黒歌鳥の暗躍――聖受歴1,534年花耀月13日 本日は雨天にて
「師匠、どうか私に歌作りを試させてはいただけませんか」
これも修行の一環と、師匠は鷹揚に頷いて下さった。
今日の空模様は雨。
歌うことが仕事である吟遊詩人にとって、活動が制限される天候。
晴れれば街の広場なり盛り場なりに足を運び、朗々歌い上げて金銭を得る。
しかし雨の中、町角で歌を聞こうなどという酔狂者は早々いない。
精々歌うとすれば飯場か酒場といった場所程度。
酒場であれば、飲酒目的に雨天であろうと足を運ぶ者はいる。
だけど食堂などはいかんせん人の出入りも減る傾向にある。
そうして、昼間は大概どこの酒場も開いていない。
私と師匠は宿の一室に閉じ込められ、黙々と作業に準じる。
楽器の調整やら衣類の手入れやらを常より入念に行うより他にない。
そんな最中、師匠は新たな歌を作ろうと机に向っていた。
私はその傾いた背中を見ていて、良い機会だと思い至る。
前々から歌の作り方について、ある程度はご教授いただいていた。
だが今こそ、より丁寧に深く教えていただく良い機会ではないか。
折良く、私も計画の一端として実践したいことがある。
その為にも『歌』という形式はとても効率が良い。
都合が良いので、師匠にも実際にお手伝いいただいて良き作品に仕上げよう。
私は近時の話題として、師匠に歌の題材を告げる。
先月ばかりに出奔した『将軍』の歌はどうかとさり気無さを装った。
師匠は暫し思案深い顔色をされていた。
だが、下流層における将軍人気を鑑みて話題性は充分だと判断したのだろう。
確かに庶民が食いつきそうな話題だと頷いている。
民は悲劇や恋愛劇が好きだ。
それが物語性に富んだものであれば、尚。
今回の話題は、悲劇という観点で見れば申し分ない筈だ。
国に尽して、30年。
どれほどに屈辱を得ようと、不本意な戦にあろうと、常に国を守り続けた。
民を救済し、弱者を助け続けた人情家の将軍。
彼のみが、今の世に置いて民の真の味方であるといえた。
民意というものは強い。
特に今のように……国に民意がない時は。
国の上層にいる者ほど目には見えないそれを軽視するもの。
だが、目に見えない感情の動きというものは、侮って良い物ではない。
人々の意思が集合体を成した時、それがどれほど圧倒的な力を得るか……。
私も過去の時代のうねりにおける知識しかない。
知識しかないが、実感の及ばない知識という形でも知っていれば充分だろう。
民が国に期待を持たなくなった時、国の寿命がどれほど擦り減るものか。
私はそれをこれから、自らの目で見て『実感』を得ていくのだろう。
楽しみだ、とそう言っても良いくらいに期待している。
「将軍は人気も高く、意欲も高く、到底自らの意思で軍を離れるとは思えない方でした。その彼が将軍位を投げうっての辞職。余程のことがあったのだろうと耳目が集まっているかと」
「確か公式には不祥事により罷免された、とあったか……民はそれで納得などするまいな」
「公式記録には『軍部の中で対立していた元帥閣下への恨みに起因し、元帥閣下の娘婿の従弟に当たるヘルスナー子爵に暴行。傷害事件における責任の所在が明らかとなり、懲罰の一環として職を辞した』ということになっています。追加して、事実とは異なる罪状が幾らか被せられているようで」
「お前はその情報をどこで……いや、些細な問題じゃな。しかしお前が前にしていた、将軍の出奔理由とは随分と違って聞こえるのだが」
「流石に人気の高い将軍に関すること、正しい情報は公開できないでしょう。少しでも将軍に悪いように事実を捏造することで、正義は国にあるよう主張しているのですよ」
「相変わらず腐った国よの。将軍の処遇がそれで済んだところを見るに、幾らかは将軍の影響力を考慮する頭のある者もおったのだろうが」
「今回のことで貴族に疑心を抱かれないようにと苦心したのでしょう。話を捏造する際に対立意見が複数出でもしたのか、迷走ぶりが透けて見えるような公式記録ですね。官僚の手腕が如何に劣化しているのかが良くわかる」
「……貴族の体面を傷つけたとして、投獄されておってもおかしくないからのう。そこを罷免で済ますなど、今の政治中枢の腐敗ふりでは有得んことじゃ」
「将軍が出て行ってから慌てて話を作ったのですよ。周囲から将軍はどうしたのかと尋ねる声が複数出るまで話を捏造する必要にも気付かなかった」
「貴族以外を人などと思ってもおらんから、話の整合性も気にならんのじゃ」
「だからこそ、正しい情報は人々を力づけるのでは? 国を正すことはできませんが、せめて真実を歌い、人々に将軍の潔白を知らしめようではありませんか」
「ふむ……あまり派手にやれば、役人に目を付けられるが」
「固有名詞、将軍の名前や地名を変えて歌いましょう。さも遠い国の物語であるかのように。どうせ役人達も公式の情報しか知らないのであれば、実際の事件とは同一視しないでしょう」
「しかして民衆には、自然と『将軍』のことだと知れる様に……じゃな?」
「そういった隠された意図の含まれる歌は、師匠のお得意でしょう」
「そうさな、腕が鳴るわ。じゃが今回はお前の習作じゃ。まずはお前が作ってみなさい」
「はい。鋭意努めます」
こうして私は、師匠と共に歌を作り始めた。
人が自然と感動し、将軍の境遇に涙するような悲劇的な歌を。
……将軍に自然と更なる民意が集まり、敬慕する者が増えるように。
「お、おいお前……ちっと、やりすぎではないかのぅ」
「大丈夫でしょう。このくらいにドラマティックな方が民衆も喜びます。師匠とて浪漫が大切だと常々仰っていたではありませんか」
「それもそうじゃが………………将軍、哀れな」
信奉者の数は、力。
血気に逸る若者は、酔い安く共感しやすい。
その感受性の豊かさが、今の私には快かった。
きっと歌の中の将軍に心を重ねて、我がことのように心を痛める。
心を痛めながら、血の気の多い彼らは歌を『事実』と信じて憤慨するだろう。
国に、王に、貴族に。
この王国を支配し、行く末を戯れのように左右する愚者共に。
そうしてより一層。
国から心が離れれば離れるほど、国によって不遇を得た『悲劇の英雄』に更なる心を寄せることだろう。
私がそうなるように仕向け、更に加速させる。
歌の中の潔く男らしい将軍に、心酔の念を寄せるように歌おう。
そうしてじっとしていることなど出来ず、若者達は馳せ参じることだろう。
将軍の力となるべく。
遠い地にて苦渋を呑む、彼の元へと。
血の気の多い彼らは直情なれば、行動力と積極性の高さは目を見張る。
きっと直ぐにでも、我が身を置いて飛び出すように将軍の下を目指すだろう。
将軍の隠居地には優秀な人材を集める予定なので、好都合。
どうせいつかは武装蜂起してもらう予定なのだから。
現時点からある程度の人間が集まっていて、都合が悪いことなどない。
数を集め、民意を操作する。
その実験という意味でも、今回の試みは期待が持てる。
ああ、結果が楽しみだ。




