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――聖受歴1,538年 雪耀月3日 雪(2)




 敵地の内部から攪乱、及び敵陣中枢の制圧。

 それがどんなに危険な任務か、参加した全員が理解していた。

 

 合図と共に隠れていた隠し通路から飛び出し、予め決めてあった場所を襲撃、制圧していく。

 敵兵には嫌々王家に従っている奴が多い。

 鉢合わせた兵の中には、俺らをこっそり見なかったことにしたり、むしろ混乱のどさくさに投降する奴もいた。

 だが、全員が全員友好的に話が済んだ訳じゃねえ。

 遭遇した王国兵達と戦い、時に無力化し、時に投降を呼びかけ、時に言葉足らずに血が流れた。

 同胞同士での、否応無き戦い。

 誰も戦いたかった訳じゃない。

 それでも仕方の無い時はあったし、そういう時は酷くやるせなかった。

 

 少数班に分かれて分散し、騒ぎと混乱を撒き散らす。

 俺と、俺に付き従う奴らに課せられた役目は『玉座の間の占拠』と『国王の身柄を抑える』こと。

 養父でもある師を謂われ無き罪で亡くしたエディッセは公開処刑を望んでいるようだが、戦場で絶対はない。

 国王に対しては『生死を問わず』、だ。


 怯懦な野郎なら、奥宮あたりに引っ込んで震えているか、脱出を画策してそうなもんだが。

 俺は国王は玉座の間にいるだろうな、と確信していた。

 あの野郎、空気読めねえからな。

 ついでに言うと王城の外、世俗のことは自分には関わりのないものと思っている節がある。

 案の定、野郎は玉座にいたさ。

 玉座にふんぞり返っているのを見て、呆れた。


 玉座の間は広い。

 大勢を一度に収容できる空間で、貴族や王族は時に舞踏会を開いた。

 そう、国王が公に遊興に耽る為の場所でもある。


 要は、あの野郎。

 この非常時に、常と変わらずどんちゃん騒ぎしていやがった。


 肥えた豚みてぇなころころした奴らが、臭ぇ香水やら白粉やらの臭いで空気を浸食している。

 酒に酔って顔を染め、上機嫌に緩んだ顔で半裸の踊り子を囃し立てる。

 広間に突入してきた血みどろの俺らにすら気付かねぇってくらいのらんちき騒ぎだ。

 民衆には飢えて今にも餓死するかって奴も多いってのに。

 贅沢に山海の珍味やら豪華な御馳走の数々を運び入れ、だからといって堪能するでもなく見栄えや華やぎ扱いで。

 無駄に浪費しているあの料理の一皿でも今あれば、そう願って血の涙を流す奴がどれだけいることか。


 そんで、まあ、あれだ。

 貴族共の人目を気にしねぇ醜態に、まさに先日、重税とそれに伴う食糧不足で家族を失った俺の率いる複数名が自制心を失った。


「なんだ貴様らは!」

「おのれ、下賤な者どもが我らの目を汚すとは何のつもりだ!」


 ああ、うん。

 動きも神経も鈍い貴族の一部がようやっと俺らに気付いてざわざわし出す。

 だが、よ。お前らもうちっと空気読め?

 そうすりゃ……死ぬのは免れないにしても、幾分か楽に死ねただろうによ。


 貴族の中でも心ある奴ら、志のある奴らはとうの昔に王国を見限って俺らの側についている。

 この場にいるのは本当に、本っ当~に国も民も食い潰すしか脳のねえ害獣共ばかりだ。

 だから遠慮する必要はねーんだろうけどな。この場で投降しても国が落ち着くまで監獄暮らしの末、最期は処刑場まっしぐらだろうし。


 だけどなぁ…… 


 流石に部下共が心を失って鬼になる様は見たくねえんだわ、俺。

 どうしたもんか。









 自制心も理性も捨てて、民を食い物に贅の限りを尽くした豚共を屠殺することに執着を示す革命の徒達。

 そんな部下共を、遠い目で眺める俺。

 どう止めたものか……そもそも、止めて止まるのか。

 別に貴族共がどうなろうと構いやしねーんだが、これで部下共がどれだけ荒むのかと思うと気が重くなる。

 全て、自己責任で片付けて見なかったことにするべきか?

 そもそも俺の任務は国王の確保。

 まずはそれを果たしてから考えるべきなんじゃねえか。


 鬼と化した部下達からそっと目を逸らし、俺は考える。

 人はそれを、逃避というんかね。


 けど、遠い目をしていたからこそ気付いた。

 混乱のどさくさに紛れて、国王が姿を眩ませようとしていることに。

 部下達の標的は、八割方醜悪な豚共に釘付けで。

 国王の動向に気をつけている奴は少なかった。

 今更、国王ひとりが何をしたところで変わらねえって意識があったのも原因かも知れねえ。

 あいつに盲目に従うような兵は、もうこの近辺からは排除済みだったからだ。

 ぶくぶくに太ったおっさんが一人、逃げ惑ったところで無駄にしかなんねえと。


 

 けど、俺はまずいと思った。

 

 国王が、黒歌鳥から預けられた図面にはねえ……未知の隠し通路に潜り込んだことに気付いたからだ。

 情報にねえってことは、それだけでまずい。

 前もって知ることが出来なかったっつうことは、俺らの知らない経路を辿って王城の外に脱出しちまうかもしれねえからだ。


 ……まあ、あんな豪華絢爛な衣装を纏ったデブのおっさんなんて貴族以外にゃ存在しねえし。

 脱出したところで民衆に見つかって狩られるだけのような気もするが。

 

 それでも見失う訳にゃいかねえ。

 消息不明なんてことになっちまったら、この革命をどう納めりゃ良いんだ。


 部下達は、まだ貴族の豚共に気を取られている。

 王城内を制圧する任務は危険度が高い分、実力の認められた中からの志願制だった。

 結果、実力はあっても軍に属さず辺境でくすぶっていたような、くせ者が多めに集まった。

 いや、軍部出身者もかなり多かったがな? 上層部に恨み辛みが募ってる系の奴らと、義侠心が高い奴らが。

 けど王城内の地理を把握している奴は貴重だし、作戦行動への対応能力も重要だ。

 数を分けて王城内に散りまくっての作戦ということもあり、軍の出身者は方々に分けられ散り散りだ。

 つまり何が言いたいかと言うと。

 貴族への恨み骨髄な民兵が結構多い。

 そいつらは初めて目の当たりにする貴族共の享楽に強い衝撃を受けたらしい。釘付けだ。

 豚共を放置してついて来いっつっても、感情は納得できねえだろう。

 それで動きが鈍るようじゃ、急を要する面で後れを取る。

 説得している時間はねえ。

 俺はついて来られる奴だけ来いと言い置いて、他の全てを放置して国王の後を追った。

 その先で、何を見るかなんて考えもせずにな。

 


「――って、俺についてくる奴ゼロかよ!?」


 取りあえず兵の編成を担当したうちの息子には色々物申したい。





部下一同

「盟主様! 盟主様!?」

「盟主様が消えた……」

「そんなバカなっ どこに行かれたんだ!」

「でも確かに! 確かに、いま、目の前で……!」

「とにかくお姿が消えたあたりを調べるんだ! もしかしたら罠か隠し通路か何かが!」

「駄目だ、何も見つからん」

「もっとよく調べろ!」

「くっ……見つかったのは子連れカイツブリのぬいぐるみだけか!」

「えっ!?」

「おいおいカイツブリ(子)がぼろぼろ零れとんぞ!」

「誰がそんなん玉座の間なんぞに隠したんすか……?」

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