――聖受歴1,537年星耀月20日 晴れ
今日は黒歌鳥の野郎が設けた、『反王国連合』会合の日。
会合の場所は、今は誰も立ち寄らない……朽ち果てた廃墟が指定された。
この場所は17年前まで、エルレイク領の祭祀を司る土着の豪族が屋敷を構えていたのだという。
土地の権力者が住んでいたとは思えない荒れ果てぶりだが、それも然もありなん。
17年前と聞けば、この国で一定以上の年齢にあるヤツなら誰だって連想する事件があった。
先王の死と、それに伴って起こった王位継承権争い。
血で血を洗う、骨肉の争いだ。
事が事だけに王国全土を巻き込んだ……胸糞悪ぃ争いだった。
最終的には王太子だった兄貴を殺して、今の王が即位した。
エルレイク領は代々の王太子に与えられる王領地だ。
17年前まで、ここは現王の兄貴……当時の王太子が治めていた。
ここに住んでいた豪族は、王太子が殺された折に連座で処刑されたって話だ。
縁起が悪すぎだってことで、滅んだ豪族と関わりのあった者達ですら墓にさえ足を向けないのだという。
実際に関与していたかどうかは知らねぇが……今の王は陰湿だからな。兄貴と関わりが少しでもあれば、王宮の端女まで殺したくらいだ。
兄貴の領地で実際に采配を振るっていた土地の権力者、それだけで王にとっちゃ殺す理由に値したんだろう。
あの時は、関係あるヤツも無関係なヤツも、王権争いの巻き添えで大勢死んだ。
17年前を生き延びることが出来たのは、現王に与した奴、媚びた奴、運が良かった奴……俺は、単に運が良かった。
まだ軍の中では下っ端で、ガキ臭ぇ青二才だった頃。
俺は、『王太子殿下』に声を掛けてもらったことがある。
ほんの些細な、短い会話だ。偶然が重なった結果の、なんてことない時間だった。
だけど褒めてもらったんだ。真面目な勤務態度が感心だって。
まだ王子様は子供だった。
俺は本当に青二才だったから、相手が子供でも王族に話しかけてもらって、気まぐれに褒められたってだけで有頂天になった。
それでもそれを言いふらさなかったのは、分別がついたから……っつうより、王子の恨みを買いたくなかっただけだ。
何しろ俺が王子様とご対面を果たした時、あまり王子様にとって都合の良い場面じゃなかったからな。
もしもあの時、王子にお褒めの言葉をいただいた――なんて言いふらして、人に知られていたら。
俺は、『王太子派』の人間だと目されて。
きっと俺は今頃、土の下だった。
今でもたまに、思い出す時がある。
あの時、俺を見上げてにこりと笑った子供の顔を。
王族でもそこらの子供と変わらない、あどけない顔だった。
見上げてきた顔を忘れることが出来ないのは、たぶん。
あの時の王子様が、俺の胸の傷みを刺激する年頃だったからだ。
まだ俺は、立ち直りきれていなかった。
過ぎ去った過去として、思い出にしてやることが出来ていなかった。
生まれた村を焼き出された時、守り切れずに死なせてしまった……たった一人の弟のことを。
あの僅かな時間で、俺は『王太子殿下』を死んだ弟に重ねていた。
だから今でも、たぶんあどけない笑い顔を忘れられずにいるんだろう。
怖れ多いことだと、若い時は恐縮した。
今ではただ苦い思いで、ただ懐かしく思う。
そんな、誰にも言ったことのない、胸に秘めた思い出があるんだが。
いま、それを思い出しているのは、朽ち果てた屋敷跡に記憶を触発されたから――なんて、殊勝な心持のせいじゃねえ。
それよりもっと直截的な原因が、目の前にあった。
目の前っつか……ちょうど通りかかった、角の先。人気のない、侘しい場所で。
息抜き求めて人目のない場所を探し、うろつき回った俺が悪かったのか。
休憩時間にちょっと足を向けたせいで、俺はどうやらまずい場面に出くわしちまったようだ。
「――貴方は、やはり王太子殿下の……―――殿下の御子息なのではありませんか……?」
本当は、賢い選択としては聞かなかったことにして余計な情報が増える前に急いで離れるべきだったんだろう。
こんな会話聞いちまったなんて知られたら、相手によっては口封じ目的で襲ってくることも考えられる。
だが、脳裏に遠い子供の笑顔が過ぎった。過ぎっちまった。
あの時、自分を褒めてくれた小さな子供の頼りない姿が……胸の、どこかに刺さった。気がした。
結果。
そろり、怖いもの見たさで……馬鹿なことに、俺は誰かの密会現場を覗き見ちまったんだ。
聞こえてきた言葉からも、それがマジにまずい場面だってわかってたはずなのにな……! 俺、どんだけ馬鹿だったんだよ!
覗いた先。
人気のない庭園跡地の東屋に、人目を忍んだ二つの影。
そこには会合に参加する為にやってきた野郎の一人と、既に見慣れた……黒歌鳥の姿があった。
――な・ん・で、俺は!
こんな場面に居合わせちまうんだよぉぉおおおおおおっ!
気まずいっつうか、なんつうか。
まずい場面に遭遇しちまった、聞きたくなかった。
っつうか聞くんじゃなかった。見るんじゃなかった―――!!
そんな気持ちで胸が詰まって、頭を抱えてのた打ち回りたくなった。
言われてみれば、そういや似てる……なんて。
頭の片隅で呟く自分がいたのは、完全に、絶対に、気の迷い……いいや気のせいだ錯覚だ、絶対そうに違いない!
世迷言を呟く脳内の声は、頑なに黙殺し。
俺は密会中の野郎どもに気付かれる前に、大急ぎでその場を離れた。
閣下に一つ言葉を贈るとしたら?
a.好奇心は猫を殺す
b.触らぬ神に祟りなし
c.ヤツはとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です。
d.君子危うきに近寄らず
e.壁に耳あり障子にメアリー
 




