二章:夜神アリスの家D
「シリアさん、辞退するなら今のうちですよ。」
「そっちこそ私が相手で悪かったね♪」
シリア、トラッシュ共に息が上がっている。戦闘開始から約三十分。双方一歩も譲らずに戦いは長期戦へと持ち込まれた。どちらも近接~長距離まで対応しているため、後は策略の問題だったが彼女たちは素早く決着をつけなかった。
「はあ、はあ。ぴぼちゃんチェンジ。バズーカ砲。」
「ええ!シリアさん、無敵すぎません?」
シリアが人形の魔法効果で大きく飛躍。続いてトラッシュも上がるが鈍い。若干ふらつき気味のトラッシュに向けてシリアが発砲する。煙幕が視界を覆い、焦げ臭い臭いが鼻をつく。だが、くらったはずのトラッシュが眼前から姿を消していた。まだ小学四年生の小さな体は特別加護を受けていたとしてもバズーカ砲の反動には耐えられず、空中でのけぞる。その隙にトラッシュはボロボロになりながらも首に手拳を決め、力尽きたかのように双方ダウン。
「ぐはっ。不覚だった。ぴ、ぴぼちゃん解除。」
「嘘、まだ意識あるじゃん、、。」
「よいしょっと。お疲れトラッシュ。まあ休んどけよ。引き分けだ。ここに寝てろよ。」
「シリアちゃん。お疲れ様。お昼ご飯までおねんねしておきましょうね。」
シュロがトラッシュを抱きかかえ、そっと壁に寝かせる。セリカも同様にシリアを寝かせ、額にキス。
「では次は、クロ対シロ。彼女達は私の作った中で最も強い人形ですからトーナメントにも参加させますね。」
「いいぜ。初めて見る子達だけど、可愛いな。」
アリスは自分の影から二人の女の子を出した。片方は真っ白な髪に灰色の瞳のシロと呼ばれる女の子。もう片方は真っ黒な髪に虚ろな漆黒の瞳の黒と呼ばれる女の子。どちらもメイド服姿である。
「「お呼びいただき有難うございます。ご主人様のご期待に沿えるよう私共は正々堂々戦闘致します。」」
「頑張ってくださいね。では、どちらかが戦闘不可能または機能停止するまでやってくださいね。」
「「了解致しました。」」
「おいおい、どっちかが死ぬまでやるのか?それじゃあ、死んだ方はどうなるんだよ。」
「「シュロ様、私共は死んだとしてもご主人様の魔力によって生み出されます。お気になさらず。」」
「ふーんそうか。じゃ、頑張れよ。」
シュロはシロとクロを見送ると、兄弟達と観戦を楽しんだ。アリスは彼女達の魔力を自分から完全に断ち切り、シリアとトラッシュに治癒魔法をかけた。観戦している方にも流れ弾やらは飛んでくるため、最大出力防御フィールドを張り巡らせる。さあ、第二試合開幕だ。
クロは、開始合図と同時に影から大きな鎌を出し黒い煙を放ちながら振り回し、シロに向かって容赦なく攻撃。しかし、シロは一歩も動かずにじっと見つめている。まるで好機を窺っているかのように。
鋭い一撃がシロに入り、メイド服の切れ端が散らばる。すると、クロが突然のけぞり、先程の自分の攻撃と同じような傷を負う。そう、シロの能力リバウンドキャットである。にゃーと愛らしい姿を見せ、シロの首に巻き付いたそれは、シロの魔力で作られた魔獣だった。全ての攻撃を跳ね返すため、一撃で相手を殺さなければ自分にいつまでたっても返ってきてしまう。シロはリバウンドキャットを撫でると、形を変形させ、白い兵士を作った。これはシロの身を守るために作られた魔人で、逆を言うとシロは自ら攻撃をしないという事である。
「どっちが勝つと思う?」
トラッシュがふと呟いた。確かに戦略は違えど、どちらもアリスの魔力によって生み出されているため、結果は分からない。均等に振り分けられた魔力の中でどちらが勝つか、これはアリスにとっても大きな問題である。
