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第二話

 一緒に過ごせなかった四年という歳月を埋めるかのように、凱旋後、アナスタシアは毎日セレスティナと過ごす時間を欲しがった。セレスティナも、平和になった世界で、明るい陽光の射す中で、姉とゆっくり語らう時間を持てるようになったことが嬉しくて、すぐに、お互い順番に、午前のお茶のもてなしをすることを提案した。

 苦難な旅を経験したというのに、アナスタシアは以前と変わらず明るく快活なままだった。お茶の際は毎回、セレスティナに救世の過程で起こった些細な出来事や見たものを、面白おかしく話してくれるのだ。

 まるで長期旅行か他国へ留学していたかのようにアナスタシアは話すのだが、セレスティナは、姉が自分を気遣って、血生臭い話題を意図的に避けているとちゃんと理解していた。

 今日は、どんな話を聞かせてくれるのかしら。この前聞いた、水浴びのときの話は傑作だったけれど。

 そんなことを思いながら、セレスティナが、自室の窓際にセットされたお茶の準備に不備はないかと確認する。今日はセレスティナがアナスタシアを招く番だった。

 ただ、お菓子は要らないと言われている。アナスタシアが持参してくれるらしい。

「セレスティナ様、アナスタシア様がおいでになりました」

 ちょうど一通り揃っていることを確認し終えたところで、部屋の外を守る近衛が伝えに来てくれる。

「お通ししていただけますか?」

「承知いたしました」

 礼をして出て行った近衛と入れ違いで、アナスタシアが入ってきた。

「セレス、お招きありがと」

「お姉さま、お待ちしておりました」

 セレスティナが席を勧めると、アナスタシアは「ありがと」とそこへ座った。そして手ずから持って来ていたお菓子の包みを侍女へと手渡す。セレスティナも向かいの席に座った。しばらくして、侍女がテーブルに淹れたてのお茶とお菓子を運んできてくれる。

 開け放ったままの窓から優しく風が入り、どこかホッとさせるお茶の香りが部屋に漂った。

 すべてがテーブルに並び、侍女が下がると、アナスタシアは「イタダキマス」とお茶を手に取る。

「お日様の当たる場所で、魔王の脅威に怯えることもなく、こうやって温かいお茶を姉妹で仲良く飲めるなんて、本当に幸せなことね」

「お姉さまのおかげですわ」

「でっしょー」

 アナスタシアが屈託なく笑う。

 十七歳のときに出立し、四年もの間ずっと、貴族の作法とは縁遠い世界にいたせいで、アナスタシアのマナーは貴族の淑女として洗練されているとは言い難いものになってしまっていた。凱旋後にそれを見た父王は「王女に戻ったのだから」と控えめに諫め、乳母は嘆いたが、アナスタシアは「今さら矯正できないわよ」と直そうという素振りすら見られない。そんな正直な姉を、セレスティナは逆に好ましく思っていた。

「お菓子も食べてね」

「あら、マカロンですか?」

「そう。実は今朝、エドガルドから届いたの。前にセレスティナが好きだって覚えてたらしいわ。オルディアレス侯爵家の料理長に作らせたのですって」

 セレスティナは驚いた。エドガルドにマカロンが好きだと言ったのは、もう五年も前の話だったからだ。

 エドガルドというのは、公爵家の長男で、リクトとアナスタシアと共に魔王討伐の旅に出た聖騎士だ。聖騎士という職務に就いているとは思えぬほどに、おっとりとした優しい性格の持ち主だが、その実力は、勇者一行に選ばれる程に他の聖騎士よりも頭二つ分は抜きん出ていた。そして、実は、セレスティナの婚約相手になるだろうと目されている人物でもあった。

「本当ですか? 嬉しいですわ。後でお礼を伝えなければ。それでは、遠慮なくいただきますわね」

 セレスティナは一つ摘まんで頬張る。さっくりと柔らかい生地と甘いクリームが口の中一杯に広がり、自然と口角が上がった。

 アナスタシアも一つ齧り、蕩けてしまいそうに顔を綻ばせる。

 嬉しそうな姉を見て充足感に浸りながら、セレスティナはお茶を一口飲み、姉に強請った。

「お姉さま、また道中での面白いお話を聞かせていただけませんか?」

「いいわよ。まだ話してないのは、えっとね……。そうだ、リクトが初めてムアナ茶を飲んだときの話ってしたかしら」

「リクト様が? いいえ、聞いておりませんわ。ムアナ茶というと、少し癖の強いお茶ですわよね?」

「そうそう、それ。なんでもね、リクトが召喚される前にいた世界の、故郷の国でよく飲まれてるお茶に似てるとかでね。ムアナ茶の産地近くの村で宿を取ったときにいただいたんだけど、リクトがすごく気に入って……。まぁ、今から思えば、ちょっとホームシックだったのかもね。それで、その日の夕餉のときに十杯近く飲んだのよね」

