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《異世界昔話》 お爺さんは山へ聖剣を抜きに、お婆さんは川へドラゴンを手懐けに行ったそうです


昔々あるところに、お爺さんとお婆さんがいました。


お爺さんは毎日山に聖剣を抜きに、お婆さんは毎日川にドラゴンを手懐けに行っておりました。


ある日の事です。何時もの様に聖剣を抜きに山に入ったお爺さん、山の一角に、不思議な不思議な真っ黒な穴を見つけました。

暗くて、深くて、穴の底からゴォゴォ、ウゲウゲ、ギャアギャア聞こえる不思議な穴です。


お爺さんは、慌ててお婆さんを呼び、二人で穴を覗き込みました。

しかし、お爺さんとお婆さんは、その穴が何なのか分かりません。

覗いてみても、何も見えません。

仕方がなくお爺さんは、持っていた聖剣の一本を振り上げ、その穴に落としてみました。

すると、どうでしょう。穴の底からグゲェェェェという金切音が聞こえ、その後静かになったではありませんか。

お爺さんとお婆さんはホッとして、その日は家に帰り、ゆっくりと眠りました。


しかし次の日、お爺さんとお婆さんが穴に行ってみると、またゴォゴォ、ウゲウゲ、ギャアギャアと音が聞こえるのです。お爺さんは仕方がないので、今度は両手に1本ずつ聖剣を握り、それを振り上げ、穴に落としました。

すると、どうでしょう。穴の底からグゲェェェェ、グゲェェェェと金切音が響き、また静かになったではありませんか。

お爺さんとお婆さんは、ホッとしてその日も家に帰ると、ゆっくりと眠りました。


そうして、次の日もお爺さんとお婆さんは穴にやってきました。

昨日よりも少しだけ音は小さくなりましたが、まだゴォゴォ、ウゲウゲ、ギャアギャアと音が聞こえています。仕方がないので、今度はお爺さんが両手に一本ずつ聖剣を握り、お婆さんが両手で一本の聖剣を握り、それを振り上げ、穴に落としました。

すると、穴の底からグゲェェェェ、グゲェェェェ、グゲェェェェと金切声が響き、また静かになったのです。

お爺さんとお婆さんは、ホッとしてその日も家に帰ろうと、穴に背を向け歩き出します。

しかしその時、低く唸る様な声が二人を呼び止めました。


「ぞこの、クソジジイとクソババァ・・・。」


この山奥には、お爺さんとお婆さん以外住んでいません。

お爺さんとお婆さんに話しかけてくる者は、お互い以外、誰もいません。

お爺さんとお婆さんは、互い以外の声に嬉しくなって、笑顔で振り返りました。

けれど、そこには誰もいません。


ただ、口をモグモグと動かしている、ドラゴンがいるだけです。


「おや、誰か居たと思ったのだけどねぇ。」と、少し残念そうなお婆さん。

「ワシも、オマエも年寄りだからなぁ、空耳だったんだろうなぁ」と、残念そうなお爺さん。

そんな二人から視線を逸らし、口をモグモグさせているドラゴンさん。


その日、お爺さんとお婆さんは、少し寂しそうにしながら、家に帰り眠りました。


次の日、お爺さんとお婆さんは、もう一度穴へと行きました。

穴は、昨日よりも少し静かになったものの相変わらず、ゴォゴォ、ウゲウゲ、ギャアギャアと音を出しています。お爺さんとお婆さんは、その穴の周りをぐるりと見回します。もしかしたら、昨日の声は聞き間違いではないのかもしれないという、淡い期待を胸に、穴の周りを見回します。けれど、誰かがいる様子はありません。誰かがいた様子もありません。

