――聖受歴1,537年星耀月14日 晴れ
日付が一日進んだくらいの頃合いで、野郎は笑顔で俺に到着だと言った。
なんか此処が目的地だって指差されたのは、どっからどう見てもただの地面。
おい? 変なボケかまされても反応に困るんだが。……ここが目的地ってどういうこった。
なんか変な幻覚でも見えてんのかと思ったのを気付かれたか。
野郎が、いつもより威力三倍増しくらいの微笑みを向けてきた。
やめろ……! キラキラすんな。花ぁ飛ばすな。お前の笑顔どうなってんだ。
眩し過ぎて目が潰れたらどうすんだ。最近かすみがちになってきた目が辛ぇ。
俺が思わず痛む目をぎゅっと瞑ると、何やら足下から鈍重な震動が伝わってきた。
何事かと状況把握のために、慌てて目を開けると。
………………うをぉ!?
野郎が指差していた場所……地面に、大穴が。
ちょっと待て、待てやおいぃ!? 今の今まで、そこ何にもなかったよな!
一体何がどうやったら一瞬でこんな大穴が開くんだよぉぉおおお!?
誰も納得のできる説明はくれねぇってわかっていてもなお、俺は度肝を抜かれて引け腰のまま、野郎の襟首つかんでがくがく揺さぶり説明を求めた。
……思った通り何の答も返ってこなかったけどな!!
何事もなかったような顔で、野郎は俺の手を振り払った。めちゃくちゃ力がこもっていた筈なんだが……
しかも逆に俺の手が掴まれた。ちょ、離せよこら……っ振りほどけねぇ!? どんな腕力してんだこいつ!
そのまま俺は、俺が六人くらいはまりこめそうな大穴の中に引きずり込まれた。やめて! 誰か助けて!? マジでどんな怪力だよてめぇ!
見かけによらず、昨今の吟遊詩人はとんでもねぇ馬鹿力を持ってるらしい……。
俺、いい歳したオッサンなのに駄々っ子と化した幼児みてぇな扱いで引きずり込まれちまったよ……。
そうして進んだ、穴倉の中。
本当につい今しがたいきなり開いた穴とは思えねぇ。
天然の洞窟っぽくはあったが、誰かが掘った鉱脈みてぇな意図したナニかも感じないではない。
もう観念してついて行くしかねぇかと諦めたと同時に、察したみてぇに俺の手は野郎に離された。
やめろ。無言の笑顔で圧力かけんな。いいから黙ってついてこいって野郎の無言の圧力を感じる。
逆らっても後でしっぺ返しを食らうだけだろうな……渋々、俺は野郎の後について洞窟の中を進んだ。
…………………………、が。
野郎が足を止めたのは、細長い通路の先に開けた空間で。
そんなところにおやまぁなんと、立派な立派な体躯のドラゴンが一頭。
……………ドラゴンが、一頭。
そこに待ち構えていたヤツを視認した瞬間、俺は脱兎の勢いで逃走一択。
そう、逃亡を図ろうとしたん、だ、が……。
やめろ! その手を離せ! いつの間に俺の腕ぇ掴んだ!?
細身でどこにも俺の腕力に抗し切る力なんぞ持ってねぇように見える吟遊詩人に、何故か力技で逃走を阻止された。
お前、実は俺のことねじふせられるくらい力ぁあるんじゃねーの!? なんでそれで堂々と非戦闘員名乗ってんだよこん畜生! 詐欺師かてめぇ……詐欺師だな!!
……って、よく見たらコイツ俺の腕を掴んでねぇ方の手で岩壁掴んでやがる! 道理でびくともしねぇなあと思ったら……!! おっまえ吟遊詩人の癖に手で岩ぁ掴んでんじゃーよ! それで鍛え込んだ大の男の全力引き留めようとか、手ぇ怪我すんだろ……は? 手袋してるから大丈夫です? いやいやいやいや大丈夫じゃないだろ? え? 楽器の弦を爪弾くのに耐えうる強度の手袋です? ……お前の楽器の弦は刃物かなんかか、おい。素知らぬ顔でどこ吹く風~みてぇな顔してんじゃねーよ!
おやおや閣下、どこに向かわれるんですか……じゃねえ!! そらっ惚けんのも大概にしろよ!? 良いから俺のことを逃がしてあげて!
あ? なんで逃げるのかって?
……そんなん決まってんだろうが、ぶぁぁああああああっか(馬鹿)!!
いきなりドラゴンなんぞ目の前に連れて来られ……いや、連れて来られたのは俺の方か?
……。
…………。
……とにかく! 突然ドラゴンなんて化け物目の前にして、逃げねぇ馬鹿はどこにもいねぇえだろうがぁぁぁああああああああああっ!!
はっ!? 逃げるまでもありません、だとぅ!? 本当なんなのお前のその度胸。
お前みてーな気違い野郎と俺を一緒にするんじゃねーよ! 俺は凡人だってえぇのー!!
おっさん嬲って嬉しいか、馬鹿野郎ー!!
大慌てに慌てまくり、必死に逃げたがる俺。
そんな俺を腕一本掴んで引きとめる、黒歌鳥。
そしてそんな俺達を前に、何故か硬直しているやたら立派な体躯のドラゴン。
俺が慌てふためいて取り乱している内に、野郎はドラゴンと交渉を開始した。っつうか交渉可能なのかよ!?
あまりにも取り乱しまくっていたせいで、交渉し始めた野郎に驚愕の目を向けつつ、俺はそれどころじゃなくってよ……。
黒歌鳥の野郎がドラゴンになんて言って取引を成立させたのか覚えてねーんだが。
何故か最終的に、俺がドラゴンからやたら豪華で強靭な大剣を一振りもらうことになっちまったんだが……え? マジで?
狼狽しすぎて、野郎がなんて会話してたのか、ろくすっぽ覚えてねぇ……。
なんでこの流れで、俺が剣貰うことになるんだよ。
野郎の得体が知れねぇのは前々からだが、こうして実際信じられねぇ場面を目の前にして、その思いはますます強まった。
え? は、はい?
この剣、伝説の金属製……?
え? え? えぇ……?
最早いろんなことに驚き過ぎて、何よりドラゴンの威容に度肝を抜かれていた俺は、今更受け取った剣の材質が伝説の金属だとか言われても理解できるほど頭が動いていなかった。
――翌日の朝、目覚めと同時に思い出して驚愕のあまり訳わかんなすぎて絶叫した。
山からの帰り道。
護衛名目で同行していたロバート達が、俺に気の毒そうな目を向けてくる。
ドラゴンを目の前に動揺して色々と口を滑らしまくったからな……自分でもまずいことを言った自覚はある。
なんかうっすら某吟遊詩人のことを精神異常者呼ばわりしたような気がする。
だが、そんな俺に、黒歌鳥の野郎は何を言うでもなく。
ただ微笑ましげな眼で見てくるだけだったんだけど何か言いたいことあるんなら直接言って下さいお願いします超怖ぇ!!
ドラゴン=アダマンタイトの精霊様。
この時代はドラゴンの姿を模倣していたらしい。
ちなみに黒歌鳥と閣下の来訪翌日から黒歌鳥の姿を取るようになる。




