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慢性金欠性疾患 ~ステファノ・マガディーノ~

 ケチ。


 これほど人望を失いやすい短所はそうそうない。


 デートは一円単位の割り勘とか、風呂にペットボトルを大量にぶち込むとか。

 格好はよくないし、そもそも、それほどお金がたまるわけでもない。


 そして、こういう人に限って、うっかり暖房をつけっぱなしにして、出かけたりしてしまう。


 マフィアの世界ではどうなのか?


 一般人とは違う考え方で生きているマフィアのあいだでも、ケチはあまりいいこととは思われていない。


 ただ、古い考え方のマフィアたちのあいだでは目立たないように暮らすことは良きこととされ、ガンビーノ・ファミリーのボスで当時全米最大の規模を誇ったカルロ・ガンビーノは百万ドルの豪邸ではなくアパート住まいで車はキャデラックではなく型落ちのリンカーンだったと言われている。


 マフィアのあいだではケチはかっこ悪いが、質素はよしの気風があった。


 ここまで読んできた方なら、名前を覚えてくれているかもしれないが、ニューヨーク五大ファミリーのボス、ジョセフ・プロファチはケチなボスだった。


 五万ドルの上納金を納めないやつをギャロ兄弟に殺させて、縄張りをくれてやると言いながら、その約束を反故にして、反乱を起こされた、あの人である。


 プロファチの良くないところは手下にケチケチなくせに自分は贅沢しているところである。


 熱心なカトリックとして教会に多額の寄付をし、豪邸を三つも持っていた。全米最大のオリーブオイル輸入会社をはじめ、二十以上の合法企業のオーナーだった。


 その一方で手下は一セントでも足りないとシメられる上納金支払いに頭を抱え、なぜか上納金以外に突然カネをむしられ、反対したら殺されるという理不尽。


 ギャロ兄弟の反乱がなかなか鎮圧されなかったのはカルロ・ガンビーノの秘密の支援があったからだが、それ以上にプロファチのやり方に怒り心頭だった子分が大勢いたせいでもあるのだ。


 じゃあ、ケチだけど、自分も贅沢をしていないボスの場合は?


     ――†――†――†――


 ステファノ・マガディーノはニューヨーク州バッファローのボスである。


 バッファローという都市はナイアガラの滝のそばにあり、カナダに近い。


 カナダに近いということは禁酒法時代は酒の密輸拠点として繁栄しているということで、さらにカナダルートで麻薬を密輸もしているということである。


 マガディーノはマフィア三大出身派閥のひとつ、カステランマレーゼ・デル・ゴルフォの出身で、同じ出身地の仲間と組んで、1920年代初頭にはグッド・キラーズという殺し屋部隊にいたこともあった。


 その後、1922年、マガディーノはバッファローのボスになり、五十年以上、その地位にあり続ける。


 ニューヨーク五大ファミリーのボス、ジョセフ・ボナンノとは同郷の親戚であったが、ボナンノは麻薬密輸ルートを独占したくて、マガディーノがカナダに持っていた縄張りにちょっかいを出しまくっていたので、仲はよくなかった。


 ボナンノとプロファチのことでニューヨークに暗雲が立ち込めると、マガディーノはガンビーノ=ルケーゼ派に肩入れする。


 そのせいで後でボナンノの殺しのリストに入れられることもあったが、その前にボナンノが失脚した。


 さて、このマガディーノ、ケチである。


 ただし、プロファチと違って、マガディーノは暮らしぶりは質素だった。

 酒もギャンブルもしない。愛人も作らない。煙草すらやらない。


 それなのにいつもカネがないないと嘆いていた。


 子分たちは割高な上納金を支払っていたが、マガディーノは、


「仕方ないだろう。ファミリーにはカネがないんだ。このままじゃファミリーが維持できない。空中分解しちまう」


 と、早口のシチリア方言で嘆いていた。


「ボスはいつもカネに詰まってるよな」

「でも、遊びに使えるカネもないみたいだぜ」

「まあ、ファミリーが空中分解したら、おれたちも困るし」

「仕方ない。貧乏なボスをおれたちで支えるか」

「しかし、上納金はどこに消えてるのかなあ」

「賄賂じゃないのか?」

「賄賂かあ」


 マガディーノは麻薬密輸にはかかわったが、自分では手を出さなかった。

 逮捕されたら、貧乏だから法廷闘争に耐え切れないからだ。


 そこでマガディーノは密輸ルートを麻薬業者に使わせて、マガディーノは警察と政治家への根回しによる保護をしてやる形で保護料を取っていた。


 ところが、ある麻薬業者の兄弟が警察に逮捕された。

 弟のほうは「兄貴が逮捕されたのはマガディーノの保護が不十分だったからだ、兄貴に差し入れるカネと弁護士費用を出せ」といい、マガディーノはもちろん断った。


 すると、弟はじゃあ、取引のことを警察にしゃべるぞと脅してしまい、まもなく焼死体で見つかった。


     ――†――†――†――


 マガディーノはいつも、ああ、カネがねえ、カネがねえ、とぼやいていた。


 確かにニューヨークやシカゴに比べると、バッファローは小さい。

 しかし、いくらなんでもこんな金欠になるのはおかしい。


 マガディーノにはアントニオという弟がいるのだが、このアントニオは兄と違って、飲む打つ買うの三拍子で、マガディーノもときどき弟の不摂生を嘆いているのだが、そのカネはどこから出ているのだろう?


 その答えは1968年に分かることになる。


 FBIはマガディーノ宅や電話を盗聴していた。

 マガディーノも盗聴に注意して電話を使わず、重要なことは全部早口のシチリア方言で話していたが、FBIはシチリア方言の分かる捜査官を用意していた。


 1968年、マガディーノはスポーツ賭博のノミ行為で数人の幹部とともに逮捕された。

 この幹部のひとりは息子のピーターであったのだが、その家宅捜索で、


「おい、何か隠してるだろ」

「なんも隠してないですよ、おまわりさん」

「この床はなんだ? なんか変だぞ」

「なんも変じゃないですよ」

「おい、誰かバール持ってこい」

「なんもない! なんもないってば!」


 秘密の隠し場所からは現金で五十万ドルが見つかった。


 現在の価値ならゼロひとつつけて、五百万ドル。

 現在の日本円にして約六億円。


 カネはあったのだ。

 あったけど、隠していたのだ。


 子分全員がマガディーノを見限った。

 事実上の追放で、子分たちは勝手にボスとアンダーボスと相談役の任命を行い、バッファロー・ファミリーは子分の財布に優しい新体制になりました、とニューヨーク・マフィアのコミッションの場で表明した。


 コミッションはマガディーノのボス降ろしを公式に認めることはできなかった。

 長くボスだった人間を降ろすのを許可して前例を作りたくなかったし、ボナンノの追放のことで、ニューヨークの状況が込み入っていた。


 それにマガディーノは当時、七十六歳で、もうちょっと頑張れば自然死するだろうと思い、なあなあにして時間に解決させることにした。


 マガディーノはバッファローの北にあるナイアガラフォールズに住居を移し、法廷闘争に少ない現金をむしられながら、悲観の末、1974年に病死した。享年八十二歳。


     ――†――†――†――


 マフィアにとって、ケチであることはやはり致命的らしい。

 だが、同じケチでも贅沢をしていたプロファチよりも、カネがないふりをしていたマガディーノのほうが子分たちの反応は激しい。


 マフィアの掟、その一。

 マフィアはマフィアに嘘をついてはならない。


 やはり、これの意味は大きいのだ。

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