悪魔のヤミ金 ~マッド・サム・デステファノ~
アメリカには凶悪で頭のいかれた連続殺人鬼がたくさんいる。
子ども殺して食ったアルバート・フィッシュ、女性の皮をつなげて着ることで女になろうとしたエド・ゲイン、裁判で自分で自分を弁護したテッド・バンディ、宇宙人に命じられたといって殺したくるくるぱあのハーパート・マリン。
彼らの犯行は胸糞悪いし、ちっとも理解できない。
が、彼らは所詮カタギに過ぎない。
逆にマフィアのボスくらいの人間がこれらサイコパス並みにイカれていたら、どうだろう?
確かにマフィアの世界には大勢殺したやつがいる。
ガンビーノ・ファミリーのロイ・デメオとその子分たちはたぶん二百人くらい殺してる。
ただ、彼らはプロである。
殺してお駄賃もらってるのである。
だから、彼らにとって人殺しはルーチンワークに過ぎない。
脳みそが飛び散らないように小口径の銃で頭を撃ち、すかさず頭をサランラップでぐるぐる巻きにして血が流れないようにする。
そうしたら、風呂場でバラバラにして、歯をへし折り、指だけは切り落として硝酸で溶かしてしまう。
残りは埋める。
これを彼らは二百回繰り返した。
イカれているが、最初に挙げた連続殺人鬼とはちょっとイカれかたが違う気がする。
じゃあ、マフィアの世界に本当の意味での殺人鬼はいないのか?
みんなビジネスと割り切って殺すのか?
いや、違う。
本当に本当にイカれていたやつがいる。
その名はサム・デステファノ(1909~1973)。またの名をマッド・サム。
シカゴで闇金業者をしていたのだけど、この男、本当にいろいろとヤバい。
この男に比べれば、ウシジマくんなんて天使である。
そこでマッド・サムの罪深い経歴の一部を列伝にしてみる。
1.自宅の地下室に完全防音仕様の拷問ルームを持っている。
2.少なくとも三回、自分の妻を殺そうとしたことがある。
3.利子をとるために金を貸すというより、拷問して殺すために金を貸していた。
4.実の弟を殺したことがある。
5.本当に頭がおかしかったので、マフィアの正式メンバーになれなかった。
6.議員や警官に金を貸して、借金ちゃらと引き換えに殺人罪をもみ消させた。
7.悪魔崇拝者。
マッドのあだ名は伊達ではない。
特に3と5はやばい。
それに6。これは他の快楽殺人鬼どもには逆立ちしたってできない技だ。
では、一つずつ見てみることにする。
1.自宅の地下室に完全防音仕様の拷問ルームを持っている。
普通に家にいて、なにかむかつくことがあったら、普通の人はクッションを殴るとか、ビール飲むとか、猫を触るとかして、ストレスを発散するものだ。
が、マッド・サムはそんなことでストレスを発散できない。
なにせマッドである。
彼は日常生活でむかつくことがあったら、ガレージにある秘密の扉から地下室に降りる。
すると、たいていそこには誰かが縛りつけられて、マッド・サムに拷問されるのを待っている。
貸した金を返さないやつ、商売敵の高利貸し、警察への密告が疑われた手下。
誰かしらが待っている。
マッド・サムはそんな哀れな犠牲者をアイスピックでぶすぶす刺す。
アイスピックはマッド・サムのお気に入りで傷が小さいから血管を損傷しないし、たとえ心臓に刺さっても一発くらいまでならセーフ。時間をかけていたぶりたいならアイスピックが一番ということで、マッド・サムはせっせと哀れなやつを刺す。
ただ、アイスピックに面白みを感じないときもある。
そんなときはガスバーナーを使って、こんがり焼き色をつける。
野球のバットなんかも使う。
で、気が済んだら、家に戻って、日常生活の続き。
また、何かにむかつくそのときまで普通に暮らすのだ。
つまり、マッド・サムにとって拷問とはスマホなのだ。
拷問してえと思ったその瞬間に拷問ができるのだ。
