二章:夜神アリスの家F
夕日がアリス達を照らしていた。春の、ふわりとした暖かさが体中に伝わる。同級生に見つかっても、自分だと気付かれないように偽造魔法を付与し、兄弟三人で歩く。
「やっぱり外はいいな。太陽が眩しいぜ。」
「セリフがくさいですよ。」
「草」
「笑うなよ。」
このメンバーで散歩に行くのは初めてで、何とも言えない空気が三人を包み、恥ずかしいような楽しいような気持ちがくすぶられる。これがアリスの求めていた「日常」に一番近しい雰囲気だ。誰にも邪魔されず、この平穏が続くことをアリスは密かに願っていたが、それが続く日々を送れるようになるにはまだ長い時間がかかるのである。
そして、彼らの平穏を脅かす者が、唐突に現れた。
アリス達が歩いていると、河川敷に周りの景色からどこかはみ出している女が座っている。白いワンピースとサングラスという組み合わせの服装にアリスは嫌な予感がしたが、その場から何も無かったかのように立ち去ろうとした。
「まあ、そんなに急がなくてもいいでしょう?お嬢さん、少しお話をしていきませんか?」
「何故、貴女の為にわざわざ足を止めなければならないのですか?」
「ふふ。いいじゃありませんか。そちらのご兄弟もご一緒にどうです?」
シュロとシリアは、あまり躊躇わずに女の方に近づいて行った。
「ああ、構わねえよ。」
「うん。」
その二人の行動にアリスは驚くが、仕方なく女の方に向かう。
「で、話とはなんです?」
「まあまあ、焦らず。君たちは超能力とか魔法とか信じる?」
「信じる。」
「信じるぜ。」
「信じますね。」
三人の即答にその女は想像していなかったようで少し驚いていた。
「へえ、どうして信じるの?」
三人は暫く考えて、こう答えた。
「だって、おばさん超能力者でしょ。」
「そりゃおめえが超能力者だからだろ。」
「貴方が超能力者だからです。」
三人の意見は先程と同様にぴったりと一致していた。
「どうして、分かったんですか?」
彼女の問いかけに三人は顔を見合わせて笑い合った。
「おかしな方ですね。そんなの、見た瞬間から分かっていましたよ。」
「俺は、歩いてるときからわかってたぜ。」
「えー、二人共早いなー。私質問されるまでわからなかった。」
「まあ、それは経験不足です。」
「仕方ねえよ。」
彼女は眉をひそめ、焦り気味に三人に問いかけた。
「よく、わからないのだけど。」
「あー、鈍感な方なんですね。」
「だな。」
「確かに。新人じゃないの?」
その言葉に女は苛立っていた。
「ワンピースとサングラス、それと質問だな。」
「そうですね。ワンピースとサングラスの組み合わせは、対超能力者専用部隊の捜査服なんですよ。人混みに紛れていても、不自然じゃない服装なんでしょうね。それと、質問の仕方、話の流し方が一番怪しいですよ。貴女、第六部隊の方ではないですね。」
「…」
女はますます顔色を悪くした。
「まず俺たちが並んで歩いてて兄弟だなんてわからないだろ。確信もってそうゆうのは言うものじゃねえぜ。」
「多分、シュロにはおばさんの漏れた能力者のオーラが分かったんじゃない?」
その通りだった。彼女は対超能力者専用部隊の隊員である。そして、潜入調査専門部隊である第六部隊所属ではなく、戦闘に特化した第四部隊の隊長であった。その為、慎重な調査や感情を押し殺すような仕事は下手で、すぐにばれてしまうと思っていた。それが案の定バレバレであり、その上重要人物達に顔を見られてしまってはもう口実の付け様がなかった。
「くくく、そうか、そうね。私はこのような調査は苦手なの。でも、十分な時間稼ぎはできたわ。お前たち!やりなさい。」
女は先程の演技とは全く違った表情で笑いながら、周囲に呼び掛けた。すると、アリス達の周りの通行人は全員隠し持っていた剣を取り出し、構える。そう、彼らも一般人に紛れ込んだ隊員達である。
「ほー、ひい、ふう、みい…軽く三十人はいるか。」
