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一平卒の哀歌――聖受歴1,537年木耀月15日 晴れ

『ベルフロウ側』から見れば、『革命軍』。

『王国側』から見れば、『反逆軍』。

さて、最後に勝つのは……言うまでもないっすね。

 その『噂』の中には、

 ……俺達の知らない『将軍閣下』のお姿があった。



 今回の出兵は、よくある反逆者成敗の一環で。

 どうせまた見せしめ兼ねた過剰戦力なんだろうって。

 俺らはただ命令に従って戦うだけ。

 何も考える必要はないし、そもそも考えたらいけない。

 そう、軍に入ると決めてすぐに叩き込まれた。

 俺らはただの駒であり、国の手足であり、王の統治を、その正当性を知らしめる為の道具。

 そうでなきゃ、いけない。

 どれだけ嫌だろうと胸の奥で自分の悲鳴が聞こえようと。

 俺らはただ、言われた通りに黙々と殺し続けるだけだ。

 自分が誰かに、殺されちまうまで……。

 そうでなきゃいけない。

 じゃなきゃ、家族が死ぬしかない。

 上官に少しでも逆らえば、家族諸共殺されておかしくない。

 逆らったらこうなるんだと、見せしめで家に火をつけられる。

 特に逆らった相手が貴族だったら、問答無用で一族郎党反逆罪だ。

 男の首は晒され、一族の女達は死ぬより辛い目に遭わされる。

 そんな光景を、今までに何度も目にしてきた。

 少しでも逆らおうものなら、次は俺や俺の家族が同じ目に遭う。

 今は、そういう時代なんだから。


 こんなご時世だから、反逆者がぽこぽこ湧いてくるのもなんとなくわかったし、同時に逆らうと馬鹿を見るのになんて上に媚び諂う気持もわかった。

 どうせ、どっちも俺には関係のないことだ。

 俺はただ、命令に従うのみ。

 それ以外のことはしちゃいけないし、する気力もなかった。


 そう、そんなつもりは一切なかったはずなんだ。


 あの『噂』を、耳にするまでは……


 噂を拾ってきたのは、軍に入隊して間もない新兵の一人だった。

 まだ気力も活力も失っていない行動力で、城砦都市の方々を回っている時に耳にしたらしい。

 ある程度長く軍にいる者達は、出歩く気もなく割り当てられた宿舎で(ぼう)とするのみ。

 一つ所にいたからこそ、全員がその噂を耳に入れた。

「――おい、聞いたか! 今回の出兵……相手はあの『ベルフロウ将軍』らしいって……」

「な、なんだってー!?」


 気怠さに負けてだらけていた全員が、その言葉に跳び上がった。


 『ベルフロウ将軍』の名は、俺もよく知っていた。

 いや、平民での軍人で知らない奴はいない。

 同じ平民出の、それも一般兵から将軍にまで上り詰めた伝説の男なら当然だ。

 軍に入隊したいきさつは、俺もあまり変わらない。

 ほぼ同じ身の上だっていうのに、俺には将軍にまで上り詰められる自信はない。確実に無理だろう。

 余程の度胸と幸運と、そして人望に恵まれないと無理だ。

 実際、戦地で鬼神の様な戦功を積んだ『ベルフロウ将軍』は、その面倒見の良さと情の厚さで多くの軍人に慕われていた。

 平民出から上り詰めたという劇的な半生に憧れない男はいない。

 貴族達は将軍の人気に良い顔をしないが、それでも一目置いているのが傍から見れば明らかだった。

 

 そんな将軍が理不尽に身内を傷つけられ、軍を離反したというのは有名な話。

 もう将軍職を退いた男を、だけど今も『将軍』と呼び慕う軍人は多い。

 それを証明するように、将軍が軍を離れた時は伝説の男を追って多くの者が北に走った。

 俺の知っているだけでも、何人もの軍人達が。

 その身分も、今まで積み上げてきた実績も、国からの信頼も。

 全てを投げ打って、あいつらは将軍を追いかけたんだ。

 だからこそ、国が『将軍』を警戒していたのもわかる。

 今の『国』に……『王侯貴族』に、そんな求心力はない。

 だから、きっと、恐怖と現実で下々の者を縛るんだ。

 俺だって、俺を支えにする家族がいなきゃ……きっと、将軍を追いかけていたさ。もしくは、こんな下っ端じゃなければ、追いかけるだけの力があったなら。

 胸の中を、荒涼とした風が吹き抜ける。

 久々に、はっきりと感情が動いたような気がした。


 将軍が相手と聞いただけで、俺は物思いに耽っていた。

 同僚共も、多くは同じように遠い目をしている。

 そうか、将軍が……と。

 なんとなく、だったが……将軍はきっと起つ気がしていた。

 あの人望と、軍を辞める経緯と……将軍の英雄性。

 将軍が国に反旗を翻す以外の結果なんて、誰も考えていなかった筈だ。

 誰もがきっと、将軍はやってくれると思っていた。

 本心を言えば、将軍に国を奪ってほしいと……

 だが、俺は国に仕える軍人だ。

 その立場から抜け出すだけの気概もない。

 こんな俺がやれることは……精々、将軍の軍勢に殺されて、国家再生の礎になるだけだ。

 俺も此処までか、と。

 瞼の裏に残してきた家族の顔が去来する。

 俺はここまでのようだ……

 許してくれ、エカテリーナ。ゲルダ。ロリータ。ガブリエラ。

 声に出さず、そっと家族の名前を呟いた。

 

