ビンラディンの次に ~ジェームズ・バルジャー~
1995年、FBIがひっくり返った。
FBI捜査官がギャングと癒着し、殺人を含む数々の罪を見逃していたのだ。
FBIはこのギャングを『FBI最重要指名手配リスト・トップ10』に掲載した。
賞金は200万ドル。
バウンティハンターの皆さま。朗報です。
危険なギャングとはいっても、もう六十六歳。
一緒にいるのは内縁の妻だけです。
ナンバー1のオサマ・ビンラディン2500万ドルに比べると見劣りするが、こっちは自爆テロリストがたくさんいるので、危ないです。
そろそろ我慢ができなくなってきたと思うので、ミスター・200万ドルの名前をお教えしよう。
ギャングの名前はジェームズ・〈ホワイティ〉・バルジャー。
さあ、外に出て、年寄りギャングを捕まえよう!
――†――†――†――
ごめんなさい。
バルジャーは2011年に逮捕されています。
――†――†――†――
ジェームズ・〈ホワイティ〉・バルジャーは1929年生まれ。
マサチューセッツ州ボストンのアイルランド系マフィアを束ねるボスだった。
実の兄のウィリアムは州議会議員。
ただ、これよりも問題なのは、幼馴染がFBI捜査官ということ。
捜査官ジョン・コノリーはなかなか野心的な人物で、ボストンのイタリア系マフィアを一網打尽にして出世するという夢があった。
そこでバルジャーと接触する。
1970年代、バルジャーの率いるウィンター・ヒル・ギャングはボストンのイタリア系マフィア、パトリアルカ・ファミリーと冷戦状態にあった。
表面上は何もないように見えたが、シノギや縄張りで押されていて、かといって、真正面から抗争になれば、敵わない。
そんなバルジャーにコノリー捜査官は取引を持ちかける。
マフィアを売れば、バルジャーは勢力を伸ばせる。
自分は出世できる。
「冗談じゃねえぞ、コノリー。いくら、相手がクソッタレのイタ公でも密告はしねえ。それがおれたちのルールだ」
「じゃあ、密告じゃなくて取引ってことにしよう。FBIにコネがあるって豪語してるやつならいくらでもいるだろ? ただの取引、コネクションだ。タレコミじゃない」
「……」
「な? ただの取引だ」
コノリーはバルジャーともうひとり、右腕のスティーブン・フレミに会い、協定を結ぶ。
ルール1.タレコむのはイタ公のみ。
ルール2.バルジャーたちは殺人と麻薬以外で目こぼしをしてもらう。
こうして始まったFBIとギャングの持ちつ持たれつ。
バルジャーは早速、マフィアのナンバー2、ジェリー・アンジュロの隠れ家を密告し、FBIはそこに盗聴器を仕掛け、アンジュロが油断して、違法事業についてべらべら話しているのをしっかり録音した。
アンジュロは事実上、パトリアルカ・ファミリーを仕切るボスだったのだが、所在はつかめず、FBIボストン支局は何年も追っていた。
それをバルジャーを手懐けた新任捜査官コノリーがアンジュロを見事に逮捕する。
一躍、コノリーはFBIで時の人になった。
さらにコノリーはいくつかの麻薬取引の現場を押さえたのだが、それはもちろんバルジャーの情報提供によるものだった。
結果が全てなのはFBIも同じだったが、このころからバルジャーが密告に味をしめてしまう。
バルジャーは自分が関わっている麻薬取引以外の取引をたれこんでいた。
さらにバルジャーはオクラホマ州の実業家ロジャー・ウィーラーを殺害したのだ。
理由はウィーラーがフロリダで展開される、ハイアライというスポーツの団体を買い取ったのだが、バルジャーたちはこの団体がマイナーなのをいいことに資金の横領をやっていた。
ウィーラーは会計監査をすると言ったので、横領がバレる。
そのため、ウィーラーが殺されたのだ。
コノリーはそれを知っていた。
というのも、コノリーはバルジャーたちにFBIがウィーラー殺害事件でジョン・キャラハンを逮捕する予定だと教えたのだ。
キャラハンはハイアライ団体の横領に関わっていた。
間もなくキャラハンの射殺体が放置された車のトランクから見つかった。
『ルール2.バルジャーたちは殺人と麻薬以外で目こぼしをしてもらう』は『ルール2修正条項.バルジャーたちは全ての犯罪で目こぼししてもらう』に変わっていた。
