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聖受歴1,538年 雪耀月3日――『王』

 愚か者が、愚か者が、愚か者共が――!

 私を誰だと思っている。

 私は王だ。王だ。王だ……っ

 あの愚か者共めが、目に物を見せてくれる。


 長らく運動らしい運動をすることもなく。

 肥大化した体で(まろ)びそうになりながら、王と呼ばれた男は長い裾を引きずり走る。

 ずるずる、ずるずる、ずるずる……


 背後から迫り来る何者かの気配を鋭敏に感じながら、必死に走る。

 己が必死に走っている事、背後の気配に怯えている自分に目を逸らしながら。

 誰かが迫っている気配からも目を逸らして。

 

 暗く空気の閉ざされた下り階段を、転がり落ちるようにして。

 おぼつかない足取りで足を前へ前へ、下へ下へと。


 ――やがて、光が見えた。



 くすくすと、くすくすと。

 軽やかな、楽しそうな声が王の耳を擽った。


 天井から降り注ぐ光の下に、男が。


 くすくす、くすくすと。

 男の笑みが零れ落ちる。

 しかし男の目は、笑っては……。

「っき、貴様『――――』」

「それは私の名ではない」

 遠い記憶を刺激する顔の男。

 王しか入れぬこの室に、何故。

「それは、お前が殺した者の名だろう? お前が殺したのではないか」

 お前が貶め、名を穢し、罪を着せて殺した。

 配下の騎士共が縛し、お前の前に引き出した。

 散々嬲りものにして、抵抗も許さず最後にはお前が首を刎ねた。

 男の目が、嘲笑いながら剣を振り上げた過去を突き付ける。

 そんな馬鹿な、馬鹿な。

 馬鹿な。


 恐れおののく、王の体を。

 翼のような黒い袖から、男の腕が伸びた。

 王の首元へと。

 命を摘み取る、蛇の(あぎと)のように。


 



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