三章:夜神アリスと副会長A
春香の記憶には靄がかかっていた。駄目だ、どうしても思い出せない。自分は一体誰を探していたのか、そもそもそんな人はいるのか。授業の内容も丸二日分頭から抜けている。担任には何故だか知らないが、文芸部への入部届を出している。一体、自分は何をしていたのかがまるっきり分からなくなっていた。事に至ったのは、今から数時間ほど前である。
肌寒い春の朝、夜神家を後にした春香は自宅に帰る。いつもは家の中は薄暗くて静まり返っているが、何やら人気を感じた。家の扉を開けた瞬間、リビングのソファーに誰かが腰かけている。春香は靴を脱いで、部屋に入り込んだ。
「朝帰りか。」
その声に僅かな緊張感と安心を抱く。兄だ。三か月ほど前に会って、それきり連絡がつかなかった。スーツに身を包み、眼鏡をかけたマッシュルーム型の髪が更に印象を固める。
「おかえり。」
「ああ。」
「兄さん、帰ってたんだね。」
「何処に行っていたんだ?」
会話があまり弾まなかった。兄の質問は一方的で、自分の話には一切耳を傾けない。
「友達の家に泊まっていたんだ。」
「お前にも友達はいるんだな。だが、そんなものより勉強を優先しろ。お前はもう、先が決まっているんだからな。」
「そんな言い方はやめてくれないかな。その、父さんに似ているよ。」
「図に乗るな!あんな奴の話をするんじゃない!」
兄が、持っていたコーヒーカップを机に打ち付けて、怒りを露わにする。その様子は、まるで父親そのものだった。気に入らないことがあれば、直ぐに怒り狂う。自分と兄と母親は何度も父親による暴行を受けていた。時にはビール瓶で叩かれることもあった。
「ごめん。僕が悪かったよ。」
「春香、お前女ができたのか?なんだそのハンカチは。」
兄が指差したハンカチは、自分のポケットに入っているアリスのハンカチだった。今朝、アリスに渡された物だ。しまった、これは女物だと気付かれる。
「と、友達に貰ったんだよ。」
「嘘はつかなくていい。その友達とやらとはいつから仲がいいんだ?」
「一昨日から。」
「そうか、じゃあお前の記憶はそこまで消させてもらう。」
「や、やめてよ。」
春香は抵抗するが、兄が強引に自分の頭に手を置いて能力を発動していた。兄の超能力は生物の記憶を盗み、脳に空白を作ること、そしてそこに意図的に作られた偽の記憶を埋め込むことだ。その超能力は超能力をかけた者に解いてもらうか、自分で見つけ出すしか元に戻らない。自力で記憶を取り戻すためには、なくなった部分に関する強い印象を与えてくれる人、又は物に触れて脳が刺激を思い出さなければならない。だが、取り戻せる確率は低い。何を忘れたのか、それが分からない為、自力で取り戻すのはとても難しい。それに、いいように改良された記憶が偽の記憶だと気付かない場合さえあるのだ。
「はあ、はあ。どうして兄さんは、そんなことをするんだよ!僕の記憶には干渉しないと言ったじゃないか。僕は、僕はまた何かを失ってしまった。」
兄は春香から記憶を奪った、という記憶だけを残してその後は勝手に作り上げた記憶で空白を埋めた。冷たい兄の目は春香を軽蔑していた。春香は何故朝帰りをしたのか、ポケットのハンカチが全く見たことが無いのは何故なのか思い出せない。だが、なにかとても大切なモノを無くしたことだけはハッキリと察した。
「お前は俺の言う通りにするんだ。いいか、調査に加わろうと言ったのはお前だろう?お前は白い死神を追いかけろ。お前の学校にはS級首の超能力者もいる。だが、それと同じで白い死神もいるんだ。必ず情報を掴め。分かったらさっさと学校に行け。」
「誠一兄さん、無理はしないでね。」
春香は取ってつけたような口調で家を後にした。兄である谷田誠一はパソコンを開き、レポートを書き始める。全く、一層のこと全ての記憶を奪ってしまってあの弟を洗脳すればこんなに苛立つことなんてない。まあ、それは超能力者側の法律で禁止されているため、しようにも出来ない。
