第五章
1
家には帰りたくなかった。両親が、二人とも不倫をしていると知ったからだ。
私は母の連れ子で、新しい父親との関係は難しかった。決して悪い人ではない、人としても、父親としても。それでも、当時の私からすれば、突然家に知らない男性が住み始めたわけだし、相手からしても、少女と家族になるのは難しかったのだろうと想像できる。
二人が再婚したのは私が小学校に入学してからだから、もうすぐ十年になる。それでも、大きな問題はなくここまでこられた。少なくとも、私と新しい父親の間では。どこかで両親の間に溝ができてしまったのだろう。それがいつからなのか、子供の私にはわからなかった。
とにかく、最近の私は家に帰りたくないのだ。それ以外の問題はない。学校でも、友人関係でも。毎日、楽しみを探していただけ。
そんな私の身にショッキングな出来事が降り掛かってきたのは、七月八日の日曜日だった。
私の通っている高校は安城市内にあるが、隣の岡崎市との境に存在している。登下校に時間が掛かるのがネックで、運動部に所属するのは避けた。生徒会に所属することにしたのは、何となくイメージがいいのと、肉体的には楽だろうという楽観的な考えからだ。一年前の入学時に所属し始め、いまのところ、一年半は続いている。
自宅で生徒会の作業をしようと思ったのだが、忘れ物に気づいた。今日は日曜日だから、明日になれば学校へ登校することになる。ただ、どうしてもキリが悪く、休日にも関わらず学校へ向かうことにしたのだ。家を出たのは午後四時過ぎのことで、その時はまだ世界が明るかった。平和だったのだ。
高校へ到着し、急いで校舎へ向かう。
本来なら校舎は閉まっているのだが、秘密の入り口を知っている。「秘密の入り口」というのは、単純に鍵の壊れた窓のことだ。
その後、作業を終え、家へ近づいた頃には夜の七時を回っていた。辺りはまだ明るかったが、私は若干急いでいた。家でやらなければならないことも多く、無駄な時間を過ごしている暇はなかった。
家の近所と呼べる辺りまでくると、周囲には田んぼしかなくなる。大通りが一本通っているが、交通量は少ない。一言で言ってしまえば、家のある辺りは田舎だ。大通りの歩道を自転車で走り、目の前には長い下り坂が見えてきた。登校時には登らなければならず、その時は自転車を引くことになる。
小学校へ通っていた頃も、似たような状況だった。私たちが富士坂と呼んでいた坂を登っていて、その呼び方はいまでも通用するようだ。この大通りを真直ぐ進めば富士坂に直結している。私の家は、富士坂とこの名もない坂、その二つの道の河口が交わる団地に存在していることになる。
歩道を進んでいると、左手の田んぼ道に二人の男が見えた。それ自体は何てことないが、その様子がおかしかった。騒いでいて、二人の間には何かが転がっている。それを足蹴りにしているようで、何となく嫌な感じがした。
自転車のスピードを緩めながら、騒いでいる二人を横目で観察する。
転がっていると思ったものはどうやら犬で、それなりに大きいように感じられた。決して子犬ではない。二人のどちらかが飼っている犬とは思えないのは、扱いが乱暴だったからだ。まるで、虐待をしているよう。
歩道の垣根に隠れるようにして自転車をストップし、二人の様子をコッソリと眺める。注意してやめさせたい気もあるが、自分が行ったところで二人が引き下がるとはとても思えない。それ以上の悪い結果が想像でき、この場から動くつもりはなかった。
二人のすぐ側には一台の車が停まっている。おそらくはどちらかの所有物だろう。その人物は運転免許を持っているということだから、私よりは年上ということになる。
そのうち、二人が犬を蹴るのをやめた。
私が安心していると、一人が車へ近づき、もう一方は犬の首輪を掴んでいるようだ。犬の目線に合わせるように屈んでいるが、そこに平和な空気はなかった。しばらくして車へ近づいていた男が戻り、もう一人に何かを渡している。二人でやり取りをして、何やら手を動かしている。
私は、すぐに状況を把握した。それは、二人の男が車に乗り込んだからだ。
それだけならいい。だが、そうではない。
車が発進し、すぐに、犬の叫びが耳に届く。車から伸びたロープが、犬の首輪に繋がっているからだ。車に引っ張られるように犬は駆け出すが、間に合わずに引きずられていった。
一連の出来事が目に焼きつき、私には後悔しかなかった。
見なければよかった、助ければよかった。それでも、何もしなかった自分にも責任はある。
逃げるように自転車を走らせ、自宅へ向かう。
不愉快の中に一つだけ浮かぶ疑問。それは、片方の男が私と同じ高校の制服を着ていたことだった。
翌日の月曜日、学校へ行っても普段と変わりはなかった。昨晩に嫌なものを見たのは私だけで、他の者に影響などあるはずもなかった。クラスメイトの騒がしさに隠れるように、私は自分の席へ向かう。
