二章:夜神アリスの家B
「そんなに私が信用できないですか。」
ゆっくりと、こちらに向かってくるもう一人のアリスは淡々と言った。
「まあ、いいんじゃねえか?アリスが二人いたって俺らは困らねえしな。」
「そうゆうことじゃねえよ。」
アリスが段々と、別人格へ変わっていく。
「ほう、すでに変わってたんですね。ダークデビルさん。」
「気安く呼ぶんじゃねえ!俺は今からてめえをぶち殺すんだぜ、わかったか?」
もう一人のアリスが荒々しく、そして完全に目覚め、先程までの中学二年のアリスが封じられた。
夜神アリスは自身の魂以外に二つの魂を住まわせている。
一人はダークデビルと呼ばれる真の悪魔であり死を司る神である。ダークデビルはほとんど姿を出すことはないが、アリスの感情が一定以上に闇の方向へ傾いた時に自動で表に出てくるようになっている。
荒神とも呼ばれ、何千もの人間に厄災を降り注ぐため、アリスが自らこの悪魔を体に封じたのだ。
そして、もう一方はゴッドホワイトという女神で、生を司る神である。ゴッドホワイトはかつて、無差別に人間を転生させ神々から忌み嫌われるようになっていたため、堕ちる前にアリスが封じた。
彼らはアリスが暴走するのを止めるという誓いでアリスに住み着いているが、アリスが出てこいと言えばすぐ出てくるようにも誓いを立てられている。
「おいおい待てよ。てめえらが今やり合ったら国が滅びちまうだろ。落ち着いてゲームでもしようぜ。な?」
シュロがアリス達を止めに入る。
「その通りですよ。まずは話し合いましょうダークデビルさ―」
「黙れ。俺はてめえとイチャコラするために呼ばれたんじゃねえんだ。」
ダークデビルが、思いっきり死の弾丸をぶちかます。途端にズドーンという激しい音が響き渡る。
「、、。お話は出来ないみたいですね。」
すかさずコピーの方も戦闘態勢に入り、術の発動準備を始める。が、遅い。猛スピードでダークデビルが間合いを詰め、鋭いキックをかます。
「ぐあっ。」
コピーの方が床に叩きつけられ、血を吐く。人形であっても、超能力者であるアリスによって作られたのだから普通に体内には人工の血が流れている。しかし、戦闘経験が豊富なダークデビルは痛みを感じさせる暇さえ与えずに次の型を思いっきりきめるため、飛躍。そして翼を大きく広げ上空から咆哮を放つ。
だがコピーの方もやられっぱなしではない。ぎしぎしという関節をはめ、すんでのところで咆哮をよけると、右手で銃の形を作り、指先に魔力の塊をつくる。そして空中のダークデビルに向かって発砲。
これをくらえばダークデビルでさえも肉体が切り取られる。
「うおっ。」
大きめにのけぞると背中が空く。しまった、コピーがくる。そう思った瞬間に高速回転した黒い塊いや、槍状に変化したコピーが背中を貫く。
「がはっ。」
ぽっかりと体に穴が開いたダークデビルがうめき声をあげ、大量に血を流す。生々しいリアルな腸が飛び出し、一時戦闘不能に。
「やめろよ。どっちも俺の妹なんだから殺し合いなんてすんじゃねえよ。」
いつの間にか激しい戦闘を繰り返す二人の間にシュロが割り込んでいた。そして双方をひょいっと両脇に抱きかかえ、スタスタと訓練場を抜ける。
「なっ、放せ馬鹿!まだ決着がついてねえんだぞ!」
周囲に血をまき散らしダークデビルが抵抗するが、シュロはそれを聴かずに訓練場のドアを蹴って、階段を駆け上がる。
「そうですよ。やめてください。」
ダミーの方も抗う。だが、やはりシュロは黙ったまま階段を駆け上がった。そして、大広間を駆け抜け、廊下を走り、リビングに二人を降ろす。丁度、シリア達がゲームを終えた時だった。
「ん?アリス?なんで二人もいるんだい?」
「まあ、怪我してるじゃない!どうしたの?」
「違う。どっちもアリスじゃない。一人はきっと旧バージョンの子。で、怪我してるのが悪魔の方のアリスでしょ?」
シリアが飴をなめながらアリス達を見つめた。
「うう、シリアか。久しいな。お前の言う通りだ。ぐう。」
体の空洞を徐々に回復しつつもうめくダークデビルがうずくまる。
「そうです。私は旧タイプのアリスです。主電源、予備電源を完全に切られましたがこうして自我が生まれているのです。」
