二章:夜神アリスの家G
早朝、春香はアリス達がまだ寝ている頃に夜神家を後にした。何も言わずに出ていくのは失礼なので、書き置きを置いていた。
「ふにゃあ。んー、おや?この紙はアリスの彼氏君の書き置きかしら?」
セリカが制服の上にエプロンを着用し、朝食を作るためにキッチンに向かった。その時に目に入った紙を手に取る。
【拝啓 夜神家の皆様へ
この度は一泊させていただき、ありがとうございます。皆様に直接挨拶を出来ず、このようなかたちで知らせることになってお詫び申し上げます。谷田春香より】
短い書き置きを、セリカは二回ほど読み通すとそのままぽいっとゴミ箱に捨てた。
「えいっと。じゃ、今日はパンケーキでいいかしらね。」
考えも無しに書き置きを捨てたのは辛気くさいのがどうも嫌だったからだ。一人が読めば、その内容は大体その一人が理解する。わざわざ情報源を伝えなくとも誰かが分かっていれば、いらない手間が省ける。
だんだん、辺りが明るくなってくるにつれ、リビングには甘い香りが漂っていた。その匂いにつられて一番早く起きたのはシュロ。その次に、寝巻き姿のシリアがピボちゃんを抱き締めながらやって来た。二人とも春香についてセリカに聞いたが、帰った、とだけ伝えられていた。
一方アリスはというと、辺りがぼんやりと明るくなってくる時に、春香が自分の部屋に入っていたことを察知していた。それはほんの数時間前に遡る。
ぎいっと部屋の扉の軋む音が静かに響くと、アリスは目を覚ました。例え自分の先輩に当たる人だからと言って、警戒せずにはいられなかった。
「もう、帰るんですか?」
むっくりと起き上がったアリスに春香は驚いたが、近寄ってきてアリスの隣に腰かける。
「起こしてしまってすまないね。これ、置いていくね。」
アリスは白い紙を見せられる。
「…。私に読めと?」
「それが書き置きってものじゃないかな。」
「先輩、こっちに来てください。」
「?」
言われるがまま春香がアリスの方へ体を動かすと、
「先輩、気を悪くしないでください。私はどうも人付き合いが苦手で、これで許して下さいね。」
ぎゅっと柔らかい体で春香は抱きしめられる。突然のことに戸惑うが、少し照れながら春香もアリスを抱きしめた。
「何を許してほしいんだい?」
「昨日、私に向かって怒っていましたから。」
その言葉に春香は疑問を持った。そして、アリスから離れると、
「怒っていたっけ?」
「ええ。その、わ、私を押し倒したじゃないですか。」
寝起きの、パジャマ姿のアリスが目線を逸らす姿は何とも愛らしく、男を惹きつける。
「もう、怒っていないよ。じゃあ、そろそろ行くね。いつでも生徒会室にいるから、また話そう。」
「分かりました。では、また。」
そうして去って行った背をぼんやりと思い出しながら、アリスは春香の書き置きを読んだ。
【拝啓 親愛なる副部長様へ
君にだけ、伝えようと思ってこの書き置きを残します。君は今、狙われています。僕は都合上、誰に狙われているか、僕がどういう存在なのかを君に伝えることができません。けれど、気を付けてください。危険です。どうか、無事で。生徒会長より】
一通りアリスが読み終えると、髪は青色の炎に包まれて跡形もなく消えていた。これは、多分春香の何かしらの能力なのだろう。だが、こんなことをしていいのだろうか。彼が束縛されているのは、死の契約だ。死の契約とは、ドラゴンたちのそれとは違って人間同士に超能力で双方の喉に契約の鎖を結びつける契約法だ。どちらかが破れば、どちらの首も飛ぶ。解除するには、契約を持ち掛けた方に超能力の鎖を解いてもらうように言うしかない。これは、生半可な覚悟で契約できるような方法ではない。きっと彼はなにか大きな組織と繋がっているのだろう。そして、自分を守るために自らの首を賭けて警告してくれた。
「嫌な人ですね。私など放っておけば良いのに。」
それは、アリスの本心だった。その嘘偽りのない言葉が、いずれ大切なモノを傷つけてしまうことを彼女はまだ知らなかった。
アリスとセリカは登校時刻が早いため、朝食を食べ終えるとすぐに家を出た。遅れてシリアも赤いランドセルを背負いながら家を出ようとすると、シュロがついてくる。
「なんでついてくるの?」
「いいだろ。妹の登校に少し付き合うくらい。」
「いいけど、あんまり迷惑かけないでよね。」
「分かってるって。ほら、鍵閉めたから行くぞ。」
無理矢理すぎると、シリアはすねていた。だが、シュロがしょうがない、と言ってポケットから棒付きキャンディーを差し出したのでたちまち上機嫌になる。
「んー、これなんか変わった味じゃない?」
「おう、それ囚人からもらったやつだぜ。確かそいつケツの下に飴玉敷いてたな。」
それを聴いた瞬間、シリアはぶーっと噴き出した。
「けほっけほ。馬鹿!最低!なんでそんなの私に渡したの?」
「飴好きだろ?」
キョトンとした顔でシュロはシリアを見つめていたが、やがて背後に気配を感じて振り向く。それに気づいたシリアも続けて振り向くとそこには真っ黒な軍艦が浮かんでいた。
「あーあ、もう来ちまったか。」
「まだ、登校中の子もいるんだけど。」
「んじゃ、学校には今日は遅刻だって電話しといて正解だったな。」
「なんで、そんな前もって余計なことをするの?」
シリアがシュロを睨む。
