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『将軍だった男の独白』




 俺も、元はこの国の軍事を担う将の一人だった。

 だから知ってた。わかってた。

 この国には、『王家直轄領』を守護(まも)り、外敵を阻むナニかがあると。

 

 今の国王は救いようのねぇ愚者(ばか)だ。

 いや、今の王だけじゃねえ。

 ここ数代の王は、みんな馬鹿だった。

 無節操で強欲で、簡単に頭に血が上る。

 しかも自分の言い放った言葉が他に伝播してどんな影響を出すのか考えもしねぇ。

 そんな王の為に、戦や争いの火種はすぐに燃え上がった。

 ……まあ、だからこそ俺は成り上がれたんだがな。

 身を立てるのに、剣一本あれば困らなかった。

 そんな生活に嫌気がさしていても、他にまともに食っていく術もない。

 仕方なしに剣を取り、何をするのかわかっていて戦地に行った。大義もなしに戦った。

 自分の故郷を燃やし尽くして滅ぼしたのも、これと同じ位くだらねぇ争いだとわかっていながら、な。

 ……なんだ。馬鹿は俺もじゃねえか。

 挙げ句の果てに、くそつまんねぇお貴族様の我儘で嫁ぇ殺されてよ。

 だからって怒りに剣を振り上げることなく、俺は逃げた。全部に嫌気がさして、逃げた。

 それまで散々ぶん回してきた剣だってのに、国にも仇にもソレを向けることもなく。


 それが無駄だって、わかっていたからだ。

 それをやっても甲斐はないと、嫌になるほど理解していたからだ。

 

 もしソレを俺がわかっていなかったら。

 知らなかったら。

 もしかすると、俺の行動は違っていたかもな。

 無駄になる。成功率はねぇ。

 そう思っていなかったら……


 俺は、最初から諦めずに。

 この国に、剣を向けていたかもしれない。


 だがソレをやるには。


 俺は身を以て、感じ取る機会が多すぎた。

 身に染みて、理解しすぎていた。


 この国には、『王家』を守るナニかがあることを。

 王の土地を守る、ナニかの存在を。


 『ソレ』は、王家に害意ある攻撃を防ぐモノだ。

 『ソレ』は、王家の敵になろうとする者の進入を阻むモノだ。

 この国の王家に徒なそうとするモノは(ことごと)く、『ソレ』に道を閉ざされた。

 誰の攻撃も、王家には届かない。

 不可視の壁が、前を塞ぐ。

 何でもない時は、王家に逆らおうとしない者であれば、自由に出入り出来るというのに。

 いざ王家を襲おうと決意した者は、見えざる壁に弾かれて前へと進めなくなるのだ。


 俺は、それを知っていた。

 この目で見たことも、体感したこともある。

 ああ、敵となろうとしても無駄なのかと。

 そのことに心を何度挫かれたことか。

 集団の中で弾かれた友は、上官に殺された。

 遠征ばかりで国の防衛にあまり参加しなかった者は知るまい。

 防衛線の責任者はいつも王家の末端に連なる者か、王家と縁ある貴族の者ばかり。

 奴らは『ソレ』に弾かれた者を、絶対に安全な場所から嗤って嬲り殺すのだ。

 その絶望を、どうして忘れられようか。

 あの悔しさも、怒りも、最後に襲ってくる虚しさも。

 逆らうことの許されない状況でじわじわと殺されていく仲間達という、情景。

 あれは、その場にいた奴しかわからない。


 俺が若い頃は、国に反感を持つ気骨ある奴が何人もいた。

 だがそいつらが『ソレ』に弾かれることで次第に選別されていき、処分(・・)されていき。

 若い奴ほど、気概のある新兵ほど、選別される恐怖と怖気を味わった。


 国への不服を押し殺し、封じることの出来る奴だけが生き残る。

 でも時間が過ぎるごとに。

 もう、わからなくなっていくんだ。

 果たして感情は封じられているだけなのか?

