二章:夜神アリスの家E
シリアとクロはじっと互いを見つめ合っていた。警戒心が込められた瞳と、感情のない作り物の瞳。
「ねえ、私が勝ったらお菓子買って来てくれる?」
「承知致しました。私はメイドですので何なりとお申し付けください。シリア様。」
「むー、じゃあ、チョコレートの滝とお菓子の家。」
「了解でございます。では、開戦いたしましょうか。」
「ん。」
シリアはぴぼちゃんの引き金を引き、スナイパーライフルを用意し、クロは影から鎌を取り出す。先程のアリスのちょっとしたコネは無いため、魔力はシリアの戦闘力に合わせられている。
クロはシリアがスナイパーライフルを構えるのを見計らっていたかのように、速度を上げ間合いをとる。だが、シリアが瞬時にショットガンに変換し発砲。クロは鎌でそれを遮り金属音が響き渡る。数発の流れ弾がクロの体を貫くが、痛みという感覚が無いため気付かずにシリアに鎌を振るう。その一振りのみでシリアの防御バリアは破壊され、これ以上直撃すればもう防ぐ手立てがなくなってしまう。
鎌を振り下ろした後の僅かな隙をシリアは即座に攻撃。背中に数発の弾丸がめり込む。だが、容赦なくクロが次の攻撃態勢に入り、シリアはすぐに間合いをとる。それを見越していたクロが別の型に切り替え、シリアの方に正確に鎌を投げる。即座に反応できなかったシリアは、ぴぼちゃんで対応。魔力が少量しか含まれていない人形は真っ二つに割れる。シリアはギリギリよけるが、もう戦う術がない。そう思われた。
だが、ぴぼちゃんが割れた瞬間、人形本来の力が引き出された。
この人形が破壊されたということは、シリアがピンチであるということであり、彼女の戦闘をサポートする最大の役割が果たされなければならない場面なのだ。現れたそれはクッションサイズの人形からは想像できないほどの最新型超巨大特殊銃であった。
ボディーは真っ白で、ハートマークがペイントされており、愛らしい。だが、これはシリア用の特殊銃な為誰でも使えるわけではない。スコープは一万倍まで変化可能で、性能はぴぼちゃんと同じである。
シリアはその銃を手に持つと、目の前のクロに目がけて発砲。発砲された特殊弾丸は周囲の散らばった弾丸と共鳴するように爆破。クロは今まで気づいていなかった体中の銃弾が爆破した瞬間、倒れこみ体を支える。大量の魔力を体内から損失したため体の大半がなくなる。この為、審判のセリカに戦闘不可能とみなされ勝者はシリアに決定。
「お疲れ様。約束忘れないでね。」
「勿論でございます。私の為に対戦いただき有難うございました。」
クロはそう言うとアリスの影に倒れるように溶け込んでいった。
「お疲れ様シリアちゃん。」
「お疲れシリアさん、ぱないねー。」
「お疲れ様です。予備のぴぼちゃんを用意しておきましたから決勝は困らないと思います。」
「ありがと。」
シリアはアリスが作った特別シェルターに入る。最大出力防御フィールドだけでは防げない攻撃があったため、透明なシェルターが作られていた。観戦組もその中に入っている。そしてその観戦組はお菓子を食べながら二回戦第二試合を迎えようとしていた。
「アリス、準備できたか?ちゃんとブラしたか?」
「余計なお世話です。そっちこそ、なまってるんじゃないですか?」
「ふ。刑務所でも筋トレはやってたんだぜ?なめんなよ。」
「そうですか。せいぜい私を楽しませられるように頑張ってくださいね。」
「おうよ。」
二人の戦闘能力は兄弟の中でトップクラスであり、どちらが勝ってもおかしくない戦いである。
シュロの拳は地を砕き、鉄よりも黒曜石よりも硬い。アリスの魔力はその禍々しさといい、その量といいそれらのせいで死人が出るほどである。
セリカの時よりも倍以上の殺気に満ちたオーラ。その場にいるだけで足がすくんでしまうほどの覇気。
今、この訓練で最も目を引かれる戦闘が開始した。
開始直後勢いよくアリスが飛躍し、術を唱え始める。シュロはなんとか止めようとするが、アリスのバリアによってそれは叶わず、術が発動する。シュロには大ダメージが入ったはずだったが、まさかの両腕で回避。今度はシュロが地面に拳を叩きこみ、訓練場そのものを揺らすと、動揺したアリスに向かって腕を伸ばして捕まえる。
「捕まえたぜ。」
「ちょっと遅いですよ。」
そう言った瞬間にアリスの足先に固められていた魔力砲がシュロの腹を貫通し、腕の力が弱まる。
隙を見てアリスがまたもや空中へと移動を開始するが、今度はシュロは追ってこなかった。というよりかは、シュロはそこに突っ立っているだけと見られる。