「クロだな。」
「クロですね。」
「クロだわ。」
「クロ。シロは多分ボロボロになっちゃう。」
「皆さん同じ意見なんだ。どうして?」
「トラッシュ、よく見ろ。クロはやる気満々だが、シロは一方的に守る方を選択してるだろ?ありゃ、戦場じゃ命取りになるな。守りは大事だけどな、自分と同じ強さの敵が前にいるなら、そいつは自分の守りを破れるってことだぜ。一点に攻撃を集中されれば、あの魔人でも守り切れないだろ?」
他の兄弟達も同じく、守りは危険だと言う。だが、同じ力をぶつけ合ってもどちらかが破壊されるのは矛盾しているはずだ。
「トラッシュ、魔力は一点に集中すると、その人が持っている魔力量よりも少しだけ大きめの力になるんですよ。貴方はまだ慣れていないかもしれませんが、魔力の分布を見ることができれば、わかりますよ。」
魔力の分布。これは超能力であっても魔力であっても同じ仕組みである。例えば、分身。分身は、わかれた分だけ力が弱くなる。しかし、これらを一つに戻せばオリジナルは分身よりも強い力を持つことになる。この場合は、強い力と言ってもその者が元々持っていた力なので特に力の変化はない。だが、この力を一点に集めると、力同士が集まった反動で生まれる新たな力によって、少量の力が加わる。
まだ未熟なシロは魔力を自分の保護用、そして魔人用に分布している。一方クロの方は魔力の鎌の先に力を集中させ続けているため、このまま一撃を入れれば確実にシロは死ぬだろう。と、思った瞬間クロは再びシロに向かって走り出し、鎌を振るった。全員が察していた通り、守りは貫かれ、シロの首が飛ぶ。終了直前にクロがシロの体を完全破壊し、首だけを残した状態でスタスタと兄弟達の方へ歩き、アリスにシロの首を掲げた。
「ご主人様、終了致しました。」
「分かりました。クロは戦闘向きですね。実を言いますと、貴方の魔力はシロよりも少なめにしておいたのですよ。まあ、貴方は強いということですね。お疲れ様です。しっかり休んでください。」
「勿体なきお言葉有難うございます。ところでご主人様、誠に図々しい私の戯言をどうかお聞きになられては下さいませんか?」
「ふむ、なんですか?」
「有難うございます。では。私個人でデータを調べてみたところ、トラッシュ様は見知らぬ誰かから生命を与えられている模様でございます。ご主人様のご依頼をオリジナルのご主人様にもお伝え致しました。」
「成る程、分かりました。もう少し詳しく調べたいので、研究室にデータを送りましょう。」
「了解致しました。では、私は休ませてもらいます。」
「ええ。お休みなさい。」
クロはシロの首を持ったままアリスの影に消えた。トラッシュについて、調べてくれていた様だが、確かに彼女の言う通りだった。これはつまり、外部からの何らかの攻撃かもしれない。今はオリジナルが管理下に置いているがもし暴走でもされれば、破壊するに限る。最初からそうしておけば事は丸く済んだのかもしれないが。まあ、オリジナルに逆らうことは死を意味するため、無謀な行為は控えた方が身のためだ。と、アリスは考えた。
さて次は、シュロ対セリカである。どちらも準備中の様だが、明らかに今までとはオーラが違う。二人共アリス並に馬鹿強い。殺気が満ちた中、戦いは始まった。
