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黒歌鳥の暗躍――聖受歴1,537年花耀月11日 本日は晴天也

某元将軍が叫びをあげている頃。

黒歌鳥は、いま……




 ウェズラインの王国で、最も深く広く、大きな森。

 王族の直轄領にて、ある種の禁足地とされた場所。

 この森は領地の名を冠して、フォルンアスクの森と呼ばれる。

 私は森の入口に馬を残すと、真っ直ぐに森の中心を目指した。


 森に足を踏み入れた瞬間。

 私の眉間を狙って矢が飛んできた。


 矢羽に工夫を凝らして改良したらしく、以前よりも矢速は格段に向上しているようだ。

 向上心があるのは、人間の特徴の一つか。

 それが良い方向へ向くのであれば、十分に美点となり得るだろう。

 ……だが、避けるまでもない。

 私の額に突き刺さろうとした矢は、寸前で消える。

 横合いから急速飛行で突き抜けて行った隼が、飛来した矢を脚で掴んで飛び去ったのだが。

 あまりに高速の、一瞬のこと。

 果たして何が起きたのか、射手の目には見えただろうか。

 とりあえず矢が当たらなかったことだけは理解できるだろう。

 消えた矢の行方を見失ってか、茫然とする少年の姿が見える。

 私は矢がけてきた少年を見上げ、一先ずは事象の感想を述べた。

「向上心があるのは良いことです。相変わらず弓術はフォルンアスクの森番達の上手ですね。当方(うち)の弓兵達にも見習っていただきたい限りです」

「お前、今いったい何やったんだ!? 矢はどこに行ったんだ」

「ロバート、木の上から人を見下ろすのは失礼では?」

「うっせぇこの魔物が! っつうか俺の矢はどこ行ったんだよ!」

「ロバート、いきなり射かける相手は不審者に限定しなさい。私を狙って何としますか」

「お前は立派な不審者だろうが!! なんでまた此処に来てんだよ! またグランパリブル様を泣かせに来たんか!?」

 今度こそ殺す、と興奮した様子で息巻くロバート。

 まだ12歳と幼い彼ですが、弓の腕はこの森の森番屈指のもの。

 まあ少々精神的に幼稚で不安定な様子は見受けられるが……敵と味方とそれ以外の区別がもう少ししっかりと付くようになれば、彼も更なる成長を遂げるだろう。

 将来性は十分にあるといえる。

 先程の矢を見ても、創意工夫に長けてもいるようだ。

「泣かせに、とは人聞きの悪い……私はただ、あの精霊の知らなかった事実を教えて差し上げただけですよ? 精霊達の慕った『精霊エルレイク』はとうの昔に、自身の血筋に連なる者達によって弑されていた、という事実を」

「……『始王祖』様は精霊の世界にお帰りになったんじゃねえのかよ」

「精霊の世界など、ある訳ないでしょう。精霊もこの世界で暮らしているのですから。別に精霊の世界があるのであれば、彼らもそちらで暮らしているはずでしょう」

「…………俺にはわからない」

 そう、別の世界などある訳がない。

 この世界自体が、精霊にとっても『自身の世界』。

 別の次元に精霊の生まれ故郷があるなど、王族の作りだした都合のいいお伽話に過ぎない。

「俺には本当に、わからないんだ。だってそうと信じて生きてきたのに、いきなり王家の方々の言葉が嘘だ……とか」

「王族の言葉を鵜呑みにし、精霊を尊き者として慣れ合いを避け、事実の確認を取ろうとしなかったのは単に貴方がたの怠慢だ。私には与り知らぬこと、ただ事実を述べたまで」

 そう、彼らは精霊を尊き存在として遠ざけていた。

 すぐ側に存在しているというのに。

 ただ守るだけの役割に依存し、交渉を持とうとしなかった。

 言葉を交わすことも慣れ合うことも避け、壁を作って遠巻きにした。

 ……過去の王がそうなる様に仕向けたとはいえ、疑問に目を背けず、精霊と言葉を交わしていれば惑わされることもなかっただろうに。


 森番……か。

 精霊の守人達に関しては、それほど意を払ってはいなかった。

 彼らの持つ技術は、それなりに惜しく感じる。

 他の人間達とは明らかに水準の違う高みに位置しているのは、人間の武威に疎い私の目にも明らかだ。

 しかし王族の言葉を疑わず、己の職務の身に愚直に従事している様子なので意に止めずにいたが……。

 だが事実に裏付けられた情報で揺らがせることができれば、使える……か? 使えなくとも、布石にくらいはなるだろうか。


 守人達を陣営に引き込めるのであれば、手間をかけても帳尻は合いそうだとも思う。

 幸い、現王が愚行を繰り返してくれたお陰で、現在の王家に対する信頼は薄れている。

 むしろ疑念の火種が植え付けられている頃合いだ。

 

 何しろ17年前、現王は南東の守人一族を滅ぼしてしまっている。

 

