義父殴り――ことばの破壊力
新しい王が即位し、新しい体制での復興と統治が始まり、何もかもが過去の憎悪を拭い落して新しい国になる。新王は慣れない政務に忙殺されながらも、「あ……エディッセのスパルタ教養講座で酷使された時よりマシだ……」と、案外余裕があった。
そんな、王様生活開始から一週間後のある日。
ちょっと執務にも慣れてきたかな、という頃合いで。
黒歌鳥が唐突に爆弾を投下した。
「あ、そうそう。結婚することにしました。
――貴方の娘さんと」
ナニソレー初耳ー、と国王愕然。
休む間もなく怒涛の勢いで押し寄せる書類にサインを繰り返し、麻痺しかけていた新王陛下の手から、新調したばかりで酷使されてボロボロになった羽ペンがポロリと落ちた。ついでに机の上に山と積まれていた書類も、動揺した陛下の肘が当たって全部バラバラと床にぶちまけられた。
新たな追加書類を王の執務机の一番上に積み上げてから、床にばら撒かれた書類を拾い集める黒歌鳥と新宰相エディッセ。地蔵と化す国王。
「お、おおおおお、おま……っどういうことだ!」
「末永くよろしくお願いします、お義父さま」
「うわ……寒イボたった。やめろ、冗談でもお義父さんとか呼ぶな」
「本当はティファリーゼさんが王女になって余計な柵が発生する前に式を挙げようかとも思ったんですが、順番が違うと皆さんに言われまして。めでたい慶事ですが、何より国の復興を考えればまず真っ先に国王を起てるべきだと」
「ちょい待て。皆さんって誰だ」
「ヴィンスさんとウェルメニアさんと、エディッセさんとウィルギリスクさんとデューケリス様とカリエスさんとロバートさんとベスティアさんと――……」
「俺だけTHE 蚊帳の外……! なんでそんな沢山の人間が知ってて俺が話を聞いてねぇんだよ! まず俺に報告しろよ、父親の俺にー!」
何故か花嫁の父なのに話を聞いたのは自分が最後だったと察したからだろう。
新王は書類に埋もれた机の上だということも気にせず、突っ伏して嘆く。数度に渡って打ち付けられた拳の振動が、積み上げられた書類の塔を崩壊させた。はらはらと舞い落ちる書類。床に落ちきる前に回収していくエディッセと黒歌鳥。どうどうと新王を宥める下っ端文官の皆様。
やがて顔を上げた新王の目は、なんだかヤバ気に据わっていた。
「おい、黒歌鳥」
「なんでしょうか、国王陛下」
「俺の娘……ウェルメニアの結婚相手は、来年の即位記念式典で武闘大会開いて決めるっつってたよなぁ。そっちも俺の承諾する前に計画案纏まってたけどよ」
「ええ。会議の結果、ウェルメニアさんの婚姻相手を誰と決めても今後の軋轢に至る、と結論付けられましたので。いっそ姫君との婚姻を望む皆さんに力でもぎ取っていただくことに」
「じゃあよ、上の娘がそうなのに、下の娘の婚姻がこんな安易に決まるっつうのもおかしな話だよなあ?」
「何が言いたいんです。新王陛下?」
「簡単な話だ……そもそも、本来はそうする予定だったんじゃねーのか? 来年の武闘大会覇者がウェルメニアを勝ち得るってんなら、ティファリーゼもそうあるべきだろう。
――再来年の即位記念式典、そこで開く武闘大会の覇者にこそ、ティファリーゼの夫の座は相応しいと思わねぇか?」
「……つまるところ、陛下は僕にその武闘大会に出場してティファリーゼさんを勝ち得ろ、と?」
「俺なんかおかしなこと言ったか? 上の娘がそうなら、下の娘もそうあるべきだろ」
「別に僕は参加することに否やがある訳ではありませんが……確か、あの大会は武器の携行を許されていましたね?」
「おう。てめぇが何か使えるって話は聞いたことねえが……使えねえってことはないんだろ? なんだったら武器も貸すし、ティファリーゼの為に努力するってんなら再来年まで俺が鍛えてやったって構わないんだぜ? ティファリーゼの為に奮闘する姿を見せてみろよ」
先程までの取り乱し様が嘘の様に、どこか余裕のある顔を見せつける国王陛下。