「?早くかかってきてくださいよ。」
アリスが軽く挑発するがシュロは黙ったままである。と、次の瞬間アリスの目の前にシュロの蹴りが入る。すかさずアリスはのけぞって回避。なんと、アリスでも追いきれないほどのスピードでこちらに来ていたようだ。シュロの気配はさっきとはまるで違った気配で、殺伐としていた。これは、アリスが第三試合で感じた気配とよく似ていたが、多分あの時よりも更に強大になっていると見られる。
アリスは瞬時に理解した。そう、これはシュロの力の暴走状態なのだ。彼自身で暴走させることも可能であり、アリスとの戦いでは自らこうなったのだと推測される。シュロが十年前、つまり警察に身柄を捕獲される前にはよくこの力を暴走させ、沢山の死人を出したものだ。
「うわー、シュロさんの本気ってなんだか怖いねー。私あの人とあたらなくて良かった。」
「そうね。あの状態だと戦闘が終わるまであのままね。」
「むー、次私がどっちかと当たらなきゃいけないんでしょ。しんどー。」
ため息をつきながらお菓子を頬張るシリアに、トラッシュは苦笑した。
「あはは。でもさ、アリスとシュロさんって似てる部分があると思わない?」
「兄弟だから当たり前よ。」
「うーん、確かにそうだけどなんかあの二人だけ他の皆とは違うっていうか。」
「そうね。あの二人は一番殺しに慣れているからじゃないかしら?」
「セリカと同じ。私達は既に何万人も戦争で殺してきてるけど、あの二人は戦場に出されるのを喜んでたから。」
トラッシュは言葉を詰まらせた。確かに今まで自分はアリスだったが、今の話を聞くととても近い存在だとは思えなかったからだ。今二人はどちらかが死ぬまで戦い続けようと本気で思っているに違いない。自分は、オリジナルから記憶をいいように改良され、人を殺したことなんてないはずだった。だが、あのアリスは、殺しをためらわずに何万という規模で人を殺している。
「へえ。そうなんだね。」
「トラッシュ、私達はもう手を汚しているの。血の色は見飽きているのよ。」
平気で言うセリカにトラッシュは少し腹が立ったが自分では敵わないと知っていた為、それ以上は何も言わなかった。
さて、第二回戦の二試合目はいよいよ誰の目にも追えなくなった。アリスはスピードを最大まで上げていたが、それでも暴走状態のシュロはスピードをアリスよりもかなり上げて追ってきている。アリスは何度も魔力砲を放つが、どうも痛覚がないようで、効果は無かった。それどころか、シュロの攻撃は精度が上がり続けていた為、とうとうアリスは重い一撃を防ぎきれなかった。
「かはっ。」
大量に吐血した後アリスは自ら腹を魔力で焼き、止血する。拳というよりかは鉄剣で刺された時とほぼ同じ威力だった。シュロはその後も躊躇なくアリスに蹴りを入れ、壁まで突き飛ばす。そして、アリスが起き上がろうとした瞬間にまたもや顎に蹴りを入れた。さすがのアリスもこれには耐えきれずに、ダウンしたと思われたが、シュロの足を片手で掴み、その細腕で思いっきり地面に叩きつける。この時、シュロは軽い脳震盪を起こして、我に返った。
アリスはシュロに向かって魔力砲を打ち続けたが、シュロはむっくりと起き上がり、アリスの体を抑えつけた。だがアリスは体中を覆いつくす炎のバリアを展開し、シュロから逃れようとした。
「アリス、すまんが勝たせてもらうぜ。」
「い、いや。やめてください!」
アリスが抵抗するが時すでに遅し、シュロはアリスの乳房を揉み、アリスの隙を作る。顔を赤らめたアリスの鳩尾に一発食らわせ、アリスを抱いて観戦組の方へ戻って行った。
「シュロ君、貴方本当に最低ね。」
「うんうん。最後の勝ち方はキモイよ。シュロさん。」
「私の時はあんな意地悪しないでね。」
「はあ、ひでえな。あのままだと俺が負けてただろ。」
「「「負けても誰も何も言わないよ。」」」
三人からの同時攻撃でシュロはジト目になりながら、セリカにとびつく。
「セリカー、慰めてくれよ。」
「いきなりなにするのよ!」
セリカが慌ててシュロを引き離そうとする。
「さっき、お前と賭けしたの忘れたのかよ。」
「あー、はいはい。わかったわ。こうすればいいんでしょ。」
と、セリカはシュロをぎゅっと抱きしめると、シェルターから放り出した。
「うげっ。いってえ。まあ、何秒間抱いてなんて言ってないからしかたないか。」
尻もちをついた後、シュロはやれやれと腰をさすりながら立ち上がった。アリスと同様にシュロも大きなダメージを受けていた為、傷は酷く見ているこちら側の目が痛くなってくる。しかし、トラッシュの力によって回復は順調に進み、流血は殆どなかった。