 そんな俺の寂しさに、ずばっと切り込んだのは新兵の声だった。


「なんでも聞くところによると、『将軍』は軍にいた頃より更にとんでもねぇ人になっちまったらしい。むしろ人というより人(?)って感じだ」

「は? それどういうことだ。詳しく話せよ」

「これは吟遊詩人の歌だけじゃなくって、辺境の事情をちゃんと把握してるだろう地元民に聞いて回ったことなんだがな……

ある日、天啓を授かった将軍は天の音楽が降り注ぐ中、竜巻の中に消え……七色の光と金木犀の薫香を放つ十二の翼を広げ、薄雲に覆われた天から光の梯子を降りるようにして降臨したらしい。大自然の写し身である四体の精霊と、大小様々な天使に身体を支えられての登場だったそうだ」

「精霊様!? え、精霊様の加護が将軍に……!?」

「待て、それより天使って……もしかして精霊様の使徒のことか?」

「まあ、待て。続きを最後まで聞けって。それでな……

天から降り来る将軍に畏敬の念を抱いて民草は自然と膝を折り、精霊の恩恵を刻んだ(しるし)を人々に示して将軍は仰ったそうだ。

【我、(あまね)く精霊の意思を忘れた王に、祖霊に成り変りて天の怒りを(もたら)さん。国威を騙る愚かな王族を、誅すべきは今なり!】……と。

それから背中に生えていた十二の翼を一つ残らず引き千切り、将軍に仕える十二の忠実な勇士達に一枚ずつ分け与えたらしい。翼は勇士達の身体の中に溶けて、なんと神通力になったらしい。

精霊達の力と祖霊の加護をいただいた将軍様と、十二の勇士達が力を合わせたら……こんな砦の壁如き、溶けたバターにも劣る意味しかねぇってよ。だけど民の暮らしを大事を思いやって、将軍が壁を壊すことはねぇだろうって……人知を超えた怪力で引き裂かれるのは、きっと国軍(オレタチ)なんだ!」

 叫び、噂を拾って来た新兵は頭を抱えてしまった。

 その後頭部を見下ろしながら……奇妙な静寂に、俺達は浸る。

 誰かがごくりと、唾を嚥下する音がやけに大きく響いた。


「なんてこった……将軍、貴方は本当の意味で『伝説の男』になっちまったんですね」


 将軍、アンタに何があった……。


 かつて憧れた男が、どんな人外に変貌してしまったのか……何重もの意味で、恐ろしさが駆け抜けた。

 そんな将軍を相手にしなけりゃいけないのか、という恐怖と。

 そんな変貌を遂げた将軍を見ることになるのか、という恐怖。

 他にも種類の違う、多様な恐怖が圧し掛かる。

 彼がどれだけ変わってしまったのか……自分の目で五感の全てで確かめないといけないの、か……。


 元から俺には、手の届かない遠い御方だった。

 側に馳せ参じ、旗下に下ってお役に立つ……なんて想像出来ないくらいに。

 だが、今。

 将軍が軍を辞め、あと何日もしない内に敵として相(まみ)えるという状況になった、今。

 何故だろうか。


 憧れだった将軍が……前よりも、もっと、ずっと、遠く感じた。


 それはもう、果てしがない程に。




→ るーぜんと・べるふろうの名声 は レベルが 20 あがった!

 るーぜんと・べるふろう の カリスマが 15000 あがった!


 伝説になった男、ルーゼント・ベルフロウ(捏造)

 ちなみに『精霊の加護を示す徴』は額にある設定らしい。

 新兵が拾って来た噂は、吟遊詩人「仏法僧」渾身の力作(笑)

 他にも「村人の生命線だった清水を毒沼に変えた『八首のヒュドラ』を、一番太い首の額に柊の杖を三回打ちつけただけで死に至らしめた。毒沼に将軍が血を一滴垂らすとたちどころに水は浄化され、林檎の花の香りが漂う聖水の泉と化した」とか。

 「生まれたばかりの家畜を夜な夜な攫っては血を啜っていた化け物【チュパカブラ】を討伐すべく山へ向かえば、木々が自然と将軍の前に道を開け、怪物のいる場所へと導いた。更には将軍の為に花々が化け物の目を塞ぎ、一際大きな雲雀が将軍を讃える歌を歌えば、将軍の剣は光り輝いて怪物を切り捨てると同時に焼き払った」だとか。他にも色々、色々……どんどん積まれる、身に覚えのない武勇伝。幾らなんでもソレ嘘だろ!?という話まで、いつしか民衆たちは信じる様に……(吟遊詩人たちの語りが巧みすぎた)。

 悪ノリが効いた噂を、兵達は次々と耳にすることになる。


 最後に流されるのは自分達を今回率いてきた討伐作戦の責任者に関する噂……そして始まる、黒歌鳥のプロデュースによるネガティブキャンペーン。

 ここぞとばかりに討伐軍の士気を落としにかかることでしょう。


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