サンタは悪い子の靴下に ~ミケーレ・カヴァタイオ~
物騒な国を旅行するとき、すべきこととして、持ち金を全部財布に入れておかない。
最低でも大使館に行けるくらいのお金を靴か靴下に隠しておく。
とても賢いやり方である。
ちょっと臭そうだが。
しかし、場合によっては靴下に入れているのが馬鹿丸出しに見えることがある。
今回、ご紹介するのは靴下で失敗し、命を失った男のお話である。
――†――†――†――
1950年代、シチリアのマフィアに大変化がおこった。
麻薬である。
それまでのシチリア・マフィアは一部を除いて、ほとんどが貧しい暮らしをしていた。
「よし、今日からお前らもマフィアだな。マフィアには掟がある。まず、掟その一、マフィア同士で嘘をついてはいけない」
「うっす」
「次。マフィアは儲けを分け合う」
「えー。おれ、ガソリンスタンド持ってるんだけど。これの売上も分けるのかよ?」
「分けなくていい。これはつまりファミリー全体での儲け話が出てきたら、全員で協力するということだ。で、次の掟だが、マフィアは盗みをしてはならない」
「えー! おれ、泥棒で食ってるんだぜ? これならマフィアなんかならないほうがマシだよ」
「そうじゃない。マフィアから盗んではいけないってことだ」
「他のやつからは盗んでもいいの?」
「そうだ」
このように、みな田舎で細々と悪さをしていたのだが、そんな彼らの生活を一変させたのが、ヘロインである。
アメリカから追放されたマフィア界最大の大物ラッキー・ルチアーノがこのヘロイン・ビジネスを持ち込むなり、シチリア・マフィアの懐にはワケが分からんほどの大金が転がり込んできた。
さらに当時のシチリア島では遺跡をつぶして団地をつくるのが流行っていたので、建築会社を強請ったり、ヘロイン・マネーで自前の建築会社を持ったりして、ますます儲かった。
だんだん分かってきたと思うが、大金は抗争を引き起こす。
この場合も原因はヘロインだった。
1962年、カルチェドニオ・ディ・ピーサが、
「コルシカ島からヘロイン買ってくるけど、欲しい人、手ぇあげて」
「はぁい」
「はぁい」
手を挙げたのはふたり。
片方はチェーザレ・マンツェラ。
農村を基盤とする古株のグレコ・ファミリ―派に属する。
もう片方はアンジェロとサルヴァトーレのラバーベラ兄弟。
大都市パレルモを基盤とする新興勢力だ。
マンツェラとラバーベラ兄弟がお金を出して、ディ・ピーサが密輸船と買い付けを担当する。
そして、ヘロインを積んだ船がシチリアにやってきた。
「はい、ヘロインだよ」
「わーい。チェーザレ、うれしい」
「はい。これはきみたちの分」
「おい、少ねえぞ。どうなってる! テメー!」
ディ・ピーサはラバーベラ兄弟のヘロインを買いつけなかった。
彼の縄張りはパレルモにあり、ラバーベラ兄弟と競合関係にあったし、古株グレコ・ファミリーとつながりがあった。
ラバーベラ兄弟はこのなめきった態度に当然、頭にきて、コミッションが開かれ、ディ・ピーサは尋問を受けた。
結果は無罪。
程なく1962年12月26日、ディ・ピーサが煙草を買いにキオスクへ歩いていく途中、ラバーベラ兄弟の殺し屋にショットガンで撃ち殺された。
すぐ戦争になった。
古株グレコ・ファミリーの指導者は〈小鳥〉のサルヴァトーレ・グレコ。
新興勢力ラバーベラ兄弟の指導者はアンジェロ・ラバーベラ。
古株の反撃。
1963年1月17日、アンジェロ・ラバーベラの兄サルヴァトーレが殺された。死体は見つからなかった。
新興勢力の反撃。
1963年4月26日、ヘロイン密輸事件のもうひとりの出資者であり、〈小鳥〉のグレコの従兄弟でもあるチェーザレ・マンツェラが自動車爆弾で吹き飛ばされた。
さらに新興勢力の追撃。
1963年6月30日、グレコ・ファミリーの本拠地チャックリにある〈小鳥〉の家近くに自動車爆弾が仕掛けられた。
警察と憲兵が解除しようとして失敗。七名が死亡。
「ラバーベラのクソ野郎!」
警官大量死に世論の反発が激しくなり、警察が本腰を入れると、グレコとラバーベラ兄弟の両サイドは辛い立場に立たされた。
結果、〈小鳥〉グレコはベネズエラへ高飛びし、アンジェロ・ラバーベラは逮捕された。
――†――†――†――
実は警官たちが死んだあの爆弾はアンジェロ・ラバーベラが仕掛けたものではなかった。
仕掛けたのはミケーレ・カヴァタイオ。
戦争では古株グレコ派に属し、縄張りはパレルモ。
あだ名は〈コブラ〉で〈小鳥〉よりも強そう。
由来はコルトのコブラをいつも持ち歩いていたからだそうだ。
カヴァタイオには壮大な計画があった。
グレコとラバーベラを共倒れにし、パレルモ全てを自分の縄張りにする。
そして、ゆくゆくはシチリア全体のボスになるのだ!
そのうち、カヴァタイオが爆弾事件の黒幕と知れたが、グレコ派はこれを潰せなかった。
カヴァタイオは全てのファミリーにスパイを派遣していて、こちらの動きが筒抜けだったのだ。
カヴァタイオ、抜け目ないやつ。
お互い動きが取れず、時間だけが無駄に流れていくなか、ついにグレコ派のボスたちは、カタニアという都市の中立なボスにカヴァタイオとの会合のセッティングを頼んだ。
すると、カタニアのボスが、
「一応、確認なんだがな」
「なんだ?」
「話し合いだけだよな?」
「あー、……それ、こたえないとダメか?」
「当たり前だろ」
「まあ、やってきたら殺すつもりだ」
「じゃあ、おれにカヴァタイオに嘘をつけってのか?」
「ちょっとだけだよ。掟破りなのは分かってるが、こっちも大変なんだ」
「駄目だ。そういうことじゃ会合はセッティングできない」
掟その一、マフィア同士で嘘をついてはいけない。
これはマジな掟なのだ。
「じゃあ、殺さない。話し合いだけにするから、カヴァタイオと会うセッティングをしてくれ」
こうしてグレコ派のボスの面々はカヴァタイオと会合を持った。
会合は険悪だったが、カヴァタイオは連れてきた側近がダイナマイトのベルトをつけてきたのを見せ、グレコ派にプレッシャーを与えた。
カヴァタイオ、恐るべきやつ。
グレコ派はカヴァタイオに何を望んでいるのか、きいた。
ここでカヴァタイオは、人生最大のミスを犯す。
靴下から一枚の紙切れを取り出し、そこにかかれている地図を見せて、ここのボスはこいつ、あそこのボスはあいつにする、と細かく指示をしたのだ。
グレコ派は持ち帰って検討するというと、カヴァタイオは靴下に隠していた地図をくれた。
帰り道、グレコ派のボスたちはその地図を見ながら、
「なあ」
「なんだ?」
「お前、靴下に地図隠すような威厳のないやつが全ファミリーにスパイを入れられると思うか?」
「思わん」
「よし。殺そう」
新聞には蜂の巣にされ、機関銃を持って倒れているカヴァタイオの写真が載った。
カヴァタイオ、マヌケなやつ。