台風
供養です。
季節外れの台風。テレビでは超巨大だとか、河川の氾濫に注意だとか、アナウンサーが真剣な顔で話していた。
「和臣ー、これ午後休校じゃね? 窓の外見てみろよ、雨えぐい」
「これでピークは夜だってな。もうすぐ帰れなくなるぞ」
「.......山田、俺もう帰るから先生に言っておいて」
「「は?」」
「風強いなー、傘はもうさせないな」
「おい、和臣! なんで帰るんだよ!」
「ウチ遠いんだよ、じゃあな」
そのまま教室を出ようとすると、葉月が寄ってきた。
「ちょっと、帰るの?」
「うん。清香迎えに行ってくる」
「.......そう」
「あと、ウチの方で俺消防団に駆り出されると思うから。山の方は若い奴が足りないんだよ」
「.......」
葉月は口をへの字にしていた。
「今日家くる? 1人だとこれはやばいだろ」
「.......行くわ」
「うん。じゃあ、待ってるから」
「私も帰るわ、ちょっと待って」
「へ?」
葉月が急いでカバンを持ってくる。
「.......まだ授業あるよ?」
「どうせもう休校よ。それに、なんだか嫌な感じがするの」
「もしかして台風怖いの?」
ごちんっと脛に蹴りが入る。涙すら引っ込んで、喉から、きゅーっという音が鳴った。
「そんな訳ないでしょ」
「.......すいません.......」
その時、教師が入ってきて休校を告げた。
なるべく早く帰宅しろ、との事だった。
「小学校よるけど、いい?」
「もちろんよ。場所はわかるの?」
「さすがに6年通ったからな!」
小学校についた時には、俺も葉月もビタビタだった。
「あ! 和兄!」
下駄箱で待っていると、清香が走ってきた。
「葉月お姉ちゃん! 迎えに来てくれたの?」
「そうよ。 帰りましょ」
「うん!」
ニコニコした妹は、葉月と手を繋いで嬉しそうだった。
「.......清香、兄ちゃんは?」
「和兄の手、なんかジメッとしててやだ」
頬を雨粒が伝った。暖かい雨だった。
その後閉まりかけのバスに飛び乗って、家の門をくぐった時には全員水浸しだった。
「おかえり。和臣、お迎えありがとう。葉月ちゃんは、今日はお泊まり?」
姉がタオルを持って来てくれた。妹はそのまま風呂に入れられた。
「お邪魔します。今日は泊めていただいてもいいですか?」
「もちろんよ。さ、冷えないうちに着替えましょ。和臣、兄さんは帰らないけど、消防団は準備してるって」
ウチの近くの消防署は小さい。しかも、ここら辺には家が少なく、若い男は全員消防団に駆り出される。
「了解ー」
着替え終わって居間で人生ゲームをする。姉は医者、妹はタレント、葉月はスポーツ選手。俺は先程職を失いトルコに飛ばされ1回休み。
「.......何故?」
「あ、和兄また休みー!」
「和臣、あなたここでも目的地にたどり着けないのね.......」
「あ、お姉ちゃん結婚したわよ。ちょっと、相手はどんな人かしら」
3人はきゃいきゃいと楽しそうだ。俺はしばらくルーレットにすら触れていない。何故かオーストラリアで砂金を探すハメになっていた。
「あ、電話」
どうせする事もないので鳴り出した電話を取れば、消防団のリーダー、後藤おじさんだった。
「もしもし。七条ですけど、和臣の方です」
「孝臣くんと久臣さんはいないか!?」
「すいません、今日は帰らないです。土嚢積みですか?」
「七河さんとこの坊主がいなくなった! こんな天気だ、早くしないとまずい! 和臣くんだけでも来られるか!?」
「七河さんって、隼人くんか!? 今から行く!」
電話を切って、消防団の上着を羽織る。
「姉貴、七河さんとこの隼人くんがいなくなったらしい。探してくる」
「は!? ちょっと、聞いてないわよ!?」
姉貴が立ち上がって電話をかけ始める。
七河さんは、ウチの分家の1つだ。当代が能力者ではないので、少し関わりが薄くなってはいたが。
「じゃあ、俺行ってくる。携帯は壊れるから持っていかないぞ!」
妹の頭を撫でて、玄関に行く。
「和臣!」
葉月がぎゅっと唇を噛んで俺を睨んでいた。
「.......気をつけて。早く帰ってきて」
「おう! はは、今日は弱気だな!」
「.......本当に、気をつけて」
「あれ? 本当にどうした? 大丈夫、すぐ帰るよ」
レインコートを着て外に出れば、風がすごくとても目を開けていられない。
「和臣くーん! 俺達は公園探しに行くぞー! 親と喧嘩して飛び出したらしい!」
門の外には消防団の人達が集まっていた。
「わかりました! お騒がせしてすいません」
「いいってことよ。早く見つけてやろうな」
「ありがとうございます」
後藤さん達と公園に行って、近くを探す。
「居たかー!?」
「こっちは居ねぇぞ!」
「こっちも!」
慎重に辺りを探しても、妹より二つ下の男の子は見つからない。
「隼人ーー! 和臣だー! 出てこーい!」
叫んでみても、風に声を飛ばされてしまう。
焦る気持ちを押さえつけて、もう一度ゆっくり探していく。
「居た!」
誰かが叫んだ声が、やけに耳に響いた。
全員が走ってきて、公園の裏の池を見る。
池のフェンスを超えて、荒く波打つ池の淵に座り込んでいるのは、小さな男の子。
「俺行きます!」
フェンスを乗り越えて、座り込んだ男の子を抱える。隼人くんはグズグズに泣いていて、どこもかしこもドロドロだった。
「隼人、家帰るぞ!」
泣きっぱなしで返事はなかったが、そのままフェンスに足をかけた。
「和臣くん、大丈夫か!? 登れるか!?」
片手でフェンスをよじ登って、隼人くんを後藤さんに渡す。俺もフェンスを越えようとした時。
「わっ」
強い風が吹いて、木の枝が飛んできた。咄嗟に腕で庇って、気がつけば。
「和臣くん!!」
どぷんっと間抜けな音がした。