祝勝会――聖受歴1,537年火耀月24日 晴れ
「は? 17歳? マジで?」
「嘘は言っていませんよ」
「いや確かに外見は10代ってもおかしくはねえけど……その肝っ玉で俺より年下とか」
「ティベリウスさんは23歳でしたね。6歳も年下を相手に何を言っているのでしょう」
「えー……」
それはまさしく電光石火の字のごとく。
稲妻のような素早さと勢いで以て隣領土の街を一つ接収した反乱軍は、しかして主な住民である平民達には好意的な歓迎を持って迎え入れられた。
街を任されていた代官が略奪と搾取を守るべき街人達を相手に隠すこともなく、露骨に大々的に行っていたことも反乱軍に利した。
何故か代官達よりも先んじて反乱軍の蜂起と侵攻を知っていた住民たちが、街を取り囲む外壁の内側から反乱軍に呼応。
街の門は、内側からこじ開けられた。
代官の詰める屋敷の内部にまで食い込んでいた反乱分子がここぞとばかりに騒ぎを起こし、街の各所で起こる異変に街の兵士達が対応しきれなくなった隙を突かれた形での敗北を喫する。
武装解除は国のあり方に疑問を持っていた人々の協力もあってスムーズに進み、街を捨てて逃亡を図った代官は行動と退路を把握していたかのように待ち伏せていた反乱軍別動隊の手によって補縛された。
その別動隊を率いていた青年の名は、ティベリウス。
まだ年若いながらも近衛騎士として名を挙げた父の薫陶を受けて育った兄弟騎士の、弟の方である。
そして今夜は祝勝会。
反乱軍が起ったことを宣言した、決起集会。
あの日から数えて最初の戦闘行為における、完璧な勝利を祝って街を挙げての宴が開かれていた。
……とは言っても物資も乏しく、街も長いこと搾取されていた現状。
祝いの席とはいえ食料も酒も極僅か。
それでも代官が溜めこんでいた穀物倉を開き、人々に行き渡らせんと反乱軍は率先して動いた。
先を見越して大判振る舞いは出来ないものの、今まで食うに困っていた街人達に炊き出しが出来る程度には食べ物が出回っている。
久方ぶりに手にした温かな食糧に、反乱軍の振舞いに、苦渋を呑むばかりの日々を送っていた街人達は涙を流して高らかに讃える声を上げた。
勿論、一度に多くの人へと食料を回すに、代官が溜めこんでいた分だけでは長期的に見て十分な量とは言えない。
だがいつの間に手配したのか、反乱軍の参謀エディッセは連携を取っている各地の仲間達に、既に支援要請の文を送っていた。
方々の協力的な領主に回してもらった物資が、街が開かれるのを待っていたかの如く順次届き始めている。
沢山の荷物が積まれた馬車が街へと入ってくる度に、街の人々からは歓声が上がっていた。
物資のほとんどは、反乱軍の今後に用立てる為の必要物資。
だが中には街の飢えた人々を助ける為の余剰分も含まれている。
それがいずれ自分達への支援物資に回されるということを、誰ともなく理解していた。
……その理解の一端に、街の広場で歌っていた吟遊詩人の言葉があったのだが。
耳聡く聞き付けた人達は、吟遊詩人が声高く歌った反乱軍への賛美と今後の予定を真に受け、すっかり反乱軍へと傾倒していた。
ひとりひとりが、誰に言われるまでもなく……今後の反乱軍への支援と参加を決意する程に。
「さて、僕はもう一曲歌って場を盛り上げるとしましょうか」
「おいおい、もっとお前も呑めよ。呑んで酔っ払っちまえ」
「その手には乗りませんが、ティベリウスさん。僕は節制を心がけるよう、師匠に厳しく言われているもので。必要以上の飲食は好ましくありません」
「そんなこと言ってるからお前は細いんだっての! そんなんじゃ、これから付いていけないぞ? お前も行軍にはずっと参加するんだろ? ……なんで誰も止めないのか知らないけど」
