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セズロ・ハーベステ――聖受歴1,537年木耀月15日 晴れ

セズロ・ハーベステ

 前話で黒歌鳥に「報告」をしていたお兄さん。

 後に『黒歌衆』の初期メンバーに名を連ねる男。



 いつもにこにこと笑っていて、体は細くて弱そうで。

 戦いに明け暮れる戦士達の中にいるのは、不自然にも見えた。

 今にも……そう、殴られでもしたら、すぐに再起不能になりそうだ。

 だけどいつだって、するりと自然に入り込む。

 不自然さなんて何処にもないという顔で。

 いつの間にか、輪の中に当然のような顔で存在している。


 場の雰囲気を上向きにするのに貢献していることは、確か。

 ムードメーカーというんだろうか。

 場の空気を、密かに掌握している……といったら言い過ぎかもしれないが。

 殺伐とした戦場に摩耗していく筈の戦士達の精神を、良い意味でコントロールしている。

 重苦しくなりがちな毎日を柔らかな語り口で軽やかにほぐし、戦士達が悲観したり沈みそうになる度に華やかな楽の音や明るく爽やかな歌声、巧みな話術やわくわくするような『お話』の数々で慰めていた。


 一服の清涼剤。

 士気を保つのに一役買っている。

 だがそれ以上の価値がある訳でもない。

 士気を保つと言っても、それを担うのが彼である必要はなかった。

 熟した指揮官であれば、兵の士気を上げる手段の一つや二つは保有している。

 

 いれば重宝するが、いなくても困らない人間。

 軍隊の中にいるには不自然で、場違いな人種。

 俺はそう思って、きっと侮っていた。

 その真価も、本当の姿も、何も知る由もなく。


 吟遊詩人と、侮ってはいけない。

 侮るべきではない。

 黒歌鳥は……怖いひとだ。

 俺は今日、それを強く認識させられた。




「説得で最も難航しそうなものとして、どんな想定していますか」

「え、それは……やはり、家族の身柄が質に取られているも同然の人達じゃないですか。実際に裏切るかどうかの結果が直結している上に、大事な人の命が盾となったら……動かすのは、困難では?」

 事前に国軍の兵卒達に探りは入れてあった。

 様子見のつもりだったが、多くの兵は口を揃えてこう言う。


『――自分が何かすれば、家族がどうなるかわからない』

 それが、怖いと。


 実際に、今までにあったことだ。

 上官に逆らった見せしめに、家に火を放たれる。家族を殺される。

 逆らった相手が貴族であれば……一族郎党、不幸になる。

 家族を大事に思えばこそ、その情が自分を縛る枷になる。

 だから逆らうことは、出来ないのだと。

 その『家族』というのが遠方にいるだけに、憂いを払うにもすぐにどうこうは出来そうにない。

 この状況で何と声をかければ、彼らに決心を付けさせられるというのか。

 だけど、目の前の吟遊詩人は。

 俺が、戦の推移に関わることなく、絶対必要な人種でもないと思っていた人は。

 悩ましいと頭を抱える俺に、あっさりと言い放った。

「それこそ、説得は楽な相手じゃないですか。簡単な相手に何を躓くことがあるんです」

「か、簡単……?」

「ええ、簡単でしょう」

 簡単、と。

 黒歌鳥は断言したが……俺にはどうもそうは思えない。

 どこが簡単なのかと質問すれば、黒歌鳥はやはりあっさりと俺に道を指し示す。

「簡単です。今であれば……今この時、寝返るのであれば、家族が見せしめに殺されることはない。そのことを理解させてあげるだけ――それだけで良いのですから、簡単でしょう」

「今なら、殺されない? どうして、そう言いきれるんです」

「……もしかして、君にも説明がいるのかな?」

 どう思考を働かせれば、そうはっきりと断言出来るのか。

 当て推量でも何でもなく、確信しきった声音に空恐ろしい物を感じる。

 俺には理解できない高みに、黒歌鳥の思考はある……と。

 そう突き付けられた気がした。

 

 黒歌鳥は俺が理解できないと知るや、丁寧に順序立てて説明をしてくれた。

「良いですか。今から説明する内容をしっかり理解して、覚えて下さいね。これからの『説得』で、貴方たち潜入班の皆さんには同じ説明を繰り返してもらわなくてはいけないんですから」

 今この場で要点を理解しろ、と。

 まるでわかっていないものを、無茶を押し付けられたような気がしてしまう。

 本当に理解出来るのかと、不安が確かに胸にある。

「まず一つ目の要点……そうですね、わかりやすく言うと、


  『みんなでやれば、こわくない』――でしょうか 」


 意味がわからなかった。

 この言葉だけで、ある程度を察するなんて無理だ。 

 俺はきっと、難しい顔をしていた。

 気にした風もなく、黒歌鳥の解説が詳しく続く。

「誰かが裏切ったとして。たった一人、もしくは少数……数えやすい人数での反逆は、全の中の『異端』となります。『異端』はどうしても目立ちますし、それが誰かはどうしても目につきます。

ですが、それが少数ではなく、圧倒的多数による反逆であれば?

要は、全体数が多ければ多い程、母数に含まれる「一」自体は目立たなくなる……つまりは他の者に紛れてしまい、一人ひとりの判別は難しいということです。誰が裏切ったのか、誰が裏切らなかったのか。その判別が難しい場合、見せしめにする相手をどう選り分けますか?