「はめられた、というセリフが相応しいですね。」
「全員で五十。全員剣士だから、えっと、第四の人たちだね。」
「「「攻撃!!」」」
全員が一斉に攻撃。だが、アリス達はその場に突っ立っていた。どうやら、揉め事は起こしたくないようでアリスが魔力の障壁で隊員を吹き飛ばし、そのまま跡形もなく消えていた。瞬間移動である。
「臆病者ね!私達との戦闘を拒むのかしら!」
「隊長、今日は撤退致しましょう。明日、総司令官直々に小規模の隊を連れて、襲撃する模様です。我々の任務は既に完了済みです。」
「貴方の言う事も間違ってはいないわ。任務違反は死に値するものね。」
苛立ってはいたが彼女は副隊長の言う事に同意し、帰還することにした。
「了解しました。隊長、我々は必ず勝利を収めるに違いありません。今回は谷田隊長の弟さんも隊員に加わっているそうですよ。」
「谷田隊長の?!そんな危ない仕事に、私の将来の弟君が死んじゃったらどうするのよ!」
「隊長、あまり興奮しないでください。」
「興奮なんてしていないわ!」
顔を赤らめる対超能力者専用部隊の第四部隊隊長、華座波白江に、副隊長はやれやれと呟いた。
アリス達は瞬間移動で家に戻り、玄関で立ち止まる。見慣れない男物の靴が一足。はて、誰だろうとアリスは思い、シュロとシリアをおいてリビングに向かった。するとそこには、カッターシャツに身を包んだやや緊張気味の生徒会長、谷田春香がいた。なにやら手に封筒を持っている。
「先輩、何か用でしょうか?」
「あ、アリスちゃん!ごめんね、休んだ人用の連絡を届けようと思ったんだけどわざわざお茶まで頂いて、すまないね。」
「いえ、有り難うございます。どうぞ、ごゆっくり。」
アリスは春香の対面側のソファに腰かけ、接待をする。なんだかじれったいような雰囲気だったが途端にシュロがその雰囲気を崩してしまった。
「ん?アリスの彼氏か?アンちゃん。」
「違います!その、友達というか、えっと。」
やや言葉に詰まったアリスを手助けする形で春香が口を開く。
「ああ、僕はアリスさんと同じ部活動に所属しているんです。えっと、お兄さんですか?」
「そうだぜ。いやあ、アリスが世話になってるな。今日は泊まっていくか?」
「あ、え?いえ、僕はあくまでも忘れ物を届けに来ただけなのでそんなお邪魔するわけには、、。」
唐突なシュロの提案に驚いたのは春香だけではなかった。アリスもまた、目を丸くして立ち上がる。
「シュロ君!いい加減にしてください!彼は私の為にわざわざやってきてくれただけで、彼にも迷惑ですよ!」
「おいおい、おめえ彼氏と一緒にいたくないのか?いいじゃねえか。アンちゃん、家には連絡入れとくぜ。」
「い、いえ。家には誰もいませんので大丈夫ですが、迷惑になりませんか?」
「おう、いいぜ。部屋なら結構空いてるからな。いいだろ?アリス。」
アリスはしばし考え込んだ。シュロは何度言っても多分彼氏だとからかうし、もういい口実は思いつかない。まあ、構わないか。
「いいですよ。別に。」
「じゃ、決まりだな。」
「すみません。有難うございます。」
「いいんだぜ。謝らなくてもよ。あ、そういやセリカ。今日は兄貴帰って来ないみたいだぜ。」
「わかったわ。春香君、適当に本でも読んでていいわよ。」
勝手に話が進み過ぎてアリスと春香はため息をつくが、その二人の間をシリアがとことことかけてくる。そして、美しい瞳で春香をじっと見つめた。
「ねえ、私になにか言う事ない?」
「え、あ、ああ。昨日はすまなかった。あまり、痛くはしてないけれど悪かったね。」
「ん。じゃあ、誓って。もうアリスを悲しませないで。」
シリアのその真っ直ぐな眼差しに春香は焦った。
「シリア、何を言ってるのですか?私は悲しんでなどいません。」
「アリスは黙ってて。いい?約束だよ。」
「ああ。僕は決して彼女を悲しませないよ。」
何を言っているのか、シュロとセリカは気にも留めなかった。ただ、突然の来客に驚きもせずにさっさと夕食の仕度をしているようだった。