「心配なさらずとも、僕は旅暮らしが長いので体力は人の六倍くらいはありますよ」
「え、何その具体的な数字」
非戦闘員をどうして従軍させるのかと、ティベリウスは首を捻っている。
だが事実、何故か誰もが黒歌鳥の従軍を止めようとはしない。
止めるという行為自体、頭に浮かんでいないかのように。
「細かいことは良いじゃないですか。僕はそう、皆さんの活躍を喧伝し、人々が『ベルフロウ』を好意的に受け入れるよう努めるという使命がありますから。事実、僕の歌は効果があるでしょう?」
「あー……確かに凄いよな。凄い、綺麗な歌声だ。王宮にいた頃だってこんな歌の上手な吟遊詩人はあんまいなかったぜ? みぃんな王と上層部に追従するようなおべっかソング歌ってばっかで、まともに聞いたことないけど」
「聞く価値もありませんよ、そんな歌」
「バッサリだな、おい」
「僕なら庭の雀がさえずる声でも聞いていた方がマシというものです。王宮雀よりも、雀の歌の方が多分耳心地良いと思いますよ?」
「おお……さっすが、王都の往来ど真ん中で国と王と重臣たちへの批判を堂々歌い上げて指名手配された奴の言うことは冴えてんな」
「ふふ、お恥ずかしい。若気の至りですよ」
「いや、今年の初冬……4ヶ月前、日耀月のことだって手配書に書いてあったぞ」
「どこに貼ってあったのか教えて下さい。後で剥がしておきますから」
「もう引っぺがした」
そう言ってティベリウスが黒歌鳥の手に放り投げたのは、少し日焼けした紙に描かれた黒歌鳥に微妙に似ていない人物画。
手配書に記されていた罪状は、国家騒乱罪に反逆罪。
大きく思想犯と書かれた指名手配を示す紙を、黒歌鳥は微笑みながら懐に仕舞い込む。後で何に使うのだろうか。
「それではやはり、手配書のお礼も込めてもう一曲歌ってきますよ」
「いやだから、それほんと止めて」
「何故止めるのです?」
「だってお前、今日は散々俺の手柄話を題材にした歌ばっか歌ってんじゃん! 居たたまれなくなるし、身の置き所に迷うし、ほんと止めて!」
「手柄を立てたのですから、その活躍と功績を人々に知らしめるのは大事なことですよ。これも手柄を立てたことに付随する権利と責任と思って甘受してくださいよ」
「ええええぇ……他の詩で良いだろ!」
「そうは申しましても、これが吟遊詩人の仕事ですから。人々の興味や関心が高く、何より『知りたい』と思うことを逸早く歌に変えてお知らせする。それが吟遊詩人というものです」
「やだよもう、俺、恥ずかしい……!」
そう言って、両手の平で顔面を覆ってテーブルに突っ伏してしまう、ティベリウス。
今まで北方の砦に身を置きながらも、これといって活躍をする機会がなかったので人々に取りざたされるのに慣れていない。
単純に慣れてないこそ、照れと羞恥にもだもだと身悶えた。
そんな若い彼の姿を微笑ましげに眺めながら。
遠くから、傍観しながら。
やっぱり遠い目で、他の仲間達……砦時代からの幹部達が思っていることは、ひとつだった。
――内容が事実な分、お前はまだマシな方だよ……と。
今後、この日に黒歌鳥が歌った曲すらどんどん誇張され、進化を重ね、超変化を起こすことを彼らはまだ知らない。
歌の中でティベリウスが人外並の活躍を刻むまで後6日。
活躍の現場に近く、一般人にも目撃者が多数いたので捏造を控えていただけという話。
ちなみに元将軍を除いた幹部勢で一番捏造が酷いで賞、現在のトップはエディッセ(処刑された元宰相の孫の兄弟子)。
額に全てを見通す叡智、第三の目が開眼したことにされてしまっている。