「実はな、最近できたっていうパフェの店にシリアちゃんと一緒に行こうと思ってたからな。」
「ニュースイーツ?」
「そうそうそれそれ。あいつら飛ばしたら一緒に行こうぜ?」
「むー、行きたいけど学校終ってから迎えに来てよ。」
食べたい気持ちを我慢しながらシリアは頬を膨らます。
「オーケーだぜ。シリアちゃん、一発でけえみたいだから、注意しろよ。」
「分かってる。」
その会話が行われた直後に軍艦から高熱の砲弾がアスファルトの地面に降り注いだ。地面は一瞬で大きな穴が開き、遅れて振動が伝わる。周囲の人間は何事かと慌てるが、シリアは冷静にキーホルダーにしていたぴぼちゃんを外して、変換スイッチを押す。すると、手のひらサイズのぴぼちゃんが通常の人形に変わり、更に大型スナイパーライフルに変換される。昨日の訓練で使われたものとは違い、ボディが茶色で、銃身がやや長めのスナイパーライフルだ。周りにはまだ登校中の小学生や、散歩中の一般人もいた為、シリアはあまり派手に攻撃をできない。電柱に隠れながら、シュロとシリアは軍艦の攻撃をかわす。
「ったく、どうしようもねえ野郎達だな。シリアちゃん、ありゃいくら撃ってもはじかれるぜ。そこで、提案があるんだが聞いてくれるか?」
「何?」
「あの軍艦よお、ちーっとだけ排気口が見えるだろ?あの排気口が開くのはまあ大体三秒に一辺程だ。いいか、あそこが開いた瞬間五発程魔力弾をぶちこんでやれ。その後は俺が叩きのめすぜ。」
シュロが指差した排気口というのは軍艦の下の方の、直径約三センチ程の穴のことだった。あれは、真っ直ぐは繋がっておらず、角度がついたパイプ管で繋がれている。そこに弾丸を撃つという事は不可能に等しい。だが、銃の分野においてはシリアに不可能は無い。だからこそ、彼女は静かに頷いてたった今閉じたばかりの排気口にスナイパーライフルの照準を合わせる。
「三、二、一。」
三秒数えた後にシリアは電柱の影から一発。更に大きく飛躍して、家屋の屋根に飛び移り、正確な弾丸を四発発砲。次々と襲ってくる砲弾をかわして、地面に着地。排気口は軍艦内に張り巡らされており、最終的にはエンジンの近くに辿り着く。
束の間に軍艦の片方のエンジンが爆発し、待ち構えていたシュロが軍艦に重い一発を叩きこむ。
「っしゃあ!シリアちゃん、もう学校行っていいぜ。じゃあまたな。」
「ん。放課後はちゃんとおごってね。」
「勿論だぜ。」
と、シリアの背中を見送りながらシュロは墜落していく軍艦を片手で持ち上げ、空高くへ放り投げた。
「貴様!よくもやってくれたな!」
背後から突如女の声が響く。振り向くと、そこにはストレートの金髪をなびかせる軍服姿の女がいた。
「なんだよ嬢ちゃん。」
「嬢ちゃん?嬢ちゃんだと?貴様、どこまで私を愚弄する気だ!私は対超能力者専用部隊総司令官だぞ。やはりこのようなボロくさい船ではとても敵わなかったか。」
「へーへー、そうかそうか。嬢ちゃん、生憎だが俺はあんたに構ってる暇はねえんだぜ。」
シュロはその場から立ち去ろうとした。
「な、待て!戦いはまだ終わっていないのだぞ!」
「ふーん、じゃ、今回はこれでしまいだ。お、なかなか弾力あるな。」
ふと総司令官が後ろを振り向くと、いつの間にかシュロが回り込んでおり、自分の乳房を揉んでいるではないか。
「っな、何をするのだ!やめ、やめぬか!ふ、ふあっ。」
顔を真っ赤にした総司令官は激しく抵抗し、シュロを振り払い、キックをかます。が、そんな甘っちょろいキックはシュロの片手で受け止められてしまう。
「ほおー、いい眺めだな。黒のニーソの上に白のパンティーってのもアリなんだな。」
シュロは総司令官の足を持ち上げて、ミニスカートの中身を覗く。細い足を僅かに締め付けるニーソックス、うっすらと確認できるスジが白いパンツを更に強調させる。
「貴様!早く放せ!ど、何処を見ているのだ!」
やっとのことでシュロから逃れた総司令官は、恥じらいながらもシュロに向かって勢いよく指を突き立てると、
「もう、貴様の茶番には付き合ってられぬわ!この私に屈辱を味わわせたことを後悔するがいい夜神シュロ。」
「俺の名前知ってんのか?嬢ちゃんは何て言うんだ?」
素朴なシュロの質問は予想していなかったようで、総司令官は少々戸惑う。
「ななな、私の名前だと?そんなものを貴様に教えてどうするのだ?」
「どうもしねえよ。ま、教えてくれねえなら帰るけどな。」
「ま、待て。そうか、また敵として会うだろうからな!心して聞くのだぞ。我が名は。」
「総司令官様!ご無事でございますか?」
言いかけたその時、軍服を着た男が駆け寄り、シュロに銃口を向ける。
「夜神シュロ、S級首。総司令官、発砲強化をお願いします。」
一瞬の判断に迷いを見せるが、総司令官はその男の銃口に手をかざす。
「よせ。お前では勝てない。今日は引き上げだ。後日の決戦の時を楽しみにとっておくぞ。」
「おいおい、お嬢ちゃん。俺は決戦なんてしないぜ?」
その言葉に総司令官は思わず笑みを零す。
「ほほう、しない、だと?そんな軽口を叩いていられるのは今の内だけだぞ?直に貴様の大切なモノを頂戴するさ。じゃあな、夜神シュロ。」
「奪えるもんなら奪ってみろ。俺が必ず取り返すぜ。」
シュロは去って行く総司令官に向かって呟く。