セリカは開始してまもなく、大剣を構えシュロに向かって突き進む。充分な間合いがとれると、即座に技の型を変え、股を大きく開いて一呼吸し、一撃に思いっきり力を籠める。ぎしっと鈍い音が鳴りシュロに一発入ったのが確認された。だがそれはシュロが素手で大剣を受け止めた時の手に滲む血と、大剣が混じり合った音であった。すぐさま後ろに引こうとするが、セリカよりも早くに後ろに回っていたシュロがすかさず、背中に重いキックを入れる。セリカは咄嗟に受け身をとったが、流石に直撃をくらったため背骨が数本折れていた。シュロはさらにもう一発鳩尾にパンチ。その瞬間、セリカが予備の短剣を取り出し、シュロの腹に刺す。双方、後ろに下がり白い床に紅の血を吐き出す。体内に溜まった血は一気に吐き出されたため、呼吸をするには困らないが、セリカは背骨が肉に突き刺さり歩く度にギシギシと背中に激痛が走る。
「はあ、はあ。本気で殺しにかかってくるのかしら?だったら、私も本気出しちゃお。」
「ふ。まだまだだぜ。準備運動はこれぐらいだな。」
「ええ、勿論。」
「なあセリカ、もし俺が勝ったら抱きしめてくれるか?」
「嫌よ。でも、賭けなら乗ってあげるわ。私が勝ったら、この家から出ていってね。」
「おう。じゃ、交渉成立ってことで。」
その交渉の直後、二人のスピードは先程とは全く違っていた。肉眼で追うのは常人は勿論、シリア達であっても、やっとのことである。ズドーンと、大きな音が中央で鳴ったかと思うと壁に大きなひびが入りまた違う場所で大きな音が鳴る。これが繰り返され、所々には血だまりができていたりしている。
セリカの大剣はシュロの体にささり、その後も引き抜かれたり床に落とされたりしていたが、その他にも隠し持っていた短剣や刀などが使われ、一見問題はなさそうに見える。だが、シュロの一撃は鋼よりも硬く一度腹に決められれば、大量に吐血する。彼の手拳の威力は百キロのこん棒で叩かれた時とほぼ同じである。どちらが勝ってもおかしくないが、突然シュロが黒い塊のようになり先程よりもさらに濃い殺気に満ちた瞳に変わっていた。セリカがシュロのスピードについていけず、とうとうシュロが優勢になってしまい、骨の砕ける音や、軋む音が響き渡っていた。と、ついに決着がついたようだ。
セリカが口からごふっと、大量の血を吐き出し、その上に馬乗りになったシュロが殺意を込めた目で拳を突き付けている。もう、セリカは抵抗できない。これにて第三試合は終了である。
アリスはセリカに駆け寄り、素早く治癒魔法を展開させる。セリカはトラッシュやシロのように代えの効く人形ではない。すぐさま治療をしなければ死ぬ可能性も充分にありうる。
一通り治療が終わると、アリスはシュロの方へ向かった。
「シュロ君!いくら訓練だからと言って、あれはやりすぎです。貴方は、力の加減くらい充分出来るでしょう?」
「アリス、俺も治してくれ。」
そう言うとシュロは自分の腹に手拳を突き刺した。
「ちょ、何してるんですか?」
「夢中になり過ぎた俺への戒めだ。セリカには後で謝っとくぜ。」
「そうですか。ではその怪我は治さなくていいという事ですね。」
「え、いや、ちょま。」
シュロがぐったりするのにも拘らず、アリスはさっさと第四試合を始めるために準備に出た。見かねたトラッシュがシュロに治癒魔法を施し、シュロはギリギリセーフで止血され、元通りに体が治った。
「あ、皆さん服がボロボロみたいなのでチェンジしましょうか?」
「ええ。頼むわ。」
「よろしく。」
「ありがと。」
「おう、頼んだぞ。てか怪我してるのに見捨てるとかひでえよ。悪魔かお前は。おい、聞いてんのか?」
「はいはいはいはい。分かりましたよ。悪魔ですよ。サタンの血をバッチリ受け継いでいる悪魔ですよ。はいどうもこんにちは。」
誰がどう聞いても彼女の言葉は感情が入っていない棒読みで、シュロを睨みつけながらスーツを魔法でコーティングしていった。
