第三話:花札屋敷と島の長
絵梨佳達が暮らす人形島は中央にある繁華街エリアを中心に東西南北と五つの分けられている。現在、絵梨佳達がいるのは北の学園エリアであり、名の通り学園や博物館、図書館など人形達の教育施設の集合体である。
絵梨佳は学園近くの学生マンションに住んでおり、そこから学園に通っている。と言ってもこの島の学生のほとんどがマンション住まいであり、マンション外から通ってる人形はほんの一部だけである。
「あぅ……」
マンションの入り口に絵梨佳と伊瑠香はいた。絵梨佳はセーラー服姿のまま、しかし伊瑠香は浴衣姿ではなかった。
「何恥ずかしがってるのよ?」
伊瑠香は白の袖なしのワンピースに麦藁帽子姿であった。麦藁帽子を深く被り絵梨佳にしがみついてるため、傍目から見ても誰だか分からない。
「まあこうしてれば誰もあなただなんてわからないし、ちょうどいいわ」
絵梨佳は普段から帽子を被らない人形であり、唯一あったのがこれまた友人が置き忘れていった麦藁帽子であった。しかし麦藁帽子に浴衣姿は合わないので探して見ると、これまた友人が置いていったワンピースがあったので借りることにしたのであった。
「誰を……待ってるの?」
島を回るのに使う交通手段はバスか車となる。しかし捜索対象となっている伊瑠香をバスに乗りつつ移動するに目撃者がいては困る事になる。となると車が妥当であるが、当然学生である絵梨佳は車を持っていない。
「タクシーの運転手に知り合いがいてね。その人に来てもらうの」
「お金……大丈夫?」
伊瑠香が心配し上目遣いに絵梨佳を見る。すると絵梨佳はクスッと笑って帽子に手を置いた。
「心配は無用よ」
その時、車のエンジン音が聞こえた。左側を見ると一台の藤色のタクシーがこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「来た来た」
やがてタクシーのスピードが落ち、絵梨佳達の前で止まる。そして運転席の窓が開き、一人の女性が姿を表した。鮮やかな緑の髪に縁なしの眼鏡を掛けている。
「おはようございます絵梨佳さん」
「悪いわね陸子、こんな朝早くから呼び出して」
「何言ってるんですか。常連さんの絵梨佳さんのためなら二十四時間駆けつけますよ!」
彼女は運転人形・陸子。この島のタクシー運転手である。とある事件で絵梨佳と知りあいとなり、それ以降絵梨佳は必ずと言いっていいほど彼女のタクシーを利用している。
「嬉しい事言ってくれるわね。さ、乗って伊瑠香」
タクシーのドアが開くと同時に絵梨佳が促す。
「あれ、見かけない顔ですね?」
向日葵のような笑顔が後部座席に乗り込んだ絵梨佳達に向けられる。彼女の営業スマイルで右にでる者はいない。しかし、その笑顔に伊瑠香は緊張したのか、ぎゅっとしがみついて顔を隠した。どうやらかなりの人見知りのようだ。
「ああこの子、ちょっとわけありで預かってるのよ」
「そうなんですか。てっきり妹さんかと思っちゃいましたよ」
「残念、私の姉妹は一人しかいないわ。まずは『花札屋敷』まで行ってくれるかしら?」
陸子は頷いてエンジンを掛け、タクシーを発進させた。
「それにしても絵梨佳さん、先週はお疲れ様でした」
学生マンション通りを通過した途端、陸子が言ってきた。バックミラーから見える陸子の顔は嬉しそうな表情をしてる。
「ああ、『行方不明の少女を捜せ』ね。まあ、あの子は私も知ってたから放っておけなくてね。大事に至らなくてよかったわ」
窓の外を眺めながら呟くと、陸子はさらに嬉しそうな顔でかたりかける。
「あの子のお姉さん、すごく感謝してましたよ。いや~さすが絵梨佳さん。委員長の名は伊達ではありませんね!」
「よしてよ。委員長として当然の事をしたまでなんだから」
その時絵梨佳は伊瑠香がじぃっとこちらを見ている事に気づいたのであった。
「ん、どうしたの伊瑠香?」
「絵梨佳……依頼請負人なの?」
依頼請負人とはその名の通り依頼を請負い、遂行する人形の事を指す。架空都市や少数であるがこの人形島にも存在し、生活をたてている。
「あー、私はその真似事をしてるの。主に学園の生徒向けのね」
絵梨佳が委員長に任命されると、多くの学生人形達が絵梨佳に相談を求めるようになった。面倒見がよく、何でもそつなくこなす絵梨佳を頼るようになったのが原因だと友人達は苦笑していた。そしていつしか絵梨佳の部屋は相談所へと変わっていたのであった。
「まあ悩み事や愚痴を聞くのがメインなのよ。依頼は親友が依頼主を通して持ってくるのよ。それを私が解決してるの」
タクシーの窓からは色鮮やかな店が並ぶ繁華街が見える。これから絵梨佳達が向かう花札屋敷は南エリアにあり、このまま南下すれば着く事ができる。
「へーすごいんだね絵梨佳は!」
無垢な瞳で見てくる伊瑠香に絵梨佳はありがとうと言って頭を撫でた。
「仲いいですね。恋々(ここ)ちゃんが見たら嫉妬しますよ」
「恋々?」
はい、と陸子が頷き、赤信号の前でタクシーを止める。
「花札屋敷に住んでいるお嬢様ですよ。絵梨佳さんの事が大好きでお姉さんのように慕っているんですよ」
「その恋々って娘に会いに行くの?」
「半分正解ね。それもあるけど、恋々のお姉さんの恋姫様に会いに行くの」
そう言った瞬間、伊瑠香の顔が曇りうつむく。
「その人……いい人?」
「ええ、とても優しい方よ。この人形島が出来た当時からいて、島の長みたいな人かな。私も学園に通い始めた頃はすごくお世話になったのよ。きっと伊瑠香の力になってくれるわ」
嬉しそうに話す絵梨佳。その表情を見て伊瑠香は警戒心を解くかのように顔を上げた。
「――わかった。じゃあ会う」
伊瑠香の返事に絵梨佳は頭を撫でる。いつの間にか景色は華やかな街の風景からのどかな平地へと変わっていた。