ダミーの方が冷静に言う。
「結論から言うとな、こっちのコピーちゃんがいちゃまずいから処分するって言って、この様だ。」
シュロがコピーのアリスを引き寄せてダークデビル化したアリスを指差す。
「てめえ、そんな奴とイチャイチャすんじゃねえよ。」
「恥ずかしいです。」
「いいだろ?俺の妹なんだからよ。じゃ、兄貴そろそろアリスに戻してやってくれ。」
「はあ、わかったよ。ダークデビルさん、アリスに変わってくれるかな。」
リュウガが優しく微笑み声をかける。すると先程まで険しい顔つきだったアリスがもとの中二のアリスに戻った。
「アリス、血で汚れてるから浴場に行ってきなさい。」
セリカがメイド服から制服に変わっていくアリスに言う。
「ん?ああ、分かりました。しかしそこのコピーは破壊させてください。さもないとロンヘア野郎ごと消し飛ばしますよ。」
「ん?兄貴、ダークデビルがまた出てきてるぞ?」
「違いますよ。」
バチンとシュロがびんたされる。苛立ちが抑えられないアリスは殺気をこめながらシュロとコピーを睨みつける。
「こええ。こええよ俺の妹。」
「確かに怖いですね。」
「癒してくれー。」
シュロがコピーの懐に手を入れ乳房を揉む。
「ひっ、なにするんですか。」
「やわらけえ。」
「もうっやめてください。」
ぐいっとコピーの方のアリスがシュロを押し倒す。
「イチャイチャしないでください。」
「なあ、この子何て呼ぶ?」
「トラッシュでいいんじゃないですか。」
アリスが皮肉気味に言う。
「ふむ、気に入りました。じゃあ、トラッシュで。」
アリスはすんなり受け入れたダミーにイラっと来たがそそくさと西廊下に向かった。
西廊下を真っ直ぐ進むと玄関の南廊下にあるバスルームとは違った大浴場があり、女子用の脱衣所と男子用の脱衣所に分かれた二つの部屋から浴場に入ることができる。
アリスが脱衣所に向かったのをシリアが確認すると、
「じゃあ、私もアリスと入って来る。セリカは来なくていいからね。」
コントローラーを器用に動かし、セーブ、そしてホームに戻ると、アリスの後について行った。
「ええ!?シリアちゃん一緒に入ってくれないの?悲しいわ。」
セリカが絶望的なオーラを放つ。
「では、私はどうすればいいですか?」
トラッシュがシュロを膝枕しながら尋ねる。
「ん?俺と入るか?」
シュロがトラッシュのふっくらとした胸を見上げながら言う。
「嫌です。」
「えー、背中流してくれよー。いいだろ?」
「駄目だシュロ。お前はもう入っただろ。さっさと部屋の掃除でもしろ。」
「そうよ。気持ち悪いわ。」
「だそうです。」
全員がシュロを冷たい目線で見つめる。
「なんだよ。ケチだな。じゃあ、今入ってこればいいだろ?ほら、行けよトラッシュ。」
「それもいいですが、アリスが怒っていたので一度研究室に戻ります。それで、少々外観や、声音を変えてからまた来ますね。では、シュロ君お掃除頑張ってくださいね。」
にっこりと笑い、トラッシュが地下に向かった。
「おうよ。じゃ、部屋行くわ。兄貴、セリカと一緒に廊下の血拭いといてくれるか?」
「ああ。わかったよ。」
「ふんっ。指図されなくてもやります!さっさと行きなさい。」
セリカが不機嫌になりながらリュウガとキッチンに向かった。
シュロは、おお、と言いながら螺旋階段を上った。
上ると手前に部屋が三つ見える。右奥からセリカ、シリア、アリスの部屋であり、アリスの部屋の前の廊下を左折すると、大部屋が二つある。一つは父親の部屋で、もう一つは空き部屋だ。そして、さらに父の部屋の前の廊下を左折すると部屋が見えてくる。奥から順に母親、シュロ、そしてリュウガの部屋だ。リビングを囲むような形で配置されている。
シュロは十年ぶりの自部屋に着くと、ドアを開けた。鼻腔にかび臭い臭いと、埃っぽい臭いが直撃し入るのをためらわせる。誰も、自分の部屋は掃除してくれていなかった。それどころか、釈放されても、迎えはいなかった。十年間、面会に来たのは自分の従妹だけである。
悲しいやら、情けないやらと思いながらベッドに腰かける。
