第六話:侵入者
タクシーの中では恋々がご機嫌に絵梨佳の膝に座っていた。
「全く、何でこんなことに……」
絵梨佳はため息をつく。約束どおり恋々を連れていくことにしたので彼女もタクシーに同乗してもらう事にした。狭くなるから助手席に乗るように促したが、不満に思った恋々は絵梨佳の膝に乗ったのであった。
「良かったですね恋々」
「うん!やっぱり絵梨佳椅子は座り心地最高!」
「私は最悪よ」
ふと絵梨佳が伊瑠香を見ると目が合った。
「あ……」
伊瑠香は慌てて視線を反らす。
「ほら恋々、恥ずかしいから降りなさい」
「やだ。私は恥ずかしくないからいいの」
恋々は伊瑠香をちらりと見る。伊瑠香はちらっ、ちらっと恋々を見ていた。
「どう伊瑠香、うらやましいでしょ!」
「―――」
プイッと伊瑠香はそっぽを向いてしまった。
「煽るな!」
絵梨佳が恋々の頭をはたく。
「痛っ!な、なにするのよ!?」
「――うらやましくないもん」
「もてもてですね絵梨佳さん」
バックミラーにニヤニヤ顔の陸子が見える。
「せめて姉妹のじゃれ合いと言ってくれないのかしら?」
「そだよー。私と絵梨佳は姉妹なのー」
「はいはい、もう少しで付きますよ」
ふと絵梨佳が窓の外を見ると遠くに森が見えたのであった。
東の森に近づく者は少ない。薄暗く、夕方になれば闇に近くなりさ迷う事になるからだ。しかしそんな森に入り浸る人形がいた。
森の中央でイーゼルに乗せたキャンバスに絵を描く一人の少女がいた。紺のセーラー服にサラサラの肩で綺麗に揃えられた黒髪に抱き締めたら折れてしまいそうな華奢な身体。
青春人形・玲央奈である。
元架空都市の依頼請負事務所に勤めていたが、極度の恥ずかしがり屋が足枷となり、特別に感情治療のため人形島に住み着いている。
「今日はこの辺にしとこうかな…」
筆を置き、切り株に座る。彼女の趣味は風景画を描くことである。静かな場所を好む彼女にとってこの森は最適な場所であった。優しい風が吹き、黒髪が揺らぐ。
「そういえば絵梨佳さん今日は来なかったなー」
島に来てから同じ青春人形だからと言って積極的に声をかけてくれ、世話をやいてくれる絵梨佳に玲央奈は好意を持っていた。
「いつもだったら来てくれるのに……仕事でも入ったのかな?」
絵梨佳は暇な時やクエストがない日などはよく様子を見に来ている。それが玲央奈にとって楽しみな時でもあった。
「ん?」
ふと足音が聞こえた。玲央奈は一瞬絵梨佳かと思ったがすぐに違うと考えを打ち消した。
振り返った先に見える足音の主は見たことのない人形であったからだ。
「え、ええと……」
赤のバンダナを巻いた袖無しのセーラー服姿の少女であった。
「セーラー服に黒髪……見つけたぞ誘拐犯!」
少女はビシッと指を指して叫んだ。
「え、ええ!ど、どういうことなの?」
いきなり誘拐犯と言われ、玲央奈は慌てふためいた。
少女はさっと動き距離を詰める。かなり小柄な少女である。
「とぼけるなー!伊瑠香ちゃんを誘拐し、あまつさえ恵姉ちゃんをやっつけた悪い奴!この空色人形・海月が相手だ!」
そう言い、美優は玲央奈を睨み付ける。
「ちょ、ちょっと…私何もしてないんだけど」
「言訳は無用!穹ちゃん、睦美ちゃん、やってしまいなさい!」
その言葉と同時に頭上から玲央奈と同じくらいの背の少女が落下し、その場に着地した。バンダナに袖無しのセーラー服姿である。
「はいはーい。了解よ海ちゃん」
「まったく海は、時代劇の影響を受けすぎです」
「く、空賊!?」
玲央奈は一歩その場から下がる。
