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人形(ひとかた)~伊瑠香の帽子~  作者: なんこつとりで
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第一話:正体不明少女

絵梨佳が目を覚ますと、目の前に見えたのは見慣れた天井ではなく、半裸少女の顔であった。窓から差し込む光が半裸少女の髪を美しく輝かせていた。じぃっと見つめる瞳は、絵梨佳には無垢に見えた。

「あら、目が覚めたのね」

絵梨佳はにっこりと笑う。

「!!!」


とたん、覆いかぶさっていた半裸少女は顔を真っ赤にして跳び退き、カーテンの裏側に隠れてしまった。一瞬の出来事であった事と、猫みたいな行動に絵梨佳は苦笑した。

「どうしたの?恥ずかしがってないででてらっしゃい」

絵梨佳の言葉に半裸少女は顔だけをちらりと出す。瞳は真っすぐと絵梨佳を見ており、警戒してるかのように見えた。

「あー、あらかじめ言っておくけど半裸にさせたのは私じゃないわ。そしてここは私の部屋よ。道端に落ちていたあなたを運んできたのよ」

一応誤解を受けないように手短に説明をする絵梨佳。

しかし半裸少女は無言で絵梨佳を見続ける。だがその額には汗がにじんでいた。

絵梨佳は寝る時にクーラーをつけない。さらに窓が西側にあるため太陽の光がさんさんと容赦なく降り注ぐ。

「あ、暑い……」


しばらく無言の会話が続くと半裸少女が汗だくで出てきた。『北風と太陽』みたいね、と起き上がった絵梨佳は再び苦笑して半裸少女に近づいた。

「汗かいて気持ち悪いでしょう?シャワーでも浴びてきなさい」

タンスから折り畳んだバスタオルを取出し半裸少女に渡す。半裸少女はこくりと頷く。

「適温ボタンを押したら勝手にでるから。シャンプーも使ってかまわないわ。それと下着は洗濯機に入れといたらいいわ。替えのやつ出しとくから」

「――わかった」

うつむきながら答える半裸少女は部屋をキョロキョロと見渡す。その姿が絵梨佳には借りられて来たおとなしい猫に見えた。

「ああ、左手がトイレ、右手が脱衣所と浴室」

絵梨佳が答えると半裸少女はさっさと脱衣所に入っていった。

「どうやら大きな子猫を拾ってしまったようね」

溜り場になる絵梨佳の部屋はよく友人が泊まる。そのため、タンスは五段あるが一番下は友人の下着で占められている。

その段を引くと複数に分けられた数多の下着。


「恋々の下着でいいわね」

身長、胸囲から考えて妹分に当たる恋々の下着が一番だろうと絵梨佳は答えをだした。次に服であるが、浴衣を取り出す。浴衣と下着を持つと脱衣所に向かう。洗濯機と洗面台が所狭しに並んでおり、風呂場からシャワーの音が聞こえる。そしてシルエットが一生懸命頭を洗っていた。

「どう、ちゃんと使えてる?」

ガラス越しのシルエットに絵梨佳は問い掛ける。シルエットはこくりと頷いた。

「着替え置いとくから」

それだけ言って絵梨佳は脱衣所をでた。


七畳の部屋の端にある少し小さめの冷蔵庫の中は色とりどりのドリンク入れが詰められていた。大きさも形も違うドリンク入れをセーラー服に着替えた絵梨佳は選んでいく。

「朝食は……オレンジジュースでいっか」

少し大きめの黄色いドリンク入れを取り出し、横のコップ棚からグラスを取り出しテーブルに置く。

テレビを付けると他愛もないニュースが流れていた。変わらない日常。そしていつもの繰り返しに絵梨佳は飽き飽きしていた。島に来た当初は全てが新鮮に見えた。しかし何ヵ月も立ち、すっかり馴染んだと同時に飽きて来たのであった。