「ナミ、おっはよ」
抜け目なく私の存在に気づくのはシノブくらいで、顔を上げたらそこには正解の札を掲げたシノブがいた。
頷いて返事をし、シノブから目を逸らす。
「知ってる? 最近、この辺りで動物が虐められてるの。けっこう酷い目に遭ってるみたいでさ」
本当に可哀想なものを見るような目で話し、シノブが私の机に腰を落とす。これは毎日変わらない光景だ。最初はやめて欲しいと注意したものの、いまでは特に気にすることもなくなった。
「誰がやってるのよ、それ」
昨晩見た光景が頭に浮かび、慌てて思考を切り替える。犯人の一人が高校の制服を着ていたことも、見なかったことにしたいくらいだった。
「わかんないのよね。色んな噂は聞くけど、そのどれにも証拠はなくってさ」
シノブと仲良くなったのは、今年に入ってからだと思う。彼女がクラスで嫌がらせを受けていたところを、私が上手いこと解決したことがキッカケだと思っている。それ以来、シノブとは親友と呼べるほどの親しさだ。
「私、その犯人見たかもしれない」
「うそ!」
シノブが驚きと興味が半々を占める顔で言い、十センチほど私に近づいた。
「いつ? どこで?」
「昨日の夜。七時くらいかな」
「どこで?」
「家の近くの田んぼの辺り。大通りから見やすいところだったけど」
「ホントに? どんなヤツだった?」
シノブの興味が激しく、若干の煩わしさを感じる。この辺りが、シノブが嫌がらせを受けていた原因かもしれない。そんな不謹慎な感想を持った。
「二人組。車を運転しているヤツと・・」
シノブに接近し、周りの様子を伺いながら言う。
「うちの高校の男子」
「うっそ・・!」
シノブも空気を読んだのか、驚きつつも叫び声は控えめだった。この辺りの機転のよさが、クラスの女子からは疎まれるのかもしれない。身近な女子たちは、自分よりも優秀な者を嫌う傾向があるのだ。
私が黙っていると、シノブが不安そうな顔で言葉を続ける。
「顔は見たの?」
「うぅん。制服だけ。シルエットじゃあ、誰かまでは判別できなかった」
「車を運転していたんだから、仲間はわたしたちよりも年上よね」
シノブが腕を組み、何かを考えるように唸っている。
私にも犯人を嫌う思いはあるものの、それが誰なのかと特定したいとは思わない。二度と虐待など起きて欲しくはないが、犯人を知るのはいいことばかりではないはずだからだ。
「そいつらどんなことしてたの? 聞いたとこだと、けっこう酷いことしてるみたいだけど」
「うん、蹴ったりとか・・。あんまり言いたくないな」
私に追求することもなくシノブは大人しく引き下がり、不安そうな顔で黙った。
あの現場を見てしまった以上、私は無関心ではいられない。それでも、今後はできる限り関わらないように注意するつもりだった。
「犯人、早く捕まるといいね」
そう言ったシノブの目には怒りが込められていて、その視線の先にはクラスメイトの女子がいるはずだった。私があえて確認しようとしなかったのは、これ以上、クラス内で目立ちたくないからだった。シノブを助けたことで、私の扱いはそれまでとは違うものになっていた。全員が敵ではないのだが、いまはまだ、大人しくしていたかった。
シノブはその一件以来、悪に対する嫌悪感が明らかに増した。被害者側の苦痛を、身を以て知ったからかもしれない。責める気はないしその必要もないのだが、シノブを心配してしまう気持ちに、常につきまとわれているようにも感じている。
それでも、私だって他人事だとは思えない。いや、むしろ私の方が、悪を許さない気持ちが増したのではないか。クラスメイトの方を向けないのは、向いてしまえば睨みつけないという選択肢が失われるから。
そんなことを考えながら、昨晩見た光景を振り払おうと必死だった。
2
放課後、私がその瞬間を見たのは、本当に偶然だった。普段と同じように授業を終え、生徒会の仕事を終えて自宅へ向かう途中の出来事。二日連続の衝撃に、私の平凡な生活は乱されることとなった。
岡崎市に入るギリギリにある高校から、自宅までは自転車で二十分以上掛かる。急いで帰ろうと道をショートカットした結果、あの現場を見てしまったのだからバツが悪い。罰が当たったともいえる。
高校を出て、二十分ほど経過した頃だった。すでに安城市に入っていて、周囲には一軒家がチラホラと建っているだけ、という閑散とした場でそれは起こった。
簡単に言えば、轢き逃げ事件だった。
いや、轢き逃げ後の誘拐事件だろうか。
私が自転車を走らせていたのは、周囲を田んぼで囲まれた田舎道で、人の目は少ない場所。犯罪の現場に向いているし、実際に同じ高校の女子生徒が襲われたという話も聞いたことがある。ちなみに、その犯人はまだ捕まっていないそうだ。
