――聖受歴1,537年木耀月18日 晴れ
何もしてねえのに閉ざされた街門の向こうで黒煙が上がり。
何もしてねえのに破壊音やら怒号やら悲鳴やらが聞こえて。
何もしてねえのに勝手に街門が向こうから開いた……かと思いきや、開ききった門の先には整然と整列した野郎どもがいた。
指示のいきわたった、見事に錬度が高ぇ兵士共だ。
こんなに活力に満ちた部隊が、まだ国に残ってやがったのか……。
感心と驚きで野郎どもの出方を窺ってたんだけどよ。
なんでそんな錬度の高い野郎共が、全員俺に向かって膝折ってやがんだろうなー?
HAHAHA☆……なんだコレ。
まるで恭順してるみてぇに見えるなー……おい。
我ながらきっと、今の俺の目は死んだ魚っぽいんだろうなと思った。
更には先頭に居た野郎の一人が一歩前に進み出て、言うことにはよ。
「――お待ち申し上げておりました、ベルフロウ閣下! 我ら『元』国軍の兵一同、閣下の敵を悉く捕縛して御座います。これを我らが『誠意』としてお考え下さい」
「……おう」
「我ら全員『ベルフロウ』の旗の下、投降の用意あり。今回の作戦において指揮権を有していた者、それに準じる者、合わせて指揮官以下の62名の身柄と引き換えに、どうか我らを旗下に加えていただきたく伏してお願い申し上げます」
「お、おう……」
見あげてきた目は、めっちゃキラキラしてやがった。
それを見た俺が、眩暈でくらくらする程な……!
この如何にも『予め用意されていたシナリオ通り』感……
そして都市の門が開いた途端、いつの間にかしれっとこっちの軍列に加わって居やがる、当に見慣れた(表面上は)優しい面…………
おい、黒歌鳥。
お前いままでどこで何していやがった。
ちょっと言ってみr……いや、やっぱ良い。言うな。聞きたくねえ。
「『城砦都市』の陥落、おめでとうございます。閣下!」
目の前で、にこにこと人懐っこく笑う……野郎。
「これで王国の北部地方は、ほぼ掌握したと言っても過言ではありませんね。流石は戦場で鬼将軍とも呼ばれた武の方です。これも閣下のお力と人望あってのことですね」
さも、物知らぬような邪気のない顔で、何を言ってやがる。
俺、なんにもしてねーよ!
ただのんびり馬の轡並べてみんなで城砦取り囲んでただけだっつーの!
俺自身は街の門が開くまで、半径500m以内に近寄ってすらいないっつの!
好青年そのもののお綺麗なツラが、無性に殴りてぇ……!
そう思っていても、殴れた試しはねぇんだけどな!!
「チッ……何を言うのかと思えば。俺の武人としての力? 人望? 何言ってやがる。どうせ、お前が手を回したんだろう」
「何を、とは僕の方が言いたいですね。何のことを仰っているのか……確かに今回は、閣下が戦に出る迄に及びませんでしたが。ですが閣下の人望あってのことというのは偽りのない事実。これは閣下の威光がモノを言わしめた結果です」
しれっと言い切る野郎に、俺の表情筋が盛大に引き攣った。
いや、引き攣るだろ。
引き攣って、無理もねぇだろ。おい。
野郎が何をやったのか、俺は知らねぇ。
どうせ喋る気ねぇんだろ。事後の報告があるとも思えねぇ。
何をやったのかは知らねぇが……
何をやったら、開戦前に「内部から瓦解」なんて酷ぇ事になんだよ!
マジで、一体どんな魔法を使ったもんか……。
『反逆軍』を討伐に来た筈の、『国軍』。
……の、実に八割強が反乱寝返りーって何をどうやった!?
しかも反乱後そのまま『ベルフロウ』に参入……って、おい。
これ『国』が『ベルフロウ』に『兵力をお届け』してくれたよーなもんじゃねーか!
審議もなしにほぼそのまま受け入れなんざやってる時点で、お前が手を回したって言ってるようなもんだからな?
っつうか実は裏にてめぇがいるって隠す気ねーだろ。なあ。
なんだお前、何者なんだよマジで。
軍泣かせか、軍泣かせなんだな!?
