三章:夜神アリスと副会長B
シュロはアリスを送った後、夕日の中シリアと食事に出かけていた。食事と言っても、ただスイーツを食べに行くだけだが、それでもシュロは充分乗り気だった。
「シリアちゃん、小学校は楽しいか?」
「別に普通だけど。」
素っ気ない返事が返ってくる。
「勉強は楽しくないよなー。」
「うん。先生もクラスメイトもあんまり好きじゃないの。だから、勉強するならアリスに教えてもらった方がいい。」
シリアは少し俯いた。別にアリスのようにいじめをうけている訳でもなかろうに、何故か悲しそうだ。
「ま、人生勉強ばっかじゃつまんねえもんな。俺は小学校の記憶があんまねえけど、しょっちゅう怒られてたのは覚えてるぜ。なんせ教師もクラスメイトも糞だったからな。ハハ。」
「ふーん。でもいいじゃん。学校の記憶なんていらないでしょ?」
皮肉気味にシリアが言う。そんなに学校が嫌なのだろうか。シュロは少し困った顔をして質問した。
「いやまあ、いるんだと思うぜ俺は。でもよ、なんか嫌なことあるのか?」
「お店で話す。」
喋っているうちに二人はニュースイーツという店に到着した。内装はお洒落なカフェといったところだ。店内にはジャズが流れ、いくつかのテーブルには既に何人かの客が入っていた。新しくできた店というので皆少し緊張気味に店内を見渡す。殆どが木造のような内装だが、外をじっと観察すればすぐに鉄筋コンクリート造りだと分かってしまう。けれど、何故かすんなりと馴染んでしまうのは所々に並べられた植木や、派手な布で作られたソファー、更には鼻腔を掠める僅かなコーヒーの香りのせいである。
シュロとシリアは小さい二つのソファーとそれらに挟まれる形で置かれているテーブルの席に案内された。二人は暫く注文品を考えていたが、やがて定員を呼んで注文を取る。どうやら二人共違うスイーツを頼んだようである。
「で、シリアちゃんは学校の何が嫌なんだ?」
「うーんとね、勿論勉強もだけど人間関係かな。」
「その歳でよく知ってるなあ。ギスギスしてんのか?女子とか。」
当てずっぽうでシュロが言うと、シリアは首を振った。どうやら思春期の女子以上に厄介なことがあるらしい。そもそもシュロは学校生活などろくに覚えているわけでもなく途切れ途切れの記憶の中で自分がモテモテだったことであったり、宿題を全くやっていなかったりしたことを頭に浮かばせていた。
「えっとね、私の学年はスマホ持ってる子が多くてメールのグループとかいっぱいあるの。」
「ほー、最近の小学生はもうスマホ持ってんのか?はええな。」
「私は、アリスが作ってくれた端末とか自分で買ったパソコンとか使ってるけど。」
夜神兄弟達は主な連絡手段としてアリスの作った端末を耳に取り付けて、電話やインターネットに接続している。勿論、兄弟たちには父親から毎月二十万の小遣いが口座に振り込まれるため、自分用のスマホなどいくらでも買えるが、兄弟達に何かあった時、あるいはどんなハッカーでも決して開けないようなセキュリティ万全のメールを使用する時に使われる。使用方法は簡単で、端末を強めに押せば自分のみに見える特殊な画面が顔の近くに表れて、それを操作する。学校につけていっても、殆ど気付かれない。
「それで、クラスメイトのメールがしつこくて、夜中になってもずっとくるの。それにね、酷い子はクラスの目立たない子を無視しようとか言ってくるの。私は、なんか怖くて何も言い返せないの。」
暗い顔をするシリアの前にいいタイミングで抹茶マフィンとイチゴスムージーが運ばれてきた。更に、シュロの前にはチョコレートパフェとコーラが運ばれてくる。
「お、良い時にきたな。」
「美味しそう。」
シリアは先程と打って変わって抹茶マフィンに食らいつく。腹が減っていたにせよいい食いっぷりだ。
口に入れるとほんのり苦みが漂い、それを噛むとマフィンの生地に染み込んだチョコレートが広がる。マフィンはナイフで割ると、とろっとチョコレートが出てくるようだ。甘みと苦みが調和されて大人な味わいである。
「んー、これ美味しい。」
「へえー、なかなかいい出来じゃねえか。こっちも美味いぜ。」
シュロがチョコレートパフェを頬張りながら言う。こちらは完全に甘く仕立てた甘党の為のスイーツといっても過言ではない。てっぺんの板チョコアイス、その下の生チョコレートの層、更に下にはチョコレートの生クリームにふわふわのスポンジが敷き詰められている。スプーンを入れれば具材が混ざり合ってケーキと同じような味になる。