お爺さんとお婆さんは、肩を落として、持って来た聖剣を一本・二本・三本・四本・五本・・・と穴へと投げ込みます。


その度にグゲェェェェ、グゲェェェェ、グゲェェェェと金切音が聞こえますが、お爺さんとお婆さんは、聖剣を投げる手を止めません。


「あぁ、寂しいねぇ。話し相手が欲しいねぇ。」と大声で呟くお婆さん。

「寂しいなぁ、あぁ、遊び相手が欲しいなぁ。」と大声で呟くお爺さん。


すると、どうでしょう。穴の中から血塗れの男が現れたでわありませんか。

真っ黒い髪に、真っ黒な服を着た、真っ赤な血塗れの男。

男は身体をプルプルと震わせて、大声を出しました。


「クソジジィにクソババァ!!何やってくれてんだああああぁぁぁ。」


その声に驚いた鳥達が、慌てて飛んでいきます。その声に驚いた動物達が、慌てて逃げていきます。

残っているのは、お爺さんとお婆さん。そして木の陰からコッソリと様子を伺っているドラゴンさん。


「まあまあ、可愛らしい坊ちゃんだねぇ」と、お婆さん

「おやおや、人と会うのは久しぶりだなぁ」と、お爺さん


「人間なんかと一緒にするんじゃねえよ。俺は、魔王だ。先代魔王が、馬鹿な誓約なんて結んじまって、こっちに来れなかったが、今は俺が魔王だ。俺はなぁ、魔界の魔王だけじゃぁ満足できねぇんだよ。この世界の全てがほしいんだああぁぁぁ。」


叫ぶ男に、お爺さんとお婆さんは、何故か嬉しそうに笑っています。

本当に嬉しそうに笑っています。


「あらあら、本当に?とっても楽しみにお待ちしていたんですよ。」


そう言いながら、地面に手を当てるお婆さん。すると、どうでしょう。地面から眩い光を放つ剣達がニョキニョキ生えてくるではありませんか。

数え切れない程の剣がニョキニョキと生えてくるではありませんか。


「最初はね、聖剣を生み出す為に、素材を集めて、何日も何日も祈って聖剣を作っていたんですよ。だけど、魔王様がなかなか来てくださらないから、暇で暇でねぇ。何十年も頑張っていたら、聖剣を生やせる事が出来様になったんですよ。便利でしょう?」


得意げに話すお婆さんに、魔王の表情は引き攣ります。


「聖剣が生えるって・・・何だ??聖女が生み出せる聖剣は、一生に一本だけじゃなかったのか?」


呟く魔王様に、今度はお爺さんが。


「おやおや、私も楽しみにしていたんですよ・・・・フン!!」


そう言いながら、お爺さんは、服を引き千切りました。けれどもお爺さんは、手を使いません。服を引き千切っているのに、手を使いません。

服を引き千切っているのは、お爺さんの筋肉です。先程よりも数倍に膨れ上がっているお爺さんの筋肉です。


「最初はね、『吹けば飛ぶ』と言われるほど、貧弱な身体をしていたんだよ。だけど、魔王様がなかなか来てくれないから、暇で暇でなぁ。毎日聖剣を抜いていたら、こんなにも丈夫な身体になったんだよ。どうだい素晴らしい筋肉だろう。」


得意げに話すお爺さんに、魔王の表情から余裕が消えていきます。


「毎日聖剣を抜くって何だ?聖剣は、一人に一本、一生に一本だけではなかったのか?」


呟く魔王様に、お婆さんは何処から取り出したのか、輝く七色の石の付いた杖を構えます。

お爺さんは近くに生えている聖剣を片手で抜き、構えます。


「えっ・・・あの・・・・やっぱりやめまああああすすすすすすすすぅぅぅぅぅ。」


そう言って、穴へ向かって走り出す魔王様。

全力で走る魔王様。


けれども穴の中からは、ドラゴンさんが顔を覗かせています。

穴を覗いているのではなく、穴から顔を覗かせています。


「え?は???何でドラゴン???部下達は??俺の部下達は??」


ドラゴンさんは、何故だか目を泳がせた後、穴から出ようと踠きます。まるで入った時よりも身体が大きくなったかの様に、穴から抜け出せず踠いています。


「グホッ」


ドラゴンさんは、返事代わりに、魔王様にゲップを投げ付けると、一気に身体を引き抜き、ドタドタと走って行きました。普段は翼を使い空を飛ぶドラゴンさんが、ドタドタと走って行きました。

そのお腹がプックリと膨らんでいるのは、多分気のせいです。

穴の中から、全く音が聞こえなくなりましたが、多分気のせいです。


「えぇっと・・・。」


魔王の様は、ゆっくりと振り返り、お爺さんとお婆さんの前立つと、ゆっくりと静かに膝を地面に付け、ゆっくりと両手を地面に付け、ゆっくりと地面に額を付け、お腹に力を入れ、大声で叫びました。