見渡すと、クローゼットと本棚ぐらいしか無く、壁にも特に何も貼られていなかった。小さなランドセルと、通学帽だけが唯一、懐かしい代物だ。窓を開け、ポンポンと掃除をしていく。隅々までし終えると、ベッドに大の字になって深いため息をつく。
「はあ、やっと会えたっていうのに、酷い奴らだぜ。まあ、元気なら問題ねえか。お?なんだあれ?」
ふと見上げた窓の外に巨大な黒い飛行船が映り込む。ゴゴゴと音を立てながら移動しているようだ。
目を凝らしてよく見ると、窓側にセリカぐらいの女がもたれかかっており、その服装は遠目からであるが、軍服だと確認できる。目を擦ってもう一度確認すると、飛行船は消えており、元の寒々しい空に戻っていた。はて、あれはもしや、、。と思いながらシュロは注意深く空を見上げ直した。
「見てたか?アリス。」
ドア側に向かって言う。
「ええ。厄介ですね。念の為に兄弟全員に伝えておきましょうか。」
「そうだな。」
いつの間にかパジャマ姿のアリスが音もなく部屋のドアを開けながらじっと空を見つめていたがすうっと部屋に戻っていった。
アリス達超能力者は政府から正式に存在を認められていないため、その存在は悪しきものとされている。そのため、政府は密かに対超能力者専用部隊というものを作った。
その組織は密かに作られたものだが、特殊な訓練を受けた強力な兵士たちが集まる大部隊であり、組織を率いる総隊長は超能力で時空に穴をあけ異世界から様々な強力武具を入手し、日々強化されている。
アリス達は何度となく彼らに戦いを挑まれているが、いつも断り続けている。しかしそんな彼らがついに自分たちの家の上空を飛んで行ったとなると、危機感は少し高まる。
「面倒ですね。コピーにせよ、生徒会長にせよ、私たちの日常に大きな変化を与えるものは排除するのが好ましいですね。」
今の日常が侵されれば引っ越しせざるをえない。それだけは何としても防がねば。
アリスは日記の続きに今日の出来事を一通り書き記すと、シャープペンシルをペン立てに置き、ベッドに寝転がる。そして空中に向かって円を描くと、空中に映像が映し出される。アリスの眼前にのみ満天の星空が広がり、実際の風までゆらゆらと部屋に流れ込む。アリスの能力の一つ空間切断である。
「やはり綺麗ですね。こんな空が世界中で見られたら嬉しいんですけどね。まあ紛争が終わるには随分かかると思いますが、どう思いますかトラッシュ。」
アリスが首を動かし、部屋の隅を眺める。
すると、先程まで何もいなかったはずの空間が歪み、トラッシュが現れる。
アリスと瓜二つだったその容姿は今ではスッキリ変わっていた。
髪は白く、両顎に生命維持用のロボパーツ、瞳は灰色になっていた。
「やっぱわかるんだねー。もう受け入れてくれたんだ。」
「勘違いしないでください。オリジナルからの許可がおりたためです。」
「ふうん。ま、いいけど。明日は学校どうするの?」
「その喋り方、誰にインストールされたんですか。」
アリスが苛立ちながら訪ねる。
「ナイショだよん。」
トラッシュがベッドに無断で寝転ぶ。
「そうですか。勝手に入ってこないでください。あと、明日は休むつもりです。いろいろ情報整理も必要ですから。」
「だよねー。シリアさんもセリカさんも休むってさ。」
「そうなんですか。では明日は訓練でもしますか。じゃ、さっさと寝ましょう。ところで貴方はどこで寝るんですか?」
「んー?リビングだよ。布団はあるから大丈夫。おやすみ。」
「おやすみなさい。」
そうして、トラッシュが出ていったのを確認すると、アリスは自作のドールを引き出しから取り出す。そしてドールに手をかざす。すると、ドールに羽やら尻尾やら角やらが生え、ギギギっと動き出す。
「ったく。アリス!なんで怒りを抑えちまうんだよ!あのままリュウガにさえ会わなきゃあのトラッシュって野郎もやれたのによ。甘いぜアリス。」
「そうですね。まあ、いい実験にもなりますし問題ないでしょう。」
「はあ、その優しさがいつかお前を苦しめるぜ。じゃあな。」
一時的に物体に宿ったダークデビルは、ため息をついてアリスに中に戻った。
「おやすみなさい。姉さん。」
そっと呟き部屋の明かりが消えた。