ため息をつきながら新しいコーヒーカップにコーヒーを注ぐ。
そして今。春香は結局自分の記憶の手がかりがつかめずに生徒会室にこもっていた。行事についての話し合いだが頭に全く話が入ってこない。
「ということなんで、この企画は断念した方がいいかと思いますが。どうします?会長。…会長?聞いてます?」
「え?あ、うん。で、なんの話だっけ?」
「会長、聞いてなかったんすか?何ぼーっとしてるんすか!女っすかぁ!」
会計担当の利井琉人が机を思いっきり叩き、春香に迫る。
「およしなさい!会長がそんなふしだらな事を思うわけないでしょう。」
副会長の吉沢花美が反抗する。彼女はどういうわけかいつも春香の肩を持つ。
「ごめんよ。僕が悪かったね。で、えっと陽和ちゃん、ちょっとノート見せてくれる?」
「おけです。会長全然喋ってないですけど。」
春香はありがとうと言って今までの会話を記したノートを書記である時ヶ瀬陽和から受け取る。
櫻田中学の生徒会のメンバーは生徒から見ても少し硬いイメージがついている。書記を除く全員が特別校舎で学んでおり、会長はその親切さから多くの生徒や教師に支持を受けている。また、副会長は財閥の令嬢で美しく、艶々したロングヘアーが自慢であり、会計は国立大学レベルの教育を受けているクラス人数十名の特別校舎一組。そして書記は校長からの推薦である。
「ふー、ちょっと休憩しようよ。もうお昼休みでしょ?」
「賛成でーす!」
「会長がそうおっしゃるなら構いませんわ。」
「俺も賛成っす。」
と、休憩に入り、春香と琉人は窓の近くの手すり棒にもたれかかる。
「会長、彼女っすか?」
「あー、そうかもしれないし違うかもしれないんだなー。」
「どうゆう意味っすか?」
「とても大事な人だった気がするんだけど、誰だったか思い出せないんだよね。」
「ふーん。なんか面倒っすね。」
琉人の軽い返事に、春香は思わず苦笑する。
「先輩、これ以上私に関わらないでください。では。」
と、二人が話している最中に聞いたことのない女子生徒の声が耳に入る。その女子生徒はピンク色の髪を揺らしながらその場をスタスタと去って行く。その後ろ姿を見つめているうちに、春香は急な頭痛に見舞われた。誰だ。あの女子生徒は、誰なんだ。分からない。
「うう。」
「だ、大丈夫っすか?」
「うん。もう大丈夫。けれど、あの子誰だろう。知らないなあ。」
頭を抑えながら生徒会室に戻る。その様子を花美が見ていたようで、慌てて駆け寄る。
「会長?!どうなさったんです?」
「吉沢さん、大丈夫だよ。」
「女子生徒が会長になんか言ってたんすよ。その後急に会長が倒れたんっす。」
「女子生徒ですって?誰ですの?」
副会長が女子生徒という言葉に妙に反応したのには訳があった。副会長は会長に思いを寄せている。その為どんな女であろうと自分が許していない生徒が会長に話しかけることなどあってはならないのだ。例えば一度、会長に惚れたからといって会長にプレゼントを渡している生徒がいたが、その生徒は一週間後には転校していった。それは、花美の命令によるいじめと、親の権力による脅しのせいだった。会長と気安く話していい生徒などこの学校に存在してはならない。そんなものは排除しなければならない。それが彼女の縛りである。因みにこのことは春香は全く知らない。
「副会長怖いっすよ。えっとですね、なんかピンク色の髪の女の子だったと思いますけど、結構美人っすよ。ありゃ、多分相当モテルと思うっす。」
「ピンク色の髪ぃ?地毛なのですか?」
「そりゃまあそうだと思うっすけど。」
「私はよく分かりませんが、そんな髪ならすぐ見つかりますわ。じゃ、会議を再開いたしましょう。」