「うう、負けたのですね。割と楽しい試合でしたが。」
アリスが目を覚ました。驚異的な回復力といい、圧倒的なスピードといい、彼女は最強にして最悪の悪魔だった。トラッシュはアリスをじっと見つめながら、隣に腰かける。
「おはようアリス。次はシリアさんとシュロさんの戦いだよ。決勝だね。」
「そうですか。で、私に何の用ですか。」
シリアとシュロが準備体操に励んでいるのを横目に、アリスはシュロに尋ねる。明らかに、自分に何か言いたそうな様子だ。
「やっぱり、私って顔に出ちゃうんだね。」
「…」
「アリス、戦争することを楽しんでいたの?」
「だったらなんだというのですか。」
「死んでくれないかな。」
ニコニコと笑いかけるトラッシュにアリスは無表情で返事をした。
「私が死んだとして、貴女にとって何か都合の良いことでもあるんですか?」
「そうね。あんたが死んだら、少なくとも平和に生きようって思っている人たちの無駄な犠牲がなくなるでしょ。」
「無駄な犠牲ではないのですよ。彼らは彼らなりに悪を貫いているのですから。」
「なんで言い切れるの?」
「そうですね、彼らが人間であるから、じゃないでしょうか。」
アリスは顔色一つ変えずにシリア達の今までで一番平和な試合を眺めていた。その言葉に悪意は感じられなく、どこか深いような、それでいて酷く幼いような発言だった。しばし、トラッシュは俯く。
「私にはサタンの記憶はありませんが、他の悪魔たちには何度か会っていましてね。その悪魔たちは絶対に嘘をつかないのです。勿論、集落を襲ったりといった攻撃はしていますが皆素直でいい子達ばかりなんですよ。それに比べて、人間は簡単に嘘をつくのです。平気で仲間を裏切るのですよ。」
「だからって!」
「だからです。私は善人としても悪人としても尽くしました。またいつ戦争に加わるかは分かりませんが、殺しを躊躇っていてはいつまでたっても強くなれませんよ。」
「人間にだって良いところはあるでしょ!例え裏切ったとしてもそれが貴女の友達とか、恋人とかだったら貴女は平気で殺せるの?」
「その殺害が私にとって利益になるのならいくらでもやるでしょうね。友達なんて、上っ面だけの繋がりですよ。」
「っ、そ、そう。それが貴女なのね。分かったわ。」
ため息をついたトラッシュにアリスは微笑みかけた。
「それ以上踏み込まないのが正しい判断です。さあ、戦いは終わったようですよ。」
数十分前
シリアはアリスに用意してもらったぴぼちゃんをマシンガンに切り替えて戦闘を始めた。その様子を、まるで小動物を愛でるかのような愛らしい目でシュロは眺めていた。これまで戦った相手は殆ど殺意満々でこちらに向かって来たが、彼女の足取りはちょこまかとしてとても可愛らしい。
マシンガンの迫力満点の音に合わせて魔力弾が発砲される。だが、シュロが容易によけながらシリアに接近。瞬時にぴぼちゃんがショットガンに切り替わり、またもやシュロに向けて発砲される。シュロの腹に命中するが、大した傷は負えずに、シリアは更に追い詰められる。だが、シリアはシュロに近距離でスナイパーライフルを発砲する。流石に精密な攻撃のスナイパーライフルを間近でくらえばシュロもかすり傷では済まされなかった。やれやれと、シュロはめんどくさそうにその場に座り込み両手を上げる。
「降参だ降参。流石に幼女には手は出せねえよ。訓練でもな、女に手を出すのは抵抗あるんだぜ。」
「むー、なにそれ。面白くないじゃん。まあいいや。勝ったんだし。」
「おうよ。シリアちゃんはやっぱり可愛いな。」
「うるさい。」
「へいへい。」
そして、やや納得のいっていないシリアとシュロはシェルターに向かって歩いた。セリカは、手を出さなかったシュロに満足していた。そして、シリアにクロから預かっていたカプセルを渡す。
「なにこれ?」
「クロちゃんが、今夜はここで夕食をしていきなさいって言っていたわよ。シリアちゃんに頼まれてたものだってね。」
「へー、嬉しい。」
ニコニコと喜ぶシリアを見て兄弟達は癒された。
「では、着替えに行きましょうか。」
「そうだねー、お疲れー。」
「お疲れ様。私は夕ご飯の支度をするわね。」
「んじゃ、俺はシリアちゃんと散歩でも行ってくるぜ。」
「えー、別にいいけど、アリスも一緒に行こ。」
「はいはい。」
そうして、夜神家の訓練はひとまず終わりを告げた。
そんな夜神家の呼び出しチャイムが家中に響き渡る。
正面の鉄門に少年が一人、この得体のしれない兄弟たちの家に、訪問者がやって来た。