「~♪~~♪」

新たな刺激の到来に絵梨佳は鼻歌を歌いながら待つのであった。


やがて脱衣所の扉が開き、浴衣を着た少女がでてきた。ほこほこと身体から湯気をだしている。

「――でた」

「うん、よしよし。喉乾いてる?」

とたん、少女の首が勢いよく縦に振られた。

「そう、はい」

ほほ笑みながらジョッキに入ったオレンジジュースを渡す。

少女は嬉しそうに受け取り、一気に飲み干す。物凄い勢いだ。

「おかわり!」

唇の端に黄色にしつつ笑顔でグラスを差し出してくる。

「はいはい。そうがっつきなさんな」

おかわりを望む顔が餌を待つ雛鳥に見え、絵梨佳は微笑んだ。

二杯目を注ぐとすぐさま少女は一気に飲み干す。

「おかわり!」

よほど喉が乾いていたのかグラスを差し出す。しかし絵梨佳は顔色一つ変えずに冷蔵庫から別のドリンク入れを取り出す。

「アップルでよければ」

そのまま渡すと少女はためらいなくまた一気に飲み干した。ぷはぁ!っと大きく息を吐き出す姿が可愛らしく、絵梨佳は和んだ。

「ふふっ、まだ飲む?」

少女はふるふると首を横に振る。恥ずかしがり屋なのか無口なのか絵梨佳にはわからなかったが、とにかく素性を聞いておこうと思った。


「取り敢えず自己紹介でもしましょうか」

絵梨佳は少女を椅子に座らせると自分も向かい側に座る。少女はうつむいたまま、絵梨佳に目を合わせようとはしなかった。顔を真っ赤にしてもじもじとしている仕草に、絵梨佳はこの少女は人見知りが激しい子だということを認識するのであった。

「私は絵梨佳。青春人形・絵梨佳よ。一応学園の委員長を努めているわ」

人見知りで無口な子に長々と自己紹介しても気の毒とわかっているのであえて手短に紹介する。

「委員長?」

「そ、あなたも学園の子なら分かるでしょ?」

少女は無言で首を振った。

「あ、あら?あなたもしかして新参?」

「新参?」

何言ってるのと首をかしげながら少女は問い掛ける。

一瞬、時が止まったように絵梨佳の頭がフリーズした。

「ちょ、ちょっと待って!」

普通人形はこの世に創造されてからすぐに、この島の西側にある育成所で軽い研修を受け、そこから島の住民になり学園の生徒となる。研修後すぐで入学間もない人形を新参という。


「あなた型番は?」

人形島の住民は必ず型番と言われる製造番号が身体のどこかに掘りこまれている。ケタは八桁英数交じりで構成されそれが住民の証となる。

「ない……」

絵梨佳は軽い眩暈を覚えた。人形なのに型番もなければ学園の生徒でもない。即ち、登録されてない人形、未登録人形となる。

絵梨佳はちらりと少女を見る。こちらの顔色を伺っている不安気な瞳がこちらを見ている。

未登録人形を作るのは国家資格を持たない人形技師であり、知識と技術が半端な者が多い。よって国家が認める人形の基本能力値を下回るため、何かしら欠陥がある人形や、犯罪に走る人形が多い。

絵梨佳はその事を知っていた。絵梨佳だけではなく、この島の住民全てが知っていた。

「ま、まあいいわ。ところであなたの名前は?」

絵梨佳はとりあえず頭の中に湧き出る疑問を横に置き、少女に問いかけた。

「――伊瑠香。空想人形・伊瑠香」

「イルカ?変わった名前ね。どう書くの?」

傍にあるペンとメモ用紙を渡す。伊瑠香はおずおずと受け取ると、自分の名前をメモ用紙いっぱい使って書く。

『伊瑠香』

「へぇ、綺麗な字ね」

絵梨佳が誉めると伊瑠香は頬を染めてはにかんだ。

「ちなみに私はこう書くのよ」

絵梨佳はもう一枚のメモ用紙を側に置き書いていく。

『絵梨佳』

「――同じ三文字」

「そうね。文字の響きも似ているわね」


絵梨佳がそう言って微笑むと、伊瑠香も微かに微笑んだ。伊瑠香がきちんとした文字を書ける、そして会話も出来ることが分かった絵梨佳であったが、一つ大きな疑問がある。

「ねえ、伊瑠香。あなた何しにここに来たの?」

基本的に未登録人形がこの島に入る事はあまり好まれない。その理由の一つとして島の住民に悪影響を与える事が上げられる。

都市に出ればいくらでも未登録人形に出会うというのに、と絵梨佳はいつも疑問に思っていた。

「帽子を……探しに来たの」

「帽子?」

この島はアパレル関連の店が多く、絵梨佳は伊瑠香が帽子を買いに来たのだと答えを出した。

「帽子だったらいいお店を紹介するわ。そうねえ、麦藁帽子とかどう?似合うわよ。その前に服ね。服を買わないと」

「え、ええと……」

「ああ、お金なら心配しないで。大きなクエストが成功したから報酬いっぱい貰え……」

「ち、違うの!失くしたから捜しに来たの」

「へ、失くした?」

「うん……」

「そうなの、ごめんなさいね。えっとどんな帽子なの?」

自分の早とちりに絵梨佳は顔を赤くして聞いてみる。

「え、ええっと……」

その時、チャイムが音が響いて伊瑠香の言葉を止めた。

「あ、ちょっと待っててね。……誰かしら?」

 キッチンに伊瑠香を置いたまま、絵梨佳は玄関に向かったのであった。

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