(くそ、シュロ君超うざいんですけど。もう適当な服でいいか。)
アリスが面倒くさそうにシュロの服をコーティングし終えると、それはぴっちりとした戦闘スーツではなく、派手なハイビスカス柄の海水パンツだった。
「おい、アリス。どうゆうことだよ。適当すぎるだろ。」
「えー、貴方はどんな服を着ても似合うと思いますよ。」
ぷくくとアリスが笑っていると、背後にシュロが全く気配を感じさせずに近寄り、アリスの脇腹をくすぐる。敏感なアリスはすぐさま反応し、倒れこむ。
「ひい。や、やめてくださ、、。いやっ!謝りますから、早くその、て、手をどけてください。きゃ。」
「おうおう。てめえ、全く反省してねえだろ。今回はこのくらいにしとくが、早く服を替えろ!」
抵抗するアリスの腕を無理やり自分の胸に当て、魔法を唱えるように促すシュロだったが、それは逆効果であった。
「ちょ、術の最中に私に触れてはいけませんよ!い、いやーー!もう、馬鹿ですか!」
「ん?うわっ。なんでこうなるんだよ。」
向かい合った二人は術の失敗によりどちらも素っ裸になり、それを見ていたトラッシュ達が噴き出す。
「うう、み、見ないでください!」
「いや、なかなかいい体になったな。」
「この、変態があ!」
「うがっ。っっっっっってええ!ちょ、やばいって、、た、玉が逝ったかもしれな、、。」
思いっきり股間に蹴りをいれられ、アリスの上に倒れこむシュロを、アリスは逆方向に押し倒し魔装であるメイド服を着る。そして、シュロに戦闘スーツを着せ怒りながらシュロを壁まで吹っ飛ばし、ドラゴンを出現させた。
第四試合はアリス対巨大ドラゴンである。これはアリスが様々な異世界で取り寄せたドラゴンである。勿論彼女の檻に閉じ込め、ある程度まで訓練されたため、実用的なのだ。
ドラゴンは、アリスに勝てば元の世界に還してもらえるという条件付きで戦うため本気である。尚、第四試合はアリスがドラゴン一頭相手では圧勝確定なため、合計十頭のドラゴンと戦う。確率はほぼゼロに近いが、仮にアリスが負けたとすればこの中で最も強かったドラゴンを第二回戦に出し、それ以外は還すという決まりだ。アリスの前にドラゴンたちが首を掲げた。
「「「我らが主、夜神アリス殿。今回我らが負け、生き残れば貴殿に服従することを約束しよう。しかし、もし一頭でも貴殿に勝てば我らは解放される身。古くから伝わりし我らの血の契約に背けば貴殿には死が待っている。是非とも了解頂きたい。」」」
「はいはい。分かりましたから。さっさと始めましょうか。」
「「「承知した。」」」
ドラゴンの血の契約。これは双方が血を紙に垂らし、ドラゴンと契約者がそれぞれ術を唱える。そして、契約が完了すればどちらも背くことは命が消えるまで許されない。もし背けば体中の血を抜かれ、内臓と、筋肉の位置が入れ替えられ無残な姿に変えられて死に至る。これはどの異世界であってもドラゴンが存在すれば必ずある契約方法だ。
アリスは開始してすぐ、一斉に向かってくるドラゴン達の前に新黒魔術ブラックホールを展開した。いち早く危険を察知したドラゴンは間合いをとったが、無闇に突っ込んできたドラゴンはあっと仰天する間もなく、ブラックホールに吸い取られ、体だけが大きな音を立てて倒れた。アリスは死んだドラゴンの肉を食べながら、他のドラゴン達を見つめた。
「皆さん、少しは私の為に楽しませてくださいね。」
「やはり、悪魔の子だ。み、皆死ぬんじゃないぞ。っ!ぐあっ。」
「喋ってる暇があるなら攻撃してください。」
ドラゴン達が逃げ惑うなか、アリスは天に手を伸ばし空中から魔力で作った巨大な腕でドラゴンを押し潰す。