アリスは戸惑っていた。物陰に隠れて、春香の様子を窺っていたが、彼は自分を知らないと言っていた。どういうことだ。まさか、嘘はついてはいないだろう。だとすれば何者かの超能力による記憶操作かもしれない。そうか、ならば心配はない。もう春香が危険に晒されることはない。自分のことを覚えていないのは少し癪に障るがまあいいだろう。これでいいのだ。
「アリス、こんなとこで何してんの?」
「!部長?あ、その、、えっと。」
「会長と話したいなら副会長に見られないとこでした方がいいよ。あと、会長部活辞めるんだって。多分副会長がそそのかしたんだと思うけどね。じゃ、そろそろ掃除だし、もう行きな。」
「あ、はい。わかりました。では。」
察しの良い文芸部部長の桃井日向である。部活動以外で彼女と話すことはあまりない。わざわざ西校舎まで来たのだから会うのも当然だが、日向の話に少し興味が湧いた。副会長はどうやら余程警戒されているようだ。部活動の時にも言われていたが、なにかあるのだろうか。ふむ、こういうのは探偵モノのようで面白い。少し調査をしてみるか。アリスはニヤリと笑みを浮かべる。
「ふふ、厄介なことになりそうですね。」
放課後、アリスは西校舎に向かう廊下で茜と話し込んでいた。どうやら茜も副会長について何かしら知っているようだ。
「副会長っていうか、吉沢先輩って結構有名なんだよ?」
「そうなんですか。私はあまり知らないんですけれど。」
「なんかねー、一言で言えないんだけど、まあヤバいかな。あんま近寄らない方がいいと思う。」
「どうしてですか?」
茜は返事に少し躊躇う。喧嘩好きで強気な茜が躊躇いを見せるとは、相手もそれなりのようだ。
「あのね、アリスが転入してくるちょっと前に、部活にはもう一人先輩がいたんだ。」
「初耳ですね。」
「中二の先輩だったんだけど、その子優しい子でさ、よく私と買い物とか行ってたんだー。」
「ふむふむ、成る程。」
「でもね、その子が今の会長に告白したんだよね。なんか惚れてたっぽいの。それで、たまたまか知らないけど吉沢先輩がそれ見てたのね。」
「ほほう。それでどうなったんです?」
興味津々なアリスに、茜はまたもや躊躇いながら話を進める。
「その子ね、その後クラスメイトの仲いい子とか、全く知らない先輩とかからいじめられてさ、転校しちゃったの。」
「え。それは気の毒ですね。」
「だよねー。その後も会長と話してた女の子とかも不登校になったりしてさ。黒い噂が多いんだよ。」
「あの、もしかしてその先輩というのは白野莉央菜ですか?」
「え、知ってるの?」
「まあ、従姉ですし。」
そう、白野莉央菜はアリスの母方の方の従姉に当たる。アリスが転入してきたのは去年の七月で、莉央菜はその前に転校した。転校理由は聞いていなかったが、随分やつれていた為いじめだろうとは思っていた。
「へえー凄い偶然じゃん。もっかい会いたいなとは思うけどね。」
「多分そのうち会えますよ。もうすぐ家に泊まりに来る予定ですから。」
従姉とはいえ、手を出されればあまり嬉しくはない。アリスは莉央菜と歳が近いため、仲良くはないのだが、夜神家の血族に手を出したことは許されない。
「しかしまあその副会長とやらは不愉快な方ですね。」
「でしょ?あんま関わんない方がいいよ。そろそろ行こ。」
「そうですね。」
三十分程遅れてアリスと茜は部室に到着した。すると、部室のある庭に大きなショベルカーが運ばれてきていた。そしてその光景を呆然と眺める日向と成哉がいる。
「え、なんですかこれ。どうなっているんです?」
「アリス、茜。あ、あのね。」
日向は言葉につまり、顔色を悪くする。どういうことだ。
「俺が説明するっす。文芸部は、取り壊しだそうっす。」
「意味が分かりません。何故壊す必要があるんですか?それに中の書物は?」
「机も本もホワイトボードも回収されたの。」
日向が辛そうにアリスに向き合う。意味が分からない。なんだ、何が起こっているのだ?
