『黒歌鳥の誤算』
計算違いというべき、だろうか。
閣下がお人好しであることは知っていた。
だが、思っていた以上にそうであったらしい。
閣下にとって、『王家』は仇に等しい。
その少年時代、故郷の村が焼けたのも。
村と共に、彼の祖父母と母、弟が命を落としたのも。
発端は王家の始めた他国との諍いにある。
そうして僅か数年前、彼の妻が命を落としたのも……王家の傲慢が、貴族の増長が、王国の腐敗が引き金といえないこともない。
王家は仇。
直接の原因ではなくとも、閣下から何人もの家族を奪ってきた。
閣下だけではなく、数えきれないほど膨大な人間の運命を踏み躙ってきた者達だ。
王家が他を虐げる光景を見続けてきた閣下が、表面に出しはしなくとも深い恨みと怒りを募らせていたことを知っていた。だからこそ、何人もの候補者の中から私は彼を選び出したのだ。審査基準は王家への敵対感情ばかりではなかったが、大きな要因であったことは否定しない。
そして私は、その王家の血を引いている。
だから私は、彼にだけは敢えて隠さなかった。
私の出自を匂わせた。
そうすれば、事は淀みなく進むと計算していたからだ。
閣下が『王家』に怨みと怒りを持っていることは確かなのだから、『私』がその血筋と知れば無駄な情けや甘さは消え失せるものと思っていた。
閣下の人柄であれば積極的に敵対はしないだろうが、私のことを忌避し、より遠退けるようになるだろうと。
私が命を投げ打つ局面に居合わせようと、お人好しは発揮しなくなるだろうと。
無関心を期待した。
だが、結果はどうだろうか。
……本当に、計算が外れたとしか言いようがない。
人の心とは、やはり難しい。
人間とは、敵の縁者と知れば余計な情を廃するイキモノなのではなかったのか?
どうやら閣下は私の思う以上に甘いお人好しであったらしい。
『王家』の血筋と知ってなお、私を変わらぬ目で見続けるとは。
――知られてなお、心配されるとは思わなかった。
国王の首級を民衆に向けて掲げながらも、時折私に向けた視線は咎める色を内包する。
私が自分の命を安く扱ったと咎めているのだ。
無言のまま、瞳に乗せる色は酷く人間的な感情に満ちている。
私としては自分の命を安く扱ったつもりなどないが、閣下に『契約』の価値が計れたとは思えないので、安く見積もられても仕方がないが。
むしろ私が高く見積もり過ぎていた方だ。
切った張ったと命に値をつけて、動く。
その行為は閣下達の如き戦場を働きどころとする者達と変わらない。
自分の命を計って、価値をつけて投げ打つところは同じだろうに。
使いどころが違うというだけで、使い方が違うというだけで特別変わったことをしたつもりはない。それなのに私だけが酷く不謹慎なことをしたように思われるのも不思議なことだ。
……もう閣下にどう思われても構いはしないか。
私の命の扱いどうこうに関しては、既に当てが外れた。
だが、目的は既に達せられたのだから。
唯一残念な事は始王祖との契約を変えることが出来なかったことくらいか。
更新に失敗し、今までと同じ形で継続させざるを得なかった。
……契約を変更できなかったなりに、負担の少ない方法で継続はできた。次善の策だったが仕方ない。……始王祖そのものを国の中枢に埋めた。それで充分だろう。
もう私のやるべきことはない。
成すべきことは成した。
後は閣下の……新王の即位を見届けることくらいか。
ああ、それから最後に、善き日を迎える記念として祝いの花火を上げよう。
それさえ済めば、後はもう。
……私は、いつ死んだとて構わない。
元より私は人間としては異形の存在。
無駄に長らえるつもりも、人の世に必要以上に関り、干渉するつもりもない。
ましてや、そう。
ましてやこの異形の血を残す気など。
「………………」
…………なぜだろう。
一瞬、脳裏に、ティファリーゼ嬢の姿が過ぎった。気がした。
錯覚、か……?
人の情に疎くてにぶい、黒歌鳥。
黒くて凶悪な方向にはくわしいのにね!