「はあ、アリスはあの中でも桁違いすぎるぜ。つまんねえな。」
「私たちの中で最も多くのサタンの血を受け継いでいるからね。これはどうしようもないわ。」
「確かに。仕方ない。あの子達が可哀そう。」
「そうですねー。やっぱオリジナルが一番重視しているだけはあるねー。うひょー、魔力量がいまいちわかんない私さえ肌がピリピリするくらい感じるからね。」
トラッシュの言う通りだった。アリスの今の魔力量はマックスまではいかないが、常人であっても多少肌がピリピリする程の量であり、見続けると目が痛くなるほどである。人体に有害な物質も出ているため観戦中の兄弟達にアリスの防御フィールドが無ければ観戦どころではない。
アリスの試合はあっけなく終了した。アリスは文字通り悪魔の笑みを浮かべて最後の一頭に近づいて行った。仲間はアリスによって作られた十字架に首を飾られた状態になっており、身体はほぼアリスによって吸収されていた。怯えた一頭は降参を言う前に口を縫われ、痛めつけられながら殺された。返り血で紅に染まったアリスはぴちゃぴちゃと周囲の血だまりの中を通って、口元に付着した血を舐めとっていた。
「終わりましたよー。やっぱり魔獣とは違って感情があると弱いですね。あ、鉄臭い。」
「アリス―、怖いから寄るな。皆風呂入るそうだから行くぞ。」
「え?!シュロ君も一緒に入るの?」
「「やだー。」」
「んだよ!いいだろ別に。」
「じゃあ、私先に入りますから順番で。」
アリスが血塗れのまま部屋を出ていった。その後を追うようにシリアとトラッシュがかけていったが疲れがたまっていた為ふらつく。二人はため息をついたシュロに抱きかかえられ、そのまま大浴場まで連れていかれた。セリカはシリアを取られたことに苛立ちを隠しきれなかったが流石に高校生にもなって兄と風呂には入れない為仕方なく玄関のバスルームを使う。
魔装はいくらでも替えが効く為、アリスは鉄臭くなった髪を洗っていた。すると、男女どちらの脱衣所からも戸が開けられ、びっくりする。見ると女子の方からはシリアと、胸と股を隠したトラッシュが恥じらいながら入って来る。男子の方からは腰にタオルを巻いたシュロが立っていた。じっと見ていた為シャンプーが目に入り、慌ててアリスはシャワーで流す。隣には何食わぬ顔で髪を洗い出すシュロがいた。
この浴場のシャワーは十ついており、脱衣所から入ってすぐの前の列に五、仕切りを跨いで五設置されている。アリスが使っていたシャワーは二列目のシャワーで、はっきりとは見えなかったが横にシュロが来た瞬間、思わず椅子から転びそうになった。シュロが大丈夫かとアリスの白く柔らかい背中を支えた。
「な、なんで入ってくるんですか!私の言葉聞いていなかったんですか?」
「ん?いや、汗臭かったし。シリアちゃんは納得してくれたみたいだからな。だよな?」
シュロは後ろを振り返る。
「ん?納得はしてないけどまあいいかなって思ったから。」
「「なんでそんなに受け入れが早いんですか?」」
アリスとトラッシュが同時につっこむ。
「まあまあ落ち着けよ。風呂ぐらい気にするなって。さっきも見たから慣れただろ?あ、背中流してやるよ。」
しばしアリスはシュロに警戒心を抱いていたが、やがて諦めたのか、有難うございます、と言って背中を流してもらっていた。
「アリス、もうちょっと太れよ。背中ちっせえなおい。」
「い、言わないでくださいよ。痛いですよ。もっと優しく、ひ、ひゃん!ちょ、どこ触ってるんですか。」
「んー?あ、お前やっぱり脇腹弱いんだな。」
