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退職代行 ~ヴィンチェンツォ・シナグーラ~

 もし、あなたがマフィアから何かを盗んだら、選択肢は三つ。


 1 逃げる

 2 殺される

 3 パシリになる


 ヴィンチェンツォ・シナグーラは3を選んだ。


 結局、それが最悪の選択肢であったことをシナグーラは後で知ることになる。


     ――†――†――†――


 1970年代、マフィア同士の抗争があり、パレルモの二大ファミリー、ボンターテ・ファミリーとインゼリッロ・ファミリーが壊滅した。


 ここでのし上がってきたのは内陸部のコルレオーネのファミリーだった。


 彼らはパレルモの別のファミリーと同盟し、古株グレコ・ファミリーとも同盟し、逆らう人間は殺しまくった。


 このとき、殺し屋の貸し借りがあった。

 グレコ・ファミリーのボスのミケーレ・グレコは〈法王〉というたいそうなあだ名をつけられたが、指導力がなく、コルレオーネのマフィアたちのいいなりだった。


 そのため、ピノ・グレコやマリオ・プレスティフィリッポといった残忍な殺し屋たちは自分たちのボスを見限って、コルレオーネ・マフィアのためにせっせと人殺しをした。


 こうして、コルレオーネのマフィアは譜代と外様の殺人鬼を抱えることになる.


 フィリッポ・マルケーゼも外様のひとりだった。


 マルケーゼはパレルモの南東、コルソ・デイ・ミッレ地区のボスだった。

 コルソ・デイ・ミッレとは〈幾千の航路〉という意味である。


 パレルモの海岸沿いにあり、昔はここからキャラック船が地中海じゅうの港へ出ていったのだろう。

 現在はきれいなビーチである。


 この風光明媚なコルソ・デイ・ミッレの海にマルケーゼは硝酸で溶けてとろとろになった死体を捨てた。


 もう、これをきいただけで最悪だが、もっと最悪なものをシナグーラは見せられることになる。


     ――†――†――†――


 シナグーラの役目は足をおさえることだった。


     ――†――†――†――


 マルケーゼは自分の縄張りから外れる場所のサント・エラスモ広場に〈死の部屋〉と呼ばれる部屋を持っていた。


 マルケーゼのお気に入りはその部屋の椅子に哀れな犠牲者を縛りつけ、絞め殺すことだった。


 具体的に言うと、その犠牲者を縛りつけると、長いロープを首に巻き、二人がかりで左右に引っぱって、絞殺するのだ。


 しかし、犠牲者は死に物狂いで暴れる。

 そこでシナグーラは足を必死になっておさえるのだ。


 シナグーラ曰く、人を絞め殺すのは最低でも五分はかかる。

 そのあいだ、犠牲者はゲーゲー呻き、クソをもらし、ションベンをもらし、と、とにかく最悪だった。


 マルケーゼはたいてい紐を引っぱる役だ。


 マフィアは人殺しはビジネスの一環だと言うが、ときどき人殺しが好きで好きでたまらない困ったやつがいる。

 マルケーゼは間違いなく、その困ったやつだった。

 人が絞殺されるのを見ながら、コカインをキメて、ズボンとパンツを下ろして、マスターベーションにふけっていたのだから、本当にひどい。


 世界じゅうの連続殺人鬼を特集した本やサイトにはマフィアの人殺しが掲載されることが少ない。

 でも、第一回のマッド・サム・デステファノやこのフィリッポ・マルケーゼのように、連続殺人鬼にカテゴリーすべき異常者は大勢いるのだ。


 死の部屋におけるシナグーラの仕事は足をおさえることともうひとつ、硝酸でとろとろになった死体を海に捨てるという役目があった(死の部屋には硝酸でいっぱいのバスタブがあった)。


 そこで、シナグーラは人目の少ないコルソ・デイ・ミッレの海岸で、とろとろになった死体をボン・ボヤージュした。


 このおぞましい仕事にマルケーゼはタダとは言わず、シナグーラに週に二百五十ドル支払った。

 月、千ドル。現在、一ドルが百三十円前後だから、月給で十三万円。

 福利厚生は一切なく、それどころか自分が殺されるかもしれないし、業務時間はめちゃくちゃ不安定でサービス残業と休日出勤は当たり前。


 ブラックどころの騒ぎではないが、皮肉なことにこうやって死体が残らない殺しをすることを〈白いショットガン(ルパラ・ビアンカ)〉と呼ぶ。


 未経験歓迎のアットホームな職場ってやつだ。なにせファミリーだ。


     ――†――†――†――


 終わりの始まりがやってきた。

 マルケーゼはもう少し難しい仕事をシナグーラにさせようとした。

 外で銃を使った人殺しだ。


 ところが、これが失敗した。銃が弾詰まりを起こしたのだ。

 一緒に組んでいたシナグーラの従兄弟が撃ったからよかったのだが、シナグーラはそのジャムった銃を途中で捨てた。


 これに指紋がついていた。


 シナグーラは逮捕された。


 シナグーラは自分にクソを塗りつけたりして、狂っているフリをした。


「先生。あいつ、ほんとに狂っていますか?」

「行動のほとんどは虚偽のものです」

「じゃあ、狂っていないと」

「そうですね。狂気を装っているだけです」

「ふざけたことをしてくれる」

「そうですね。ああ、あと、彼は重度の精神障害を患っています」


 シナグーラは狂ったふりをしているつもりだったが、実際、彼の精神は崩壊寸前だった。

 原因となるストレスが何かは言うまでもない。


 担当のパオロ・ボルセリーノ検事は一年以上かけて、シナグーラを説得した。


「正直に言えば、無罪放免は無理だ。殺人の共犯で最低でも二十年の禁錮だ」

「……」

「だが、もう、()()()に戻らなくて済む。そんなことは絶対にさせない」

「……」


 シナグーラは説得され、マルケーゼについて、そして死の部屋でどんなことが行われていたのかの情報をボルセリーノ検事に提供した。


     ――†――†――†――


 1986年に史上最大のマフィア裁判が行われ、多くのマフィアたちが裁かれた。

 ただ、かなりの数のマフィアは逃亡中であり、被告欠席での判決も多かった。


 フィリッポ・マルケーゼもそのひとりで、被告欠席で終身刑の判決が出た。


 ただ、それは四年遅かった。


 1982年、フィリッポ・マルケーゼは自分がさんざんやってきたやり方で絞殺され、死体は硝酸で溶かされ、ボン・ボヤージュした。


 コルレオーネ系のファミリーは桁外れに残酷なマフィアの集まりだったが、その彼らでもマルケーゼは手に余った。

 対立するマフィアもいなくなると存在意義がなくなり、用済みとなったのだ。


 ヴィンチェンツォ・シナグーラはマフィア裁判で証言。禁錮二十一年の判決を受けた。


 2008年に釈放。

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