「え、十杯ですか?」

「そうなの。私とエドガルドで『止めておけ』って言ったんだけどさ」

 ムアナ茶は綺麗な若草色のお茶なのだが、苦みと渋みがあり、一般的に貴族の間で嗜まれる『お茶』としての人気はあまりない。だが、睡眠導入の作用があるために、夜勤を控えている騎士や魔導士たちにとっては必需品となっている。飲むのと飲まないのとでは、昼間の仮眠の質が違うという。

「それで、どうなったのですか?」

「どうもこうもないわよね。夕餉が終わる頃には、リクトってばもう半分くらい寝てる状態になってたの。仕方ないから、エドガルドがベッドまで担いで寝かせたんだけど、翌朝になっても全然起きないし。結局、そのまま夕方まで眠り続けてたんじゃなかったかしら」

「そんなに長くですか? よく眠れましたね」

「本当よね、丸一日寝てたもの」

 アナスタシアが笑い、リクトの言い分を続けた。

 リクトがいた世界では、ムアナ茶によく似た色・風味や香りの『緑茶』と呼ばれるお茶があるらしい。ただし、睡眠導入の作用ではなく、覚醒の作用があるとされていた。他にも、解毒や殺菌の効能があり、リクトの祖父母が好んで飲んでいたことから、リクト自身もよく飲んでいたのだそうだ。

「でもまぁ、リクトにとっては、突然召喚されて、お前は勇者だって言われて、力の使い方を覚えさせらて、追い立てられるみたいに出立させられて。ずっと緊張してたのかもしれないわね。そんなときに懐かしい味を口にして、つい気が緩んじゃったのかもしれないわね」

 アナスタシアはそう言い、お茶を口に含んだ。

 セレスティナも、リクトが召喚されたばかりの頃を思い出す。

 確かにアナスタシアの言う通りだ。こちらの世界の都合で突然呼び出され、半強制的に力の使い方を覚えさせられ、命の危険ある旅へと放り出された。リクトの都合などほとんど誰も考えてはくれなかったのだ。心の休まる暇があったとは思えない。

 セレスティナは、当時のリクトの心境を思い、嘆息した。

 湿っぽくなってしまった空気を替えようとしたのか、アナスタシアが明るい声を出す。

「それにしても、リクトが眠ってる間に魔王の手下が攻めて来なくてよかったわよ。来てたら──」

 そこへ優しく風が吹き込んだ。窓から届いた風は、セレスティナとアナスタシアの髪を靡かせ、壁際の書き物机まで届き、その上に置かれていた紙飛行機の翼に当たる。

 紙飛行機がふわりと浮き上がり、絨毯の上へと落下した。

「あら?」アナスタシアがその紙飛行機を認め、驚いた表情を見せた。「セレス、あなたが作ったの?」

「いいえ。昨日、ちょうどこの窓から舞い込んで来ましたの。宛名も差出人もありませんでしたけど、手紙のようでしたので、一応お預かりしているのですわ」

 咄嗟に嘘を交えて答えつつ、セレスティナは席を立った。

 この手紙は、アナスタシアに読まれたくない。

 セレスティナは紙飛行機を拾い上げ、書き物机の上に置きっぱなしだった書簡を入れる箱の中へしまおうと、ごとごとと蓋を開けた。

「チッ、やっぱりね……。あのロリコン野郎」

 蓋を開け閉めする音に被さるように、アナスタシアの呟き声が聞こえた気がして、セレスティナは急いで振り返った。アナスタシアは何事もなかったかのようにティーカップのお茶を啜っている。セレスティナは首を傾げた。

「お姉さま、今、何かおっしゃいまして?」

「え? 何も言ってないわよ?」

 アナスタシアがセレスティナの方を向いて答えた。そして、何かを思いついたらしく、にっこりと笑う。

「ねぇ、セレス、明日少し馬で遠出しない? エドガルドとリクトも誘って」

「まぁ、それは楽しそうですわね」

「決まりね。じゃあ、私から二人を招待しておくわね」

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