黒歌鳥の暗躍――聖受歴1,537年花耀月20日 本日は晴天也
同行の決まった弓兵の内、ロバートを含む10名には先に本隊への合流を促した。
残りの5名を率い、私が足を向けたのは主要街道の要衝にある大都市の1つ。
此処には様々なモノが集う。
モノもヒトも、そして情報も。
人の多さに紛れ、情報交換の場を設けるのも容易だ。
この数日、方々を回って工作を重ねてきた。
最後の予定が、この都市で儲けられる予定のとある席。
予定の会合で話をつけることで、今回の遠征は一区切りとなる。
これが終われば、本隊の元へ戻ることを予定している。
沢山の『土産』も準備は終わった。
今後を有利に進めるに、それらは大きな役割を果たすはずだ。
これから向かう先は専門的な意味合いを持つ場だと説明し、弓兵5名を宿に残して会合へと向かう。
多くの旅人が溜まり場とする、盛り場に店を開ける酒場の1つ。
個室などという洒落たモノはない。
客を探す無所属の娼婦もおらず、寝る為の部屋すらない。
客はほぼ男だけで占められ、通りにまで馬鹿騒ぎをする大声が響いていた。
此処はただ単純に酒を飲み、酒のアテを腹に入れる為だけの場所だとか。
娼館が軒を連ねる通りに、純粋な酒の為だけの店というのは珍しいかもしれない。
しかし繁盛しているところを見るに、客を満足させて足りるだけの物を提供しているのだろう。
上機嫌な大声を聞くに、不満の色は感じられない。
これだけ大騒ぎをしているのであれば、他人の話に耳を傾ける余裕もあるまい。
密会の場所として、さして不相応には思えなかった。
「――遅れましたか?」
「おお、黒歌鳥の。なに、貴方が最後という訳ではありません」
「御無沙汰ですね、皆さん。私が最後ではないとすると……ああ、紅雀の御大が未だのようですね」
「あの方はいつも少し時間に遅れます故」
「全員が揃うに……そうですな、一刻はかからぬでしょう。暫しゆるりと寛がれては?」
「では、私も何か注文させてもらいましょう。酒と軽食だけでこれだけの盛り上がりをみせるのでしたら、期待も持てます」
「お勧めはニシンの燻製を使ったヤツですね。店主が個人で良い燻製を作る方から融通してもらっているらしく、他では味わえない深みがあります」
「舌の肥えた青鷺の言葉では無視できませんね。では――ウェイターさん、こっちにメインレトラ産30年物の白ワインとスモークチーズ、それから何でも良いので鳥の燻製肉3人前!」
「ちょっ、思いっきり無視ってんじゃんか!」
「それじゃあ私は追加でポークを!」
「青鷺さんも全然気にしてないっすね……」
「斑鳩、貴方は北方には巡ってきたばかりでしたね」
「交流の浅いそちは知るまいが……青鷺は底意地の悪い男での」
「彼は確かに舌が肥えているのですが……青鷺が勧めるモノは、大概が個性的過ぎて大衆の味覚には馴染めぬものばかりなのです」
「良い意味で勧めるのではなく、逆お勧めですね。いわば」
「えぇー……それならそうと言ってほしいっす。俺、真に受けてニシンの燻製を使ったホイル焼き注文しちまったんすけど」
「へい! ニシンのホイル焼きお待ち!!」
「おぉう……なんというタイミング!」
1つのテーブルを囲み、集ったのは私を含めて6人。
優男風の見目でおっとりと微笑む、柔和な青鷺。
勝気な印象の最も年若く、師より名を賜ったばかりだという斑鳩。
軽薄な装束で異彩を放ちつつ、言葉遣いは誰よりも古風な白孔雀。
儚げな風情の中性的な顔立ちで、誰よりも健啖家の仏法僧。
北の地であってもこれが主義だとばかりに胸元を肌蹴た鸛。
後1人、紅雀と呼ばれる老人が到着すれば会合が始まる。
ウェズライン王国北方巡回吟遊詩人の、情報交換の会合が。
情報交換と、吟ずる歌に関する調整。
そういった吟遊詩人特有の諸々を話し合う。
さあ、どうやって彼らの思考を誘導しよう――?
黒歌鳥、相も変わらず暗躍中。
ついでに某元将軍の胃痛の種も増産中。
その内、某元将軍にお届けするために出荷します。