それでも私がその道を通るのは、痴漢など恐れていないことに加え、自宅への道を大幅にショートカットできるからだ。多少の問題など、目をつぶるだけの価値がある。はずだった。
だが、私は目撃してしまった。
普段と同じように細い田んぼ道を進んでいると、どこからか激しい衝突音が聞こえた。その直前には高音の、擬音で表現するなら「キーー!」という音が聞こえていたのも確かだ。私の脳内には自動車のタイヤが無理矢理ストップしようとしている状況が浮かび、その場で自転車をとめてしまった。
その場から見える範囲には事故らしきものが起きた様子は観察されず、暴走族の類いかと気を抜いていた。周囲の家からも、誰かが様子を見に出てくることもなかったのだ。それでも、自転車を走らせ、角を曲がった時。
私の目に飛び込んできた景色は最悪だった。悪意で塗り潰された、真っ黒な景色がボンヤリと見える。
一人の男が、慌てて車の後部座席に何かを運び入れる瞬間。それを見た時は、「あの車が音の発信源だろう」などと悠長なことを考えていた。
だが、すぐにただ事ではないと理解する羽目になった。
アイドリングをして停車している車の背後には、薄汚れた小屋があった。その小屋は普段から存在していて、いかにも年期が入ったという外観の、人間であれば八十歳を越えているような造りだ。
その小屋の一部がヘコんでいた。さらに、地面に広がる薄汚いシミ。泥を塗り広げたような痕。
違う、そんな平和なものではない。無意識に本能がそう理解した。運転席に乗り込む男は、何を運んでいた? 段ボールを運ぶのとは違う。あれは、女子が憧れる抱きかかえ方ではなかったか?
激しいエンジン音とタイヤの空回るような摩擦音が耳に届く。それと同時に車が発進し、視界の左に消えていく。車の陰に隠れていた小屋が目に飛び込み、思わず息を飲む。
燃えているのだ。
たったいま火が点いたように、小屋の根元からメラメラと上昇する炎。
私は何故か駆け出し、火を消そうとしていた。できるはずがないのだが、何とかしなければと奮闘した。足で地面の砂を掛けてみたり、近くに落ちている大きめの石を投入する。当然ながら、何の意味もない。
携帯電話を取り出し、119の番号を必死に押した。三つのボタンを押すのに六秒掛かる。このペースでは、とてもメールなど打てそうもなかった。
「小屋が燃えてます! はやく・・、消して下さい!」
そこからは、何と言ったかわからない。相手の質問に答え、避難しているようにと指示を受けた。電話を切り、自転車がある位置へ戻ることにした。
火は広がり、小屋全体を燃やし始めている。
ただ、冷静になれば、そこまでの被害ではないことがわかる。周囲には雑草くらいしかなく、住宅も離れている。消防車が到着するまでに、これ以上の被害が広がることはなさそうに感じた。
そんな中、歩き始めると同時に、足元にライターが落ちているのに気づいた。先程の男の姿が目に浮かび、あの男の持ち物に思える。それはつまり、この火事の原因はあの男ということになるのか。
燃え盛る炎の熱気から顔を守り、右脚を伸ばしてライターを蹴る。ライターは小屋から離れるように飛んでいき、私もライターを追う。その側で屈みながら恐る恐る手に取ってみると、温かさを感じた。もっと本音で表現すれば、「アッツ!」くらいだったが。カバンのポケットからハンカチを取り出し、その緑色のライターを急いで包む。そのままカバンへ仕舞うが、何故このような行動をとっているのか、自分でも理解していなかった。
自転車の側へ戻り、消防車が到着するまで待機するか考える。
すでに必要な連絡は終えていて、自分がここにいてもできることはない。むしろ、消火活動の邪魔になるのではないか。ここにいて、私にメリットはあるのか。
そんなものあるはずがない。
私はすぐに判断し、自転車にまたがる。カバンは前のカゴに押し込み、ペダルを右足で強く踏み込む。自転車を走らせ、自宅まで一直線に進むことにした。
昨晩、虐待現場を目撃してしまったこといい、最近の自分は不幸に見舞われ過ぎではいないだろうか。
自転車のペダルを全力で踏み込み、田舎道を駆け抜ける。
その途中、あることを思い出した。
あの男が車に運んでいたのは、いったい何だったのか。誰だったのか。もしかすると、本当に人間だったのだろうか。そうだとすれば、警察に連絡するべきなのか。何の確証もないではないかという考えが、私の行動を制限していた。まるで、自分に言い訳をするように。
それでも、変わらない景色の中で目に浮かぶのは、あの車の「1953」というナンバーと、最近どこかで見たことのあるようなシルバーの車体だった。
3
七月十日の火曜日。火曜日は、生徒会の仕事が休みの日だ。
