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グラハム――聖受歴1,538年 雪耀月3日 雪

本日二度目の投稿







 かつて、私には尊敬できる上官がいた。

 平民上がりで口が悪く、教養のかけらもない男だった。

 だが、そんな些細な事は問題にもならぬくらい、人間的な魅力のある男だった。

 自然と彼を慕い、多くの兵が自ら喜んで従った。

 戦場で功績を挙げたことに加え、兵達からの人望を加味して上層部は彼に将軍の位を授けた。

 国や国政を司る方々への不満や疑問を逸らし、軍上層部への人望を集める為。

 上の方々にとっては、ただそれだけの意味しか持たぬ人事。

 だが上の方々が気まぐれのように授けた将軍職に、意味を見いだした者は多かった。

 平民上がりでも上り詰めれば将軍になれるのだと憧れや希望を持つ者。

 彼であれば将軍の位も当然と納得し、上層部の見る目を改めた者。

 ただただ彼のことを凄いと、圧倒される者。

 勿論のこと、彼に寄せられた感情は好意的なものばかりではない。

 しかし非友好的な意見が他の意見に紛れて消えてしまうくらいには、将軍の地位を得た彼に向けられる期待は大きかった。

 そんな男の副官に付けられたのが私だ。

 以前は同じ階級で、肩を並べて戦場に身を投じたこともあった。

 意気投合のできる相手とは認識していなかったが、その力量は認めていた。

 自分より早く出世した彼に、補佐の立場に甘んじること押しつけられて思うところがないではなかったが……

 そんなつまらない嫉妬やわだかまりも、何の関係もなかった頃より密に接する内に、何度も彼を見直すことで風化していった。

 

 ――今ではその彼と、敵対する立場である。



 わかっている。

 ……わかって、いる。

 流れに逆らっているのは、私の方だ。

 人々の感情の流れに、世の流れに。

 歴史という名の大いなる時代の流れに逆らい、溺れ、押し流されようとしているのは私の方だ。

 だが、それでも。

 それがわかっていたとしても、なお。

 私は私の義務であり、責任であり、絶対の誓いとして。

 例えそれが自身の意に沿わぬ事であったとしても……汚名をいただき、かつての仲間達に罵られ、大局も見えぬ愚かな男と嘲笑われたとしても。

 それでも私は自身に絶対の理として課した誓いを破ることはない。

 最期まで、共に行く。

 諸共に、この国や城と共に滅んだとしても。

 私は私自身の譲れぬ物に賭けて誓ったのだ。

 何があろうと、状況がどれだけ不利になったとしても。

 最期まで、私は王家に仕え、支え続けようと。

 誰が裏切ったとしても、私だけは味方であろうと。

 ……今となっては早まった誓いを立てたものだと、若すぎたかつての自分を嗤わずにはいられない。

 それでも自分で決めたのだ。

 決めたことは、まっすぐに貫き通すことを。


 

 もう王城(ここ)にはまともに兵の指揮を執れる者など、私以外には誰一人としていない。

 だから、私がやらなければならない。

 この虚しい防衛戦を。

 城を、身を尽くして守り抜く。

 人々の支持も大義も、革命軍(むこう)にあるのだと。

 それを誰もがわかっていたが。

 最悪の低さを記録する士気の中。

 私は城を守る為に奔走していた。

 指示を出す者が私一人では、到底足りぬ事など見えぬ振りでやり過ごしながら。

 

 しかし万全の準備を整える(いとま)など、もとより我らにはなかった。

 他でもなく、誰よりも守るべき尊き御方がたの指示や命が、防衛体制の構築を阻害した。

 この堅固な城を以てして、守り切れるかどうか……その瀬戸際だというのに、戦を知らない貴族や王家の方々は遊び耽る事を止めようとしなかった。

 まともな使用人達も、既に逃げ出した後。

 残るのは王城に立て籠もる尊い方々に、他に行き場のない者、そして王家と国の為に戦わんとする葛藤を抱えた兵士達。

 そんな状況だというのに、使用人の姿が見えないからと尊き方々は兵や騎士に身勝手な命令や指示を出す。従えと、自分達の為に身を粉にして働けと。

 その横暴な振る舞いが兵達の士気を更にがりがりと削っていっているのだが……彼らは果たして、自分達の状況が絶体絶命に近いことを理解しているのだろうか。


 

 そして、城に立て籠もって僅か三日目。

 革命を叫ぶ者達による、城攻めが本格的に始まった。


「な、なんだあの攻城櫓の数は……!?」

 あいつら、この城諸共、灰燼に帰すつもりか!