「そうよー。私達は空繰遊戯団の突撃部隊なの。ところで海ちゃん。本当にこの娘が伊瑠香ちゃんを誘拐した犯人なの?」
「間違いないわよ!セーラー服を着た黒髪少女なんてそういないわ!」
「まあ確かにこの時代にセーラー服なんてあの種類の人形しかありませんしね」
三人はじりじりと距離をつめていく。
「さあてと、伊瑠香ちゃんはどこかな?お姉さん教えてほしいな」
睦美の言葉を合図に三人はヨーヨーを取り出した。
「ひっ!」
ヨーヨーを一目見るやいなやまた一歩下がる。
「このヨーヨーは戦闘用に改造されててね。当たると電気が流れたり、火傷させたりすることができるんだよー」
「こ、こないで!」
「だったら伊瑠香様の場所を吐いてください。私達とてこんなことはしたくないのですから」
蒼穹がヨーヨーを構える。
玲央奈は泣きたくなった。なぜ自分が勝手に誘拐犯にしたてあげられて、空賊に脅されなくてはいけないのか。だがそれに答えてくれる者はいない。
「だんまりですか……。仕方ないですね。では死なない程度に……やります!」
(助けて……絵梨佳さん!)
しかしいつまでたっても攻撃は来なかった。
「ふぅ、ギリギリセーフってとこかしら?」
その代わり、聞きなれた声と心地よい香りがする。玲央奈が恐る恐る目を開けるとそこには自分とよく似た少女が背を向けて立っていた。
「絵梨佳さん!」
「ごめんね玲央奈、いい絵は描けたかしら?」
背後を振り向き微笑む絵梨佳。
「はい、いい具合に進んでますよ」
「そう、良かったわね。……さてと」
絵梨佳はゆっくりと正面に向きなおした。その顔は般若の如く、彼女達を睨み付ける。
「どういうわけかしれないけど、私の家族に手を出すとはいい度胸してるわね」
「ひっ!」
怒りのオーラが彼女達に伝わり、恐怖を感じる。
「お、お前が誘拐犯か!」
海月が怯えながらもヨーヨーを前に突き出して問う。
「誘拐犯ね、私はそんなつもりないんだけど。クエストを遂行してるだけよ」
そしてスカートの中からスタンガンを取り出した。
「!!」
ヨーヨーが放たれる前に絵梨佳が動いた。一気に間合いを詰め、海月の首筋にスタンガンを当てる。バチッと音がし、海月は静かに倒れる。
「海ちゃん!」
絵梨佳はそのまま後方にいる敵に突っ込む。
それに合わせて睦美はヨーヨーを勢い良く放つ。近距離から放たれる物体の命中率はほぼ100%。しかし絵梨佳は腰を低く落とし、
左足を蹴り上げ、睦美の手を強打する。
「痛っ!」
ヨーヨーが空高く上がり、それと同時に絵梨佳はスタンガンを睦美の首筋に当てていたのであった。大きく見開いた睦美の眼は絵梨佳を見つめ、そして静かに倒れた。
「残りはあなただけね」
スタンガンを困ったかのように首をすくめる蒼穹に突き付ける。
「あなた強いのですね。さすが青春人形ですわ」
蒼穹は気絶している二人を器用に抱える。
「逃げる気?」
「ええ、私は弱いですからね。見逃してくれるなら撤退いたしますわ」
絵梨佳は無言で蒼穹を見る。
「何もしないって事は見逃してくれるってことですね」
蒼穹は軽く一礼すると二人を抱えたまま跳躍し、樹を伝って撤退しのであった。
絵梨佳はふぅ、と一息つき、振り向き玲央奈を見る。
「大丈夫だった玲央奈?」
「え、絵梨佳さーん!」
玲央奈は涙を流し、絵梨佳に抱きついた。
「よしよし、もう大丈夫よ」
そっと頭を撫でる絵梨佳。怪我がない事に安堵したと同時に巻き込んでしまった罪悪感が生まれる。絵梨佳は玲央奈が落ち着くまで頭を撫でるのであった。