軍っつぅ一つの組織への嫌がらせか、それともイジメか。
俺だって元は国軍で将軍職まで上り詰めた男だ。
離職してから数年が経つが、それまでの三十年で『国軍』ってぇ組織の性質だのなんだのは骨身に染みて知ってらぁ。
……少なくとも、こんな簡単に内部崩壊して良いもんじゃねーんだが。
これ、俺がやられたら泣くぞ。マジで。
将軍だった頃に、指揮してる作戦中やられたらこの世の全てに怨嗟を放って男泣きに泣くぞ、おい。
しかも、その全ての責任を俺になすりつけやがった……!
全て『俺』の『人望』によるものです、だとよ。
よるもの、じゃねーだろうおいぃぃっ!
俺のせいにしてんじゃねーよ!
「――さて、これで北は纏め終えました。王国の北方はほぼ『閣下のモノ』となった訳ですが」
「止めろ。重圧と重責を俺の背中に立てかけるな」
「国土にして王国の六分の一が削れた形になりますね。支配地域の広さは王族を除いた、どの貴族にも負けませんよ」
「頼む、勝たせるな。負けたままに居させてくれ……」
「これだけの支配地を得たとなれば、間違いなく稀代の名将と申せましょう」
「支配した気はしねぇんだけどなー……」
「これだけの基盤を得ては、このまま中央へ向けて進軍、突撃と行きたいところでしょうが……」
「お前の中で、俺はどれだけ猪突猛進なイメージなんだよ……むしろ進軍とか突撃とかしねーよ。したくねぇよ。もう軍人じゃねぇはずなんだよ、俺」
「腐った王侯貴族は亡命の余地なく包囲し、一気に……というのが『共通の見解』ですし、そうもいきませんね。『ベルフロウ』結成時に結んだ同盟もありますし、まずは他の地方で奮闘して下さっている『盟友』の方々と提携して包囲網の完成を目指すとしましょう」
「…………共通の見解? 同盟って、連携するって、おい……?」
なんだ。
なんのことを言ってるんだ。
何言ってやがんのか、さっぱりなんだが、おい。
「っつうか、全包囲の末に一網打尽? そこまでする必要があんのかよ。確かに王族は根絶やしにした方が後顧の憂いはなくなるだろうけどよ」
「必要ですか? ありますよ。後顧の憂いを絶つという意味も、確かにありますけど。
……王侯貴族、特に王族に連なる者は、一人たりとて逃がす気はありません。
一人の漏れもなく縛り上げるには、退路を完全に消しておかなくてはなりませんよね? ですから囲みます。一分の隙もなく、囲みましょう。逃げ場など何所にもないと知らないまま、逃げ惑った末に力尽きてくれるように……僕が念入りに、隙を潰して差し上げます」
「何故そこで、晴々と笑う……」
なんか貴族やら王族やらに恨みでもあるんか、おう?
爽やかな微笑みの裏に、一瞬ぞろりと蠢く……闇のようなモノが見えた気がした。
軍人時代に、戦場で。
王国に討ち滅ぼされる敵方の将に、大事な戦友を失った味方の兵に。
……故郷を戦火に燃やされた、力なき民の虚ろな目の奥に。
今まで数多く目にしてきた炎と、似通った……怨嗟のような、ナニかが。
この、キラキラ無駄に眩しく笑ってやがる吟遊詩人にゃ、似つかわしくねえ。
……が、今までどこか言動が不可解だった『魔物』に、と考えりゃ……
何かが、しっくりと印象にはまった。
なんとなく、野郎の真意の一端が見えたような、見えなかったような。
俺の気のせいかもしれねえ。
見えたと思ったもんは、次の瞬間には綺麗さっぱり消え失せてやがった。
どこにもそんなもん、存在してなかったみてぇによ。
もしもあれが見間違いじゃなかったとしても、それで野郎の全てとも思えねえ。
わかった気になっただけで、勘違いかもしれねえし。
……何より、怨嗟に近いとは思ったが。
それもなんだか、俺が見知っているモノとは何かが違う気がした。
色というか、感触というか、何かが違った。
こいつはやっぱり計り知れなく、得体が知れねえ。
本当は一体何を考えてやがるんだか……
疑いたっぷりに、野郎の顔を見下ろす。
「………………」
にっこりと微笑みやがった、こいつ!
背筋を空恐ろしいもんが、駆け抜ける。
時々、こいつは滅茶苦茶底知れねぇっつうか奥が深いっつうか……
……端的に言って、この野郎怖ぇーんだよ……。
元将軍、北方掌握(不本意)。