 このままでは耐えることなど不可能。

 射撃の腕が確かな者達に、火矢を用いて攻城櫓を狙わせる。

 ……が。

「射た矢を、撃ち落とされた……だと!?」

 革命軍には、こちらを遙かに上回る弓術に優れた者がいるらしい。

 これでは攻城櫓の始末が大幅に遅れてしまう……!


「――弓の扱いに関しちゃ、フォルンアスクの森番に敵う者なし……ってね」

「ロバートさん、口より手ぇ動かして下さい! たのんます! 敵さん、じゃんじゃか撃ってきてるから! 攻城櫓、死守しろっていわれてるでしょ!?」

「ふん。ひとつやふたつ、燃やされたってどうってことないだろ。こんだけいくつもあるんだから」

「本意で言ってんですかぃ、それぇ!」


 思いもよらぬ、攻城準備の整いよう。

 あちらは準備を万端にしての城攻めらしい。

 予想を超える兵の練度といい、攻城櫓を初めとする充実振りといい……

 我らのもとより少なかった生き延びられるか否かという確率がすり減っていく様が見えるようだった。

 ただで負ける訳にはいかないが……なんとか一矢報いることは出来ないものか。

 

 自分の、隣。斜め前方。

 誰が立つでもなく空いた空白が、なんだか無性に孤独を感じさせた。


 感傷という名の迷いが、眼前をちらつく。

 惑わされないように頭を振って、それを打ち払った。


 その、最中に。



「申し上げます!」

 息せき切って、血の気の失せた顔で。

 カタカタと細かく身を震わせながら、伝令兵が城壁の上へと転がり込んでくる。

 顔色を見れば悪い知らせだと察することが出来る。

 だが、この状況でどこから……?

 城の外になど行けよう筈もない。

 となれば、必然的に城の内部――自陣のどこかで、何かが起きたということだが。


 貴族の我が儘がらみであることを想定し、少々気勢をそがれながら。

 それでも受けた報告は――


 私は、思わず敵陣に目を走らせた。

 顔も、全身も、敵地へと集中する。

 目を血走らせて、細かなところまで視線をやった。

 ……そういえば今日は、まだベルフロウ閣下(・・)の姿を目にしていない。

「っこちらは陽動か……!」

 それがわかったとしても。

 わかっていて、なお。

 動きようのない状況に、私は落とし込まれていた。

 

 今、私がここを離れれば戦線は崩壊する。

 そうなれば好き放題に攻められるばかりで、持ちこたえることも出来ず場内に押し入られることだろう。

 指揮をとれる者が、私以外にいない。離れる訳にはいかないのか。

 それがこんなにも、こんなにも。

 状況は、私達に不利にしかならないのか。


 例え、城内部に侵入し……暴れる者がいたとしても。

 私は現場に駆けつけることも、直接相手取ることも出来ない。

 精々が、対処の為に兵を送り込むことくらいか……

 こんな情けない私の姿は、出来れば誰にも見せたくはない。


 特に、かつて上官と呼んだあの方には。



 彼は、私の慌てる様を笑うだろうか。

 笑われても構いはしない。

 だが……出来れば上の命に従う他になかった兵達のことを、私の死後は少し情けをかけて接してやって欲しかった。




 王国最後の忠臣として必死に王城を守る彼は知らない。

どこぞの某元将軍閣下の方が、彼よりも時代の圧倒的な流れに怒濤のごとき勢いで押し流されてあっぷあっぷしていることを。

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