すらりとしたアリスの背中をシュロはゴシゴシとタオルで洗う。肩甲骨のやや下の方に傷口が見えるのは悪魔特有の羽のせいである。アリスはそれまで祖先の誰にも受け継がれなかったサタンの血を濃く受け継いでいる。生まれつき授かった膨大な魔力のせいで体が耐えられず、オリジナルからコピーを作り、それに魂の欠片を埋め込んでしか学生として他の人間と言葉を交わすことができないのだ。オリジナルが立って地を歩くにはこの世界はもろすぎるのだ。だから、コピーに強大な魔力を入れ、少しずつ魔力の制御を可能にさせている。
アリスは一通り背中を流してもらううと湯舟につかろうとする。だが、シュロが引き留め、俺も流してくれよ、と言う。
「しょうがないですね。」
「おう、ありがとよ。」
「よいしょっと。背中流しなんて久しぶりですね。シュロ君。」
「そうだな。気持ちいいな。」
アリスが背中を洗っているとアリスが運悪く石鹸で足を滑らせ、シュロの背中に抱き着く。その瞬間、アリスの柔らかい乳房がシュロの背中を刺激する。
「おいおい、アリス。サービス精神が多めだな。嬉しいぜ。」
「ち、違います!今のは忘れてください。」
「はいはい。」
「もう、これで終わりですよ。」
ハプニングはあったものの、背中流しは終わり、アリスは湯舟に使った。アリスが使っていたシャワーの排水溝には血だまりができており、シャンプーと混じって紅くなっている。他の兄弟達も怪我の血を落としていた為湯船につかった時に一層はっきりグロテスクな光景が広がる。
シュロは長い髪を器用に洗っている。やはり長い髪はアリスから見るとうっとおしい。
「はー、やっぱり風呂は最高だな。」
「同感です。でも、シュロ君、髪切ったらどうですか?」
「いや、別に長くてもあんまり気にならないからな。お、シリアちゃん。」
「邪魔。」
シリアが小さな体でこちらに向かってくるが、シュロが前に居た為、躊躇なくシュロを踏みつける。
「おいおい、人は踏みつけちゃいけないんだぜ。まあ、可愛いから許すか。」
「トラッシュ、早く来たら?」
「うう、わ、分かってるよ。シリアさん、そのままだよ。そのまま目を抑えててね。」
と、こちらに顔を赤くしながらトラッシュが入って来る。しかし、シュロは、目が見えないぞー、と言いシリアを抱き上げ湯船につからせた。シリアはそれ以上抵抗せず湯船で泳いでいる。
「おい、トラッシュ。早く入れよ。俺もうでるから。」
「そ、そう。分かったよ。」
アリス達は風呂に入り終えると、通常の服に着替えコーヒー牛乳を飲んでいた。因みにシュロはまだ未成年な為、ビールはセリカに固く禁じられ仕方なくラムネを飲んでいた。
(風呂上がりのコーヒー牛乳は最高ですねー。byアリス)
(美味しい。byシリア)
(最高!byトラッシュ)
(くそー、ビール飲みてえ!byシュロ)
第二回戦を始める前に、もう昼であったためアリス達は昼食をとった。セリカ特製のスタミナ丼である。
「ふー、飯も食ったしそろそろ始めるか。」
「そうですね。セリカ、美味しかったですよ。」
「有難うアリス。じゃ、行きましょうか。」
アリス達が席を立とうとすると、
「ん。セリカー、おやつ持って行っていい?」
「いいわよ。シリアちゃんなら沢山持って行っても誰も文句は言えないわ。」
「そうだね。持って行っていいと思うよ。」
観戦があまりにも退屈だったのだろうか、シリアはお菓子を持って行くという。シリアとトラッシュは引き分けだったためじゃんけんをし、結果シリアに決まった。トラッシュは化け物級の相手をするのは懲り懲りだと納得し、第二回戦の一試合目はクロ対シリアに決まった。
いよいよ始まる第二回戦。シリアもクロも共に準備万端で開始合図が鳴り響いた。