一章:夜神アリスの学校C
放課後
生徒は居残りの者を残して、ほとんどがクラブ活動を始める。小学生の何名かがだだっ広いグラウンドでサッカーをしているのを眺めながら、アリスは教材を詰め込んだカバンを背負い、西校舎の中庭に向かった。
途中、茜と合流し長い渡り廊下を渡った。
「ごめんねー。姉さんがいっつも迷惑かけてばっかでさ。」
「いえ。もう慣れましたよ。」
「だよねー。あ、そういえばね、マリーがやっとはいはいしだしたよ!また写メ送るね。」
「ほんとですか?ぜひ送ってほしいです!」
黒田家の飼い犬マリーは、つい最近青葉が公園で捨てられているのを保護し、それ以来飼い犬になったのだ。
発見した時はまだ目も開けられないほど小さく、アリスも同伴していた為、よく知っているのである。
お喋りをしながら廊下を歩いていると、前方にアリスが見たことがある男子生徒が歩いている。
「あれ?君は、夜神さん?今から西校舎に行くの?」
「ええ。部活動ですから。」
茜が、知り合い?と聞く。
「まあ。昼休みにお会いしただけです。三年の谷田春香先輩です。」
「どうも。彼女の演奏が素敵でね。」
「ふーん。私は黒田茜。二年二組。多分あんま会わないと思うけど、よろしくね。」
「よろしく。じゃあ、部活行ってらっしゃい。」
ニコニコとしながら手を振る春香に見送られ、二人は西校舎の階段を降りていった。
茜の腰まである金髪ポニーテールが、窓から差し込む陽の光を反射する。この学校でも、金髪の生徒など黒田姉妹しかいないので、アリスと同様に目立つ。だが、先輩にも当然のようにため口を使い、堂々とした茜は、アリスの密かな憧れであった。
中庭まで着くと、少し大きめの分離した小屋のようなものがある。用具室と書かれた立て札の上には、強引にマジックで書かれたと思われる「文芸部」の文字が見える。
アリスと青葉はそこへ入っていった。
「どもですー。」
「やほーー。」
軽い挨拶を交わし、椅子に座る。中には部長と、部員一人、奥にスライド式の本棚が三列あった。
「あれ?奥に誰かいるんですか?見たことがあるような人影が、、。」
アリスはスライド式の本棚の列の間に誰かがいるのを感じた。
「うん。アリスの妹ちゃんよ。」
文芸部部長の桃井日向がホワイトボードに課題を書きながら言う。
するとぴょこんと奥からツインテールの小学生が顔を出した。身長は小さく、身に着けた青いフリルワンピースが彼女のピンク色の髪とマッチしうるうるした瞳と合わせるとまるで子ウサギのように可愛らしい。
「シリア?どうして下校してないんですか?」
「シュロって人から電話かかってきて怖かったから。」
「、、、。いや、それは私達のもう一人のお兄さんですよ?怖がる必要はないと思いますが。」
アリスの言う事に納得した夜神シリアは、なるほどと言って傍の椅子に腰かける。
「まあいいや。今日は日向ちゃんがいいって言ってくれたから。」
アリスは、まったくとため息をつき、日向の方を見た。
「で、今日の課題は何ですか部長?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれた副部長殿!ズバリ、自己紹介じゃ!あーはっは。」
思わず茜が噴き出す。
「ブチョー、何そのキャラ。」
「武将キャラだぜウェイ!」
若干ジト目になりながらアリスが尋ねる。
「?どうして自己紹介なんですか?」
「えっとね、もうすぐ来ると思うけど。」
と、日向が言ったそばからコンコンとノックの音が聞こえる。
「どうぞー。」
「お邪魔しまーす。あれ?君たち文芸部だったんだね。」
入ってきたのは先程会ったばかりの谷田春香だった。
「谷田先輩?どうして?」
「さっきの人?新入部員かな。」
アリスと茜が驚く。
「アリス、生徒会長のこと谷田先輩って呼んでるの?副会長に怒られるよ?」
日向がびっくりした顔でアリスに言った。
「え?生徒会長なんですか?それは何というか冷たい態度をとってしまい、申し訳ありません。」
「いやいや、そんなことないよ。困ってる顔も可愛いな。奥に座ってる子小学生?夜神さんの妹さんだよね。君に似て綺麗な髪だね。」
ニコニコとしながら部屋に入って来る春香にアリスは少し戸惑う。
「あまり可愛いだなんて言わないでください。恥ずかしいです。」
「まあとにかく、会長、座って座って。」
話を遮るように日向が部活動を進める。
「じゃあ、新入部員も来たことだし、自己紹介していこっか。本のジャンルと好きな何かね。」
「部長、俺からでいい?」
先程まで無口で小説をじっくり読んでいた部員の一人、佐藤成哉が突然話題に食いつく。
「いいよー。」