というのは建前だけで、普段から、メンバーが好きに作業をしているに過ぎない。一応、水曜日は全員が集まって会議をすることになっているが、その実態はただのお茶会である。それこそが学校の平和の象徴にも思えるし、メンバーの中に不満を漏らす者はいない。学校の中で自由に飲食ができるのだから、それも当然かもしれない。
学校を出たのが午後三時過ぎ、明るい時間に家に着けるのは久しぶりで、何だかワクワクした気持ちが浮かんでくる。明るい時間にお風呂に入った時のように、非日常を楽しむのと同じだ。大人になったら、昼からビールを飲むのがその楽しみになるのだろうか。
自宅付近まで自転車を走らせていると、一昨日の晩、犬が虐待されていた現場が視界の左側に入ってきた。それを拒むために、すぐに視界を狭める。つまりは寄り目を作る。自転車の速度を上げ、嫌な現場を視界から消した方が楽だったが。
坂を下りながら、酷い目に遭わされていた犬のことを思い浮かべた。あれは確か、登下校中に通る公園にいる犬だ。名前はロックというのではなかったか。
私がそれに気づいたのは、今朝、登校する時だった。公園の倉庫にロープで結ばれたロックが、辛そうに体を伏せていた。思い返してみれば、あの子は普段から同じような格好をしていた気がする。それでも、私を見れば一瞬だけ顔を上げるのだが、今朝は違った。自転車に乗っている私と目が合っても、ロックは反応しなかった。それが気になり、自転車の速度を落として様子を伺った。すると、ロックの体に酷い傷があるのに気づいたというわけだ。
坂を下りきり、自宅のある住宅地へ入る。ここからは地元という感覚で、だいたいの家の名前を思い浮かべることができる。その多くは、お祭りなどで顔を合わせた経験のある人たちだった。
私が不思議に感じているのは、ロックが虐められていたのが公園ではないということだった。もちろん、公園では目立つためにそこでは実行しなかったということだろう。
だが、あの二人はロックを連れ出し、坂の上で暴行を加えたのだろうか。そこまでして動物を虐待するという精神を理解できなかった。やはり、いじめに対する嫌悪感が増しているのかもしれない。
道路を進むと、次第に自宅が近づいてきた。自宅へ着くまでには公園があり、ロックもいるはずだ。いまもまだ、体の痛みに耐えているのだろうか。
少しずつ、公園の一角、倉庫のある部分が目に入ってきた。必然的にロックの姿も確認でき、うつ伏せのまま今朝と同じ格好だった。
そのまま自転車を走らせながら、今日はロックに話し掛けてみようと思いついた。どうやら、ロックは私のことを嫌ってはいないようだからだ。近所の子供が、ロックに吠えられて怯えている姿を見たことも多い。それに比べたら、私は比較的好かれている存在なのかもしれない。
緩やかな坂を下りながら、公園の隅へ向かって自転車を進ませる。公園の敷地へ入る直前でとまり、ロックの様子を視界に入れる。そのロックは私を目だけで観察しているが、顔を上げようとはしない。やはり、体調が優れないのだと思う。
どうしようかと迷っていると、私がやってきたのと垂直に伸びる細い道路を一人の少年が歩いているのが目に入った。
私は驚かしてやろうと思い、倉庫の陰に隠れる。
突然飛び出すよりも、ブランコに座っている方が効果的だろうか。そう判断し、倉庫の陰から公園の中を覗いた。
携帯電話を閉じ、自宅を出る。
両親は留守で、家に大人はいない。いまなら、どこへ行こうと私の勝手だ。そもそも、両親は私のことなんて興味がないのかもしれないが。
自転車を走らせ、昨日の夕方、火事が起きていた現場へ向かう。現場といっても、ただの田んぼ道だ。昨日の具合であれば、消火活動はすぐに終わったのだろう。酷く慌てた自分が恥ずかしくなるほど、火の被害は少ないように想像できる。
携帯電話で「119」を押したが、消防署や警察署から連絡はなかった。その不安が若干残っていたのだが、どうやら関わらなくて済むようだ。私は火事の原因ではないし、むしろ正義の味方に近い。感謝こそされ、取り調べを受けるなんてゴメンだった。
田んぼ道を進むと、住宅地が減り始めた。そのうち、火事が起きた小屋が見えてくるだろう。まだ原型を留めているように思える。
そこへ向かいながら、「1953」のナンバーを無意識に探している自分がいた。どうやら、ショウタのクラスメイトの「丸岡チカ」ちゃんという少女がいなくなったらしい。その話を聞いた時、私の頭には昨晩見た「1953」の車が浮かんだ。
車の運転手が後部座席に運び入れていたのは、チカちゃんなのではないか。一度その考えが頭に浮かぶと、それは決して離れてくれなかった。そうに違いないという思い込みが、私の中の大部分を占めるようになっていた。
田んぼ道を進むと、行く先に小屋の跡が見えてきた。すぐ目の前に迫ると、全体的に木が傷み、炭になっているように認識できる。
