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聖受歴1,538年 雪耀月3日――嵐の精は踊れない

皆様、長らくお待たせしてしまいました。

久しぶりの更新になります。



 その精霊は何より純粋で、何より幼く――何より、強かった。

 強い力を持っていたのに、幼さ故に人に利用された。

 狂った嵐の精霊。

 人間に騙されて自分を見失った精霊は、無差別に、無尽蔵に殺し続ける。

 それこそが『良いこと』だと信じて。

 目に映る人間が、一人残らず赤く染まって倒れ伏すまで。

 一人残らず、死に絶えるまで。

 そんな精霊の在り方を恐れ、危惧したのは標的とされた人間達。

 だが……別の視点から、同族である精霊達もそんな嵐の精霊の在り方を危惧していた。

 このような有様では、考えなしに力を使い果たし、消滅してしまうのではないかと。

 憎悪に身を浸してより一層、心が擦り切れ消耗してしまうのではないかと。

 人殺しに明け暮れるよりも、嵐の精霊が怒りも憎悪も忘れて深く、深く、魂を癒す眠りにつくことを精霊達は願った。

 精霊の人間殺しを止めさせたい人間達と、精霊の消耗を食い留めて眠らせたい精霊達。

 かつて、双方のそんな願いを叶えた存在が……この地には、確かにいた(・・)


 


 教主国――大陸の多くの国が国教として信仰する宗教の総本山が『唯一の神』と崇める存在。

 今では詳細な情報も失われ、宗教的な意味合いの強い寓話や抽象的な教えを除けば、ただ絶対的な力を持つ存在とのみ言い伝わるナニか。

 その正体が、一人の貪欲な野心家によって騙され、祭り上げられた人に非ざる存在……無邪気な(いとけな)い精霊で会ったことを知る人間はもういない。

 絶対的な力とされたのは、精霊が司った事象『嵐』に由来する。

 嵐の精霊――暴風と共に踊り、雷鳴と共に歌う、恐れを知らない暴虐の申し子。

 人間に利用し尽くされ、知らなかった負の感情に浸食されて、やがて嵐の精は狂気に堕ちた。

 今となっては人間への怒りと憎悪に支配され、破壊しかもたらさないモノ。

 それが狂精霊……真実を知らぬ人々が今でも『神』と崇める哀れな存在。


「――とは言っても、教主国の教えとは無関係な僕らにはあまり意味のない存在ですけれどね。この国の主な宗教は祖先崇拝と精霊信仰ですし。『この地の地下に封印されていた』、この一点を除けば」

「いや、なんで、んなヤツが王城の地下に封じられてるっつーんだよ。大問題だろ。全然関係なくねーよ。誰だ封じた奴」

「封じたのは誰か? ふふ……敢えていうのであれば『この地の真の主』、というところでしょうか」

「含み笑い止めろ。意味わかんねーよ。っつうかテメェは何を知っていやがる」

 代償が己の命と知っていたのか、知らなかったのか。

 今となっては真意など知れたものではないが、玉座に固執した愚かな王が黒歌鳥に煽られまくった末に踏み切っちゃった行動の結果。王城が建てられる前からこの地にあった、古い封印から解き放ってしまったもの。

 ルーゼント・ベルフロウ閣下と黒歌鳥の眼前でみるみる床下から迫り出してくる謎の発光体X。

 それこそがまさに教主国の崇める存在――『神』なのだと、この期に及んで悠長に黒歌鳥は解説する。

 こんな場面で、しかも開設の内容もやべぇ気配濃厚なのに開設する余裕のある黒歌鳥こそナニかやべぇ気がする……と、閣下は思ったり思わなかったり。

「僕の知っていることなんて微々たるものですよ。簡単にご説明しますと、あの精霊は人間を見ると無差別に殺しにかかって来る危険生物なので、人間がこの地に住み着くにあたって不安要素しかないと封じられました。封印の要である真上に、監視と保護を兼ねて後から王城が建てられたというのが経緯です。つまり王城はあの精霊の封印ありきで築城されたということですね」

「全然微々たるもんじゃねーよ!? 俺が宮仕えしてる頃にそんな話欠片も聞いたことねぇんだけど!? そんな重要事項、知ってる奴がいたら警護上の問題、俺が知らないはずねえよな? どう考えても失伝してた情報だろソレ。どっから入手してきたんだよ。吟遊詩人の秘伝か何かか」