「それでよ、シリアちゃんはそのグループとやらを抜けられねえのか?」
シュロは器用に生クリームとスポンジだけを抜き取って食べながらシリアに尋ねた。
「うん。だって抜けたら皆に何言われるかわかんないし…。」
「いっそのこと、俺がそのグループに入ってやろうか?」
「いいの?」
シリアは目を丸くしてシュロに近寄る。
意外にもシリアはすんなりとシュロに任せようとしてくれて、シュロは喜んでいた。それほど、シリアは深く考えていたのだろう。深刻に考えるその可愛らしい姿はセリカやアリスと重なる部分もあったが、彼女達とはどこか違う純粋な女の子という雰囲気を醸し出していた。
「シリアちゃん、あんまり深く考えなくてもいいと思うぜ。女子は面倒だけどよ、シリアちゃんの健康に害が出るんだったらそれはいけねえことだ。それに、もしシリアちゃんがグループを抜けただけでシリアちゃんをシカトしたりいじめたりするんだったらよ、そんときゃ俺がいつでも助けてやるぜ。」
その真っ直ぐな瞳の奥の温かいモノをシリアは感じ取って、にこりと微笑んだ。
「ありがとう。なんかスッキリした。」
笑顔が素敵というのは全くその通りで、幼いながらに夜神家代々の美形をしっかり受け継いでいた。この笑顔に嘘や偽りがないのをシュロは安心して見つめていた。
「やっぱりよ、シリアちゃんは可愛いぜ。アリスとセリカに負けねえぐらいだな。」
「なんか胡散臭い。」
「いやいや、ほんとだぜ?大体アリスは可愛いんだけど怖えし。思春期真っ最中だからかもな。それに、セリカはなんか闇が深いんだぜ。あいつはもうアリスよりも悪魔感が半端ねえんだ。」
大方のパフェを食べつくして水を飲みながらシュロは小声で囁く。
「わかる。」
「だろ?皆美人だけどよ、おっかねえぜまったく。」
「でもアリスが怖いのはシュロ君のせいでしょ?」
「なんも言えねえな。」
苦笑しながらシュロとシリアは会計に向かう。シュロは刑務所から出たところだったが口座には多額の金が入っていた為、親が作ってくれたクレジットカードには合計四千三百四十万がため込まれている。優しいというか、甘やかしすぎというか少し困る。子供に大金を持たせているのはあまりよくないし、むしろほったらかしにして海外へ行ってしまうのもどうかと思う。そんな思いを抱き、シュロは傍に並べてある棒付きキャンデイを会計と一緒に手渡す。それも箱ごとレジに出したため店員は驚いていたが、すぐに金額を伝える。
「えっと、お会計一万二千円になります。」
「カードで。」
「はい。」
「シリアちゃん、なんか欲しいのあるか?」
「うーん特にないけど。」
「んじゃ、後でスーパー行くか?」
「うん。」
「ありがとうございました。」
店員がキャンディの箱の梱包に困りながらも大きなビニール袋に入れてクレジットカードと一緒に手渡す。
「おい店員。これは俺のカードじゃねえぜ?」
鋭くシュロが店員を睨みつけた。店員はよく見ると自分のポケットにシュロのカードを入れている。他の店員や後ろに並んでいた客でさえも気づかない一瞬のスリだ。
「え、いえ。これはお客様のものですが。」
「とぼけんじゃねえよ。こんな偽物見破れねえとでも思ってんのか。ああ?」
イラつくシュロの気迫に圧倒され、店員は涙目でシュロのカードを手渡す。
「すみません。」
プルプルと震える店員の顔をシュロはレジに押し付けて耳元で囁く。
「ああん?申し訳ございません、だろ?教育がなってねえなあ。今度こんなしょうもねえマネしやがったらこの店は潰れるぜ?わかったらとっとと謝りやがれおらあ!」
乱暴に店員の襟を掴んで軽々と上に持ち上げる。店員は足をばたつかせて必死に抵抗する。
「ひいいい、も、申し訳ございませんでしたあ。」
「仕方ねえな。今すぐこの店やめろや。じゃあな。行くぞシリアちゃん。」
「うん。」
店員を床に落としてシュロは去って行った。何人かの客がその様子を撮影していたので、呆れたシリアがぴぼちゃんで撮影している客のスマートフォンを破壊し、客は突然画面が割れたので何事かとびっくりする。シリアは人がおどおどと焦る姿が好きなためずっと笑いながら見ていたが、それを見かねたシュロの相槌を確認して店を出た。
「やっぱり糞みてえな奴しかいねえな。どうせ盗んでも俺の声とか指紋とかがなけりゃ使えねえのにな。」
「仕方ない。私たちいっぱいお金持ってるし。」
「だな。」