「あら?部員全員お揃いですわね。どうです?この光景、素晴らしいでしょう?」
後ろからのこのこと皮肉を述べてやってきたのは先程アリスと茜が話題にしていた吉沢花美であった。
「文芸部は廃部にさせるおつもりで?」
「勿論よ。ほら、ちゃんと先生方から署名は頂いていますもの。」
幾人かの教師の署名を集めた髪がアリスの前に突き出される。
「ふうん。じゃ、その紙少し貸してください。」
「いいわよ。」
紙を手渡された瞬間、アリスは紙を匂い出した。突然の行動に花美と文芸部員達は驚く。
「ちょ、アリスなにやってんの?」
「紙なんか匂っても本物かどうかなんてわからないでしょ?」
「先輩血迷いましたか?」
「あーこれ偽物ですね。副会長さん。」
匂いをかいだだけで偽物だと断定したアリスに花美は驚いていた。はったりに決まっている。馬鹿馬鹿しい女だ。
「へえー、じゃあその証拠は何処にありますの?証明してみなさいよ。」
「いいですよ。まず、この学校では教師は同じサインペンを持つことが義務付けられています。これは私の母が舛井文吉現総校長と仲がいい為特別に聞かせてもらった話です。それでですね、そのサインペンは少量の甘い香りがするように細工が施してあるんですが、どうもこの用紙は匂いがしなかったので。」
アリスが説明したのは全くその通りであり、副会長も知らなかったようで後退りをした。実際近くに来ていた女教師のサインペンを確認するとそれは明確であった。確かにほのかな甘い香りが漂う。
「そ、そのような脅しで私が屈すると思っているの?このショベルカーは私が個人的に雇ったものよ。早く壊しなさい!」
部員の皆が止めるのを無視して花美はショベルカーに指示を出した。こうなれば、アリスは強硬手段に出るしかない。ショベルカーが動いたかと思うと勢いよく左右に揺れて運転手は振り落とされる。更にショベルカーは操作する人間がいないにも関わらず、花美の方に向かって迫ってくる。それに気づいた花美は悲鳴をながら運転手を振り払って逃げて行った。あっけにとられていた部員たちはアリスを眺める。彼女だけが唯一楽しんでいたからだ。
「あ、アリス。あんたなんで笑ってんの?」
「先輩怖いっす。」
「ふふ、なんだかわからないけどすっきりしたー。私も笑えてくるよー。ハハハ。」
つられた茜も笑い出した。アリス以外何が起こったのかまるっきりわかっていなかったが、ひとまず一件落着である。
アリスが使ったのは強制的に自分に従わせる絶対服従魔術である。生命の宿っていない物であっても自分の思うように従わせることができるため、基本的には拷問や遊びでしか使わない。だが、文芸部がなくなっては困るので花美に一泡吹かせようとして使ったのである。勿論茜たちには魔力が見えないため校内では問題なく魔術の類は使えるが、仮に超能力者がいた際は面倒なのでアリスは高度な魔力透明化も使って魔術を発動していた。大きな魔力を体内に秘めているアリスであってもオリジナルほど魔力の使用はうまくない。そのせいでアリス達ダミー人形はリミッター着用を義務付けられている。そのせいで、普段使用していい魔力の量が決まっており、その上で高度な術を使うと相当な量の体力が削られる。無論、訓練の時はリミッターは解除している。
「部長、あの、少し保健室へ行っても構いませんか?」
「いいよー。なんか顔色悪いけど大丈夫?無理しないでね。」
「はい。」
アリスが去った後、部員たちは協力して回収された本や机などを運んでいた。アリスが魔術で運んだ方が手間はかからないが今は少し横になりたかった。フラフラしながらアリスは西校舎の奥の方へ足を進める。
「はあ、あの副会長とやらは厄介な人ですね。まあ標的にされたなら仕方ないですね。こっちもそれなりに派手に決めていきますか。」
独り言を呟き、アリスは廊下を歩いていたが、不意に後ろに気配を感じて立ち止まる。
「何か用ですか?」
振り返るとぞろぞろとガラの悪そうな女子生徒が物陰から出てきた。昔で言うところのスケバンである。
「あんたさー、薬やってんの?」
「はい?」
「フラフラ歩いてたじゃん。あ、もしかしてダンスの練習かな?」
