第二話:空賊人形
「はーい、どなた?」
お決まりの言葉を言いながら絵梨佳はドアを開けた。
「あ、すみません。ちょっと聞きたい事……」
「すみません、間に合ってます!」
来客の姿を見るやいなや、絵梨佳は勢いよくドアを閉めた。別に来客が巨体な土方人形や、毎度怪しげな物を売り込んでくる販売人形が来たわけでもない。
『い、いきなり閉めないで下さいよ!』
ドアの外からは泣きそうな声が聞こえる。そう、訪ねてきたのは絵梨佳とそう変わらない少女であった。しかし、絵梨佳はその事に驚いてなかった。
「な、何で空賊がこんなところに?」
赤と白のストライプのバンダナに袖なしのセーラー服。小麦色の肌にサンダル。そしてウエストポーチ。それが訪問者の姿であった。
空賊の仕事はトレジャーハントが主であり、大部分が未登録人形で構成されている。その実力は政府公認の戦闘人形と互角に渡り合える程である。しかしそれは一部の空賊だけであり、大部分は海賊と変わらないただの犯罪集団である。それ故に世間の目は厳しい。
『私、悪い空賊じゃないですよ!正式な空賊です!誤解しないでくださいよ!』
しかし絵梨佳は警戒してドアを開けようとはしなかった。
「空賊が何か用なの?ここはお宝なんてないわよ。そして私の部屋には光沢のあるパイプ、それも長年愛用された物なんてないわよ」
『ああ、やっと会話してくれました!嬉しいです。もう何件も回ったんですけど無視されて……』
そこまで言うと少女は泣きだした。多分うれし泣きと思うが、周りの人形達は泣かせてると思われ印象が悪いと絵梨佳は感じた。
「あーもう泣かないの!今開けるから!」
とは言え警戒心が解けたわけではないので、キーチェーンを掛けたまま開き応対する。
「あ、ああ!やっと開いてくれました!てかチェーンですか?」
「そりゃあ怪しい人の応対はチェーン付きが基本だからね」
絵梨佳は空賊少女をまじまじと見る。空を思わせる蒼いショートボブに小麦色の肌、そして頬に張られた絆創膏は、少女というよりも少年と見間違えそうだ。服からでもわかる二つの膨らみがなければ見間違えていただろう。
「それで、何の用なの?」
「はい!実は人を捜してるんですよ」
「人?」
「はい、この御方なのですが……」
空賊少女はウエストポーチから一枚の写真を取り出し絵梨佳に渡す。
「ふーん」
写真には海賊帽とよく似た帽子を被った伊瑠香が写っていた。場所は甲板だろうか。蒼い空を背景にベニヤ板の上を伊瑠香が微笑んで立っている。
「誰この子?」
絵梨佳はとぼけて聞く。ただでさえ半裸でここにいた少女だ。そして空賊。むやみに真実を話すのは得策ではないと判断したからである。
「ええ、この御方は我が『空繰遊戯団』の船長の妹、空想人形・伊瑠香様です!」
絵梨佳はその空賊団に聞き覚えがあった。ネットで評判の空賊団で、数々のお宝を発見している有能なトレジャーハンターだ。某掲示板によるとそのお宝を政府やVIP、各コレクターに売り、旅をしている。
「そう、それでその伊瑠香さんがどうしたのかしら?」
「それです!……実は昨夜から伊瑠香様が行方不明なんですよ」
さっきまで得意げな空賊少女の顔が曇った。
「そうなの?」
「はい。私達は必死に捜索を続けました。そして今日の明け方に絵梨佳様が身に付けていたペンダントがこの島の浜辺に落ちてるのを発見したのです!」
再び得意げな顔をする少女。感情が激しい子だなと感心しつつ、絵梨佳は適当に相槌を入れる。
「ふぅん。それでこうやって聞きこみをしてると?」
「はい!街の自警団の方々に頼んだのですがいても立ってもいられなくて捜してるんですよ!」
それにしてもこの少女、元気がいいなと絵梨佳は思った。
「大変ね。でも残念だわ。私はこの伊瑠香さんの事は全く知らないし、見てもいない」
そう言うと少女の顔が再び曇った。
「まあ、頑張りなさい。きっと見つかると思うわ」
「ありがとうございます。あ、そういえば自己紹介がまだでしたよね。私は遊撃人形・恵莉と言います。『空繰遊戯団』の雑用係りをしています」
「私は絵梨佳。青春人形・絵梨佳よ。学園の委員長をしてるわ」
「が、学園のいい委員長さんですか。凄いですね!」
「別にそうでもないわよ。さてと、私は今食事中なの。そろそろ戻ってもいいかしら?」
「あ、す、すみません!お時間取らせたみたいで。では私はこれで失礼致します!」
そう言って恵莉はお辞儀をし、勢い良く駆けていった。絵梨佳はその様子をじっと見て、恵莉が階段を下りるのを確認した後ドアを閉め鍵をかける。そして無言で中に戻ると、ベッドが盛り上がっており、伊瑠香の姿はなかった。絵梨佳はベッドまで近寄り、勢い良く布団を剥いだのであった。
「さて、説明してもらおうかしら伊瑠香?」
「なるほどね……。つまり空船から帽子を落とし、パラシュート着けぬままスカイダイビング。そして海に落ち、死ぬ思いでこの島に流れ着いた。しかし必死な伊瑠香は最後の気力を振り絞り、探し回ったが見つからず、疲労で眠ってしまったということね」
テーブルの置かれたコーヒーを飲みながら絵梨佳が言う。
あれからベッドから伊瑠香を引っ張り出し、事情を聞きだした。
伊瑠香の言うには空船と呼ばれる浮遊戦艦から海賊帽を落とし、取ろうとした所、誤って転落し海に落ちてしまいこの島に流れ着いたらしい。
「そう………」
伊瑠香はしょぼんとうだなれている。まるでいたずらがばれてしまった子供みたいに絵梨佳は見えた。
「それで、どうして隠れたの?あの時出てきたらよかったのに?」
絵梨佳の思う一番の疑問がそれであった。仲間が迎えに来たのに一向に出てこないから怪しいと思い嘘を付き、つい空賊を追いかえしてしまった。
「それは………」
「もしかして伊瑠香、帰りたくないの?」
伊瑠香は無言で首を振る。
「じゃあなんで?」
「―――」
伊瑠香はうつむき、黙り込む。
「――話したくないの?」
「―――うん。ちょっと、言いたくない」
絵梨佳はため息をついた。
「まあいいけど。で、話を聞く限りじゃ帽子は空高くから落ちたんでしょ?この島に落ちたとは考えにくくないかしら?」
帽子が島付近に向かって落下する可能性は低い。風の影響で海に落ちている可能性だってある。
「ここで間違いないもん。……あの帽子は特別なんだもん」
急に拗ねたように頬を膨らます伊瑠香。
(帽子にセンサーがついてるのかな?)
絵梨佳がそう思ってると、急に伊瑠香が立ち上がった。
「どこ行くの?」
「帽子、探しに行く」
そしてそのまま玄関に向かおうとする。
「待ちなさいよ。道も分からないまま歩き回るつもり?」
その言葉に伊瑠香はぴたっと止まり、振り向いて絵梨佳を涙目で見る。
「――どうしよう?」
「やっぱり何も考えてなかったみたいね」
絵梨佳は苦笑いして手を差し出した。
「え……?」
「案内するわよ。ようこそ人形島へ」