二人は河川敷を進み、スーパーに向かう。向かっていた町のスーパーは大型のスーパーで、この時間帯は主婦たちが晩御飯の具材を選んでいたり、学校帰りの高校生が溜まっていたりする。
スーパーに入ると、(二人は遠くからでも十分目立つ髪なので)じろじろと見られていたが別に気にしていなかった。なんせ、生まれた時からそうだったため今更気にする必要もないのだから。
「シリアちゃん、好きなもんいくらでも買うぜ。」
「わかった。これと、これと。そっちのグミも。あとはー。」
「構わねえぜ。お、なかなか美味そうなスルメだな。」
ショッピングを満喫するシュロがビール・酒コーナーに入ると見覚えのある男に出会った。
「兄貴、それにセリカもいたのか?ん?そっちの女の子は?」
熱心に酒を選んでいたスーツ姿の夜神リュウガと夜神セリカ、更に後ろにはどこかで見たことがあるような面影のリュックサックを背負った少女がいた。
「偶然だなシュロ。従妹の莉央菜ちゃんだ。覚えていないのか?」
「へえー大きくなったなあ。今中三だろ?久しぶりだな。」
「久しぶり。シュロ兄さん。シリアちゃん。」
「久しぶり。」
その三つ編みで黒髪の少女、白野莉央菜は顔を真っ赤にしながらシュロに挨拶をする。たとえ従兄であろうが、シュロやリュウガのきりっとした顔立ちにはキュンときてしまうようだ。
「で、なんで莉央菜がいるんだ?」
「あら?言っていなかったかしら?莉央菜ちゃんの学校先週からお休みなのよ?今電車で来たところなんだって。」
「成る程な。じゃあ兄貴、一緒に帰るか?」
「構わんが。シュロ、お前部屋の備品とか適当に買っていくんだぞ。」
「おう。わかってるぜ。」
「あ、あの。私もシュロ兄さんと行っていい?」
莉央菜が駆け寄ってくる。
「いいぜ。じゃあシリアちゃんは兄貴たちと買い物でいいな?また後で会おうぜじゃあな。」
「ああ。」
「やったわ。シリアちゃんとお買い物なんて嬉しすぎる。行きましょうシリアちゃん。」
「キモイ。お兄ちゃんと行く。」
こうして兄弟たちはショッピングを始めた。
「お兄ちゃん。」
「なんだいシリアちゃん?」
「今日ね、アリスが傷だらけで帰って来たの。なんかいじめられてるみたい。」
その報告にセリカとリュウガは驚き、真剣に話を聞こうとシリアに尋ねる。
「今日からかい?」
「うん。」
「厄介ね。そのいじめっ子が心配だわ。」
「はあ、可哀そうに。目を付けたのがアリスだったのが不運だったね。もう呪いは発動してるだろうし。」
「アリスなんだか凄く顔色悪かったけど大丈夫かな。」
シリアが心配そうに顔を下に向ける。シリアにとっては大事な姉なのだ。他の兄弟たちのようにいじめっ子を心配するのもわかるが、傷つけられた姉を心配するのは当然だった。
兄弟がいじめっ子を心配したのには訳があった。それは、アリスが危害を加えられたりした時に発動する呪いのせいであった。その呪いは、二週間で解けるが常人なら一週間で限界が来るだろう。
何故なら、呪いは徐々にその人間の自由を奪い、絶望と恐怖を与えるからだ。
「シュロ兄さん、シュロ兄さんは私みたいな貧乳は嫌い?」
不意に莉央菜がシュロに問いかける。自分の無様な胸を指して強調する。
「急にどうしたんだ?」
シュロが鼻で笑う。
「もー、私真剣に言ってるんだよ?」
「わかったわかった。嫌いじゃねえけど、ないよりはある方が好きだぜ?」
シュロは買い物かごを片手で持って、空いた方の手で自分の胸に山の形を作る。
「やっぱり、私じゃ駄目だよね。」
莉央菜は落ち込んで白いタイルの床を見つめる。
「おいおい、何も落ち込まなくてもいいんだぜ?莉央菜は可愛いし俺は好きだぜ?」
「えっ、なっ、は?そそそそそ、そんなわけないじゃん。も、もー。照れるよぉ。」
三つ編みをパタパタ揺らして莉央菜は顔を赤くする。どうやら、相当嬉しかったらしい。
「お、なかなかいいランプだな。」
「え、あ、そ、そ、そうだね。こっちの緑のもいいと思うけど。」
「あー、確かに。」
そうして兄弟はショッピングを終えると、リュウガの高級車に乗り込み帰宅する。距離的にはあまり遠くなかったので五分ほどで着く。莉央菜は自分のトランクを持ち、シュロは棒付きキャンディを舐めながら自分の体よりも大きくて重たい段ボールを軽々と運び、腕にはビニール袋を下げていた。リュウガとセリカ、シリアはというと大量に買った食材や飲み物、お菓子類を運ぶ。
玄関が開き、兄弟達が揃って帰宅した。