1982年にはバルジャーたちがレバノン人の私設馬券屋を殺したのを目撃したとある麻薬ディーラーがFBIに訴えた。
コノリーはそれをそのままバルジャーに教え、麻薬ディーラーとたまたま一緒にいた友人が殺された。
情報はFBIからギャングへと逆流していた。
しかし、バルジャーが密告に味をしめた以上にコノリーが味をしめ始めた。
バルジャーとの付き合いが始まったあたりから、明らかに生活が派手になり始める。
47000ドルのボート。
サウスボストンのコンドミニアム63000ドル。
ブリュースターのコンドミニアム80000ドル。
チャタムに購入した土地98000ドル。
上記土地に建てた家が130000ドル。
コノリーは手柄で昇給したが、それでも年収は65000ドル。
言うまでもなく、この分不相応な出費のもとはバルジャーから出た金だった。
バルジャーの右腕だったフレミは少なくとも250000ドルは使ったと言っている。
そのうちイタリア系マフィアが以前ほど脅威でなくなると、バルジャーは密告する相手に困り、自分の仲間まで密告し始めるようになる。
やりたい放題のバルジャーとコノリーだが、協定締結から二十年後の1994年、終わりがやってきた。
DEAや地元警察はずっとバルジャーが野放しになっているのを不思議がっていた。
バルジャーを逮捕しようとしても、もぬけの殻だったり、重要な証人が行方不明になったり。
というか、FBIから情報が漏洩しているのではないかと疑っていた。
そこで、DEAとボストン警察、州警察はバルジャーに狙いをつけて、一斉逮捕の準備をした――FBIには何も告げずに。
1994年12月、バルジャーのウィンターヒル・ギャングはあっけなく次々と逮捕された。
そして、逮捕されるとみなあっけなく司法当局に寝返って、何もかも吐き出した。
バルジャー本人にはギリギリのところでコノリーが逮捕が近いことを伝え、内縁の妻と一緒に逃げ出した。
コノリーは逃げきれず逮捕され、2000年、連邦裁判所で違法事業に関わった罪で十年の懲役、さらにハイアライ関係者キャラハンについての第二級殺人で州刑務所の懲役四十年、合計五十年の刑務所入りが決まった。
ただ、2021年に高齢を理由に釈放され、シャバの病院に移っている。
さて、一連の逮捕劇で完全に蚊帳の外に置かれたFBIはこのままでは面目が立たねえと本気でバルジャーを追い、その本気度を見せるために逮捕につながる情報提供者に賞金200万ドルを払うと宣言。
六十六歳の老ギャングとその内縁の妻に破格の賞金がついたのはこういう事情である。
それからは世界じゅうからバルジャーの目撃情報が寄せられた。
ロンドンで『ハンニバル』を見ていたとか、ノルマンディーの戦い六十周年記念式典にいたとか、シチリアにいたとか、ドイツでアメリカ人の老夫婦を見たがあれはバルジャーだったかもしれないとか。
二百万ドルは恐ろしくパワフルである。
FBIはカナダにいると見ていたが、結局、2011年6月22日、通報があって、カリフォルニア州サンタモニカのアパートで内縁の妻と一緒に逮捕された。そのときの年齢は八十一歳である。
ジョニー・デップが頭をハゲにして主演した『ブラック・スキャンダル』では話はここで終わっている。
その後、どうなったかというと、二年後の2013年、バルジャーは殺人、資金洗浄、恐喝などなどで終身刑二回を食らい、2018年、連邦刑務所で死去。享年八十九歳。
死因は撲殺。
犯人はちょうどそこに収監中の囚人で元マフィアの殺し屋フレディ・ゲアス。
ゲアスは雇い主のマフィアのタレコミで捕まっていて、この男は日ごろから『タレコミ屋と女を殺すやつはクズだ』と言っていた。
バルジャーはタレコミ屋で、また自分を密告したと思って女性をふたり殺している。
そんなわけでゲアスは車椅子のバルジャーを殺したのだが、バルジャーの両目は飛び出して、舌はほとんど切り取られていたという。
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さて、一番気になるのは賞金200万ドルを誰が得たかだろう。
賞金はバルジャーの居所を通報した、近所在住のグラフィック・デザイナーで元ミス・アイスランドの女性のものになった。
みんなも200万ドルが欲しかったら、ご近所さんに目を配ろう。