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聖受歴1,538年 雪耀月3日――王の祖は隠さない




 かつてこの王国を治めた王達の変わり果てた姿――精霊玉。

 今では珍しい宝石か何かだと思われていたらしいが……精霊の核ともいえる玉は、本来精霊だけが身の内に有するモノ。

 それら玉を持っていたことこそが、かつての王達が純粋な人間ではなかった証。

 精霊の血を引き、自身も半ば精霊の世界に足を踏み入れた――半精霊とでも呼ぶべき存在であった証拠。

 黒歌鳥は一つ一つ丁寧に回収したそれらの玉を王座の周囲に配置し、魔法陣を描いた。

 精霊としての活力に満ちていた狂った嵐の精霊から力を奪い、王達の玉で力を補強して。

 複雑な条件を満たし、力を注いだ果てに……それは復活した。


 始祖、王の祖。

 この王国をつくりあげた王の血脈を辿り、遡った先に行きつくモノ。

 初代王の父に当たる、人に非ざる存在が。


 ソレは、透き通って見えるかと錯覚を招く。

 透明感があるのに、無視が出来ない。

 ヒトではないといっても、角が生えている訳でも目の数が違う訳でもない。

 不思議な存在感を持つ……一見して、人に近しく見えるナニか。

 だが全身から放つオーラのようなものが、ソレを人ではないと突き付ける。

 誰に聞かずとも、正体は人間でないとわかる。

 根本から人とは違う存在感……ソレが復活した姿は、しっかりとした立ち姿でそこにいる。

 欠けたところの一つもなく、今の今までそこに存在しなかったとは思えない程。だが。


 ()()だった。


 そりゃ一度滅んでいるのだ。

 今の今まで、精霊玉(いし)として長年装飾品扱いを受けてきたのだ。 

 それを思えばむしろ服を着ている方がおかしい。

 しかし悲しいかな、人は理屈でばかりは納得できないのだ。

 堂々と曝け出されている、蘇ったばかりで傷一つない裸体。

 閣下が失った……いや、初めから持っていなかった若葉のようなツヤとハリ。

 真珠の如く艶々と真っ白で光り輝かんばかりの素肌から、閣下はそっと目を逸らした。

 まるで、見てはならないモノを見てしまったとでも言いたげに。

「服くらい着ろよ……」

「無理でしょう。そもそも着るべき服がこの場にはありません」

 ぼそっと呟いた閣下の言葉に、淡々と黒歌鳥が現実を告げる。

 二人の内どちらかが服を脱いで貸さない限りは、目の前の人外さんは真っ裸継続決定だ。

 足元に転がっている『王だったオッサン』の衣服でも良いのだろうが、そちらを剥ぐというアイデアは現時点で二人の間にはなかった。

 一応、申し訳も立たないレベルの気休めにしかならないが、閣下的に最も危険だと思える極所は見えない程度に隠れてはいた。本当に、気休めでしかないが。

 青年姿の人外は、人間であれば日常生活に支障が出ること必至に思える程、長い髪を垂らしていて。

 体の前側に零れた長髪(ロン毛)が、体面者の視界から遮る形で局部を覆い隠していた。

 姿勢を変えればチラ見えしそうな危うさはあったのだが。

 このまま衆目の前に出れば、変質者の誹りは免れまい。

 だが人外故か、精神構造や常識が違うのか、人外様は平然とそこに立っている。

 自分には敢えて隠さなければならない物などないとばかりに、威風堂々とした(たたず)まいで。

 そのあまりに堂々とした姿に、閣下は恐れ(おのの)いた。

 まさか、こんな……自分には、こんなにも『自然体』で振る舞うことなど不可能だ、と。

 イロイロな意味で人知及ばぬモノを前にして、閣下は緊張から冷や汗を額に滲ませた。

「――ふむ。1,405年ぶりの娑婆(シャバ)か。暫く見ぬ間にここも随分とごちゃごちゃした場所になったものだ」

「しゃべったぁぁあああ!? おい、黒歌鳥!? あいつ普通に喋りやがったぞ!?」

「喋りましたねえ」

「……おい。なんでテメェはさらっと受け止めてんだよ。どう考えても人じゃねぇのに人間の言葉喋るんだぞ!?」

「それは喋りもするでしょう。言葉を理解できなかったらどうやって意思の疎通を取るんです。既に我々の先祖があの存在と意思の疎通を成功させた実績があるんですよ?」

「なんであんな如何にも『大物!』って気配の人外とコンタクト取ろうと思ったんだ、俺らの先祖……」

「それだけ、その道を選ばざるを得ない程に追い詰められていたということでしょう」

「久々に調子が好い。どうやら完全に肉体が復元されているようだな……予定では後千年ほどかかるかと思っていたが。黒歌鳥といったな、この復活はそなたの望んだことか。我が復活を望むは今の『栄えの民』の総意か?」