小屋の前に自転車を停め、周囲を観察する。
最も近い家でも十メートル以上離れていて、誰もいない変わりに、逆に目立ってしまっているようだ。広い海の中に船が一隻だけ浮いているようなもの。
急いで周囲を観察し、何か証拠がないかと捜索する。例えばチカちゃんの持ち物などが落ちていれば、事態は大きく動き出すように想像していたのだ。
だが、昨日のうちに消火活動が済んでいて、警察が捜査していた可能性も十分に考えられる。そんな現場には、ホコリの一つもなく、あるのはしぶとい雑草と砂利だけだった。
そんな中、ポケットに仕舞っているライターは、私がここで見つけた唯一の証拠品だ。これ以外、犯人と火事を結びつけるものはないかもしれない。もちろん、このライターが無関係である可能性は捨て切れないのだが。服の上からライターを触り、これの持ち主を突きとめなくてはならないことを認識する。
ロックはそのうち亡くなってしまう、ショウタはそう思っている。どうしてそんな適当なことを言ったのか疑問だが、あながち間違っているとも思えない。怪我の具合は酷かったし、一昨日の二人組が再び危害を加える可能性だってある。
それに、間違っていたとしても問題はないのだ。ショウタに嘘をついたということになるだけ。だが、チカちゃんのことを調べるとも言ってしまっているのだ。多少は、彼女に関する情報を得たいとも考えている。
「1953」のナンバーを探そうと思い、この場を離れることにした。小屋を観察しても、新たな発見はなさそうだったからだ。
「1953」の車の持ち主は、何のために小屋を燃やしていったのだろう。慌てていて偶然ライターを落としてしまったのかとも考えたが、落とせばライターのスイッチが切れるはずだ。使ったことのない私には、頭でっかちな知識しか持ち合わせていないのだろうか。
もし、故意に燃やしたとしたら。
それは、何かの証拠を隠してしまうためだろう。いったい、何を隠そうとしたのか。現場へ到着した消防隊員は、単なる小規模の火事としか思わないだろう。警察がやってきたとしても、鑑識による科学捜査まで行なわれるとは思えない。「迷惑なこった」くらいの感想ではないだろうか。
あの瞬間、ここに車が停まっていたことを知っているのは私だけ。つまり、事件の真相に迫れるのも私だけなのだ。自転車にまたがり、行く先を決めずに進む。「1953」というナンバーだけで、犯人を特定できるとは思えなかった。
チカちゃんがいなくなった、ショウタはそう言ったのだ。それはつまり、誘拐されたのか、死んでしまい、どこかに捨てられたのか。どちらにしても、受け入れたくはない真実だった。
チカちゃんを車へ運び入れた犯人は、どこへ向かうだろうか。
自宅の庭に埋める。
海へ投げ捨てる。
森の奥に捨てる。
その辺りが頭に浮かぶが、どれにも確証はない。犯人の思考など、トレースできるはずもなかった。
自転車を走らせながら、私の頭には三ヶ月前の事件が浮かんでいた。シノブが嫌がらせを受けていたという事実。あの事件では、シノブの持ち物が徐々になくなり始めた。シノブがどこを探しても見つからなかった。
それを発見したのは私で、犯人はクラスメイトの三宅という女子だった。シノブのノートや教科書を持ち出し、学校から少し離れた公園に捨てていた。その現場を、私は携帯電話のカメラで撮影することに成功した。その証拠は、いまでもデータとして残っている。あれがある限り、いじめの加害者たちは私に逆らえないはずだ。
あの時の嫌がらせと照らし合わせると、チカちゃんを連れ去った犯人は、彼女をどこかに捨てるはずだ。人目のつかない、見つかったとしても自分に影響のなさそうな場所で。
ロックを虐めていた二人組が乗っていたシルバーの車は、火事の現場で目撃した「1953」の車と同一だと考えている。二人組のうちの一人が高校生だとすれば、犯人はチカちゃんをどうするのだろう。
無意識に小学校へ向かっている自分がいて、ふと気づけば富士坂を下り終えたところだった。久しぶりに通る道を懐かしく思いながら、私は悪人を許せそうにないと自覚した。
想像を越えた事態に遭遇することとなった。
私が初めて三次元のチカちゃんと向き合った場所は、雑草広場と呼ばれている。その名の通り、膝の上までの伸びている雑草が、広場全体に生え茂っている。
その雑草広場で私はチカちゃんを見たのだが、彼女は私を見てはくれなかった。
死んでしまっていたのだから当然か。
雑草広場へ向かおうと思った理由は特にない。小学校へ向かいながら、昔を思い出したことが原因だとは思う。何となく、ものを隠すならあそこだろうか、という程度の考えだった。
実際に広場へ近づいてみれば、数年前と変わらぬ景色だった。伸びきっている雑草と、手入れなどされていない広場。この数年間で雑草は伸びているはずだが、その分私の体も成長しているのだろう。イメージ通りの雑草広場だった。