……一緒くたに『作戦に従軍した全員の家族』を、なんて訳にはいかないでしょう?」

 はっきりと、黒歌鳥は言い切ったが。

 残念だが、今のこの国はとうの昔に腐りきっている。

 確かに裏切り者とそれ以外を分けるのが難しい時、罰する範囲を定めるのは難しいだろうが……それでも、無関係の者も纏めて「面倒だから」と全部処分(・・)してしまわないと言い切れるだろうか。

 それをやってしまいそうな危うさが、今の国にはあった。

 その心配を、黒歌鳥にも訴えたんだが……

「それも、大丈夫です。もう一度考えてみて下さい、怪しきを罰する……となれば、今回の反乱制圧に従軍した兵士全ての一族郎党を、ということになります。……その総数は、いかばかりでしょうね?」

 その物言いに、俺も黒歌鳥の言いたいことがわかった。

 

 数が、多すぎる。


 それをやったら、もう「見せしめ」にはならない。

 国民がそんなに一度にごっそり減れば……どうしたって、国が傾かざるを得ない。

 単純に人員が減ったことによる労働力の低下、税収の激減、巻き添えに無実の人間が処刑されたという事実に伴う、国軍の士気の低迷……ぱっと思いつく限りでも、国の上層部にとって歓迎できない諸々の問題が頭に浮かぶ。

 俺自身は学がある訳でも頭が良い訳でもない。

 きっと俺が思いついたのは、実行された場合に表面化する問題の中でも氷山の一角に過ぎないんだろう。

 実際には、もっと多くの問題が発生するんじゃないか。

 それを無理やり捻じ伏せ、失われたモノを補填するのは……誰であっても不可能だ。

 国家転覆を狙うまでもなく、国がひっくり返りかねない。


「……最終的に収拾がつくのであれば、私はそれでも構わないのですが」

「え? 詩人殿、いま何か言いましたか?」

「いえ、何も言っていませんが」

 おかしいな。

 いま何か、黒歌鳥が呟いた様な気がしたんだが。

 何か重要なことを聞き逃したんじゃないかと、気が急いた。


「ですが、詩人殿。仰ることに頷けはしますが……それは誰が裏切り者か知れないという前提があってこそのように思えます。実際に裏切り者の名が一人か二人でも国に伝われば、その者の家族が……」

「ああ、確かにその点は心配ですね。国に、情報が伝われば(・・・・・・・)……でしたら、そうはならないようにすれば良いんですよ」

「は?」


「簡単なことです。国軍を、全滅(・・)させれば良い」


 かんたんなこと、ですか。

 いま言い切ったよ、この吟遊詩人。

 さも本当に、簡単なことみたいに。

 全滅って……どうしたって完全に一人残らず全員を、誰も逃がさずに、ということがどれだけ難しいか。どれだけの手間を要するか。

 この吟遊詩人には、わからないんだろうか。

「そこで悩むんですか。おかしいですね、僕達は全滅(そのため)の作戦を進めている筈なのに」

「はっ?」

「国軍に真っ当に従う者や、今回の軍を率いる立場にいる貴族……そういった者を除いて全てを『反逆者』に染め替え、圧倒的大多数となった彼らを動かして『国軍が動く』前に一網打尽にする――味方になった者と、敵のまま縛につけられた者とで綺麗に二分して、逃亡者を出さない。簡単でしょう? そうすれば『国軍の兵士』は一人残らず虜囚を除いていなくなる……ほら、綺麗に『全滅』です」

 俺が唖然としてしまった心情を、誰か察してほしい。

 その論調でいくと……無理で無茶な筈なのに、何故か黒歌鳥が言うと無理でも無茶なことでもないことのように聞こえるのは何故だ。

 物凄く、軽く……あっさり簡単なことのように聞こえるのは何故なんだ。

「敵性の軍人を全て捕まえてしまえば、国の中枢に伝令が行くこともありません。情報が伝わらなければ、向こうで勝手に『全滅した』と判断してくれるでしょう」

「それは……たしかに、そうかもしれませんが」

「そう、全滅です。全滅したのであれば……当然、裏切り者の情報も伝わり様がありませんね? 従軍した者は裏切ったのではなく、『全滅した中に含まれる』と判断されます。公的記録上は死んだことになってしまいますが……『戦死』した者の遺族を、敢えて「見せしめ」にする意義はどこにもありません。ほら、今なら裏切っても家族は無事に済むでしょう? 戸籍なども、我々がこの国を手中に収めた後で改めて書き直せば事足りますしね」


 やはり、あっさりと言う黒歌鳥。

 何故だろうか……もう国を手に入れることを確信しているかのように言う。

 だが、やはり。

 彼が言うと、本当にあっさりとその通りになりそうな気がした。

 そんな気がしたあたりで、黒歌鳥が滅茶苦茶こわくなった。

 この人の頭の中は、一体どうなっているんだろう。

 どうしてこうもするすると、案が出てくるんだ。

 それも聞いただけでもわかるくらいに、的確な案が。


 人の心理を、物の道理を、事の流れを。

 ああも容易く何でもないことのように、あっさりと語って見せる。

 そんな人間を、俺は他に知らない。

 きっとこれから先も、知ることはないと思う。


 黒歌鳥への畏怖を、俺は知ってしまった。

 こんなこわい人は、一人いれば十分だ。






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