ちなみに地下室には必ず手下が一人いる。
手下の役目は哀れな犠牲者が逃げないための見張りだが、なによりも犠牲者が死んでしまわないようにしなければいけない。
もし、死んだら、次に拷問されるのは彼なのだ。
マッド・サムは気が向いたらふらりと現れて拷問して帰るだけだが、手下のほうは二十四時間付きっきりのERもどきをしなければいけない。
マッド・サムは人命に関してはことに気まぐれで飽きたころになって、ようやく撃ち殺すので、そのときまで見張り役の子分はまったく気が抜けない。
ヤミ金業者の手下なんかにはなるものではない。
2.少なくとも三回、自分の妻を殺そうとしたことがある。
そもそもマッド・サムが結婚できたことが驚きだが、彼にも家庭生活はあったようだ。
子どもだっている。
これに関してはマッド・サムの部下であるチャールズ・クリマルディが目撃している。
まず一度目。
マッド・サムは妻アニータと口論になり、よほどむかついたのだろう。いきなり銃を抜いて、妻を撃った。
が、弾は不発だった。そこでもう一度引き金を引いた。またもや不発。
すると、マッド・サムは狂ったようにゲラゲラ笑い出し、結局、妻殺しはやめにした。
二度目。
今度もまたチャールズ・クリマルディが目撃している。
夜中に電話で叩き起こされ、いますぐ家に来いとマッド・サムに言われて、マッド・サムの家のガレージに行ってみると、ぐるぐる巻きに縛られた妻アニータが車のトランクに閉じ込められる寸前だった。
事態はより逼迫している。
マッド・サムは女房を郊外に連れ出し、そこでぶっ殺して埋めると言い出した。だから、お前は穴を掘れ、と。なにしろマッドである。
エンジンかけて、さあ出発というところで、娘がやってきた。
「お母さんどこ?」
「知らねえよ」
「ねえ、どこ?」
「知るか、ガキは寝る時間だろが」
娘は帰っていったが、どうも娘を見て、心変わりしたらしい。
妻アニータはまたしても命拾いした。
三度目。
またまたなにかが原因で口論したマッド・サム。
なにしろマッドだから、こいつぶっ殺してやろうと思ったのだが、殺すよりもひどい目に遭わせてやりたくなった。
さて、殺すよりひどい目とはなんだろう?
そうだ、黒人にレイプさせよう!
なにしろマッドである。
マッド・サムは妻アニータをぐるぐる巻きに縛ると、銃を一丁持って、車に乗り、町を流し、一番最初に見かけた黒人男性の前で車を降り、銃を突きつけて、一緒に来いと脅した。
めちゃくちゃぶるった黒人男性はそのままマッド・サムの家に連れてこられて、ぐるぐる巻きに縛った妻アニータを指差して「おれの女房をレイプしろ」と命じられた。
なにしろマッドである。意味がさっぱり分からない。
黒人男性はごく普通のカタギである。
相手の男が頭がおかしいのは明らかだし、本当にレイプしたら、間違いなく殺される。
幸いなことに黒人男性は隙を見て逃げることができた。
レイプ役の黒人がいなくなると、どうも怒りも醒めたらしく、マッド・サムは妻を黒人にレイプさせることをやめた。
なんで離婚しなかったんだろうと思うけど、たぶんカトリックだからだろう。
ただ、グーグルの画像検索でmad sam destefanoと検索すると、頭のおかしいマッド・サムの逮捕時の写真とか、1973年に自宅のガレージで撃ち殺された写真とか、裁判所でパンツずり下げて胃がん手術の痕を見せびらかしてる写真とかが出てくるけど、マッド・サムの左右から妻と娘がキスをしている写真もある。
写真のなかのマッド・サムは幸せそうだ。
3.利子をとるために金を貸すというより、拷問して殺すために金を貸していた。
ある男がマッド・サムから金を借りて、返さずに逃げた。
マッド・サムは手下のチャールズ・クリマルディを連れて、そいつを追いかけて、ウィスコンシンだかどこかで、そいつを捕まえた。