だが、広場へ入ってから、私は後悔する羽目になった。
それも二度。
一度目は、雑草が多すぎて何も見えないということにガッカリした時。この広大な広場の中で、チカちゃんを発見することなど不可能に思えたのだ。
二度目は、亡くなっているチカちゃんを発見した時。こちらの方が、後悔の度合いがはるかに大きかった。きっと、今後もトラウマになるに違いない。チカちゃんの遺体は、広場の入り口から中へ入ったすぐのところにあった。雑草が僅かに倒れていて、不自然なスペースがあったのだ。
大きめの石でもあるのだろうか、そんなのん気なことを考えていた私は面食らう形となった。いまでも、後悔している。
チカちゃんはうつ伏せで地面に横たわり、顔だけが広場の奥を向いていた。彼女の右目が見えたが、そこから生気は感じられなかった。肌につやもなく、とても小学生の体には思えなかった。
死んでいるのだから当然なのだ。
私のすべきことは、目の前の事実を警察に伝えること、一昨日見た光景を話し、犯人逮捕に協力することだった。
しっかりと考え、私のとった行動。
それは、警察には連絡しないというものだった。その理由はいくつかあるが、ショウタに伝えてみようという思いがあったのは事実だ。
こういった複雑な感情を、言葉では何と表現するのだろう。
愛情・・、違う。
優しさ・・、これも違う。
頭に浮かぶ単語を筆ペンで消していきながら、私は雑草広場をあとにすることにした。チカちゃんの遺体には触れず、携帯電話でその姿を撮影しただけ。
逃げるように、自転車を走らせた。
4
翌、十一日の水曜日。
教室の中で、チカちゃんがいなくなったことを話している男子がいた。どうやら彼の弟は小学生のようで、チカちゃんとも知り合いらしい。チカちゃんがいなくなったことについて、下品な想像をしているようだった。
実際には、彼女は事故に遭い、雑草広場に捨てられた。
昨日見たチカちゃんの遺体は、体全体に損傷があり、腕や脚が折れているようだった。車に轢かれたことで、綺麗な体が傷ついてしまったのだろう。本当に、もったいないことだと思う。
聞き耳を立てるのにも飽きて、頭を事件のことに切り替えようと思っていた。
「ナミ、おっはよ」
肩を叩かれ、顔を上げるとそこにはシノブがいた。こんな親しげに声を掛けてくれるのはシノブくらいしかいないため、確認する前にわかっていたことでもある。
「元気ないよ? 寝不足?」
半分はからかうような、もう半分は本当に心配してくれているような様子だった。私を真正面から見つめながら、満面の笑みをぶつけてくる。
「寝不足・・だね。うん」
その通りだ。チカちゃんの遺体を見つけてしまい、普段通りに眠ることなどできなかった。警察に連絡すべきだという良心が騒ぎ立て、それを抑え込むのに必死だったくらいだ。結局、中途半端に眠っているような感覚のまま、朝を迎えてしまった。
「何かあった・・?」
シノブの心配が七割を越えたようで、少しくらい話してもいいかという気が目を覚ました。
「動物を虐待しているやつら、見たって言ったじゃん?」
シノブは頷きながら、話の内容を理解しようと努めている顔だった。
「そいつら、人殺しかも・・」
シノブの目が拡大し、限界を維持していた。次第に眉間にシワが寄り、顔に疑問の色が浮かんでいた。
「どういうこと?」
「たぶん、事故を起こしたの。それで、女の子を見殺しにしたのかも」
「ごめんごめん、ちょっと待って」
シノブは右手の掌を見せつけるようにして、口は「はぁ?」の形をしている。
「え、なに? ナミはなんで知ってるの?」
「見たからよ」
「なにを?」
「事故の現場と、亡くなった女の子」
「なんで・・!」
小声で叫ぶようにして、シノブの低く重い声が耳に届いた。
この辺りから、声のボリュームを下げなくてはならなかった。周囲の席にはクラスメイトがポツポツと座っていて、その距離はお互いの会話が聞こえてしまうほど。隣の席に人がいないのが、せめてもの救いだった。
「事故の現場を見たのは偶然。亡くなった女の子を見つけたのは・・それも偶然?」
私は苦笑いをして答えるが、シノブの困惑している表情が返ってくるだけだった。私だって、こんな偶然に巻き込まれて困惑しているのだが。
「これがね・・、その現場で起きた火事の原因かも」
カバンの外のポケットに手を差し込む。その中に保管してある緑色のライターを掴み、シノブの目の前に差し出す。彼女は興味深そうな表情をしていたが、すぐに、それがどこにでもあるライターだと認識したようだ。
「これ、あげよっか?」
冗談のつもりで言うと、案の定、シノブの迷惑そうな顔が目前に迫った。
「警察には?」
「言ってない」