 それとも俺達は飼い慣らされ、押さえつけられて。

 確かに持っていたはずの意思を、殺されて無くしてしまったのか。


 次第に、そんな感情は持つだけ無駄だという風潮が静かに広がって。

 やがて国への不満を声高に言う奴もいなくなり。

 そしてみんな、暗く淀んだ目で俯くばかりになって。


 時と共に、何年も過ぎていくごとに。

 国に逆らおうという意思すら、胸に湧き上がることはなくなっていく。

 俺がそれなりに出世した頃には、もう。

 誰も。


 誰も、逆らう意思を持つ奴は……。


 そんな意思を持つだけ、死に近づくだけだと。

 押さえつけられ、骨身に叩き込まれて飼い慣らされた。

 このまま緩慢と心は死んでいくだけで、体は国の人形になる。

 心の凍えるばかりの毎日に、俺はもっと早く嫌気がさしても良かった。

 ただ惰性で、僅かばかりの本当に守りたい者がいたから。

 俺は、国に見切りを付けて軍を離れるのが遅くなった。

 だらだらと仕え続けた数十年。 

 俺にとって、あの時代は何だったのか。

 もしかしたら、あんな悲惨な状況にも負けずにナニかを変えてくれる奴を待っていたんだろうか。

 自ら動こうともせずに、本当に馬鹿なことだ。



 だがこんな老境にさしかかってから、本当に希望の光を見いだすことになろうとは。




 絶対に、通り抜けられない筈だった。

 ソレを知っている奴は、年配者にこそ多い。

 もう諦めきった世代の下は、体感することもなかっただろうからな。

 こんな『革命軍』なんて銘打って王の都を目指そうというのか。

 その行為を『馬鹿だ』と思いながらも、鼻で笑うことも哀れむことも出来ずにいる。


 しかし何度。

 会議の場で、『無駄だ』と口にしそうになったことか。


 『ソレ』を知らなければ、この行軍が如何に危ういか理解は出来ない。

 だからこそ、自分は忠告すべきだった。

 前途ある若者達の未来を惜しめばこそ、教えるべきだったのだ。

 だが。


 その度に、あの歌唄いの若者がこの老骨の袖を引く。

 口には出さず、眼差しで止めてくる。


 何か考えがあるのだろうと、そう思ってはいたが……。

 

 そんなものが本当に形になるなど。

 こんな奇跡が目の前で起こるだなどと。

 心の底では、全く信じていなかったのだ。


「――……信じられん」

「しかし、確かに……確かに、腕が通りますぞ!」

「全身ではどうじゃ?」

「それも、問題なく……やはり、アレが、あの『目に見えぬ壁』が消えております」

 

 実感として知っているだけに、懸念が晴れることはない。

 そんな()らに、あの若者は、盟主と仰いだ男の演説後に確かめてみよと言った。

 

 光の柱が天に伸びる奇跡を目の当たりにした後。

 不安を抱えた老い耄れ連中で、確かに『線引かれて』いた筈の場所に足を向ける。

 かつて何度も目にした、確かめた場所だ。

 革命の志を表立って掲げた我らが、弾かれる筈の場所。

 通れぬ筈の場所。


 だが、しかし。


 今は確かに、この身が阻まれずに通り抜けられる事を知る。

 これが永続的な効果を持つのだとすれば……



 儂らはこの年になって、本物の奇跡というものをこの身で知った。





 第13話『――聖受暦1,536年水耀月23日 曇り』で登場した老兵様の独白でした。

 ちなみに老兵様の頃は国を正したいと願う気骨溢れる軍人さんがわんさといたようですが、国家守護の精霊が張ってる結界によって『王家に反意あり』と淘汰されていき…… 

 閣下が軍に入った頃には、革命の志はすっかり潰えて夢見る者もおらず。

 結果として、閣下は老兵様が経験したような諸々を知ることなく、結界の存在を知らず(多分話に聞いても王国七不思議程度の扱い)、この年まで突っ走ってきてしまっていたようです。


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