「先輩、とりあえず私の部屋に来てください。色々と話したいことがありますから。」
「わかったよ。」
二人が螺旋階段を上がっていくとシュロが余計な口を挟む。
「おいおい二人きりであんまりイチャコラすんじゃねえぜ。アンちゃん、一線越えちゃ俺も黙ってないからな。」
「シュロ君、キモイです。」
「あはは、ご心配なく。」
笑って去っていく春香を見つめながらシュロは、ありゃ大丈夫だ、と呟いてシリアとゲームを始める。
「全く、あの男は本当に変態ですよね。あまり気にしなくていいですよ。さ、座ってください。」
アリスはベッドに春香を座らせた。純粋なアリスにはベッドに男を座らせるという事は特に何も気にしていないが、春香は少し焦った。その赤面する春香にアリスは首をかしげたが構わず話を続けた。
「先輩、私の家族は敵に回すと厄介です。これ以上踏み込まないでくださいね。」
「わかったよ。でもそんなに僕を嫌わないでくれないか。少し悲しいんだけど。」
「貴方を、好きになれと言われてもその、今は無理です。ごめんなさい。」
その言葉は春香に深く突き刺さったようで彼は少し動揺していた。
「そんなに僕は君にとって邪魔な存在なのかい?」
と、春香はアリスをベッドに押し倒した。アリスはきゃっと短い悲鳴を上げる。
「先輩、やめてください。」
両腕を掴まれ、抵抗できないアリスに春香が近寄る。二人の顔の距離が、五センチほどに迫ったとき、ふと、透き通った声が聞こえた。
「ご主人様、セリカ様より夕食ができたとのことです。もう少しお待ち致しましょうか?」
突然のクロの出現に二人はビックリして変に体勢を崩す。
春香が目を開けると、眼前には小さい二つの山があった。好奇心で触ってみるとフワリとしていて柔らかい。その瞬間はっと起き上がると自分の触っていた物の正体が現れる。
「先輩、どいてください。」
そこには赤面したアリスが倒れており、自分の手はあろうことかアリスの乳房を揉んでいた。
「っ!ごめん!ち、違うんだ!僕はそんなつもりじゃ。」
慌てて春香は後ろにのけ反る。しかし後ろはベッドではなく硬い床であった。
「あ、危ないです!」
アリスがすんでのところで頭を抱え、春香はアリスに抱き抱えられるかたちで床に落ちる。
「ご主人様、お客様、申し訳ございません。お邪魔した私目をどうかお許しください。」
「い、いえ構いませんが。あの、先輩、あまり動かないでくださいね。くすぐったいですから。」
「もがが。ふが。」
アリスの下敷きになりながら春香がうめくが、その度にアリスの体はくすぶられる。
「おーい、お前ら何やってんだ?」
背後からシュロの声が響く。どうやら自分たちが呼んでも来なかったため駆けつけてくれたらしい。
アリスは体制を整え、春香を起こす。むせた春香は、周りに自分の顔が見えないようにななめ下を向いていたがその顔は燃えるように熱く、赤かった。
「シュロ君、少し手違いがありまして、すぐ行きますよ。さ、先輩も行きましょう。」
「そ、そうだね。い、行こうか。」
「アンちゃん、あんまり妹に手え出すなよ?可愛いからって隙がねえからな。」
シュロが冷やかすと余計に春香は顔を赤くし、湯気でも出るんじゃないかという具合だった。
「ご主人様、私はこれにて失礼させていただきます。」
「ええ。ではまた。」
「お客様もごゆっくりどうぞ。」
夕食はとても美味しいステーキであった。本来ならばクロが用意したカプセルの中でバーベキュウをし、お菓子の家やチョコレートの滝を兄弟で美味しく味わう予定だった。だが急な客の為、翌日に食べる予定だったステーキを切り分けて食べた。仕入れたての肉は新鮮でとても美味しく、春香の緊張はすぐにほぐれる。
