると瞬時に判断出来る程、馴染みの深いデザインのメッセージウィンドウだった。
ちょうど高校生の時分にコントローラーのバツボタンのゴムを連打の摩耗により戻って来なくしてやったギャルゲーの、メッセージウィンドウだ。良く覚えていたな、俺。
コントローラーもキーボードも無いけれど、どうやって入力するんだろうか。
試しに『田中太郎』と念じてみれば、ウィンドウには田中太郎と入力されて、決定された。
こうして俺は、不本意にも、田中太郎になってしまった訳である。
変更出来ないなんて、どんなバグですか。
―――
旧校舎の裏の桜の木の下で告白をして結ばれたカップルは永遠の幸せを手に入れる事が出来る。
ありがちな設定だ。
プレイヤーは卒業までの三年間を通して、六人の攻略対象キャラクターから目当ての女の子の好感度を上げ、勉強や運動や部活に励みパラメーターを上げ、最後に桜の木の下で告白をする。
それがこのゲームのおおよその流れだ。
俺はこのゲームの主人公になってしまったのかもしれない。
だとするならば、俺は一刻も早くこの家を出なければならない。
ゲーム開始時、初めて現れる選択肢は、二度寝をする。もしくは、しない、だ。
オープニング画面で名前の設定を終えた俺は、ちょこんとベッドに横たわっている。
ここで、するを選んだ結果、隣の家の幼なじみが家に乗り込んで来て女の子と一悶着する流れがあったはず。その過程で、その女の子の乳が揉めるとか何とか、だったはずだ。
俺は、迷わず布団から飛び出した。
このゲームでバツボタンを擦り倒し、破損させた理由。
それは、強制イベント以外の全恋愛イベント回避をした状態で、一年目、二年目、そして卒業式の日だけに起きる、たった三回のイベントと、一枚しか無いイベントスチルを拝むために、何周も何周も、すべての会話を飛ばす苦行を行なっていた為だ。
俺はこのゲームの、メインヒロインの友人役の女の子に恋をしていた。
攻略対象でも無い女の子。
隠しルートが製作されていたが、日の目を見る事が無かったのだと、ネットでまことしやかに囁かれていた、女の子。
たった三回現れるだけの彼女を追って、ひたすらにひたすらに、そうして直向きに、俺はこのゲームを輪廻した。
ギャルゲー初心者の俺が初めて手をつけたゲーム。
何をしていいのかも分からずに、睡眠は大事だと決め込みパラメーター上げを放棄し、選択肢はすべて制限時間オーバーでフル無視した結果出会えた天使。
名前だって無い友人A。
名無しのモブ子。
俺は彼女にもう一度会う為に、凄まじい速さで身支度を進め、颯爽と家を出る。
さらばだ、おっぱい。
お前に触れる未来は、何が何でも回避してやる。