人を殺したことがないマフィア ~ロバート・ディベルナルド~
マフィアにはメイドマンと呼ばれる正式組員とアソシエーツと呼ばれる準構成員がある。
いっぱしの犯罪者ならメイドマンになりたいが、メイドマンになるには頭が切れ、度胸があって、金儲けがうまくないといけない。
そして、ファミリーがこいつはいけるなと思ったそのとき、最終試験として、用意するのが殺人だ。
FBIのおとり捜査官ジョセフ・ピストーネが六年に渡る潜入捜査を切り上げるきっかけになったのはマフィアたちがピストーネをメイドマンにするために誰か殺させようとしたためだった。
このようにマフィアになるには誰かを殺さないといけないのは鉄則だが、それでもいつだって例外はあるもので、誰も殺したことがないのにマフィアのメイドマンになり、それどころか幹部になったものがいる。
それがロバート・ディベルナルドである。
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ディベルナルドはガンビーノ・ファミリーの幹部で、なぜ人殺しはおろか暴力全般から遠ざかって、出世ができたのか。
答えはポルノである。
ディベルナルドはポルノ王だったのだ。
場所とスタッフとオネエチャンを準備して、ガンガン撮影する。
オネエチャンはプロの場合もあったし、借金で首がまわらくなった素人のケースもある。
ディベルナルドが頭角をあらわした七十年から八十年はビデオテープも頭角をあらわした時代で、その前なら映画館で見るしかなかったポルノ映画が、もっと簡単にアダルトビデオとして、おうちで見られるようになった。
彼のラインアップは多岐にわたり、通信販売から質屋を介した販売で全米じゅうに違法ポルノを雑誌とビデオでばら撒いた。
この時代のティーンエイジャーたちはシコるとき、彼の製品にお世話になったことだろう。
ちなみに一番売れたのはデンマークから輸入したハードコア児童ポルノだというから胸糞悪い。
こんなカッコ悪い稼ぎ方で幹部になれたのはひとえに儲かっていたからだ。
上納金をかなりの額、納めていた。
どのくらいかと言うと、ジョン・ゴッティというゴリゴリの武闘派幹部が陰でディベルナルドのことを変態のポルノ野郎とさんざん馬鹿にしていたのに、自分がボスになって、その上納金が自分に納められると、ディベルナルドをさんざん持ち上げるくらいの額だ。
また、ディベルナルドは同じメイドマンたちにカネを貸していた。
マフィアの掟にはマフィアがマフィアを殴ることは禁止されている。
だから、借金が返せないマフィアに荒々しい取り立てができない。
だから、代わりにそのメイドマンの上司である幹部に直談判する。
これをされるとメイドマンは困る。
仲間内の借金も返せないだらしないやつと見なされると、重要なシノギをまわしてもらえないし、出世に響く。
ディベルナルドはそんなメイドマンたちに「いいよ、いいよ。上司には内緒にしておくからさ。払えるときでいいから返してね」と言って、メイドマンを懐柔するのだ。
と、まあ、結局カネである。
あと、もうひとつ。ディベルナルドの下にはメイドマンがいない。
通常、幹部の下には何人かのメイドマンがつき、これをまとめて、〈クルー〉と呼ぶのだが、ディベルナルドにはクルーがなかった。
おそらく、ポルノ撮影絡みの準構成員はいただろうが、それ以上の部下はいなかった。
こっちのほうが珍しいかもしれない。
ディベルナルドは世渡り上手で自分の名前は出ないようにしてポルノ・ビジネスをまわしていた。
警察も逮捕にこぎつけるも無罪放免。
ところが、そんなディベルナルドの名前が全米じゅうに知れ渡ってしまう。
それは大統領選挙にまつわるスキャンダルだ。
1984年の大統領選挙で民主党の副大統領候補はジェラルディン・フェラーロという女性で、初めてのイタリア系アメリカ人候補で初めての女性候補だ。
検察局務めから弁護士、下院議員といった具合でキャリアアップした優秀な人でアメリカ初の女性副大統領、ひょっとすると、ゆくゆくは初の女性大統領になっていたかもしれない。
しかし、フェラーロは落選する。
カトリックでありながら、中絶に賛成したためにカトリック系議員を巻き込む論議を呼んだのだが、もうひとつ、致命的なスキャンダルがあった。
不動産会社の社長をしている夫がディベルナルドに部屋を貸していたのだ。
フェラーロ
イタリア系の名字
中絶OK
夫がポルノ王に場所を貸す
ポルノ王はマフィア
イタリア系
中絶OK
嫌な連想ゲームである。
実際、貸していたのはただの事務所でスタジオではなかったが、中絶OK政策はポルノと結びつき、イタリア系の出自はマフィアと結びつき、貸した部屋はスタジオじゃないかとさんざん噂され、惨敗。
この一件でフェラーロの政治生命は断たれ、ディベルナルドの名前は児童ポルノの総元締めとして全米じゅうに知れ渡ってしまう。
さて、これが1984年の話。
翌年の1985年には彼が所属するガンビーノ・ファミリーで暴力的な代替わりがあって、ボスのカステラーノが殺されて、ジョン・ゴッティがボスになった。
ディベルナルドはカステラーノに物凄い上納金を支払ったのに、さんざんコケにされてきたので、ざまあと思っていたらしく、またゴッティとの関係は比較的よいものになった。
このゴッティという人物はギャンブル中毒で、しかも負けた額が多額であることを自慢するタイプの本当にどうしようもないギャンブル中毒だった。
だから、いつでも現金を用意してくれるディベルナルドは重宝された。
そんなディベルナルドは1986年6月5日に殺されてしまう。
ボスのジョン・ゴッティの命令なのだが、殺しを命じられたほうは不思議がった。
ゴッティはディベルナルドが謀反を企んだと言うのだが、メイドマンの手下を持っていなくて、自身、ひとりも殺したことのないディベルナルドがどうやって反乱を起こすのか。
ゴッティの側近がディベルナルドに「きみは幹部になれる器じゃないよ」とか「さすがに借金が多すぎる。ゴッティに相談するからね」と言われてムカついたあたりが理由だろう。
ゴッティはそれを口実にポルノ・ビジネスを乗っ取るつもりかもしれない。
ただ、殺しを命じられたサミー・グラヴァーノは殺して殺して殺しまくってファミリーに貢献してきたし、その部下には殺して殺して殺しまくってサミーに貢献してきたオールドマン・ジョー・パルータという人物がいる。
だから、ボスが殺せと言われたら、不思議だなと思いつつも殺すのだ。
人殺しはやはりマフィアの本領である。
例外はあれど、やはり、そういう人たちなのだ。




