3ページ:死による別れ
彼が生まれてから、1000年が経った。彼は1000年前と比べて、大きく変化していた。
白かった肌は濃いめの褐色に変わり、黒い髪と眼は真っ白になっていた。髪は伸び放題になっている。左腕の刻印は真っ黒になっていて、左胸には新しい刻印が刻まれていた。
この変化は、600年程前に手に入れたスキルが原因だった。
・・・・・ ホムンクルス(第二形態)
称号
『唯一の魂』『適合者』『異なる命』『超越者』『覇王』
スキル
『黒鎧の刻印』『自己解析』『言語理解』『効果増幅』『解析眼』『軽業の極地』『記載隠蔽』『虚空の腹』『魔力操作』『結界感知』『覇王の刻印』『流閃剣術』『従魔術』『縮地』『紫電魔法』『騎乗』『黒炎魔法』『殺術』
その原因となったスキルは、『覇王の刻印』だ。彼がそのスキルを手にした途端、カプセルが壊れて、彼は床に倒れこんだのだ。
その他にも、長い間の試行錯誤の結果、幾つかのスキルが変化を遂げていた。
今日もいつも通りにスキルについて考えようとすると、部屋にキュリアスが入ってきた。その雰囲気はいつもと違い、かなり弱々しい。
『おい、爺。どうした?いつもと雰囲気が違うぞ』
「ホッホッホ。なに、ちょいと別れを告げにのう」
『は?』
キュリアスが口にした言葉に、彼は思わずそう声を出してしまった。無理もない。キュリアスとは1000年もの間、到底人間が生きられない時間を共に生きてきたのだ。
「流石にもう限界みたいでの」
『何言って………っ!』
彼は疑問を返そうとしてそれに気づく。キュリアスの右腕が、石化しているのだ。石化は今も続いており、徐々に石の部分が拡がっていく。
「人間がこんなに長く生きられる訳なかろう?ワシはな、秘術を使って延命してたんじゃよ。まあ、それにも限界はあったがの」
『じゃあ、その石化は……』
「術の副作用じゃよ。石となり、最後には砕け散る。分かっておった事じゃ。ワシが選んだんじゃからの」
そう話している間にも、キュリアスの体は石化が進んでいた。既に、右半身が石になっている。しかし、キュリアスは気づいていないかのように話し続ける。
「じゃからの、最後に挨拶に来た、という訳じゃ」
『ふざけるな!何勝手な事を言ってる!』
彼は怒鳴り散らし、その腕や脚でカプセルを攻撃する。しかし…………………。
『くそっ、何で壊れない!?』
「無駄じゃよ。そのカプセルはヒヒイロカネで出来ておる。今のお主では傷つける事すら出来はせんよ。それが開くのは、ワシが死んだ後じゃ。そう設定しておいたからの」
キュリアスは笑いながら言う。それを見て、彼は少しだけ冷静になる。
『…………爺、最後に言いたい事はあるか?さっさと言え』
「お主はいつもそうじゃのう。老人には優しくしろと言っとるじゃろ」
キュリアスはそう言いながらも、楽しそうに笑って話し始めた。
「その引き出しに、服が入っとる。流石に外を裸で歩くのは嫌じゃろ?」
『当たり前だ、爺』
「そっちの引き出しには、お主が欲しがっていた武器を用意しておいたぞい。服も武器もワシのお手製じゃ。大切にするんじゃぞ」
『……覚えてたのか、爺』
彼はこの世界に来て直ぐの出来事を思い出していた。彼は強力な武器を、キュリアスに求めたのだ。彼自身、それ以来何も言われていなかったので、半ば忘れていた記憶だった。
「あとは………そうじゃのう。あの引き出しに、お主の研究記録が入っておる。煮るなり焼くなり、自由にするが良い」
キュリアスは、そう言ったっきり黙ってしまった。彼も口を開かず、沈黙がその場を支配する。やがて、キュリアスがいつも通りの笑顔を向けて言った。
「そろそろ時間じゃ。元気でやるんじゃぞ」
『待て、爺。まだ、俺の名を聞いてないぞ』
「ああ、そうじゃった。お主の名は…………『シュラームーザ』。遥か古代の言葉で、『自由な者』という意味じゃ。お主にピッタリじゃろう?」
『…シュラームーザ、それが、俺の名前か…………』
その名前を受け取った瞬間、彼……シュラームーザ、シュラはやっとこの世界に来たような感じがした。キュリアスは、体のほぼ全てを石にしながらも、笑顔のまま言った。
「……ではの、元気にやるんじゃぞ、シュラよ。ワシの最高傑作にして、ワシの最愛の孫よ」
その言葉を最後に、キュリアスの体は完全に石と化し、無数の亀裂が入り、勢いよく砕け散った。
プシュー、という音と共にカプセルが開き、中から液体が溢れ出す。シュラはその後に足を踏み出し、その世界の地へと、始めて降り立った。シュラは長い髪を引きずりながらキュリアスが居た場所へと歩き、右手を左胸の前で握りしめ、深く腰を曲げた。
「…………今までありがとな、じいちゃん。ゆっくり休めよ」
彼はその顔に少しの哀愁を滲ませながら、その場に背を向けて前へと歩み出した。