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黒歌鳥の暗躍――聖受歴1,537年月耀月3日 暴風雪(1)



 わかっていたことだけど、目が覚めたら5日が過ぎていた。

 元将軍に拾わせることで、自然と『砦』に入り込む。

 そして心身の衰弱から保護対象と元将軍の意識に刷り込む。

 その為に敢えて肉体を危機に曝すことは、ある種の賭けであったかもしれない。

 ……最初から、この結果を辿ることは確信していたが。


 この程度の日数を経ることは折込済みだった。

 だけど理解していたからといって、目を瞑って開いたら5日が経過していた……というのは中々に新鮮な体験のような気がする。

 予定していたことなので戸惑いは少なかったが、目を瞑る前と後で光景が違うという事態は理解していても僅かなりと動揺するものらしい。

 見知らぬ光景に条件反射的に警戒を高めるのは、本能の様なもの。

 多少は緊張していた方が真実味も増すので、そのまま体の強張りを保つ。


 だが、もう少し早く目が覚めるように調整しても良かったかもしれない。

 どうやら予想以上に心配をかけてしまったらしい。

 私を拾った、親切な人達に。


 顔は知っていたし、その行動や経歴も把握している。

 だからだろうか。

 初めて会ったという新鮮味は薄い。

 まるで予め学習していた問題の答え合わせでもするような気分で、私は彼らを見上げた。


 ……思った以上に、体は弱ってしまっていたらしい。

 起こそうと思った体は、私の意思に反応しなかった。

 微かに筋肉が引き攣るばかりで動かない自身の体に、もしかしたら一番驚いたかもしれない。

 愕然という情動を理解する。

 肉体が意思に従わないなどということは初めてで、本能的な危機感が募る。

 困り果てた私の体にそっと手を沿え、顔を覗き込んできたのは、うら若き乙女だった。

「体を起こしたいの? 無理はなさらないで」

 心配そうに私を見下ろす少女は、

「驚いたのね……貴方、3日以上眠っていらしたのよ」

「みっか、ですか……」

 声が、掠れる。

 商売道具なのに困ったと一瞬考えたが、肉体の自然な反応というやつだろう。後を引くようなものではあるまい。

 ああ、そうだ。

 それから声も戻しておかなくては……

 今まで師の元を巣立ってより、敢えて変えていた声質を元のモノへと戻す。

 やはり『物語』の裏側で立ち回っていた頃とは変えておくべきだろう。

 口調も変えるべきかと思案している私の傍らで、2人の乙女は忙しなくあれこれと立ち働く。

 働き者なのだろう。

 今まで私の看病で時間を取らせていたのが、少し申し訳ない。

「良い? くれぐれも無理をしちゃ駄目よ」

「姉様、お父様を呼んで来ましょう」

「私が行くから、貴方はこの方を見ていて」

 面差しの良く似た姉妹は、驚くほど元将軍に似ていない。

 完璧に母親に似たのだな、と感心してしまう。

 前々からそう思っていたが、直に見るとより深くそう思った。

 善良で、親切。

 意識せず人に優しくできる心温かな乙女たち。

 元将軍一家の様子を見に行かせた鳥達が歌っていた通りの人柄らしい。

 乙女が私を見る眼差しには、驚くほど……本気で驚くほど、私の身を案じる心しか宿っていなかった。

 本心からの、心配。

 初対面の方……いや、師匠以外から受けるのは初めての感情。

 師匠ですら私を本心から案じて下さるようになったのは、一緒に行動を共にさせていただくようになって暫く経ってからだった。

 それを、初対面の生き倒れ……確実に怪しい不審人物の私に向けるとは。

 純粋と言えば聞こえは良いが、彼女達は人を疑うということを知らないのだろうか?

 

 革命の、旗印。

 英勇の人気を高める付加要素。

 そういう意味では美しく、また心優しい娘達の存在は良い方向に働くだろうが……人の負の面を知らない人間は、得てして可能性の半分に思い至らぬ愚かさを内包する。

 人間は正負両方の面から成り立つのだから、片方に目を瞑っていては物事を正しく見ることなど出来まい。

 善良であるのは良い。

 だが根っから善良でしかない(・・・・・)ことは問題だ。


 さて、どうしたものか。

 今後大きな問題に発展するとは思えないが……少々、厄介かも知れない。

 これが私の杞憂であれば、良いのだけれど。

 人の情緒面、感情面に疎い私では……人間の感情や感じ方の問題点を正しく把握できない場合がある。

 私の見誤りであることを願いながら、動かない手足に溜息をついた。





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