「一年四組西校舎佐藤成哉。小説はサスペンス系とか推理系しか読まない。好きな食べ物はオムライス。よろしく。」
「次私ねー。二年二組東校舎黒田茜。さっきも言ったけどね。で、仮入部員の双子の姉がいるんだけど、名前は青葉。あんま来ないけどね。私は謎トレとか参考書とか、図鑑とかしか見ないかなー。好きなことは喧嘩。よろしくね。」
茜の好きなことに、春香は少々びっくりした。
「では、部長は最後ということで、副部長の夜神アリスです。同じことを二度言うのは嫌いなので、学年は省きます。好きな小説は、ライトノベルです。漫画もよく読みます。好きなことは、ゲームとアニメ鑑賞です。よろしくお願いします。」
「最後は私か。三年七組西校舎の、桃井日向。本のジャンルは、大半は好きかな。あと、好きなことは音楽を聴くこと。よろしくねー。んじゃ、ここからは新入部員君の紹介と、私たちに質問タイムだよ。どんどん質問していってね。」
春香は頷き、紹介をはじめる。
「三年二組特別校舎谷田春香だよ。本は小さい頃から好きで、たまにエッセイとか書いて応募したりしてるんだ。好きなお菓子はチョコ。よろしくね。えっと、質問だね。うーん、じゃあ茜さん。喧嘩ってどうゆう事かな?」
春香の質問に対し、茜はうーん、と少し考えて答えた。
「えっとね、今はあんまやってないけど、昔ねたちの悪い高校生に絡まれたことがあって、喧嘩になったの。で、私武道を習っててね殴り返した時の快感が忘れられなくてさ、以来喧嘩売られたらノリノリで買うようになっちゃってねー。勿論、その時に行ってた道場に破門食らっちゃったけどねー。」
アハハと笑う本人を除きその場の全員が少し引く。
「そ、そうなんだね。あんまりやらないようにしてね。んじゃ、次は夜神さん。あんまりゲームとかやらないと思ってたんだけど、どんなゲームをするの?」
「基本的にはバトル系ですね。FPS、TPS、RPG、シュミレーションゲームなど、色々やってますよ。ちなみに今の一押しは、ぴゃっぴゅうげいむというゲームです。一見ふざけたようなネーミングですが、キャラクターが可愛らしく、とてもリアルな殺戮ゲームなのでおススメです。」
キラキラと目を輝かせるアリスに、日向はあきれる。
「聞いたことないけど、楽しそうだね。また詳しく教えてほしいよ。」
「ええ。構いませんよ。というか、少し気になったのですが、特別校舎ってなんです?」
彼女の問いに、他の者は目を合わせ、ぶっと噴き出した。
「ほんとに何にも知らないのね。二年なのに。」
日向が皮肉そうに言う。
「まあ、入学説明会で紹介されないから、知らない子もいると思うよ。えっとね、二年の最後の実力テストで、特にいい成績だった四十人くらいの生徒が選ばれるんだけど、選ばれたら三年になる前に特別校舎で皆より上の教育を受けるか三者面談をして、決めるんだ。特別校舎の一組はその中でも優秀な子がいるんだよ。因みに生徒会のメンバーは、書記の子を除いて全員特別校舎なんだよ。しかも会計の子はね、一組なんだ。凄いよねー。これを機にぜひ君にも来てほしいんだけどなー。」
「お断りいたします。お誘いはとても嬉しいですが、私は目立ったり先頭に立って指揮をしたりするのが苦手なので。」
即答だった。何度も誘いを断っているのに少し面倒だ。
「うーん、そっか。じゃあ、暇な時に遊びにおいでよ。妹さんも連れてきていいからね。」
「気が向けば行きます。ね、シリア。」
じっと話を聞いていたシリアは、こくこくと頷いた。
「ごほん、委員会の誘いは後にしてくれたまえ。では、次の活動に移ろうか。次は、この写真を見て一言。」
咳払いで話を遮った日向が出した写真には木の上の小鳥を見つめる犬の姿があった。
「はい!ズバリ、『てめえこっち見てんじゃねえよ鳥のくせにぶっ殺すぞ。』」
茜がドヤる。
「茜、怖い。」
「茜先輩、怖いっす。」
日向、成哉の両方が言う。
「では、私いきますね。『ふっ。たかが鼻がいいだけで人間に弄ばれているワンちゃん風情が、ほーれほーれ、登ってみろよバーカ。』というのはどうでしょうか?」
アリスの棒読み全開の文章に全員噴き出す。
「夜神さん、感情がこもってないよ。」
「そうだよアリス。棒読みじゃ茜よりはましでも情景がつかめないよ。ぶふっ。」
「アリス先輩、ある意味怖いっす。」
「、、、。分かりました。」
アリスがしょげる。
(夜神さんかわいい。by春香)
(アリスかわいい。by日向)
(先輩可愛い。by成哉)
「じゃあ、私次ねー。『何この小鳥可愛いんだけど。なんか超しょげてるし可愛いんだけど、やばいマジ天使ハアハア』ってのは?」
