黒歌鳥の暗躍――聖受歴1,537年星耀月10日 本日も晴天也
思ったよりも薬が効くのに時間がかかってしまった。
だが効き目に問題はなさそうだ。
この分なら、明後日の朝までは目覚めそうにない。
今の内に、先を急ぐとしよう。
此処からなら、フォルンアスク迄は遠くない。
「……おい、黒歌鳥。閣下は大丈夫なのか? なんか、寝息すら聞こえてこねーんだけど……」
「問題ないですよ。深く眠っていらっしゃるだけです」
「盛ったのは本当にただの睡眠薬か?」
「それ以外の何だと思っているんですか」
無理に加入させたものの、ロバート……フォルンアスクの森番達からして『ベルフロウ閣下』の人望は悪くないらしい。
そもそも人望を集められないような人間であれば、私も選びはしなかったので人好きされるのも当然と言えば当然だが。
街道の途中で合流したロバート以下の15名、弓兵として徴用した森番達は深く眠りこむ『閣下』を心配そうに見ている。
「それほどに心配なのであれば、皆さんで閣下を運んで差し上げて下さい。僕は荒事も苦手ですし、腕力にも自信はありませんので」
「疲れたってか? ……まあ、こんな分厚い筋肉のおっさんだしな。重いっちゃ重いか」
長い軍人生活の賜物か、『閣下』は質の良い筋肉と立派な体躯の持ち主だ。
一人で運ぶにも、限界がある。
森番達が用意していた台車に乗せて、道の先を目指す。
「さて、グランパリブルは元気でしょうか」
「……お前が来たら、途端に元気じゃなくなるだろうよ」
「久方の里帰りでしょう、ロバート。遠慮せず、旧交を温めてきても良いんですよ?」
「お前から目を離すとか、怖いからヤダ」
多くの民は忘れ果て、今となっては知らぬことだが。
この国は五つの方向に要となる精霊を置き、国全土を包む結界を張っている。
……建国時の国境線に準拠したものなので、建国後に広げられた土地にまでは及ばぬ結界だが。
それでも王国の中心と言える土地は全て、この結界の中に含まれると言って間違いはない。
そして結界の要……配置された精霊と精霊の間には、『結界』を通して目には見えない『線』が結ばれている。
それを利用しない手はない。
早速を尊ぶという。確かに、速度は敬われて然るべきだ。
早く事を運べば、早い程に先手が打てる。
「……おい、なんか無茶なこと考えてないか?」
「無茶とは?」
「なんか人間離れした……常人にゃ不可能な案を提示されそうな気がする」
「ロバート……聡いですね、君」
「っておぉい!?」
結界の要から要へと流れる、『力』の道に乗って。
失敗しなければ、瞬く間に移動できる筈だ。
移動の所要時間が短く出来る、画期的な方法じゃないだろうか。
「――ついでに、そろそろ『精霊の騎士』を用意しましょうか」
要の精霊に認められ、精霊の特色を委託された人間……かつては『精霊の騎士』と呼ばれ、人智を超えた力の一端に触れる者がいた。
王国でも精霊に認められた特別な者として、称号を授けられ相応の地位を得ていた者達……その地位も称号も、既に形骸化しているが。
今となっては民間伝承に僅か逸話の残る、御伽話の扱い。
……だが名の通りも良いし、戦力としても只人よりは確実に使える。
適任の人材にも心当たりがある。
私は、じっとロバートを見詰めた。
「な、なんだよ……」
「ロバート。君にも、そろそろ歌を作るべきかもしれませんね。貴方の名が、より遠くまで響き通る様に」
「おい止めろ」
元々、『精霊の騎士』は必要だと思っていた。
王都を完全に包囲し、愚物としか言いようのない王侯貴族を完膚なきまでに潰すには……
要の精霊、五体それぞれに選ばれた五人の騎士。
揃えることが叶えば、要の精霊を……その『分身』ともいえる力を、王都を包囲する形で招くことが出来る。
王が所有する、厄介な兵器……『始王祖』の『精霊玉』が持つ力を封じるには、彼らがいた方が確実だ。
要の精霊はそもそもが『始王祖』の傍に仕えた配下の精霊。
『始王祖』の力を受け、能力を引き上げられた者達なのだから。
『精霊の騎士』が一人では、圧倒的に力が足りない。
しかし五人いれば、互いに力を共鳴させ合い……僅かな時間であれば、『始王祖』の力を抑え込むことが出来る。
「な、なんだ……急に寒気が」
「風邪ですか、ロバート。体調には気を付けて下さいね。貴方には……やっていただきたいことがあるのですから」
「その含みを持たせた言い方、止めろ。なんか寒気が加速する」
北方の要、大樹の精霊『グランパリブル』。
その森番であるロバートならば、遜色はない。
15名の森番全員を暫く観察していたが……やはり、ロバートが最も適任だろう。
元将軍閣下、寝袋梱包されて台車で運ばれるの巻。




