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黒歌鳥の暗躍――聖受歴1,537年火耀月17日 雷雨



「どうやら行ったようですね」

 外は雷を伴った嵐がきている。

 風精が狂笑を響かせ、雷精が空を踊りながら駆け抜ける。

 こんな一寸先も見通せない、方向感覚も当てにならない風雨の中を飛び出していく。

 一般的に自殺行為と同義ではないだろうか。

 だが雨雲や風は、この嵐も明日の朝には去るといっていた。

 一晩程度であれば、年齢を重ねながらも屈強な体躯を維持している元将軍でも、持ち前の耐久力で乗り切ることができるだろう。

 それよりも、計画としては明日の昼過ぎには戻ってきてほしい。

 いや、夕刻までなら間に合うか。

 その頃には帰って来ているはずと、予測できる。

 ……一先ずは、雷に打たれることのないよう対処しておくか。

「――あの、大丈夫ですか?」

 これから先の予定を順序立てて検討していると、声をかけられる。

 さほど集中していた訳ではないので、私は不自然でない速度で声の主へと顔を向ける。

 微笑もうとしたら、頬が少し引き攣った。

 どうやら熱を持っているらしい。

 その熱で思い至る。

 かけられた声の意味。

「この頬のことですか?」

「ええ……怒るのは仕方ありませんし、殴ってもおかしくないとは思いましたけど。でも、こんなに腫れて赤くなるなんて」

 痛々しそうな視線は、私の頬に向けられている。

 元将軍に殴られて、見るも無残に腫れているだろう頬へ。

 ……正直をいって、この程度で済むとは思っていなかった。

 一応、初期準備は済んでいるし、仕込みは逃げ場が綺麗に消滅するところまで念入りに整えてある。

 これからに不安がないと言えば虚偽となる。

 だが、今この場で切り捨てられて死んだとしても、なんとかギリギリ最低限の納得が出来る段階までは来ていた。

 私としては、この国が巨悪として完膚なきまでに『正義』に押し潰され、それが名誉ある正史として刻まれれば構いはしない。

 しかし命があればあったで、まだやることがある。

 それを思えば今は命を拾えた天運に感謝しよう。

 ……まだ怒りのさめやらぬだろう……むしろ更に怒りを煽られるだろう元将軍の思考回路を思えば、明日の我が身が無事に済むかは不明だが。

「痛むでしょう、黒歌鳥さま」

「覚悟の上です。むしろ、殴られただけで済むとは思っていませんでした。あの方が物の順番を間違えない方で良かった……私などの身よりも、優先すべきを他にしっかりと認識しているということですから」

 心配を隠しもせず、元将軍の娘姉妹が私を見ている。

 不安げにしながらも、彼女らの瞳の奥にも信念が見えた。

 ……流石、私が探しだした大人物の娘。

 教育の賜物なのか、芯は強くしっかりしている。

 不安を今は顕わにしているが、恐らくそれほど時を置かずに綺麗に隠してしまうだろう。

 そうして泰然とした姿で、他の者の不安を受け止める立場に回るに違いない。そう行動の予測が出来てしまって、今の不安そうな姿が貴重なもののように思えた。

「本当に、こんな乱暴な方法で良かったのかしら」

 姉妹は私の頬に良く冷やした布を当て、治療しながら困惑と不安に満ちた声を吐露する。

 彼女達の心の負担を、少しは減らしておくべきだろう。

(いささ)か乱暴だったことは認めますが……ですが仕方のないこと、これも運命の導き。今のこの国は滅びの瀬戸際にいます。他ならぬ国家の頂点に立つ方々が、国と民衆を殺そうとしている。それに立ち向かい、民衆を導く方が必要なのです。新な、希望の光が」

「黒歌鳥さまは、それが私達のお父様だと仰るのね」

「ええ、()はそう確信しています。師が仰ったのです。()にこの国を変え、人々を救う英雄を探せ……と。多く数々の英傑達を目にしてきたと自負していますが、貴女方の父君程に相応しい英雄を()は他に知りません」

 嘘です。

 私の師であるあの方が、そのような世迷言を口にしたことは1度もありません。何しろ保身と逃走に長けた手腕をお持ちの方だったので、危ない橋にはそもそも近寄らない方でした。