茜とアリスが首をかしげる。
「?この写真からそんなにいやらしいものは感じ取れませんよ?なんか少しだけ自分に当てはまるような、、。」
「うん。アリスの言う通りだよ。部長考え過ぎじゃない?」
(ナイスチョイス部長!by春香)
(ナイス部長!by成哉)
「じゃあ、次いかせてもらうね。『ねえ、謝るからそんな怖い顔しないでよ。昨日ドッグフード食べたの謝るから。ね?あ、ちょっと、木ガリガリしないでよ。ちょっ、怖いって。ひいい。』どう?」
「やはり新入部員だね。」
「新入部員っすね。」
「その後どうなったか気になりますね。」
「、、、。多分今までので一番リアルに起きそうってのを目指したんだけど、、微妙な反応だね。」
春香が苦笑いをする。
「そろそろ時間だから今日はここまでね。じゃ、解散。」
いつのまにか最終下校時刻になっており、日向はきりの良いところで部活を終えた。
「はーい。では、シリア帰りますよ。」
「部長、俺塾だから今日は先帰るっす。さよなら。」
「うん。ばいばい。」
解散した後、アリスとシリア、茜は西玄関から下校をするため西玄関へ向かった。
夕日が三人の美しく整った顔を照らす。
「アリス、生徒会長良い人だったね。ゲームに興味あるみたいだったし今度アリスの家で皆でやりたいね。」
「そうですね。シリアもなかなか上手なのでぜひ皆で。」
「楽しそう。ぴゃっぴゅうげいむ帰ったらお兄ちゃんとやるからアリス、貸してね。」
「えー私も混ぜてくださいよ。」
アリス達が楽しそうに会話をしていると、前方から半袖短パン体操服姿の金髪ショートヘア少女が元気そうに走って来る。
「茜ー、今日は兄上をお迎えにあがるから早く帰るのだ!あ、アリスも一緒か?」
「そうだった。今日はおにいが一緒に帰ろって言ってたんだった。じゃあアリス、シリアまたね。」
「ええ。分かりました。ではまた明日。さようなら茜さん、青葉さん。」
「ばいばい。」
「おう、またなアリス!」
茜と青葉は仲良さそうに玄関に向かって走った。アリスとシリアはその後姿を見送り、ぼちぼちと連れだって歩いた。
「しかしまあ、男性と話す時は少し緊張してしまいますね。シリア、生徒会長に目をつけられるとロクなことがありませんから、貴方も男子と話す時は気を付けるんですよ。」
「うん。でも生徒会長はいい人だと思うよ?そんなに気に食わないの?」
「、、、。気に食わないというかあまり興味がわかないんです。」
「酷いなあ。アリスちゃん。僕のこと嫌いになっちゃったかな?」
突然背後で春香が囁く。アリスは驚き、肩をびくつかせる。
「!?会長?なんでここにいるんです?」
(信じられない。声を聴くまで気配が感じられなかった。)
シリアは春香を警戒し、睨みつける。
「ごめんねシリアちゃん。君には少し眠っていてもらいたいんだ。」
そう言った瞬間春香はシリアの鳩尾に一発いれ、気絶させる。倒れかけるシリアを優しく抱きかかえ、傍に寝かせる。
「、、、。なんのつもりですか会長。」
アリスが冷静に春香を見つめる。
「会長じゃなくて、春香でいいのに。あのね、君と二人きりで話がしたかったんだ。乱暴な真似をしてしまって悪かったよ。」
「貴方は何者ですか?人を気絶させるのに慣れているんですね。」
感情のない冷たい目でアリスは見つめる。
「ふふ。観察力が鋭いね。実は昔から父さんに教えてもらっていたんだ。護身術としてね。」
「で、話というのは?」
「君に質問したいことがあってね。超能力者を知ってるかい?」
「知りませんね。本の話ですか?」
「違うよ。君は知っているはずだけど。白い死神について。」
その単語にアリスはピクリと反応する。
「さあ。知っていたとして、どうだというのですか?」
「どうもしないさ。えっとね、僕の兄さんが、そいつを追ってるんだ。君は何かと変わった子だし、不自然な動きをすることがあるだろう?」
「ずっと私を見ていたと?」
「ずっと、ではないさ。今日のお昼からだよ。本当に素晴らしい演奏だった。」
アリスは不信感を抱きながらじっと見つめ、やがてあきらめたかのようにこう言った。
「そうですか。確かに私は超能力者を知っていますし見たことがあります。けれど貴方の役に立つような情報は生憎ですが持ち合わせていません。」
「そうか。なら妹さんにはすまないことをしてしまったね。ただ、僕は純粋に君に惚れたよ。君の可愛らしい言動やその容姿に。これからもよろしくね。」
「、、、。そうですか。それはどうも。ではまた明日。」
アリスはシリアをおぶさり、靴箱まで一瞬で飛んだ。そう、彼女もまた、春香と同様に超能力者なのだ、と春香はポツリと彼女を見送った。