 彼らには何の落ち度もなかった。

 現王は王位を争い、17年前に己の兄を殺した。

 本来であれば何の関係もない、王族の醜い殺し合いに巻き込まれただけ。

 兄王子の領地を代表する、土地の有力者だったというだけで。


 精霊を守る守人として配された、王国を影から支えてきた忠臣。

 王国を守護する精霊を守るため、長く貢献した一族であったのに。

 本来であれば関わるはずもない俗世界の権力闘争に巻き込まれ、一族郎党を皆殺しにされる。まるで彼の者達に殺すのを躊躇う程の価値など無いと云わんばかりに。


 このことが同じ立場にある他の一族にどれほどの衝撃を与えたことだろう。

 現王がただ愚かであっただけだが、潜在的な反抗の火種は過去から少しずつ、着実に積み重なっていった。

 一度犯した事件であれば、再度同じことが起きないとも限らない。

 王国にとって重要な役割を果たしている自負も、事実も。

 この王にとっては意味がないのだと知らしめてしまったようなもの。

 むしろ自分達を滅ぼした後のことを考えない王に、先を見出せるはずもない。

 守人が惨たらしくも皆殺しの憂き目にあった領地には、重要な精霊がいるというのに……それを知る筈の現王は、未だ何の手も打っていないのだから。

 醜く私腹を肥やす代官が寄越されただけで、精霊には何の配慮もない。

 守人の後継となる一族を置いた訳でも、精霊の保護を改めた訳でもない。何もしていない。


 何もしていないことこそが、何よりの事実となる。

 先の見通しなど何もないと、露骨に明示したのも同然だ。

 王家において精霊の持つ重みも、守人の重要性も、何もかも。

 守り尊重すべきそれらが、国の上層では既に形骸化していることを曝してしまう愚かさこそが……私にとっては好都合。

 少なくともこれで、積極的に今の王族へ忠義を尽くそうと守人達が行動を起こす可能性は消滅した。

 後の彼らに残るのは、ただただ義務と精霊への敬意のみ。

 人間の愚かな争いからは、むしろ一歩置く立場を明確にする要因となる。


 ……これは、真剣に引き込み時だろうか。

 精霊に意を通しさえすれば最低限の目的は達せられる。

 既に準備期間の間に、我々『反乱軍(ベルフロウ)』の行軍を妨げないこと……王国の古き領土を囲む、境界線を通すように国家守護の精霊との交渉は済んでいる。

 今の彼らは現王家への疑心と恨みを植え付けられている。

 彼らの長である『始王祖』の、王家は末裔。

 だからこそ敬意は払うのだろうが……元より精霊は血を繋いで一族を繁栄させるという考え方を理解しない。

 血を継いでいるということを『先祖の欠片を継承している』と認識はしているが、精霊は個人を見て血筋は重要視しない性質だ。

 それでも『始王祖』の為にと、それだけの為に王家の者共を尊重していたというのに。


 その王家が『始王祖』を弑逆し、奪った精霊玉を利用して権威を浪費していた。


 精霊達は事実を急に突き付けられ、強い悲しみに支配されている。

 消極的なものではあるが、協力を取り付けるのは容易であった。


 精霊(かれ)らが同族(・・)の気配に聡い、ということも私に利した。

 彼らは一目で私の素情(・・)を看過したのだから。

 だからこそ、私の言葉を信じたのだろう。

 彼らの同族との交流は、心の交流である。

 相手が同族であればある程度の感情を共有できるのだと。

 非物質の、精神生命体らしい交流の仕方だ。

 だから(・・・)私が嘘を付いていないことがわかると、断言されては少し困ってしまうのだが。

 私は一種の『先祖返り』ではあるが、肉体は普通の『人間』と同じだというのにね。

 ……まあ精神生命体だからこそ、肉体という殻の有無や材質についてはあまり気にならないのだろう。

 彼らは明らかに、私のことを『人間』と同一視はしていないようだった。


 『始王祖』の精霊玉の奪還。

 それは『始王祖』の解放を意味する。

 醜い人間の欲得に塗れた手からの解放を。

 それを約すことで、精霊達は『私』の邪魔をしないと誓ってくれた。

 『私』が所属する団体なのであれば、それが多数の人間から成り立つ大規模な組織であろうと領土侵犯を見逃すと。

 前回、精霊の地を訪れた時にはそれだけで由とした。

 今回は実際に行動を起こし、『旧国境線』にいよいよ迫りつつある状況だからこそ精霊に約定の再確認を取るべく訪れたのだけど……


 この森を守る森番達。

 確かな技量をもつ、未だ少年のロバート。

 彼を見て、少し考えを改めた。

 

 さて、果たして。

 それが『始王祖』の解放に必要だと言った時……国家守護の精霊は、己が守人達から2~3人の人材を貸借する旨、了承してくれるだろうか?


 

 


 ちなみに守人達の意思に関しては、精霊からの要求であれば渋々でも従うだろうから特に確認の必要を感じていない。

 我らが『盟主』に良い弓兵を土産にできそうだ。

 お土産があれば単独行動をしてまで何をしていたのかと追及された際、追及を逸らす良い矛先にすることが出来るだろう。

 私は『盟主』の驚く顔を予想し、ひっそり含み笑った。

 彼は世話焼きなので、新たに参入した者の世話を自ら見ようとするだろう。

 過度に感じているだろう心的疲労も、それで一時紛らわすことが出来る筈だ。それはきっと良いことだろう。

 他人の為に小さくでも笑みを浮かべられるようになった自身に、確かに情緒が成長している実感を噛み締めながら。

 私は一先ずロバートを捕獲し、森の奥に棲む精霊の元を目指す。


「ちょ、離せおいっ! なんで足並みゆっくりなのに俺、引きずられてんの!? まともに立てねぇんだけど何したんだよーっ!!」


 少年は今日も元気なようで

 活きが良いことに今後も期待が持てて結構なことだ。





被害者、追加。

 弓兵15名参入。

 ……隊長は15名で一番の弓取りロバート・ハンティングトン。

 (→後のフォルンアスク領初代伯爵ロバート・フォルンアスク)

 ベルフロウのおっさんに従って「目覚ましい功績を上げた恩賞に領地を賜る」という形で森番一族を領主に据えたらしい。

 ロバート君もおっさんの美人姉妹、妹の方に惚れて頑張っちゃった……が、彼の初恋が実ったか否かは可哀想なので言えない。

 『没落メルトダウン』に出てくるロビン様の御先祖である。

 



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