マッド・サムは債務不履行者をぐるぐる巻きに縛って、車の後部座席に転がしたが、債務不履行者は必死になって、金は返すあてがある、ウィスコンシンで銀行強盗をして、その金で返せる、とマッド・サムを説得しようとしたが、マッド・サムはゲラゲラ笑ってこう言った。
「問題はな、金じゃなくて、どうやってお前を切り刻むかなんだよ」
なにしろマッドである。
例の自宅地下の拷問ルームに連れていかれた男はさんざんいたぶられたが、なぜかマッド・サムは心変わりして、そいつを生かし、銀行を襲わせることにした。
ちなみにマッド・サムの利息は週に20~25%の複利である。トイチなんて生易しいものではない。
4.実の弟を殺したことがある。
マッド・サムには弟が二人いた。
マリオとマイケルである。どちらもギャングでマッド・サムの高利貸しビジネスを手伝っていたのだが、マイケルのほうがヘロイン中毒になって、シカゴ・マフィアのメンバーとトラブルになった。
で、マフィアのお偉方からマッド・サムに弟を殺すよう、命令が下って、マッド・サムは弟を撃ち殺した。
これには後日談があって、FBIの捜査官がマッド・サムのもとを訪れ、弟殺しのことについて話してみたのだが、マッド・サムは突然ゲラゲラ笑いだしたそうだ。
ちなみにマッド・サムはこのFBI捜査官に出したコーヒーにションベンを入れている。
なにしろマッドである。
マッド・サムはずっと後になって、訴追されまくって、いよいよやばくなってしまった時期、テレビのリポーターに、
「おれのことは好きに書け。だが、おれの家族、おれの弟マリオについては悪く書くんじゃねえ」
と、言っていた。
泣ける話であるが、1973年、マッド・サムはその弟マリオにハメられて殺される。
5.本当に頭がおかしかったので、マフィアの正式メンバーになれなかった。
マッド・サムはガキンチョのころ、イタリア系のストリート・ギャングに属していた。
そのときの幼馴染はサム・ジアンカーナをはじめとするシカゴ・マフィアの最高幹部たちである。
幼馴染がボスになったのだから、当然、マッド・サムもマフィアの幹部になれたのだろうと思うかもしれなかったが、実際は正式な組員にすらなれなかった。
なにしろマッドである。
本当に頭がいかれているのである。
病的なサディストで、気まぐれに暴力をふるい、ときどきパジャマ姿で街をうろつくマッド・サムを正式組員にすると、いろいろ面倒が起きるとかつての幼馴染たちは思ったらしく、正式組員化を頑なに拒んだ。
ただ、マッド・サムは金まわりは非常に良かったらしい。
高級住宅地にでかい家を持っていたし、拷問目的で捨て金をしても彼の高利貸し業はビクともしなかった。
シカゴ・マフィアには莫大な上納金を納めていたので、マフィアの組員ではなかったが、事実上、幹部と同じくらいの権力があった。
あんまりにもマッド・サムの高利貸しが魅力的なので、ときどきマッド・サムを正式なメンバーにしてやって、彼の高利貸し業をファミリーに組み込もうという話も出るには出たが、何人かの最高幹部が、いや、あいつはイカれてるから駄目だ、と言って、正式組員の話は流れてしまったらしい。
そもそも、マフィアの正式組員になると、いろいろと制約も出てくるものだ。
それをマッド・サムがきちんと守れるかは怪しい。
なにしろマッドである。
6.議員や警官に金を貸して、借金ちゃらと引き換えに殺人罪をもみ消させた。
これこそがマッド・サムと他の連続殺人鬼とを分ける分水嶺である。
エド・ケンパーやゲイリー・リッジウェイにはこれができない。
マッド・サムは議員や判事、警官に金を貸していて、自分の罪をもみ消させていた。
1950年代、第一級殺人をもみ消すのには20000ドルの借金をチャラにしてやればよかった。