「キモー。そんなダンス誰も見てくれないよ?」
「疲れているので、後日会いましょう。」
アリスは挑発に乗らず、そのまま背を向けて廊下を歩きだす。それにイラついた女子生徒たちは後ろから思いっきりアリスを蹴った。まあ、ここは反応しておくか。と、アリスは倒れる。
「痛いですね。なんですか。」
「はいはい、警察ですよー。薬物乱用はだめですねえ。キャハハ。」
ふざけた女子生徒がアリスの両手を足で抑えつけ、ほかの女子生徒がアリスの体を殴り、更にビンタを繰り出す。
鈍い音と共にアリスの顔面には傷がついていく。だがアリスは反抗しなかった。散々やられた挙句、アリスは廊下に置き去りにされた。体中が腫れて、美しい彼女の顔は見るも無残になっていたのだった。
「はあ、はあ。」
傷だらけのアリスは息を荒げてうずくまる。とりあえず一週間ほどはいじめに耐えなければならない。仕返しはその後だ。いつの間にか下校時刻になっており、アリスは玄関に向かう。目の前がぼやける中、アリスは周りからクスクス笑われながら校門に向かう。それを、迎えに来ていたシュロが驚いて抱き抱えた。
「おいおい、どうしたんだ?おめえのかわいい顔が痛々しいぜ。殴られたのか?」
「ええ、抵抗できなかったもので。」
「はあ、全く最近の中学生はひでえなおい。とりあえず俺はこの後シリアちゃんとデートだから家に運んでやってもいいが、その後はトラッシュに任せておくぜ?」
「お願いします。」
シュロは下校途中の女子生徒にキャーキャー言われていた為、このまま家に帰るのは面倒だ。なのでアリスは透明化魔法を自分とシュロに付与する。シュロは、その後強靭な脚力で飛躍し、地面にヒビだけを残して素早く移動を始める。家の前にはシリアが待っており、急なシュロによる突風で何事かと慌てた。
「シリアちゃん、待たせて悪いな!じゃ、アリスをソファまで連れて行くからもうちょい待っててくれ。」
「いいけど。アリス大丈夫?顔酷いね。」
「ああ、いじめってやつだな。」
「ふーん。」
シュロはアリスを寝かしつけると、そっとアリスの頭を撫でた。可哀そうに、無茶しすぎなんだよ。
「よし、トラッシュ。後は任せたぜ。シリアちゃん、行こうか。」
「うん。行ってくる。」
「後は私に任せてねー。二人とも行ってらっしゃい。」
今朝まで研究所にこもっていたトラッシュだが、今日は研究所から出た為かなんだかご機嫌なようだ。
「もー、なんで抵抗しなかったの?痛いでしょ?」
「私はこれの倍返しをさせてあげるんです。だから今やっちゃったらつまらないでしょう?」
「でもなー、なんかかわいそー。顔は自分で治せるでしょ?ボディーは新しいの研究所から貰ってくるね。」
「分かりました。」
アリスはリミッターを解除して顔を整える。殴られている最中は痛覚を切っていたので痛くはなかったのだが、今痛覚を戻すとひりひりする。シュロの言っていた通り酷い奴らだった。だが、楽しみだ。同時に奴らが恐怖する瞬間は。魔力も使えないような平民ごときの暴行など、たいして気にはしないが周りに迷惑がかかるのは許せない。青葉や茜はいじめを許すような友人ではない。きっと、このことを知れば必要以上に彼女達を心配させてしまう。目には目を歯には歯を、加害者には制裁を。
その時、突如アリスの体中に寒気が走った。
「え、嘘。こんなにも魔力があったんですか。」
ゾッとするアリスのいるリビングにトラッシュがボディと三人の白衣姿のアリスを連れてくる。この三人はアリスのオリジナルの情報を最も共有している、通称「ドクターネット・アリス」である。彼女達は、ゴッドホワイトやダークデビルなどの悪魔の管理、魔力量の共有の調節やらの研究開発の中心であり、オリジナルのために作られているコピーだ。
「ドクターネット・アリス」は主に研究用のアリスであるから、殆ど外部との接触をしないようにプログラミングされているので、コミュニケーションソフトのアリスや他の兄弟たちの前に姿を現すことは滅多にない。トラッシュは例外で何度か検査を受けていたのだが、やはり彼女達の魔力は尋常ではない。