「っこの人外、さらっと会話に入って来やがった!」

「何故そう思われたのか。総意などではありませんよ? 僕に王国の総意を取りまとめる資格はありませんし、何より既に『栄えの民』の名は歴史の闇に消え果ました」

「そして黒歌鳥(こっち)もさらっと会話を継ぎやがる! っつうかなんか俺にはわからねえネタで通じ合ってねえか、おい」

「だがそなた、一族の長であろう。調べずともわかる。『この時代』に、そなたよりも濃い血を持つ者の存在は感じられない。この地に集った民達が、この国の律を定めた者ら、そなたらの祖らが決めたのだ。より濃く、より強く、我が子の遺した精霊の血と力に(うつつ)の誰より近しい者が一族を継いで王となる。王となり、この地を統べると。一族の者らを背負うのだと」

「残念なお知らせですが、王の祖よ。確かに対外的には『そういう基準』で王を選出すると古い時代の方々は取り決めましたが。五代目の王……貴方を、貴方の子や孫らを弑した王が王権を手にした段階で、とうにそれらの取り決めは形骸化してしまったのですよ」

 あるいは、その時に。

 自分の優位性を守る為に父祖を殺すような男が王になどならなかったら……王になったとしても、すぐに誰かが剣を以て正していたとしたら。

 そうしたら後の世の末裔がこれ程に腐ることはなかったかもしれない。

 一瞬、黒歌鳥はそう思いかけて直ぐに思い直す。

 いいや、これ程に時代が過ぎたのだ。

 人間であればどうしたって、平和を享受し、時代が過ぎるに従って腐っていくもの。

 今の腐敗は自然の摂理だったのだろうと。

「古き時代に定められた規則に関してでしたら、論じるだけ無駄というものでしょう」

「そうか。なれば仕方ないな。あくまでもそれらは人間の、そなたらの定め守るもの。そなたら人間が不要と捨てたのであれば、今更蒸し返しはすまい」

「何よりこの僕が、それらの事情にとらわれるものではありませんので」

 互いの間にのみ、通じる事情か何かがあるのだろうか。

 色々と意味深で、思わせぶりで、聞き捨ててはならないことを話しているような気もするのだが……

 千年以上球体(いし)だった精霊と、18歳の青年とで通じる事情ってなんだよ。

 そう、閣下にはツッコミを入れることすら憚られる空気が、この場を満たす。

 哀れ……閣下はなんとなく身動きすら出来ない。息をつめて、成り行きを見守るのみ。

「俺、ここにいる意味なくね?」

 居た堪れない様子の閣下。

 ぼそりと呟くだけで、凄まじく気力は擦り減らされる。

 口を挟めず、蚊帳の外。

 閣下は肩身の狭い思いをしていた。

 まあ、彼が聞き捨てられていたのも、この時までだったのだが……


 何故なら、彼が聞き捨てられないことが、聞こえてしまったので。


「一度は滅びた者を、精霊を蘇らせて何を望む」

 蘇った精霊の言葉に、黒歌鳥はうっすらと微笑む。

 艶のある赤い唇を、緩く吊り上げて。

 どこか満ち足りたような、充足感のある穏やかさで。

「新しい契約を。今まで玉座にあった古い血筋にではなく、この……ルーゼント・ベルフロウ閣下の血統を、新たな王国守護の要として。国王として」

 微笑みの中で、黒歌鳥は歌うように言った。


 古い契約を破棄し、新しくする。

 ……王国守護の契約の、変更と更新。

 黒歌鳥が望み、古い王族を滅ぼす仕上げとして選んだ最後の仕事。

 その代償に、支払うものは。






 その為の贄は、自分の命だと

閣下

「ちょ、おま……っあそこまで色々俺らを巻き込んでおいて、後は放り出す気か!? 無責任過ぎんだろ!」

黒歌鳥

地獄(あのよ)から見守っていますよ? それに……僕の手を離れても綺麗に回るよう、後のことは手配済みですからご安心を」

 そういう問題じゃないんだ、黒歌鳥。


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