 ですが都合よく此処にはいないので、この程度の捏造は問題ないでしょう。師がそんなことを言ってはいないと、露見する確率は僅かですから。

「強い信念と、使命をお持ちなのですね……」

「そうでしょうか。ただ()は、この国の未来の為に『正義』の為に、出来ることがあれば最大限の力を尽くしたいと思っているだけです」

「そこまで献身的に国を思える方なんて滅多にいないわ。私たちだって、国よりもお父様が大事だと思ってしまうもの」

「親子としては、それが正しい形ですよ。きっとね」

 今夜は私に付き合わせて、強引な真似に加担させてしまった。

 罪悪感を得ないわけではないらしい。

 後ろめたそうな顔をする彼女達に、改めて協力の感謝に優しい歌でも捧げよう。

 竪琴を爪弾いていると、『主人公』がいない間に下準備と最終調整の確認に行ってくれていた元将軍の息子が戻ってきた。

 穏やかな空間を作り上げる音楽に少し疲れた顔を綻ばせながら、彼は言った。

「首尾は万事整ったみたいだ。後は、明日……彼らを率いて父が帰ってくるのを待つばかり、かな」

「そうですか……協力に感謝します。本当にありがとうございました、()の話を聞き、計画に参加して下さって」

「いや、良いんだよ。こっちもね、ほら……この砦には国の未来に絶望した人がそれこそ国のあちこちからやってくるから。俺も彼らの話を聞いて、このままじゃいけないって思っていたんだ。そうして状況を打破して国を変えるなら……それは人を惹きつけ、率いるカリスマ……みんなに慕われている、父しかいないって思ってたんだ。俺以外の、他の主だった砦の人達も同じ気持ちだよ」

「それでも()のような素情の知れぬ、怪しい者の言葉にも真摯に耳を傾けて下さった。この恩はきっと、忘れずにいつか報いることを誓いましょう。……尤も、吟遊詩人(ぼく)の得意とするところは歌にあり、歌の捧げものという形で安易な感謝になってしまうかもしれませんが」

「あはは、安上がりでも良いんじゃない? 手作りの贈り物は素敵だって、死んだ母さんも言ってたし」

「お母上のお言葉と同列に上げられては、手作りの歌だからと卑屈になる訳にはいきませんね」

「それに君の歌はとっても素敵だ。卑下されても謙遜にしか聞こえないよ?」

「そうですか……ええ、それでは実は謙遜だったということで」

「即座にそう切り返すひと、初めて見た」

 子供の頃から種々様々な荒くれ者どもに揉まれてきたせいか、元将軍の息子は驚くほど柔軟性に富んでいて融通の利く人物だった。

 好都合なことだ。

 天の采配に感謝してしまおうか。

 彼が積極的に協力してくれたお陰で、これで本当に準備が終わった。

 後は明日……彼らの帰還を待つばかり。

 私は空々しくならないように注意しつつ、穏やかに微笑んでみせた。


「それでは明日……決起集会の打ち合わせに関して、最終打ち合わせをしておきましょうか」


 明日、この『砦』は起つ。

 そう……新たな国の『英雄』を、旗頭にして。

 その為の最初の贄として、決意表明を込めた示威行為として。

 まずは手っ取り早く領民を虐げるこの地の領主を狩りに行ってもらったのだが。

 彼らは上手く将軍に妨害される前に、丸く太った豚領主の首を狩ってこられるだろうか。

 達成出来たとしても、出来なかったとしても。

 所詮は景気づけ程度の意味合いしか持たないので、達成の有無はそこまで重要ではないのだけれど。

 ただ自分達は国家への逆心をここに示し、証として領主の居場所を襲撃した……言い逃れのしようがない、実績を残してくれさえすれば。

 後は命さえあれば、私が綺麗に物語として歌として整えるのみ。


「さあ、明日は歴史に残る日になりますよ。――明日に備え、()達も早く休みましょう」

「そうね、おやすみなさい。黒歌鳥さま」

「黒歌鳥さまもゆっくりお休みになってね」

「良い夢を、黒歌鳥」

「はい。おやすみなさい、皆さん」


 明日は一際美しく、楽しく歌えそうだ。

 ようやっと始まる第一歩を思い、私は穏やかな気持ちで就寝した。





 元将軍の意識を逸らす、目くらまし連鎖。 

  決起集会から目を逸らすため → 領主襲撃

  領主襲撃から目を逸らすため → 黒歌鳥のお礼


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