「アリス、ドクター達が話があるんだって。私もいた方がいいっぽいけど、多分オリジナルのことだと思うよ。」
「ええ、分かっていますが。」
アリスは冷や汗を浮かべて慎重にボディパーツを外していく。流石に一人ではできないのでクロとシロに手伝ってもらいながらだが、やはりこの三人はどうしても苦手だ。
「ありがとうございますクロ、シロ。で、さっさと話したらどうです?」
「随分と態度が悪くなったものですね。いつの間にそんなに偉くなったんですかソフトナンバー十三番。」
三人の内の一人、真っ黒なガスマスクをしたアリスが言う。
「ドクターネット・アリス」には名前が付けられており、今喋ったのが寿、その隣のヘッドフォンを着けているのが轟、そして最後の猫耳を着けているのが涅である。
「その呼び方はやめてくださいクソブキさん。」
「ああん?」
「まーまー、寿君も十三番君もムキになっちゃ駄目だよん。本題に入れないでしょー。」
涅が中立に立ち、アリス達の争いを止める。その猫耳は本物のようにクルリと動く。
「本題は、オリジナルがもうすぐ完全に魔力を制御できるようになるということ。勿論ここで話してることも全部共有されてるけどね。」
「こんな感じやで。」
轟が空中を触れたかと思うと、透明スクリーンが現れた。そこには、裸で液体カプセルに眠るオリジナルと、目が眩むほどのびっしり書かれた報告書が写っていた。
「俺が調べた限り、オリジナルが起きんのは来月ぐらいやと思うわ。もし、オリジナルが起きてカプセルから出たら、俺らドクターは無事やけど、あんたは強制的にシャットダウンさせてもらうから。」
「…、轟さんその喋り方いい加減やめてほしいんですが。」
強烈な関西弁と、一人称が俺というのに嫌悪感を感じたアリスが轟を睨む。
「おう?俺は昔からこうやねんけど。まあ、ゆっとくけど強制的にシャットダウンされたらあんたは接続も切られるからな?あんたの記憶とかはそのままオリジナルが受け継いでくれるから心配せんでもええけど、一応ちゃんと覚えとくんやで。」
「接続が切られれば、私は、私の代わりはオリジナルになるんですか?」
「そうやで?」
「そんなの可哀そうじゃん!アリスは、今のアリスの意志はどうなるの?」
トラッシュがアリスの暗い顔を察したのか轟達に反抗する。すると、三人は目を見開いて笑い出した。
「何言ってるんですか亡霊風情が。そんなものオリジナルに任せるに決まっているでしょう?」
「もー、寿君は怖いなあ。でも、寿君の言う事はあってるよん。」
「ま、今のアリスはただの人形やん?そんなもんの意志なんか誰も継がんやろ?」
当然のようにアリスに吐かれた言葉は、トラッシュを、何よりアリスを傷つけた。人形であるが、人間のように学校に通い、兄弟と日々を過ごしていた。勿論この今のアリスの意志はオリジナルの欠片であるので、オリジナルは同じ意志も持ってはいる。だが、友人との関係や思い出は忘れてしまうのだ。強制的にシャットダウンされるということは、それまでの全てのデータや記憶をオリジナルに送り込み、人形のアリスからは完全にリセットされる。
「なにそれ!?アリスに人権が無いって言ってるの?」
三人に頭にきたトラッシュが声を荒げる。
「人形に人権など無いです。」
「替えが効くだけの人形に同情なんてしないよん?」
「それが俺らの当たり前や。トラッシュ、あんたは自分の持ち物に人権があると思うんか?」
彼女達にとってアリスはただの道具、ただの人形、痛みを感じて、感情を持っていたとしてもただの替えが効く物でしかない。それを当たり前だと平気で口にする彼女達が、トラッシュにとっては冷酷だとしか思えなかった。アリスの方も、それこそ顔に感情は出さないが心は灰色で染まっていた。
「あるに決まってるでしょ!」
「トラッシュ、やめてください。もう構いません。」
「なんでアリスも反抗しないの?こういう時に怒るんでしょ?ねえ!」
何も言えなかった。アリスには、答える術も反抗する意思も無い。嬉しいわけない。こんなに自分を物扱いされて、怒りが沸き上がらないわけない。けれど、どうもできないのだ。