 相変わらず己の知っていることについて多くも深くも語ろうとはしない黒歌鳥。

 色々と秘匿されていることは明らかだ。

 ただでさえ頭脳労働には頭痛必須の閣下は、否応なく思い悩ませられて頭痛が酷くなってきた。

 顔を顰めて鋭い苦痛を訴える頭部をべしべし叩いて気を紛らわせる。

 心底嫌そうな顔で、戦う中年男(49)は両手に握った剣を構える。

 どんどん姿を顕わにしていく、黒歌鳥曰く『狂った精霊』とやらは既にもう……あれが人間のシルエットであれば殆どの部分が顕現している。発光がより強くなり、細部を視認することは不可能だが。しかし目に見えず、肌で感じ取れる部分で存在感が増していくのを閣下は察していた。

 そろそろ、気を抜いていられる時間も終わりを告げる。

 いつまでも弛んでいれば……待つのは、死だと思えた。

「それで? なんでわざわざ王を煽ってまで封印解かせたんだよ。……まさか、危ねぇから後顧の憂いを絶つべく、いっぺん封印解いてから復活しきる前に消滅させちまおうって腹か?」

 もしもそうなら……黒歌鳥の狙いが、閣下の予想通りであったなら。

 そっちの方がむしろ話は簡単だと、小難しい謀略にはついて行けない最近脳細胞の劣化が気になる49歳はこっそりやる気が出てきた。

 だが。


「違います」


 黒歌鳥はあっさりと否定した。

 既に前のめりといってもいい前傾姿勢で突撃する準備を見せていた閣下は、目には見えない『言葉』の張り手で背中を思いっきり叩かれた人のように、顔面から地面に突っ伏した。

「閣下にご心配戴いて大変恐縮ですが……既に、罠は完成しています」

「はっ?」

「そもそもいくら正気を失っていたとしても、人間に精霊殺しは不可能ですしね」

 ぽかんとする閣下に、にこりと微笑みを見せて。

 黒歌鳥は、手に握り込んでいたらしい――キラキラと輝く宝石のようなモノを、投げ転がした。

 丁度、床から迫り出してくる精霊から見て、まっすぐ西に僅か離れた位置へと。

 変化は、劇的だった。

 この場の誰も、今まで気付いていなかった。

 精霊を……否、『真なる玉座』を取り囲むようにして、その四方に配置された玉の存在に。

 最後に西へと転がされた玉が四方配置を完成させる最後のピースとなり、床には真直ぐな線で光の正方形が浮かび上がる。光の線を主軸として、這い回るように緻密な文様が床へと広がっていく。

 みるみる姿を現してく『魔法陣』。

 目覚めようとしていた精霊は、発光する全身をより強い光で……魔法陣から伸びて絡みついていく、呪縛の鎖で全身を締め上げられていく。

 精霊は悲鳴を上げることも出来ない。

 ただ光が絡みついた箇所から強く力が急激に吸い取られていくのを、怯えて見ていることしか出来ない。

 みるみる顕現しているのに必要なエネルギー量を奪い取られ、精霊の姿は目に見えて薄れていった。

 まるで、空気に溶けるようにして。

 一体何が起こっているのか、常人には理解できない光景。

 唖然とする閣下。

 発する言葉もなく、閣下は床に広がる光の線を指差し、ただ黒歌鳥の顔を凝視した。

「ふふふ。実は少しばかり必要量には足りなかったんですよね。力が。望んだ形に還元しやすい……それも長く眠り蓄えて気力活力に不足のない、『精霊の力』が丁度余っていて(・・・・・)助かりました」

 本当に、心底ほっとしたような口調で。

 ただただ「助かりました」と喜ぶ黒歌鳥の顔。

 しかし無邪気ともいえる少年の顔に、閣下は戦慄していた。

 コイツ、危険だっつって封印されてた精霊を補給パック扱いしやがった……! と。


 そうして、嵐の精霊の蓄えていた力を全部横取りにするようにして。

 魔法陣はより強い力を吸い上げていく。


 やがて存在していることすらできなくなったのか、嵐の精霊は完全に人間の目では認められなくなり。

 入れ替わるようにして、魔法陣の中心に何者かの影がぼんやり浮かび上がる。


 嵐の精霊よりも、より人間に近しく見えて……だけど明らかに人間ではない。

 そんな、ナニかが現場に降臨した。





なんだか思わせぶりに登場したナニかとは――(棒)!?


 ちなみに嵐の精霊は「一度肉体を失っちゃった例のヤツ」を復活させるために不足したエネルギーの供給源にされただけで、その為だけに復活させられた可哀想な精霊です。

 しかも必要なエネルギーを搾り取られたために起きていられなくなって、また寝た(自分から封印の中に戻った)という……。

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