1話
2話まではあらすじを細かく描写していくので、読み飛ばしていただいても結構ですが、2話最後らへんは異世界入った後なので、読んでいただけたら後々ナニコレ現象にならないかと思います。
とあるビルの一室、その月の終わりにも、意味の見出せない会議が開かれていた。
その会議に参加する社員の一人、片桐 学は杞憂に思いながらも、その会議の本来の意味を想像する。
部署ごとの業績報告なら書類でも報告できる、しかし片桐の務める会社がそれをしないのは、ただの社長のうっぷん晴らしに他ならない。
会議が終ると同時に、片桐は社長に呼び止められた。
「片桐、少しいいか?」
「はい、何でしょう。社長」
「お前の部署、今月も業績悪かったな」
「はい……」
社長は片桐と目を合わせようとせず、会議で使用していたPCの画面を見続けている。
その画面には、今も各部署の社内功績がグラフとして記されており、会議室の100インチあまりのプロジェクターモニターにも映し出されていた。
社長の態度は今月も変わらない、脅すように、白状させるような、そんな問いかけに、片桐は重い口で答える。
「どの取引先も、既に大手企業と提携を結んでいて、売り込みしようにも断られてしまう…… と言うのが現状です。新事業開拓は結構ですが、もっと資金的な面で力を入れて頂かないと、ウチの強みすらなくなってしまいます」
「強み? それならあるじゃないか。安く、素早く、アフターケアも充実している。 その売り込みが出来ていないから、こんな結果になるんじゃないか?」
社長は怒鳴りこそしないが、手にもつボールペンをコツコツとテーブルをつつき続けていた。
その音が社長の流れだと言わんばかりに、同時に片桐を問い詰め続ける。
そのやり方にはもはやうんざりだ、片桐も、既に情など存在しない、あるのはただ、無心を偽った、屈辱だけだ。
「ですがその面では、ほかの会社と耐久性で大きく劣っている為――――」
「そうか、なら開発部と連携して、どうにかしとけよ」
「はい……」
また仕事が増える、社長の無理難題を伝えに、開発部の連中に怒鳴り返されるのはもううんざりだ、どう対応しようか考えている時、社長は続けて口にする。
「そうだ、今月から残業は出来ないからな。早く帰れよ」
「分かりました、社長」
この一言で、頼みの残業代までもなくなってしまった。
残業が出来ないからと、仕事を置いて帰ってしまっては、また業績悪化だの作業効率が悪いだの文句を言われる、だからこそ残って仕事をしなければならない、新部署設立には、そもそも予算が足りていない、その為人手も少ない。
毎日忘れ物をしたと、警備部の連中に嘘を付き、タイムカードを切った後にデスクに戻る日々が、また始まってしまう。
もっとも、警備の人間も事情は熟知しており、それがきっかけで仲良くなった人がいるのも事実だが、それを棚に上げ社長を持ち上げる程、片桐はお人よしでもない。
社長が会議室を出た後、片桐は重い溜息を吐いた。
同日、既にオフィスの灯が消されて数時間が経った頃、ようやく片桐は仕事を終え、バッグに私物を詰めていた。
「今日は早めに終われたな。けれど今後どうなる事やら……」
オフィスから出て、通りすがりに警備部の人に挨拶をする。
「お疲れ様」
「ああ、お疲れ。今日は早いね」
「どうだか、やっと定時上がりだ」
「またサービス? 帰路は気を付けて」
「忠告どうも。それではまた明日」
「ああ、また明日」
皮肉を込めつつも、警備の人と立ち話をし、駐車場へと向かう。
そこに止めてある中型バイクにまたがり、キーをひねり、エンジンをかけて軽く吹かす。
学生時代、多少の無理をして買ったバイクだが、今では優秀な通勤の足となっている。
車の免許も持っているが、彼には車を持てるほど生活に余裕はない。
せっかくのネイキッドバイクにパニアケースを取り付けて走るのは尺だが、荷物やヘルメットを入れれる場所があるとないとでは雲泥の差だ、機能面において、片桐は今のバイクスタイルに満足しつつあった。
夜の都内を、颯爽と駆けるバイク、先ほどまでの社会貢献さえなければ、最高の気分なのだが……
途中でコンビニに立ち寄り、夕食の弁当を買い込むと、パニアケースに弁当を入れ、再びバイクにまたがった。
料理が出来ないわけでは無いが、片桐にはかえって料理をするほど気力が残っていない。
当然、毎日のように食べているコンビニ弁当には飽きているが、これしか食べるものが無いのだから仕方ない、外食しようにも、時間がかかる上、それ程金銭的な余裕がある訳ではない。
帰宅後、すぐにシャワーを浴び、冷えたビールを冷蔵庫から取り出し、コンビニ弁当を持って、片桐はある場所へと向かった。
それは、会社のオフィスとはくらべものにならない程充実したデバイスに囲まれたデスク、ボーナスをはたいて買ったゲーミングチェアに腰かけ、コンビニ弁当を流し込むように食べた。
そしてPCの電源と付けると、とあるMMORPGを開き、ヘッドホンを付け、ゲームにログインする。
バイクも楽しいが、片桐が現在一番ハマっている物が、オンラインゲームだった。
オンラインゲームはいい、プレイした分だけ、経験値が溜まりレベルが上がる、現実とは違い、確かな結果が残り続ける。
そしてたまりにたまった結果が、片桐にとって、幸福へとつながっていた。
ロードを終え、画面が切り替わる。
そこに映し出されたのは、片桐の体系とは似つかない、大柄で重厚感のある装備を身に着けた、ウォーリアーの姿だった。