小声のやり取りだったが、お互いの意思疎通は問題なく行なわれているようだった。シノブは私の気持ちを察するように悲しそうな顔をして、決して非難している様子ではなかった。正直、それは非常にありがたかった。
亡くなった少女が広場に捨てられている。それを実際に見つけたとしたら。正しい行動をとれるだろうか。警察に連絡し、自分のやるべきことを実行できるだろうか。誰かに文句を言われたら、「お前がやってくれ」と言い返すつもりだ。人間の感情は、そんな単純で強いものではないと思う。
だから私は、面倒ごとを避けたのだ。
「どうするの・・?」
「どうしよう、犯人を捕まえる?」
冗談のつもりだったが、シノブの反応は意外なものだった。「なるほど」という顔で頷き、右手を口元に当てている。
「いやいや、ありえないけどさ」
「ありえなくないよ。だって、その二人組のうちの一人はうちの生徒なんでしょう? それだけでも、結構なヒントなんじゃない?」
「男子だけでも何人いると思ってんのよ」
およそ五百人だろう。私には、楽観的にそれを特定できるとは考えられなかった。
それでも・・。
「車のナンバーは知ってるの。1953だった」
「マジで!?」
シノブの感情の変化が慌ただしく、こっちまで船酔いしてしまうそうになる。そうなるだけの情報を伝えているのは私だが、彼女の反応は大袈裟だと思う。
「そこまで見たなら、特定できるじゃん! 警察に言ってもいいんじゃない?」
シノブの声のボリュームは僅かに上がっているものの、まだ彼女の理性が上回っているようだ。
「それがさ・・、微妙なんだよね・・」
シノブが不思議そうに首を傾げているため、私は一連の光景を説明することにした。朝のホームルームまでは約十五分。その間の四分を使い、おおよその説明を終えた。
「なんとなくはわかった。チカちゃんは死んでしまっていて、それは確定。雑草広場なら、そのうち発見されるかもね・・」
「そう。ただ、1953の車がチカちゃんを轢いた瞬間は見てないってわけ」
「車の色は?」
「シルバー、かな」
頭の中の映像を浮かび上がらせ、車の色を思い出す。小屋の側に車が停まっている映像ならば簡単に思い出せる。車の細かい色などに自信はないが、シルバーというイメージが最も最初に浮かんだのだ。
「日本車? 軽?」
「わかんない、少なくとも軽じゃないけど。セダンってやつ?」
街中のどこでも見掛ける車体で、ワゴン車ではないことは確かだ。トランクがついていたことを覚えている。
「エンブレムとか覚えてないの?」
「エンブレム」とはメーカーごとのマークだろうか。それを思い出そうとするのだが、そもそも車の種類に詳しくない。思い出すことはできなかった。
それを伝えると、シノブは納得したように頷き、頭の中を整理しているようだ。その中には仮説が立ち、いくつかの分岐点が存在しているはず。私の頭の中だって、安城市の地図よりは入り組んでいる状況だった。
「やるべきことは何?」
シノブの目が真直ぐに私を捉え、低気圧の風を感じる。
「うちの高校の中にいる、犯罪者を特定する・・とか?」
「それができたら、ナミも警察に連絡できるもんね」
「犯罪者」という言葉に違和感を感じていたが、ロックに酷い目に遭わせたことは確かだ。燃やされた小屋の側に停まっていた車、あの中に高校の男子生徒がいたのかはわからない。その事件に関わっているかは特定できていない段階だ。それでも、大きく一括りに犯罪者と呼んでいい気がしていた。
机の上で光る緑色のライター、これをどのように利用すればいいのだろう。
5
明日を迎える前に、もう一つだけイベントが発生した。
それは幼くて小さな出会いだったが、何かが進展するキッカケになったのは確かだ。
放課後、チカちゃんの遺体が捨てられた雑草広場が気になり、自宅に近づいた後に小学校の方向へ自転車を走らせることにした。生徒会の仕事を、体調不良だと言ってずる休みしておいたのが救いだった。たまには、不良になってみたい気分にもなる。まだ明るい時間の移動で気が楽だった。
高校から小学校までは、自宅へ向かってからでは遠回りになる。今更遅いのだが、大幅な時間のロスを後悔する。再び二十分近い時間を掛けて小学校の側まで到着した。だが、その間、何度も引き返そうかと悩んでいた。雑草広場へ向かえば、警察と出くわす可能性もある。チカちゃんが発見されるのは、時間の問題に思えるからだ。
それでも、犯人が現場へ戻るのと同様に、雑草広場が気になって仕方がなかったのだ。とりあえずは自転車を走らせ、小学校の側で再び熟考することにした。
理性と好奇心の狭間で揺れながら、懐かしい小学校の建物を眺める。自分も数年前にはあの中にいたはずなのだが、それは遥か昔のように思えてしまった。このようにして、気づいた頃には三十路になっているのかもしれないと思い、不謹慎な恐怖に襲われた。