夕食後シリアとシュロは引き続きゲームに専念し、セリカは自室で勉強を続けた。因みにトラッシュは、見つかると色々面倒なので研究室にしばらくいるようにしている。アリスと春香はというと、ややじれったい空気がつきまとうが二人きりで外を散歩していた。特に、やましいことなどないが、アリスが春香を連れたのは夜神兄弟とこの青年が同じ屋根の下に居ることは至って危険だからであった。
確かに、彼は紛れもない超能力者であるが、どんな超能力であっても兄弟には勝てないのだ。それは、対超能力者専用部隊であっても同じである。彼らは、兄弟を超能力者として扱っているが、実はそれは誤解なのだ。長男のリュウガは頭脳は完璧であるが、昔移転訓練の途中で自らの魔力を破滅へと使ってしまったため、祖父に封印されてしまい、今では戦争で指揮官を務める事しかできない。次男のシュロは、生まれつき常人よりも力が強くて少年の頃に父親の助けを借りて、刑務所に放り込まれた。
長女のセリカは訓練の末立派な剣士になった。三女のシリアも同じように早い段階で祖父に叩きこまれた。だが、皆実質のところ超能力者ではない。アリスだけは他の兄弟と違って、サタンの血を受け継いでいたが、そんな彼女の力を超えるほどの力を兄弟は叩きこまれている。兄弟が強い訳は、祖父がいつからか彼らを強く育てなければならないと言い出し、家に伝わる古い書物から転移の魔方陣を使って、彼らをパラレルワールドへ放り出したからだ。過酷な訓練に耐え抜いた兄弟を、祖父夜神鵬十郎はいつからか、他のパラレルワールドの世界戦争に連れ出した。そして、何度も何度も殺しをさせた。だからこそ、彼らは世界の均衡を守るための対超能力者専用部隊などというものに追われているのだ。昔は優しい祖父だったが、いつからか気が狂ったかのように自分たちを強化していった。
「綺麗な星空ですね。」
「そうだね。今夜は、なんだか楽しかったよ。あ、その、変な意味じゃないよ?」
「分かっていますよ。賑やかな家はうるさいでしょう?」
「そんなことないよ。僕はね、兄と二人暮らしで母親も父親もいないんだ。兄は月に数回しか帰って来ないんだ。だから、その、なんだか嬉しいんだ。」
外の芝生を二人で歩きながら春香が少し寂しそうに夜空を見上げる。
「それは、良かったですね。先輩、ここ、座ってください。」
アリスが春香をベンチに座らせた。
「先輩、私はただ、この平穏が続けばいいなと思うのです。戦争もテロも全てなくなってしまえば、続くのでしょうか。私は、人間の心が分からないんです。この世界は子供がおかしいと思っているようなことを先頭に立つ大人がやっているんです。インターネットでは画面越しだからといって自分の気に食わないことがあればすぐに悪い方面で拡散させます。彼らは何がしたいんでしょうね。」
素朴な彼女の疑問に春香は答えられなかった。彼女には悪意は感じられない。
「君は、優しいんだね。僕なんかとはまるで違う。」
「優しいだなんてそんなことはないんです。私は、良くも悪くも沢山の命を平気で奪うような者です。」
「例えそうだとしても、僕は君の優しさを知ったよ。」
ぎゅっと春香がアリスの手を握る。温かいその手が握りしめた、彼女の手は冷たくてまるで温もりを知らない谷底の石のようだった。
「先輩、寒くないですか?」
「少し、ね。」
「では、そろそろ行きましょうか?」
「いや、もう少しこのままでいよう。」
春香はアリスに寄り添い、優しく抱きしめた。小さい彼女の体は春香の腕にぴったりおさまり、髪からはいい匂いが漂う。そして、春香はそっとアリスの耳元で囁いた。
「僕は君が好きだ。受け止めてくれないか?」
「ごめんなさい。私はそういうの初めてで、分からないんです。貴方のその気持ちを人形である私に告げられても、反応の仕様がありません。ごめんなさい。」
「そうか。そうだよね。ごめんね。もう、戻ろうか。」
「そうですね。」
玄関に入っていくアリスに春香は何か言おうとしたが、言葉がつまり、結局何も言えなかった。ただ、その様子を寂しげに星々が包み込むだけだった。
そしてその日の夜は何事もなく静かに終わった。