ロックバーンさんがログインしました。
その一文が、チャット欄のログに残る。
ロックバーンはメニューを開き、フレンドやギルドメンバーのログイン状況を確認しながら、挨拶してくるチャットメンバーに返事をしていた。
数名、何も言ってこない人物もいたが、それは大体ROM(放置)か、狩りに集中しているかのどちらかだ。
そこでロックバーンは、数名のギルドメンバーの名前を見ながら、呟いた。
「ネクロさん達は狩りかな? そう言えば深き闇の淵に行くとか言ってたな。メンバー的に倒せるのかな?」
深き闇の淵とは、そのゲーム内に存在する、最上級クラスの地下ダンジョンであり、最深部には地に落ちた飛竜が眠りに付いている。
並のプレイヤーではブレスの火力に耐えられないか、耐えられてもダメージを与え切れず、ジリ貧となって倒れてしまう事も多い。
出しゃばった真似とは思うが、このゲームはデスペナルティがかなり重い、みすみす見殺しにするよりは、またの機会に狩りに出て貰おう、ロックバーンはそう決めると、プレイヤーが集まる広場へと、足を運ぶ。
「深淵特急、1mで募集。狩友✖」
オンラインゲーム特有の略称で、募集をかける。
ロックバーンのキャラは戦闘力こそあるが、機動力があまり無い、ましてダンジョンを通り抜けるだけでは、遅い以上に苦痛以外の何物でもない。
そのため、ライドスキルを持っている人に掛け合い、最深部まで送って貰おうと言う魂胆だ。
ちなみに、狩友を断っている理由は、既にパーティーがある為、一緒に狩りをしに行く人物を募集しているわけでは無いことを意味する。
「特急受けます」
ロックバーンの前に、幼い飛竜にライドするプレイヤーが、強調するように飛竜への乗り降りを繰り返していた。
ロックバーンはこの手のなれ合いが嫌いでは無い、わざわざ飛竜の前に行き、驚いたモーションを取ってジャンプする。
その間にライドプレイヤーは、ロックバーンに搭乗権限を与え、飛竜に乗せる。
後は、目的地に設定した場所まで勝手に言ってくれる、しばらくのおしゃべりタイムが始まるのだった。
多少のなれ合いをするのも、会話を膨らませる一つのテクニックだったりする。
「あの、斧ランカーのロックバーンさんですよね?」
「はい、本人です!」
食いついた、ロックバーンはかすかに頬を緩めながら、自慢げに答えた。
このゲームには、武器ごとのプレイヤー統計のランクが存在する、と言ってもデータ上にランクが存在するわけでは無いが、より火力があり、知名度があるかどうかが、ランカーに上がるカギとなる。
しかし、斧は基本的にダメージが高い物の、振りが遅く、ストレスが溜まると言う理由で不人気であり、ロックバーンは簡単に斧ランカーとして認知されるようになっていた。
それは彼のプレイスキルや火力を疑うものではないが、ランカーとしての実力は確立している。
ただ、人気武器のランカーに存在する、亀甲尚武のような状態のランク争いに巻き込まれない分、ロックバーンは余裕をもってプレイしていた。
その為、紳士的で頼り甲斐のある、頼もしいリーダー格として、ロックバーンはその立場を確立していた。
「斧って弱いイメージなんですけど、ステ特化させれば強いんですか?」
「決して弱い訳では無いんですよ。片刃の斧なら、斬撃属性と叩きつけ属性を使い分け出来るので、対応力があるんです。それと振りが遅い遅い言われがちですが、攻撃からガードモーションへのキャンセルルートがあって、剣より早くガードに入れるのも魅力ですね、攻撃モーション中はアーマー補正もありますし、重量含めて最強のタンクが完成するんです。機動力はお察しですけどねぇ」
「パーティー狩り特化って訳ですね! 僕もフレンド狩りが多いので、タンク役を育てようと思っているんですけど、何かアドバイスってありますか?」
「そうですね、タンク型って、ステ的に大型武器を持ちたがる人が多いんですけど、ほとんどの大型武器は斧程ガード移行が早くないので、タンクと言うには器用貧乏になりがちなんですよ。盾と相性のいいレイピア系やスピア系も、機動力ありきの武器性能なので、最大限活用できない場面が多いです。なので結果的にタンクよりも武器特化の方が強いって事もあります。もしタンクなら、片手剣とかの方が活躍できます」
「なるほど…… でも大槌とか使ってるタンクの人って多いじゃないですか。それには理由とかあるんですか?」
「あれは純粋に武器重量と武器の素の防御補正目当てでしょう。重量があれば、ノックバック耐性も上がりますし、あっちも振りは遅いですが火力はあるので、1発当てるだけで数分はヘイトを稼げますしね」
「タンクも細かいんですね…… 良かったら、今度立ち回りとかも教えてもらえますか? そろそろついちゃうので」
「全然、と言うか大歓迎です! フレにライドさんが少ないので、むしろ私が寄生したいくらいです」
「それなら今度狩り行きませんか? ぜひロックバーンさんの動きを見て見たいです!!」
「いいですね! それではフレ登録お願いします」
「はい! ではまた今度、会いましょう。ブレスだけは気を付けて下さいね~」
「ははは、あんなの溜め攻撃で数発ですよ」
「!?」
ロックバーンはそう言い残すと、最深部のドラゴンがいるフロアへと入っていった。
フロアではすでに戦闘が始まり、早速マジシャンが倒されそうになっている、来た甲斐があった、ロックバーンは自慢の大斧を、ドラゴンの後頭部に振り下ろしながら、落下した。