「申し訳ございませんでしたああああぁぁぁぁぁ。」


ガタガタ震える魔王様。

お爺さんとお婆さんは優しい笑みを浮かべています。


「私ね、長い長い間、貴方に会う為に頑張ってきたんですよ。だから、私の努力の成果を見てくださいな。」


「私はね、長い長い間、君に会う為に頑張って来たんだ。たから、私の努力の成果を見てほしい。」


二人は優しい笑顔のまま、拳を振り上げます。

振り上げて、振り下ろします。

けれど、その拳は、魔王様には当たりません。

魔王様がギリギリで避けたので、当たりません。

けれども、魔王様は叫びます。全力で叫びます。


「聖剣と杖はどうしたああああぁぁぁ。」


お婆さんの手に杖はありません。

お爺さんの手に剣はありません。


「私ね、杖が苦手なの。どうしても力が入り過ぎちゃって、ホラ。」


お婆さんの足元には、お婆さんが握っていた場所から、ポッキリと折れた杖が転がっています。


「私はね、剣術が苦手なんだよ。いくら頑張っても、投げるくらいしか出来ないんだよ。」


お爺さんの持っていた剣は、何故か魔王様の遥か後ろにある木に刺さっています。

お爺さんとお婆さんは、困った様に笑い、自分達の拳を強く握ると、キリリとした表情で言い切りました。


「「だから拳で。」」


その言葉に、何故だか魔王様は震えています。


「本当に、本当に、申し訳ございませんでしたああああぁぁぁぁぁ。勇者様がこんなに強いとは思わなかったんです。聖女様がこんなに強いとは、思わなかったんです。」


今や、涙と鼻水を垂らしながらガタガタと震えています。

そんな魔王様に、お爺さんとお婆さんは、首を傾げます。


「おやおや、やだわぁ私が聖女様だなんて。私達はただのお爺さんとお婆さんですよぉ。」

「おやおや、やだねぇ私が勇者様だなんて。私達はただ、この地にいつか魔王が現れるという予言を受けて、魔王が来たら知らせるように言われただけの、ただの森の管理人ですよぉ。」


そう言って、二人は笑います。

拳を構えて笑います。


「さあさあ魔王様、語り合いましょう。」

「さあさあ魔王様、遊びましょう。」

「「拳で」」


爽やかな風が吹き抜け、穴の中から漂う血生臭い香りを運んできます。

遠くの方では、ドラゴンさんのゲップ音が、軽やかに響いています。

お爺さんとお婆さんの目の前では、魔王様の鼻水と涙と、ゴニョゴニョが地面を潤わせています。




その日から、毎日魔王様の叫び声が響いています。

その日から、毎日木々が倒れています。

その日から、毎日地面がひび割れています。


けれどもお爺さんは楽しそう。お婆さんも楽しそう。

魔王様は・・・・









「婆ちゃん婆ちゃん。この後魔王様はどうなったの??」


老婆の膝の上で、黒い髪の少年がキラキラとした目で、目の前の絵本を眺めている。

少年を膝に乗せている老婆は、優しく微笑みながら、そっと本を閉じ


「この後魔王様は、浄化されて、とっても良い子になってねぇ。お爺さんとお婆さんと仲良く暮らしたんだよ。」


そう言いながら、少年の頭を愛おしそうに撫でました。

少年は、老婆の手を嬉しそうに受け入れ、眩しいばかりの笑みを浮かべています。


「ほら、そろそろ爺さんが帰って来ますよ。ガチャガチャと剣のぶつかる音が聞こえるでしょう。」


老婆の言葉に、少年は急いで老婆の膝から飛び降りると、急いで玄関扉へと駆け寄り、扉を開きました。


「爺ちゃんお帰りいいいぃぃぃ。」


少年の元気な声に、背中に大量の剣を背負った老人は、嬉しそうに微笑みながら少年の頭をなでます。


「ただいまぁ、今日は何をしていたんだい?」


老人の言葉に、少年は持っていた絵本を老人の目の前に掲げ、元気な声で言いました。


「異世界昔話を読んでもらったのぉ。」


老人のはその本を、何故だか複雑な表情を浮かべて眺め、老婆に向かって溜息を吐き出していました。

老婆は、何故だかドヤ顔で老人を見ています。


少年の持つ本に、作者の名前はありません。

手書きで書かれた、世界でたった一つの絵本だから。



おしまい。





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