そんな無意味な時間を過ごしていると、校門から数人の男の子が出てくるのが見えた。「小学生にしては下校が遅い」それが最初の感想だった。
三人いることを確認し、何気なく彼らを眺めていた。彼らは私を電柱とでも思ったのか、全く興味を示す素振りがない。女子高生として若干の不満を覚えながら、彼らの会話に耳を傾ける。
「丸岡、誘拐されたんじゃね? ヤバいよな・・」
一番体の大きな子が言い、その後ろを歩く二人は何度も頷いている。友達というよりは、上司の機嫌を伺う新入社員に近い。
三人が歩いていくのと同じ方向へ私も向かう。
「こんな田舎なのになぁ。ヤバいヤツがいるんだな」
彼らは何も知らないようだ。チカちゃんが亡くなっていることを知っているのは、私とシノブ、あとはショウタくらいだろうか。ショウタにも、チカちゃんが亡くなっていることが伝わっている。信じているかはともかく、情報としては伝達されているのだ。
彼らが何年生なのかわからないし、ショウタとの関係もわからないが、少しだけ話してみたい気が起きた。
自転車を引きながら小走りで進み、わざと足音を立てて三人に近づく。
「ねぇ」
三人はそれほど驚く様子もなく振り返り、背後にいた美人女子高生に見とれている。それを望む。
「丸岡チカちゃんって子、いなくなったの?」
三人は顔を合わせ、困ったように牽制し合っている。警察とは思われていないはずだし、むさ苦しいオッサンでもない。これほどまでに警戒されるとは思っていなかった。
「いなくなりましたけど・・。なんですか?」
体の大きい子が答え、彼に優しく微笑んでおくことにした。
「きみたちのお友達?」
再び一瞬の間があったが、体の大きい子が誇らしげに答える。
「クラスメイト。それだけじゃないけど」
ニヤニヤとしながら、他の二人に「なぁ?」と笑い掛けている。若干のイヤらしさを感じたが、小学生特有の自意識過剰と考えておくことにした。
「どうしていなくなったのか知っている?」
「わかんないですけど」
「チカちゃんとクラスメイトなんだから、四年生だよね?」
「そう。お姉さんは誰?」
「お姉さん」という響きに「綺麗な」という形容詞を補足し、心の奥に仕舞う。
「私は未来からきて、チカちゃんのこと調べてるんだ」
三人はポカンと口を開け、私の綺麗な顔を真直ぐに見上げている。それもすぐに終わり、小柄な男の子がプッと吹き出した。
「信じられないかもしれないけどね。チカちゃんがいなくなったこと、みんなはどう考えているの?」
「俺は誘拐されたんだと思うから、ムカついてます」
体の大きな子がハッキリと言い、慌てて他の二人も頷く。三人の力関係は、だいたい把握できたと思う。その三人が、ショウタのクラスメイトであることも確かだ。チカちゃんと同じクラスなのだから、三段論法で明白な事実だ。
私はふと思い立ち、彼らをからかってやることにした。
「私は未来からきたって言ったよね? チカちゃんがどうなるか知ってるのよ」
「ありえないよ、そんなの」
「どうなるか知りたいんじゃない?」
三人は若干困ったような顔になり、意地を張っているのか頷こうとはしていなかった。
「まぁ、それは教えてあげないんだけど」
三人が驚いたように目を見開き、それはすぐに萎んだ。あまりにも可笑しく、いじりがいのある三人に感動していた。
「きみたちのクラスにショウタくんっているでしょう? 彼が、事件を解決するかもしれないわよ」
「ない!」
食い気味に体の大きな子が言い返し、私は驚きを隠すのに必死だった。どうしてこんなに必死なのかわからない。
「ありえないね! あいつに限って」
「仲悪いの?」
「そんなんじゃないし! でも、あいつには無理だね」
二人の間には確執でもあるのかもしれない。冗談を言う相手を間違えたかと心配になったが、逆にちょうどいいかもしれない。
「ショウタくんは、チカちゃんの事件を解決するかも。きみはそれを望んでいないかもしれないけど」
体の大きな子は睨むように私を見て、そのまま黙った。小学生にしては、比較的我慢強い子かもしれない。
「いくぞ」
そう言って歩き出した大きな背中を追うように、二人が慌てて歩き出す。三人を見送りながら、少しやり過ぎたかと反省していた。あれでは、まるでショウタが事件の関係者みたいではないか。幼い彼らが認識を誤らないことを願うしかなかった。
三人が角を曲がり、私の視界から姿を消す。
私は雑草広場のことを考えたが、すでに興味は失われていた。もう十分に楽しんだのだ。現場へ向かって得るものも少ないだろうという判断だった。
ところで、私がショウタのことを自慢したのはなぜだろう。それが自分でも不思議だったが、案外、本当に彼が解決してしまうかもしれない。少なくともいまの時点で、彼が無関係でなくなったのは確かだった。