直接戦う黒歌鳥という姿を見たことがないので、その戦闘力は推し量れない。
だが戦う分野においてなら、自分の方が上をいくだろうと……そんな気持ちを隠しもせず、黒歌鳥を煽ってみせすらする。
しかし国王の煽りを他所に、黒歌鳥は淡々としていた。
その手に、常に携えている竪琴を掲げてみせて。
「僕の武器はこれを使います」
「竪琴ぉ? んだよ、歌でどう凌ごうってんだよ。お得意の心理戦に持ち込もうったって、目まぐるしく相手の動く試合じゃんな猶予はねえぜ」
「いえ、竪琴そのものではなく」
「ん?」
竪琴からするすると、弦を外して見せる黒歌鳥。
……その弦は、よく見ると何か不思議な光沢を宿していた。
「………………これ、金属か? 見たことねえ光沢だが」
「流石は陛下。ご覧になっただけで判りましたか。アダマンタイトです」
黒歌鳥が金属の名前を告げた瞬間。
新王陛下は盛大に噴き出した。
驚愕の眼差しで、呆然と竪琴の弦に見入る。
「あ、アダマンタイト……? おいおいおいおいなんでこんなところに伝説の金属が、しかも楽器なんぞに姿を変えて存在してんだよおい」
生涯見ることは叶わないだろうと思っていた金属の名前でも、告げてきた相手が黒歌鳥だというだけで何故か国王は疑いもせずにそれがそうだと信じていた。
弦へと思わず伸ばされた指が、震えている。
「おい……その弦で、何する気ですか」
「陛下、僕は本当に、武闘大会に出場するに否やはないのですが……陛下もご存知の通り、僕は戦うことが専門ではありません。特にこれといった戦闘訓練を受けたこともない」
「うん? ええと、そういや訓練にお前が参加したことねーな。うん。え、となんだ? 参加しても勝ち進める気がしねえって言いたいのか?」
「戦闘技術がないので、手加減も出来ません。相手を生かしたまま勝敗をつける方法を知らないので、僕の対戦相手になった方には問答無用で助かる余地なく死んでもらうことになりますが構いませんか」
「盛大に構うだろ!?」
一瞬、黒歌鳥は冗談を言っているのかと思った。
もしくは、武闘大会の開催をストップさせようと思っての脅しかと。
その真意を測ろうと、黒歌鳥の目をガン見する。
黒歌鳥の目はマジだった。
結果、国王の方が盛大に目を泳がせながら顔を逸らすことになる。
だらだらと冷や汗を流しながら、何故か口が勝手にこう言っていた。
「うん、いや、なんだ? おっさん、冗談が過ぎたぜー。ハハ、うん、冗談冗談。思い合ってる男女を無理やり、そいつの専門外の分野で引き離そうとかー、そんな無粋マジでやる訳ないダロー」
国王は、何かに負けた。
目には見えない、何かに屈服していた。
多分それは空気とか流れとか、そんな感じのナニかだ。
抵抗するだけ無駄かもしれない。
そう思いながらも苦し紛れにこれだけは、と最後のつもりで口にする。
「……っつうか、結婚だなんだ言ってやがるがティファリーゼの気持ちはどうなんだ? あいつはどう言ってんだよ」
「ティファリーゼ嬢でしたら婚礼衣装の刺繍は自分で刺したいと張り切っておいででしたよ。ここ連日は黒歌鳥や自分の衣装のデザイン案に様々な図案を当ててはああでもない、こうでもないと」
「超乗り気!? 婚礼衣装以前に、父親への報告がまだだぞティファリーゼ!」
「いま、僕からしたじゃないですか」
「てめぇは計画立てる前にまず『親の承諾』って概念を頭に叩き込んでこい!」
そう言って新王の放った右ストレートは、未来の義息子にひらりと避けられた
だが……二段構えで放たれた左の拳は、戦場で鍛えられて冴え渡った勘と経験に上乗せられた何かがあったのだろう。来るとわかっていても、体の動きがついて来ずに避けられないこともあるのだ。左拳に気付くも避けられなかった黒歌鳥の腹部に、重い一撃がめりこんだ。
よろめく黒歌鳥を前に、新王は若干のすっきりした気分と共に……何故か、寒気を感じつつ思う。
――後先考えずに思わず手が出ちまったが、後が怖ぇ……と。
国王かわいそう(笑)
 