ちなみにこの時代の家一個の値段は7150ドル。フォードの自動車が2200ドル。
20000ドルというのがいかに大金であったかが伺える。
マッド・サムはイカれていたが、それと同じくらいずる賢かった。
たとえば、マッド・サムは目が悪いわけでもないのにいつも黒縁の眼鏡をかけていた。
どうも、それを外したとき、相手がマッド・サムが見えてないと思って、何か悪さをするのを待ち構えていたらしい。
7.悪魔崇拝者。
またまたチャールズ・クリマルディの証言だが、どうもマッド・サムは悪魔崇拝者だったらしい。
へんてこな魔方陣を描いて、その真ん中で悪魔のことを父さん父さんと呼び、めちゃくちゃに踊りまくっている姿を目撃されている。
パジャマ姿である。
なにせマッドである。
さて、マッド・サムのイカレっぷりにはもううんざりしたころだと思うので、そろそろお話をしめる方向に持っていこうと思う。
1973年。マッド・サムもいよいよ年貢の納め時がやってきた。
おなじみの子分チャールズ・クリマルディがボスのイカレっぷりについていけなくて、警察にマッド・サムを密告して、検察側の証人になってしまったのだ。
マッド・サムは弟のマリオと子分のトニー・スピロトロと一緒にあるライバル高利貸しを殺した罪で起訴されてしまった。
マッド・サムはなにせマッドだから、裁判所にパジャマ姿で現れ、拡声器でぎゃあぎゃあわめいた。
陪審員の印象は最悪である。
これに困ったのは弟のマリオと子分のトニーである。
マッド・サムと共同被告だから、マッド・サムのイカれた印象は自分たちにもそのままふりかかってくる。
二人はなんとか審議を分離させようとしたが、駄目だった。
おまけにマッド・サムは裁判所で見かけたチャールズ・クリマルディに怒り心頭で殺す埋めるのNGワード次々とぶっ放したもんだから、たまらない。
マリオとトニーは自分たちが助かるにはマッド・サムを殺すしかないと思い、当時のシカゴ・マフィアの大ボスであるトニー・アッカルドに泣きついた。
トニー・アッカルドはマフィアとしては慎重なボスで麻薬ビジネスを遠ざけ、殺されることもなく刑務所に入ることもなく往生を遂げることができた珍しいマフィアのボスだった。
マッド・サムを正式組員にするという話が上がったときも、このボスが反対して流れていた。
アッカルドはマリオとトニーにマッド・サム殺しのOKを出した。
マッド・サムの常軌を逸した行動にうんざりしていたし、マッド・サムは当時胃がんにかかっていて、刑務所で死にたくないばかりに警察側に寝返るかもしれないと思われたのが効いた。
1973年4月14日、マッド・サムは保釈されて家に帰っていた。
妻のアニータは買い物に出かけていたので、家にはマッド・サムが一人でいた。
なにかの用事でガレージにいたマッド・サムだったが、そこに車が一台やってきた。
乗っていたのは弟マリオと子分のトニー・スピロトロである。
マッド・サムは挨拶しようと左腕を上げると、トニーがショットガンを撃ち、腕がもげた。
二発目は胸に命中し、マッド・サムは吹っ飛んでガレージに大の字に転がった。
即死である。
マフィアには頭がおかしいと思われるやつにはクレージーとかマッドドッグとかバグジーといったあだ名がつく。
しかし、マッドと呼ばれたのはマッド・サム・デステファノくらいではないだろうか?
なにせマッドである。
それと最後に一つ。
youtubeで当時のニュース映像を見たが、そのなかで買い物から帰ったばかりの妻アニータはサム、サムと名前を呼びながら泣いていた。
マッド・サムの妻としての彼女の心境には興味がある。
マッド・サムが殺されて解放されたと喜んだのか、あるいは本当にこの人はマッド・サムを心から愛していたのか。
意外と、こたえは後者かもしれない。
なにしろマッドであるのだから。




