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そこに〇〇があるからさ ~ウィリー・サットン~

 アメリカの大学医学部で教えられる「サットンの法則」というものがある。


「病名を診断する際、もっとも能率のよい検査を最初におこなうべきである」というもので、由来は銀行強盗ウィリー・サットンとある記者のインタビュー会話がもとになっている。


「あなたはなぜ銀行強盗をするのですか?」

「そこにお金があるからだよ」


 お金が欲しいなら確実にお金がある場所を狙え。

 病名が知りたいなら、確実にこたえが出る検査を行え。


 無駄を省いて、最大の効率で効果を上げるというこの法則は意識高い系のビジネス語録に載りそうだが、実はこのサットンの返答はちょっと違う。


 サットンは本当はこうこたえたのだ。


 それは――


     ――†――†――†――


 1930年代、銀行強盗が世間で流行った。


 ジョン・ディリンジャー、ボニーとクライド、プリティ・ボーイ・フロイド、マー・バーカーとその息子たち、ベビー・フェイス・ネルソン。


 時代は大不況時代であり、農民の土地を容赦なく借金のカタにとっていた銀行を狙う彼らは庶民にとって痛快であり、義賊のように囃し立てた。


 このとき、結成してさほど経っていないFBIはこれら強盗犯を追いかけた。

 冗談じゃない。何が義賊か。警官を殺したし、銀行員を殺したし、何の関係ない民間人を殺している。


 こうして銀行強盗たちは撃ち殺されるか、刑務所に入れられるかした。


 ウィリー・サットンもまたこの時代に活躍した銀行強盗だが、彼は誰も殺していない。


「魅力のウインクで強盗ができたら、苦労はしないさ」


 サットンはそう言って、仕事をするときには必ずトンプソン機関銃を持って、臨んだ。


 ただし、弾は込められていない。


 なぜかと問われると、


「だって怪我人が出るじゃないか。最悪、死人も」


 彼のスタイルはジェントルマン型だった。


 もし、強盗中に女性が叫ぶか、子どもが泣くかしたら、そのヤマは失敗と素直に認め、何も取らずに逃げた。


 サットンはウィットに富み、仲間に好かれ、そして暴力を絶対に認めなかった。


 1931年に捕まり、武装強盗で三十年の懲役刑。


 翌年、サットンは刑務所の外の仲間から銃を差しいれてもらい脱獄した。銃をもらって、サットンが最初にしたことは込められていた弾を抜くことだったという。


 1934年、また捕まった。

 機関銃(弾は込めていない)を使った武装強盗で禁錮二十五年から五十年の判決。


 約十年後の1945年、十二人の仲間たちとコツコツトンネルを掘って脱獄。

 これはすぐ露見して、サットンは仲間たちとともにその日に捕まった。


 裁判所はサットンを終身刑にしたが、1947年、サットンは仲間とともに看守の制服をかすめ取り、堂々と梯子を持って歩き、壁にかけて、さっさと脱獄した。


 夜だったので、すぐにサーチライトが脱獄囚を探し、そのうちひとつのサーチライトがサットンを捉えた。すると、サットンは大声で叫んだ。


「見事だ! でも、誰もわたしを止めることはできないからな!」


 サットンはうまく逃げ続け、1950年にはFBI最重要指名手配トップ10のなかに名を連ねることになる。


 それから二年後の1952年2月、サットンはニューヨークのブルックリンにあるガレージで彼の自動車から使い物にならなくなったバッテリーを引き抜こうとして、四苦八苦しているところを警察に踏み込まれて逮捕された。


 サットンはガレージに行くために地下鉄に乗っていたのだが、そこに二十四歳のセールスマン、アーノルド・シュスターがいた。推理小説が好きなシュスターはFBI最重要指名手配トップ10を、いつか捕まえる幸運に巡り合えるかもしれないと思って、いつもチェックしていた。


 そして、地下鉄でサットンを見つけると、素人探偵と化し、サットンを尾行し、ガレージに入ったところで警察に通報した。


 紳士強盗と素人探偵。


 この映画みたいな痛快逮捕劇に誰も予想しなかった第三の男があらわれる。


     ――†――†――†――


 それがアルバート・アナスタシアだった。


 1952年2月、ニューヨーク五大ファミリーのボスのひとり、アナスタシアは朝のニュースをテレビで見ていた。


 ブラウン管に映っているのはサットン逮捕に協力したシュスターがインタビューにこたえている姿だった。


 それを見ていたアナスタシアは突然、


「こいつをぶっ殺せ! おれは密告野郎ネズミ大嫌でえきれえなんだよ!」


 と、わめき出した。


「でも、ボス。このサットンって野郎を知ってるんですか?」


「知るか。知るわけねえだろ! とにかく、このむかつくガキをぶっ殺せ! いいな!?」


     ――†――†――†――


 アーノルド・シュスターは自宅前で、股に二発、両目に一発ずつ撃ち込まれて殺された。


 これについて、サットンがどう思ったのか、記録がないので分からない。


 ただ、サットンはこれ以来、脱獄をやめて模範囚になった。


 1969年、サットンは健康上の理由と服役態度の良好さによって、刑期短縮が認められ、釈放された。


 シャバに出てから、サットンは自身の経験を生かして、脱獄しにくい刑務所や銀行の強盗対策について、レクチャーをした。

 クレジットカードのテレビコマーシャルに出たこともあるらしい。


 1980年、フロリダで妹に看取られ死去。享年七十九歳。


 最後はなぜ強盗をするのかたずねられたときのサットンの本当のこたえでしめよう。


「――そこに銀行があるからだよ。銀行強盗が楽しいんだ。愛してさえいる。人生で一番楽しいのが銀行を強盗している瞬間なんだ。他のどんなときよりも楽しいんだよ。その興奮が醒める一週間か二週間後に、また次の仕事の計画を立てるんだ。大切なのは強盗そのものであって、お金は、まあ、ついでのチップみたいなものだよ」

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